本郷和人のレビュー一覧

  • 歴史をなぜ学ぶのか

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    本郷先生のお話しはわかりやすいですね。
    これで、歴史好きになる人が増えてくれたらいいなぁと思います。

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    2025年02月05日
  • 日本の合戦 解剖図鑑

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    本書は古代から明治維新までの主な合戦を見開き1頁で図解。
    1頁なので深いところまでは書かれていないけれど、合戦マップは分かり易いし、兵力の比較なんてはじめてみたので面白かったです。
    要所要所の戦いの様子をなんとなく知っていただけの初心者の私には、日本の合戦の流れを簡潔に追いながら日本史が学べる本としてちょうどよかったです。

    まだレビューは書けていないのだけれど、最近南北朝時代がマイブームなので、そこの大まかな流れだけ備忘録として書いときます。

    1333年千早城の戦い
    勝・楠木正成(1000騎)-負・北条高時(100万騎)
    後醍醐天皇を助けるために挙兵。この時は幕府側についた尊氏が負けているんだよね。

    1333年鎌倉攻防戦
    勝・新田義貞(不明)-負・北条高時(不明)
    兵力が不明なのが残念!どんどん新田軍が増えていくのがワクワク。

    1335年中先代の乱
    勝・足利尊氏(不明)-負・北条時之(高時の子)(不明)
    中先代とは、北条氏の治世を先代、足利氏の治世を後代とし、その間に鎌倉を支配した時之をそう呼称しているんだって、知らなかった。

    1336年湊川の戦い
    勝・足利尊氏(50万騎)-負・楠木正成、新田義貞(5万騎)
    泣ける結末。後醍醐天皇を怨むよ・・・

    1350年観応の擾乱
    勝・足利尊氏(不明)-負・足利直義(不明)
    この兄弟争いについては全く分かってなくて・・・本書では理解できず。別の本読んで勉強しよう。

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    2025年01月13日
  • 東大教授がおしえる やばい日本史

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    やばい部分があるから、すごいことや新しいことが出来たんだなと思う。
    むしろ、すごい部分は後世の人が神格化した部分もあるだろうし、やばい部分が本当の姿なのかも。
    現状に満足せず、変革に取り組む姿勢を学ばさせてくれる本でした。

    子どもの時に歴史が好きだったけど、改めてふれてみようかなという人には最適。

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    2025年01月13日
  • 東大教授がおしえる やばい日本史

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    教科書に載っている偉人。
    脈々と語り継がれる歴史を切り開いてきた数々の有名人たち。
    その功績を学ぶと、世の中にはこんなにすごい人がいるのか…と感銘を受けるが、もちろんどんなに偉大な人でも失敗や短所がたくさんある。
    「すごい」ばかりではなく「やばい」部分も知ることでより関心が深まるどころか、面白く楽しく学ぶ きっかけにもつながるのだと痛感した。
    偉人も完璧人間ではなく、普通の生きた人間なんだなと親近感が湧き、もっと詳しく深掘りしたくなるような、小学生くらいの子が日本史を学ぶとっかかりにちょうどいい一冊。
    もちろんどの年代の方でもポップなイラストと驚愕の偉人失敗談に笑い驚くこと間違いなし。

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    2024年12月22日
  • 空白の日本史

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     とても新鮮な切り口で日本史の隙間をついている本だ。日本の文化は、男女の交際に関してとても寛容な文化である。そもそも天皇の家系であっても様々な交際があったので、万世一系というのも実際には疑わしい。そんなこともあけすけに言えるこの著者は大家だと思う。

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    2024年12月07日
  • 喧嘩の日本史

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    日本史の大喧嘩を個人の関係にフォーカスして説明していて、しかもその喧嘩が歴史的にどう重要なのか、高い視点からの解説もあって日本史の見方が深まる。
    頼朝と義経、源氏将軍と北条氏、鎌倉幕府と地方武士、尊氏と直義、尊氏派と直義派、謙信と信玄、信長と光秀、家康と秀頼、吉良上野介と赤穂浪士、井伊直弼と水戸・薩摩藩という章立て。
    日本史上親殺しはあまりないけど兄弟殺しが結構あったり、西上せず鎌倉に留まった頼朝は読み書きもできない武士たちの利益を貴族や寺社から守る棟梁として朝廷から距離を置いて政権を作ったとか、頼朝や秀吉など最高権力者が生きている時の不満が梶原景時や石田三成に向かったんだとか、フビライは日本を攻めるつもりはなく挨拶に来いという使いを何度も無視した時宗の無策、経済活動に課税するため京都に幕府を開いた尊氏と東国にこだわった直義、朝廷を呑み込んだ義満、尊氏派と直義派の対立が応仁の乱まで打て継がれていたこと、室町幕府が関東、東北を切り離していたこと、戦略目標を達成したのは信玄だから川中島の戦いは信玄の勝ちとする考えや晩年に北陸侵略マシンとなったことから謙信が義の人とする説への疑義、徹底した能力主義ゆえに裏切られまくった信長、家康としては豊臣家を相手にした喧嘩だった関ヶ原の戦い、仇討ちは赤穂事件まで家族に限られていたこと、実はまだそんなに死んでいない安政の大獄などなど。
    全体の教訓として、喧嘩の火種が生まれたら大きくなる前に対処し、逆に小泉劇場のように喧嘩を利用して利をとるということもあるよと。

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    2024年09月22日
  • 東大教授がおしえる やばい日本史

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    子どもが歴史に興味持つかもと思って買った本。
    予想以上に気に入ったらしく偉い人ってやばいんだね、オレもヤバくていいかと感じた様子。え?ダメでしょ⁇とりあえず歴史好きになるきっかけになりそうなので星よっつです!

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    2024年09月15日
  • 東大教授がおしえる やばい日本史

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    簡単に日本の偉人たちを纏めてくれていて面白楽しく読み終えることができました!

    個人的には清少納言の悪口ばかり書いている、と松尾芭蕉の武将オタクに強く心震えて声に出して笑ってしまった笑笑

    100年、1000年単位で日本人って何も変わらないなと思って愛しく思えました!

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    2024年09月06日
  • 超人物伝 紫式部 毎日が楽しくなる、天才作家の神格言!【試し読み】

    購入済み

    子供でなくとも

    古文は、定期試験で平均以上取れればいいやって過ごしてきたので、源氏物語と言われても説明は適当なものしか出来ない。
    古文は原文で読めと言われても今や無理。
    そんな大人にも何となく紫式部の生い立ちが分かる児童書。

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    2024年08月31日
  • 喧嘩の日本史

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     ところどころ、ん?と思うところもあるけど、資料に基づく学術的な検討と、素人にもわかりやすい考察・推測のバランスが良く、楽しく読めた。

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    2025年12月07日
  • 日本史のツボ

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    豊臣政権
     西向き、朝鮮出兵、中央集権、重商主義、貨幣経済、
     貿易重視
     新自由主義、貧富の格差
    徳川政権
     東日本重視、地方分権、農本主義、内需拡大
     格差が少ない、セーフティネット

    清盛
     西日本中心の日宋貿易
    頼朝
     関東、土地の安堵

    天智天皇
     朝鮮進出、白村江の戦い
    天武天皇
     遣唐使一次廃止、古事記、国内集中

    明治政府
     朝鮮併合、薩長を中心とした中央集権、貿易重視
    現代
     冷戦終結以降新自由主義、グローバリズムに触れ過ぎた反動が来て、国家主義、ナショナリズムの内向きの傾向。逆に触れ過ぎない様に気をつけつつ、歴史に学び、東京一極集中を防ぎ、地方分権、内需拡大を目指すべき。

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    2024年07月20日
  • 喧嘩の日本史

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    「喧嘩の日本史」とは面白いタイトルですね、数年前から追いかけている本郷氏による今年(2024)5月に発刊された新書です。本屋で見つけた時にはすぐ購入しましたが、最近読みたい本が多くて先日読み終えました。

    この本で取り扱っているのは、歴史上の有名な事件ですが、私が歴史の授業で習った「その後の日本の方向性」を決めてしまうような事件も、元を辿れば、人間同士が起こしたものなので「喧嘩」に行き着くとのことです。

    喧嘩を起こす前の「感情の高まり」を抑えることができれば、大事件に繋がることが防げたケースもあれば、個人で努力しても、個人についているグループ(派閥等)の影響で、どうしようも無かったケースもあったようです。それらを数々の歴史書を分析して、このような本にわかりやすく解説してくれているのは、私にとっては嬉しい限りです。当分、本郷氏の本は追いかけていきたいですね。

    以下は気になったポイントです。

    ・平治の乱は、源氏と平氏の直接的な対決というよりも、代理戦争に過ぎない。後白河上皇と信西一派(平氏方)と藤原信頼(源義朝)一派の権力争いのための、それぞれの重要な武力として用いられただけで、源氏と兵士がライバル同士というわけでない。(p27)

    ・治承・寿水の乱は、源氏と平氏の喧嘩などではなく、調停を中心とする中央政権と、朝廷の影響力から脱したい在地の武士たちの戦い、言い換えれば中央対地方のケンカだった(p33)源頼朝は自覚していたので、東国武士が頼朝を担いだ、反対に木曾義仲は上洛の誘惑に負けて平氏の軍勢を打ち破ったのちに、京都まで軍勢を進めてしまって、後白河上皇と対立を深めて、頼朝に吉中追討の命令が下った(p35)

    源義経の最大の誤算は、後白河上皇から頼朝追討の宣旨が降りて大義名分を得たにもかかわらず、彼の挙兵に呼応するものが全く現れなかった(p43)

    ・頼朝の優れた点は、武士たちの真意を見抜いて、朝廷や西国と一定の距離を取り、東国で力を蓄えたところにある。平氏も、木曾義仲も朝廷に近づき過ぎて墓穴を掘った(p47)

    ・鎌倉時代の13人の合議制は、北条派と反北条派に二分される、将軍家の権力を無力化させようとする北条時政の思惑から合議制は生まれ、逆に頼家の外戚として力を振る舞いたい比企能院は、自分の息のかかった人間を合議制に入れることで、北条氏の専横に待ったをかけようとした(p62)

    ・北条泰時は、武士が中心の鎌倉幕府においても、武力だけではく法の支配も需要になると考えて、御成敗式目を制定した、これば鎌倉幕府が150年ほど存続したことに寄与した(p80)

    ・源平の戦いでは、平家を滅ぼした源頼朝は、平家が全国に持っていた500もの所領を全て鎌倉幕府のものにした、これが幕府の財政基盤となった。承久の乱においては、長鯨に加担した、貴族・寺社・武士の所領が全国に3000箇所あり、全て幕府が没収することができがが、元寇においてはそれがなかった(p94)

    ・時致の跡を継いで9代執権となった、北条貞時によって制定された「英人の徳性令」は、御家人が自分の土地を御家人でない人間に譲った際、後からその土地を無償で返却してもらえるというもの、御家人間同士でも、売買から20年経過していれば返してもらえた。御家人でない人間に土地を売った場合には、20年間は適用されず無条件で取り返すことができた。これは、御家人ファースト、であり、鎌倉幕府が終わるまで有効な法律であった(p101)これに対して、その法律を取り消すことを要求したのが「悪党=反社会的な人々」とみなされた(p101)

    ・源氏一門でトップは、平賀氏であったが、北条氏によって潰された、鎌倉幕府を打倒した時、源氏一門のトップであ李、幕府内では北条氏に次ぐ地位にあった、足利氏が反旗を翻したので、初めて御家人たちが動いた(p109)

    ・足利尊氏は、弟である直義の主張(鎌倉に止まる)とは逆に京都へ進軍した、これは尊氏と直義の国家間の違いであった。尊氏は、武士政権が京都へ進出することを考え、直義は、鎌倉幕府以来の「武士政権は東国に、貴族の朝廷は京都に」という点にこだわった(p117)尊氏は土地以外に、物資の流通網に対して税をかけている、つまり経済活動に対する課税である。国外から宋銭が大量に輸入するようになり、貨幣経済が根付いていたのが、鎌倉幕府設立時との違いである(p119)

    ・細川頼之は山名氏を討った後、足利義満が室町王権を作り上げていった、その仕上げが南北朝の統一である。南朝の後亀山天皇に、持明院統と大覚寺統が交互に天皇になる両統更迭立などの条件を提示し、これを受託させると、三種の神器を後小松天皇に譲渡し、南朝は終焉を迎えた。その後に、両統迭立は守られず、北朝の系統だけが続いていく(p138)

    ・応仁の乱は、教科書的には、管領の畠山氏、斯波氏の家督争いと、足利将軍家の家督争いに、細川勝元と山名宗全が介入したことで引き起こされたとされるが、本質は、足利義満の時代における勝ち組である細川氏(とその一族である、赤松氏、京極氏)が東軍に、負け組である山名氏(とその一派である大内氏、土岐氏)が西軍となって時代を超えて幕府の主導権をめぐり対立したと、筆者は考える(p144)

    ・侍所の長官にあたる所司になれるのが、赤松氏・一色氏・山名氏・京極氏・土岐氏、土岐氏が途中で外されて、4家となったので「4職」と呼ぶ(p148)

    ・明徳3(1393)年の時点で、足利義満は、関東(鎌倉公方がすでに設置)だけでなく東北も切り離しを行う、これに九種探題が置かれた九州も幕府の直轄統治の対象外となった(p155)

    ・鎌倉は守りにくいことが新田義貞の攻撃(集団戦に変わっていたので)により明らかになっていたので、足利政和は鎌倉ではなく堀越にとどまり、これが堀越公方となる。ここは北条氏のかつての故郷なので、それなりに整備された土地柄であった、北条公方と言った方がピンとくる。足利持氏の遺児である足利成氏は、下総の古河に本拠を置き、これが古河公方となる(p163)

    ・本能寺の変は色々と説があるが、歴史学説でかろうじて成り立つのは、四国説である(p198)

    ・赤穂事件(忠臣蔵)で特異なのは、日本で行われ初めての家臣による主君の仇討ちであった、親の仇討ちは届出をすれば認められていた(p231)

    2024年7月13日読破
    2024年7月14日作成

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    2024年07月14日
  • 日本史を疑え

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    記録によれば2年前(2022)のコロナ体制の時に読み終わった本です、読み放しにしていて部屋に放置してあったのを、GWの清掃で発掘しました。

    この本の筆者である本郷氏の本は、これで33冊目(何冊かはレビュー未着手)となります。記録に残っている歴史と本当に何が起きているのかは異なるという見解で「逆説日本史シリーズ」をかつて愛読しましたが、本郷氏の本はそれに通じるものがあります。

    本を仕上げるために、古書を読み解いてそれを名誉の得られる学会に投稿して終了するのではなく、素人にもわかりやくす解説する本を出してくださることで、私のようなものでも歴史の新たな側面を楽しむことができます。このような本を読むのが贅沢の限りだと感じます。今後とも彼の著作を楽しみにしたいです。

    以下は気になったポイントです。

    ・その時代を何と呼ぶかは、それ自体に歴史の解釈が入っている、古い順から、飛鳥・奈良・平安・鎌倉・室町・安土桃山・江戸と辿っていくと、一つのルールが見えてくる。それは地名に由来していること。イギリスは王朝名で時代を区分する、中国の時代区分も王朝が名乗った国号による(p32)万世一系という建前に対して実際の権力はどこにあったかというリアルな歴史認識を示している(p33)

    ・新井白石は、朝廷で9回、武士の世で5回の大きな変化があったと説いている、朝廷の9変は、天皇と政治の実験との距離を一つの変化の尺度としている、武士の5変(鎌倉幕府成立、承久の乱、室町幕府開設、織田豊臣政権、江戸幕府)は、朝廷から武士に政権が移ったことである(p35)

    ・古代の調停は、全国に国衙(今で言えば県庁)を設置し、国分寺・国分尼寺を置くなど、律令体制のもと日本全国を支配していた。しかし、古代王朝は、機内ー瀬戸内海ー博多を核とする完全な西国国家であった。東穀は日本のメンバーとは言えない状態であった。(p38)鎌倉時代とは、朝廷・鎌倉幕府・奥州平泉政権を加えた三国状態だったと考えた方が良い(p39)

    ・国の存亡の危機であったのは歴史上3回、1)白村江の戦い(663)、2)黒船来航(1854)。3)敗戦(1945)、これは異民族による征服が実現してしまった(p43)

    ・権威が通じなくなるのは、時代が変化している局面である、それまでのグループ内のフール、秩序意識(身内の論理)が通じなくなる、その典型が戦国期の天皇、この時期の天皇は在位期間の長い天皇(後土御門天皇、後柏原天皇、後奈良天皇)が続く、お金がなくて代替わりの儀式ができなかった(p49)

    ・ヤマト王権による支配とは地方豪族という点を結んでいく「点の支配」だったのではないか、実際に武力で制圧するのは多大なコストがかかる、大陸由来の文物とテクノロジを見せつけた上で、連合を結んでいく方が簡単である(p62)

    ・持統天皇は父子の直系による縦の継承を明確に打ち出した、日本で最初の元号は「大化」されるが、その後しばらくして使われなくなってします、今に続く元号の始まりは「大宝」である。(67)

    ・大友皇子は白村江の敗戦でダメージを受けた西国地域で軍勢を集めることが厳しかった、そこを見た大甘の王子が美濃以東の兵を集めて近江大友皇子を攻めた、初めて東から都を攻めて勝利した。この大海人皇子が即位し、天武天皇となると都を近江から飛鳥に移し、不破・鈴鹿・越前の藍発(あらた)に関所を設置し、これを「三関」とし東への守りの要とした、のちに愛発関は、近江の逢坂の関に代わる(p69)関東とは、そもそも「関の東」のことで、つまり古代においては福井から岐阜の西端を通って、三重に至るラインから東は関東であった。五機七道とは、畿内5国(大和、山城、摂津、河内、和泉)とそれ以外の地域である七道(東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海遠)である(p70)

    ・鎌倉幕府が「面」として支配していたのは、相模・武蔵・駿河・伊豆の4カ国に加え、上綜・下総・阿波・下野・上野など有力御家人たちの領地である東国が中心で、西国は源平の戦いや承久の乱の戦勝によって得た領地をまだら状に支配していた。(p85)

    ・摂関政治から院政への変化には、母方重視の招婿婚的世界から、家父長が強大な男系的世界へという、より根底的な変化があったと考えられる(p110)


    ・太宰府は、九州九カ国を統括する組織であり、太宰大弐が地方官として頂点である、当時の経済における大動脈の瀬戸内海を抑えることになった(p115)

    ・平清盛、源頼朝、「の」が入る。この時の「平」「源」は名字でなく「氏」である。ヤマト王権では5−6世紀にかけて、氏姓制度を導入した。豪族たちに「氏」と「姓(かばね)」を与え、身分の序列化を図った。「氏」は同じ血族をグループとしてまとめるもの、「姓」は、臣、連など朝廷内での身分を表す称号。氏は天皇が与えた一族の名称で、血筋に基づいて世襲していくので、一族の呼称は平氏、源氏氏となるので、源頼朝は、源氏の頼朝なので「みなもとのよりとも」となる。鎌倉時代になると、「の」がつかない「苗字」が登場する、頼朝の妻である北条政子は「の」が入らない、つまり「北条」は「氏」ではなく、家を表す「苗字」だということになる。(p163)平安後期から鎌倉になると、源・平だけでは家の区別がつきにくくなるので、「氏」としては平氏でありながらも、財産=土地なので、家を呼ぶ苗字として地名が使われるようになる。千葉氏、三浦氏など(p163)

    ・足利政権には、二つのグループがあった、尊氏派と直義派である、尊氏派は、管領である細川氏を中心に、赤松・京極・一色、直義派は、三管領家の、斯波氏をはじめ、山名・大内・土岐氏であった。両者の対立は、そのまま尊氏と直義の対立を継承していた、尊氏が朝廷融和派、直義は、朝廷分離派であった(p181)

    2022年5月26日読破
    2024年5月29日作成

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    2024年05月29日
  • 日本史を疑え

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    鈴木保奈美さんの『あの本、読みました?』に出ていた本郷和人さんの本第二弾。
    時代の流れの中で今までの歴史の定説への疑問を語る。
    天智、天武、持統天皇が天皇による本格的統治の始まり
    律令制度の公知公民は絵に描いた餅
    南北朝時代が五十年以上続いた理由
    キリシタン大名のねらい
    秀吉が家康を倒さなかった理由など
    推論を交えながら興味深い話を展開する。
    新しい角度で歴史が見られて面白い。

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    2024年05月12日
  • 日本史のツボ

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    ネタバレ

    鈴木保奈美さんが案内役を務める『あの本、読みました?』を毎週楽しみにしている。
    今回は「新書」を取り上げていた。そこに出ていた本郷和人さんの本を読んでみた。
    天皇・宗教・土地・軍事・地域・女性・経済の7つの視点から歴史を語る。
    当たり前だと思ったことが当たり前じゃない。
    「川中島の戦い」は引き分けじゃなく、信玄の勝ちと言い切るところが面白い。
    戦いの勝ち負けは犠牲者の数でも、大将の首でもなく、その戦いが何の目的かによるという立場。
    謙信が北信濃の領地を狙ったのに、結果的に占領するに至らず越後に帰ったのだから信玄の勝ち!
    なるほどと思った。
    目から鱗の歴史講義だった。さらに本郷説を知りたくなる。

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    2024年05月10日
  • 東大脱力講義 ゆるい日本史 ~鎌倉・室町・戦国時代~

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    偉人?も全てが完ぺきだったわけじゃない。当たり前だけれど。
    そんな偉人たちの人間くさい部分をわからせてくれる本です。
    ちょっとだけ、後醍醐天皇には同情します。
    天皇家に生まれたら、記録が残ってしまいますしね…。
    自分は平凡な生まれで良かった?

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    2024年04月14日
  • 考える日本史

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    ある一文字をテーマにとって、著者が歴史で語り尽くすといった形式の一冊です。あちこちに話題が飛び、そのお話が勉強になるものだから、とても楽しい読書体験となりました。

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    2024年03月31日
  • 東大教授がおしえる さらに!やばい日本史

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    絵もヘタウマでいいですね。
    日本の歴史をわかりやすく、面白く、バカバカしく?説明してくれていました。
    楽しかった!

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    2024年03月28日
  • 「失敗」の日本史

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    平清盛、源義経、上杉謙信、そして織田信長、豊臣秀吉といった、歴史上の名だたるヒーロー達。彼らの犯した(?)過ち、失敗とその背景を振り返り、もし彼らがその失敗とは違う「別の道」を歩んでいたらどうなったか考察する。歴史にifは無いが、敢えてそのシミュレーションをして見るのも歴史を学ぶ楽しさだろう。

    しかし今よりも昔の人の方が、先人の歩み功績に学び、失敗から多くの教訓を得ていた筈。頼朝にせよ、信玄にせよ、あれ程他者の動向から多くを学び、糧にしていた筈の人でも、結局は「失敗」する。それも思わぬところで。

    人間は「考える葦」というより、「失敗する動物」と定義し直した方がいいのでは。

    この本で取り上げられなかったヒーローと言えば徳川家康ぐらい。一応、戦乱の世を終わらせて、二百六十年余り続く太平の世の礎を築いた事が評価されているのだろう。その彼にしても、若い頃は三河一向一揆や三方ヶ原での大敗等、かなり手痛い失敗・敗戦を積み重ねている。結局は過去の失敗から何を読み取るかが、その人の今後を左右するのだろう。
    その事自体は今も昔も変わらない。人間は昔からそんなに進歩している訳では無いし、先人達の営み(失敗も含め)から今と変わらない人間模様を読み取り解釈するのも面白い。学者先生達の今後の研究に期待したい所です。

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    2024年03月14日
  • 北条氏の時代

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    大まかに理解していると思っていたが、経済の変化 御家人との関係の変化なども含めて概観するとかなり興味深い時代だということがわかります。
    自社巡りが好きなので、改めて鎌倉周辺を回ってみようと思っています。

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    2024年02月17日