三浦英之のレビュー一覧

  • フェンスとバリケード 福島と沖縄 抵抗するジャーナリズムの現場から

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    気分爽快である。
    三浦英之を知った。阿部岳に再会した。南彰や石井暁の仕事ぶり、宮崎園子、安田菜津紀、佐藤慧、「南三陸日記」を仕事の指針とする沖縄タイムスの記者等々「呼び合う者たち」の存在に励まされる。
    「客観中立」が臭う朝日新聞の読者だがオリンピックやコロナの件でも信用できないとの思いが消せなかった。
    東京新聞望月記者のような人を求めていたが、まだまだジャーナリズムの現場は捨てたものじゃないと思えた本だ。

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    2022年05月01日
  • 帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年

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    大きく変わってしまったひとりひとりの人生を取り上げるルポルタージュ。
    重い。重いけど知ること、忘れないことが大事だと著者は書く。

    「そう、僕たちにできることはあまり多くはない。
    だから、少しだけでいい。この小さな本を読み終わった後に少しだけ、福島について考えてほしい。今も自宅に戻れないでいる、「帰れない村」の人々に心の中でエールを送ってほしい。
    「僕らはちゃんと知っています。日本には人の住めない『村』があることを」
    そう知ってくれただけでも、彼らはきっと喜ぶはずだ。」
    〜プロローグより〜

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    2022年04月04日
  • 帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年

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    2011年3月11日の東日本大震災とそれに続く原発事故、福島第一原子力発電所から20〜30kmも離れていながら高濃度汚染かつ自然豊かな里山地域だからこそ十分な除染もされず11年たった今も帰還できずにいる。テレビ番組のDASH村の舞台にもなっていた津島村、満州からの引揚者たちが自らの手で開墾そた土地でもあった~国策で翻弄され続ける現在進行形作の被害の実態を多くの写真も用いて淡々と綴られている。ふるさとを返せ!もとに戻せ!が彼らの想い。

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    2022年03月20日
  • 帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年

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    三浦英之『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』集英社文庫。

    東日本大震災の福島第一原発事故による放射能の影響で10年以上も故郷へ帰れない人びとの苦悩を描いたルポルタージュ。

    変わり果てた故郷の現在と過去の幸せな日々を写した写真も多数掲載。

    福島第一原発から20~30キロ離れた浪江町の旧津島村は、アイドルグループのTOKIOがテレビ番組の中で農業体験をしたDASH村があった地域である。県庁所在地の福島市の隣が川俣町で、その隣が浪江町なので福島県の中心からそう遠くない場所にある。一瞬にして消えてしまった幸せな日常。

    あれから10年以上が過ぎ、世間の関心は新型コロナウイルス感染禍に移り、原発事故のことなど忘れ去られようとしている。当時はあれほど原発の再稼働に反対の機運が高まっていたのに、喉元過ぎれば熱さ忘れるの如く次々と各地で原発が再稼働している。福島第一原発の廃炉作業も捗らず、今度は溜まりに溜まった汚染水を浄化して海に放出するらしい。結局のところ、原発事故の犠牲よりも利便性の方が重要なのだ。

    あの福島第一原発事故の際、当時の総理大臣だった菅直人が現場をかき乱し、官房長官の枝野幸男が「直ちに影響はない」と戦時中の大本営発表のような大嘘を吐き捲ったことを忘れてはならない。

    2021年LINEジャーナリズム賞受賞作。

    本体価格620円
    ★★★★★

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    2022年01月27日
  • 五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

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    ネタバレ

    五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後 

    三浦英之氏による著作。
    2015年12月20日第1刷発行。
    著者は1974年6月26日神奈川県生まれ。
    京都大学大学院卒。朝日新聞記者(2000年入社)。
    東京社会部、南三陸駐在、アフリカ特派員(ヨハネスブルグ支局長)を経て福島総務局員。
    一言で言うと力作。
    他のレビュワーの方も書いていたが、よくぞ間に合ったなと。
    (卒業生たちが80代半ばで証言を聞き取れる最後の機会の為)
    本書はTwitterのボヴ@cornwallcapital氏が2018年末に
    今年一番良かった本として紹介していて存在を知った。

    時代のうねり、変化にこれほど翻弄された人たちがいたのだ。
    *もちろん建国大学卒業生以外も相当に大変だっただろう。
    戦後、日本の国策大学の関係者ということで迫害を受けた者も多く記録として残されることを恐れた。
    約1400人の出身者の内、生存が確認されているのが約350人。
    安否さえつかめていない者も多い。
    著者が建国大学を調べる際に国際基督教大学(ICU)の宮沢恵理子氏が1997年に博士論文として出した「建国大学と民族協和」)風間書房
    2002年になくなっていた湯治万蔵(建国大学出身)が編集した建国大学年表(非売品)の存在も大きい。
    宮沢恵理子氏とは直接合って話を伺うことが出来た事は大きい。
    本書は建国大学の卒業生達、過去の研究などの蓄積無くして
    完成することは無かっただろう。
    *それだけに研究の積み重ねの重要性を痛感した。
    本書では特に中国人卒業生のインタビューが出来なかった場面、途中で中止になった所が残念だ。(長春包囲戦の所)
    中国共産党に不利な部分は取材させないという姿勢は北朝鮮やかつてソ連と何一つ変わらないのだ。
    いかに経済発展したとは言え、中共の現実を嫌という程に理解できた。
    モンゴル、韓国(建国大学出身者が重宝された)アルマトイなど他の出身者達のインタビューは無事出来ているだけに余計に中国の無慈悲さが目立つ。
    アルマトイで最後に通訳をしてくれたダナさんの日本留学の推薦を著者が書く事になった場面は大変感動的で胸が熱くなる。
    本書はドキュメンタリーでありノンフィクションではあるがこうも胸にこみ上げてくるものを抑えることができなくなるとは・・
    三浦氏の執筆力の高さにただただ驚いた。
    読み手を引き込む力がある三浦英之氏には今後も良い記事、良い本を世の中に出して欲しいものだ。

    印象に残った部分を列挙してみる

    人の人生なんて所詮、時代という大きな大河に浮かんだ小さな手こぎの舟にすぎない。
    小さな力で必死に櫓を漕ぎ出してみたところで、
    自ら進める距離はほんのわずかで、結局、川の流れに沿って我々は流されていくしかないのです。誰も自らの未来を予測することなんてできない。
    不確実性という言葉しか私たちの時代にはなかったのです(P84)

    楊が担当していた中国東北部の農村部には無数の日本人移民村があり、どこも同じような光景が繰り広げられていた。日本人が経営していた工場や農業施設はソ連兵によって徹底的に略奪され、女たちは老婆を含め、ソ連兵からの強姦を恐れて自ら頭を丸刈りにしていた。それでもソ連兵たちはある日突然押しかけて、納屋の隅に隠れている女性たちを数人で襲った。
    同じ村で暮らす日本人はもちろん、近くで暮らす中国人たちもソ連兵の行為を止めることができなかった。戦争に負けるということはこういうことなのだ、と楊は泣き叫ぶ日本人たちの姿を見ながら胸に刻んだ。(P134~135)

    中国政府はある意味で一貫していた。

    《不都合な事実は絶対に記録させない》

    戦争や内戦を幾度も繰り返してきた中国政府はたぶん、
    「記録したものだけが記憶される」という言葉の真意をほかのどの国の政府よりも知り抜いている。
    記録されなければ記憶されない、その一方で、一度記録にさえ残してしまえば、後に「事実」としていかようにも使うことができる
    戦後、多くの建国大学の日本人学生たちが、「思想改造所」に入れられ、戦争中に犯した罪や建国大学の偽善性などを書面で残すよう強要されたことも、国内の至る所でジャーナリストたちに取材制限を設け、手紙のやりとりでさえ満足に行えない現在の状況も、この国では同じ「水脈」から発せられているように私には思われた。
    そして、その「水脈」がどこから発せられているものであるのかをそのときの私は建国大学の取材を通じて経験的に知り得てもいた。
    建国大学の卒業生たちの取材を通じて私が確信したことが一つある。
    それは「小さな穴でも、大きくて厚い壁を壊すのには十分だった」という事実だった。
    「小さな穴」とはもちろん「言論の自由」をいう概念を意味した。
    建国大学が学生に認めた「言論の自由」は、やがて中国人や朝鮮人の学生たちに物事を知ろうという勇気と現状を判断させる力を培わせ、反満抗日運動や朝鮮独立運動へとつながる確固たる足場となっていった。
    「知る」ことはやがて「勇気」へとつながり「勇気」は必ず「力」へと変わる。
    そんな「知」の威力を誰よりも知り抜いているからこそ、国家がどんなに巨大化しても「最初の一歩」に赤子のように怯え、哀れなくらいに全力で阻止する(P171~172)

    「現場の状況を知るには、現場の人間に聞くのが一番手っ取り早いのでね。組織を通して報告を受けているだけでは、本当の所は何もわからない」(P234 辻政信)

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    2021年12月07日
  • 災害特派員

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    ダメだってこんなの。 号泣してしまった。

    #白い土地 を読んで、気になっていた著者。新聞記者でありながら事実を淡々と 伝えるだけではなく、現地に駐在し現地の人々に寄り添い、人の心の襞にまで入り込む取材を続けた著者の、第一級の書籍である。

    16000人と言う死者の数に比べれば、ほんの一握りかもしれない。ただ取り上げた人物、背景、 寄り添う心にはかなり心を動かされた。

    短期で取材をしヒットアンドアウェイで戻るのではなく、現地に住み長期的に取材をする姿勢は大いに賛同できる

    すごいの一言。言葉を扱うプロフェッショナルという枠を超えて、事実+α、人の心を伝えることができる言論人として尊敬する。

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    2021年11月17日
  • 災害特派員

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    ネタバレ

    2011年3月11日、私は福岡の実家で変わらぬ日常を過ごしていた。揺れてもいない。津波も来ていない。「3.11」の記憶は、テレビの映像だけで形作られている。「人を殺すのは『災害』ではない。いつだって『忘却』なのだ」。この言葉を聞いた時、ドキッとした。生半可な覚悟では受け入れられない被災地の現実。目を背け続ける私も、あの日を忘れていく側の人間だということを痛感させられる。

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    2021年07月04日
  • 五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

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    敗戦と、関東軍打ち立てたものの満州国が運営する理想主義的な国際教育の方式が戦後レジームに馴染まない理由で、韓国を除く日本・中国・ロシア・台湾(・モンゴル)などの国では歴史のブラックホールに吸い込まれたような満州建国大学の史実を、もう少しのタイミングで完全に歴史の闇に葬り去られると言うところで掘り下げていった三浦さんの胆力に感銘を受けた。

    石原莞爾や辻政信のなどの政治思想についても、もっと知りたいと思った。これらの戦後レジームに馴染まなかった思想の中に、アジアの世紀と言われる21世紀に輝く原石が見つかると感じる。

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    2021年04月25日
  • 五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

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    日本が満州国を設立した際、将来の満州国の運営を担う人材を育成するために満州建国大学が設立されました。学費、生活費は支給され、日本だけではなく、朝鮮人、中国人、モンゴル人、白系ロシア人と満州の関わる広範な地域から選りすぐられたエリートが在籍した当時の日本としては稀有な国際教育機関でした。定員150名程度に対し応募は2万人を超えていたという数字が、いかに優秀な人材を集めていたかを物語ります。
    建国大学では「民族協和」の理念のもと、20数名の小グループに全ての出身国の学生が振り分けられ、当時の日本の施策を批判することも自由という、完全な言論の自由の保障のもと、国際感覚を養う教育が行われていました。
    これほどの規模と先進的な教育機関でありながら、その存在はほとんど知られてきませんでした。敗戦後、日本人学生は日本の満州における傀儡国家運営を担う教育を受けたとして戦犯として扱われる危険性から口をつぐみ、朝鮮人や中国人の学生は日本の政策に一時加担したという疑いをもたれることは自分だけでなく家族までも危険に晒す可能性があり、在籍したことを隠し通すケースが多かったからです。
    著者はあるきっかけから建国大学の存在を知り、数少ない在籍者への取材を試みます。日本国内だけではなく、中国、台湾、韓国、モンゴル、カザフスタンに在住する建国大学の元学生のインタビューに成功します。
    本書にも記載がありますが、満州など日本国外にいた日本人の場合8月15日をどこで迎えたかがその後の人生の大きな分岐点となっています。本書で紹介されている日本人元学生さんも中国国民党に捉えられ、そのまま中国共産党との戦闘要員として駆り出されたり、ソ連軍に捉えられた人はシベリア抑留を経験されたケースもありました。
    中国、台湾などでは元学生は「日本帝国主義への協力者」とみなされ当時の政府から厳しく弾圧されたりしたケースが多いのですが、韓国では建国大学に在学したスーパーエリートを国家の中枢に組み込もうとしました。その結果、韓国の首相にまで上り詰めた卒業生も本書に登場します。
    このような大学が存在したことは、私も本書を読むまで全く知りませんでしたし、その卒業生の敗戦後の人生の振れ幅の大きさも想像以上でした。当時の日本の国策と結びついたエリート養成機関に関する取材だけに、当事者の口の重さもあり、困難な取材であったことは本書からも伝わってきます。ただ、卒業生の多くが非常に高齢であり、「今、話しておかなければ永遠に記録が失われれる」という気持ちと「今取材しておかなければ永遠に取材機会が失われる」という著者の熱意が結びついた、昭和史、近代史の今まで知られてこなかった一面を知ることができるノンフィクションだと思います。2015年開高健ノンフィクション賞受賞作です。

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    2021年04月15日
  • 日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか

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    警察、外務、経産と読んできて今度は防衛省の日報隠蔽事案について読んでみた。情報公開を武器に防衛省に迫るフリージャーナリストの布施氏と南スーダンの現地を取材する朝日の三浦記者の共著。読みやすさ、両者のコラボレーションもさることながら、問題に当事者として取り組んでいった布施氏の着眼と問題を炙り出した能力には脱帽。

    両者の分析を一言で言うと、防衛省・自衛隊は十分な権限の無い中で戦闘に巻き込まれる危険性を、現地部隊中心に認識していたが、安保法制の適用実績を作りたい官邸、自衛隊を売り物にしつ国連常任理事国に入りたい外務の思惑もあり、現地の生情報は出せなかった。そのため、情報公開請求に不存在で対応し、矛盾をつかれ、後手後手の対応と相俟って、最後は大臣、事務次官、陸上幕僚長というトップの退任まで話が拡散したという事案。

    布施氏の分析を読んでいて気付くのは、
    ・やはり正確な情報提供による国論が必要不可欠であること。そうしないと国益を害する可能性がある。
    ・現状の憲法9条の状況は明らかにおかしい。改正して権限をきちんと与えて派遣するか、9条を金科玉条のように守って別の形での貢献とするべき。現状のままでは、事実を捻じ曲げてなんとか憲法の身の丈に合わせて論理構築して派遣するという中途半端な状態に。これでは派遣される自衛官が気の毒であり、国民も半ば騙すことにもなる。
    ・情報の隠蔽は結果としてバレる(部内に不満が必ず残る)。政敵を葬るためのリークもあるだろうが、本件でリークした官僚・自衛官の多くは義憤に駆られたのでは無いかと思う。やはり、物事には大義が重要だと思う。
    ・古賀茂明氏、佐藤優氏の著書にあった行政の無謬性の原則がここでも登場する。一度、不存在にしたものが存在することがあってはならない、国会対策上もたないという黒江事務次官の内部での発言。こうした無謬性を日本の官僚は捨てる必要があるだろう。
    ・布施氏の情報公開の使い方が水際立っている。複数の文書からヒントを見出して問題点を炙り出す。これで国会議員やメディアに火がつくと一気に事案として拡大するというメカニズムになっている。
    ・記者クラブメディアの中でも、右寄りのフジテレビやNHKも本件を追っている。これは、やはり防衛省の対応に問題があれば、メディアスクラムが発生するということ。

    パッと思い浮かぶだけでも以上の発見点あり。良い読書だった。

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    2021年01月02日
  • 日報隠蔽 自衛隊が最も「戦場」に近づいた日

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    2016年、南スーダンにPKO活動として派遣されていた自衛隊をめぐり、「文民駆け付け警護」等の任務が新たに付与されようとしていた矢先、その派遣先である南スーダンで政府軍と反政府軍との間で激しい戦闘が発生しました。
    自衛隊をPKO派遣する前提として「戦闘状態にある現場には派遣しない」という原則があったため、安倍政権は頑として「戦闘ではなく”武力衝突”である」等の答弁を繰り返しました。事実確認のため、本書の著者である三浦氏が当時の日報を情報開示請求したところ、「日報は破棄されているため開示できない」との回答が出されます。以後の国会でも「日報は規則に従って破棄されており存在しない」と一貫して当時の稲田防衛相は答弁しました。しかし、のちに日報は自衛隊内で保存されている事が発覚し、最終的には日報の隠蔽であったとして稲田防衛相、陸上幕僚長、防衛事務次官などの最高幹部が辞任する事態へと発展しました。
    本書はこの一連の事態の推移を追うのですが、その構成は、稲田氏の答弁を中心に布施氏による日本の国会での答弁を追った章と、三浦氏による南スーダンの現場ルポの章が交互になっています。実弾が飛び交い、政府軍による市民への暴行が絶えない南スーダンの現場が誰が読んでも危険な状況であることが明白であることと、実弾が飛び交う状況を「戦闘」ではなく「武力衝突」だと言い張る稲田氏の答弁をはじめとする国会でのまさに”言葉遊び”のような難解さとのコントラストがあまりにも際立ちます。
    国会で稲田防衛相や安倍首相が、のらりくらりと訳の分からない答弁を繰り返している間にも、数百人規模の銃撃戦や、迫撃砲弾、ロケットランチャーを乱射するような戦闘が宿営地のすぐ傍で発生するような切迫した状況に自衛隊員達は置かれていました。少年兵も多い現地で、もしも少年兵が自衛隊へ発砲してきた場合について「相手が少年兵だったら、こちらが撃つよりも撃たれることを選ぶかもしれない」と証言する隊員もいました。
    森友・加計学園、桜を見る会についても都合の悪いことについては記録が残っていないと言い倒し、つい最近もコロナウィルス感染対策の専門家会議も議事録を残していないと平然と言ってのける安倍政権。
    毎日の報道だけでは、事態の全体像を掴み切れない事も多いですが、本書は日報隠蔽の事態を再構築して分かりやすくまとめてあり、少しでも多くの人に読んでもらいたいと感じました。

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    2020年06月03日
  • 日報隠蔽 自衛隊が最も「戦場」に近づいた日

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    「戦闘」か「衝突」なんてどうでもいいよ、というか南スーダンて内戦状態じゃないの?と当時も思った。日本が積み重ねてきた「信頼」が崩されていっている。なぜ安倍政権は改憲に執着しているの?なぜ人命を軽んじるのか。誤魔化されていること、知らされていないこと、私達が知ろうとしていないことがもっとたくさんあるのだろうなと感じた。

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    2020年04月28日
  • 五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

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    すごかった。
    私は世界史とくに近代史についてあまり多く知識がなかったので、この本を読んで色々なことが知れてよかった。
    色々な建国大学の卒業生の戦後を見て、時代の流れと国々の思惑に圧倒された。

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    2020年04月20日
  • 五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

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    日中戦争が激しさを増している時期に満州に設立された国策大学の卒業生を取材したもの。あの石原莞爾が発起人、辻政信が設立責任者とくれば、自ずとイメージができてしまうが、実態は全く異なるもの。「五族協和・大東亜共栄圏」の実現とその将来を担うエリートを要請する大学で、日本人、朝鮮人、中国人、モンゴル人、ロシア人を対象に、授業は各国語、国籍を混ぜた寮生活、そしてこの時期には信じられないことに学校の中では言論の自由が保障され、共産主義の著書も自由に読めたという。中国侵攻や傀儡国家の設立を避難する中国人の激しい追及に、日本人学生がたじたじとなる場面や、ロシアの南下政策を警戒するモンゴル人との激論が、毎晩のようにあったという。一方で、終戦後、当局に拘束された中国人卒業生に、多数の差し入れを行なった日本人がいるなど、強い連帯感を長年にわたって維持している。グローバル人材の育成とか多様性を身につけようという活動が、もしかすると最も活発で実践的だったのが戦時下の満州とは、なんとも皮肉なこと。終戦後何十年にわたって続いていた「同窓会」も、2010年をもって終結となり、卒業生の年齢等を考えると、この画期的かつ不幸な運命に翻弄された大学でどんなことが起こっていたのかを知る機会は全く失われることとなった。とても貴重な一冊。

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    2019年04月16日
  • 五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

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    どんどん読み進めた。このような作品を前にいい加減な感想は書けないと思う。
    満州建国大学の存在など全く知らなかった。
    三浦さんが布施祐仁さんとお書きになった「日報隠蔽」に感銘を受け、トークショーまで行って、サインいただいて、この本の前に「五色の虹」という本も出されてるのだと知り。。。
    ギリギリ間に合った感じがすごいと思う。戦後悲惨な経験をされた方々、よく長生きしてくださった、という感じだ。お亡くなりになってしまったら、お話は2度と聞けない。何も話せないまま、お亡くなりになった人の方が圧倒的に多いのだが。
    建国大学卒業生のそれぞれの戦後。
    と、それを取材なさり、一冊の本にされた記者さん。
    どちらも違う意味ですごくて言葉にならない。
    あとがきを読んで、本として出版されるまでも大変な苦労があったと知る。

    トークショーの時、「本として残したかった」とおっしゃった(「日報隠蔽」のことだけど)。この形で、誰でもが手に取れる形で完成したことは本当に良かったと思う。

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    2019年02月08日
  • 五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

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    ページをめくる手が止まらなかった。キルギスに抑留記念館を建てる計画があるから取材しないかという誘いから始まる長い旅。日本、中国、朝鮮、モンゴル、ロシアの建国大学生がたどったそれぞれの戦後。収容所に入れられても、良い人生だと言える強さ、いつかロシアと対峙したときロシア語が必要になるのではと、新潟で農家をしながら勉強部屋をロシア語教材で埋めつくす老人。彼は、最後は65年ぶりの同期生との再会のため、ロシア語を飛行機の中でも寝ずにおさらいする。150人の定員に対して2万人の応募があった試験から選ばれた彼らは、平和な時代だったら、どれだけ活躍できた人たちなんだろう。

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    2019年02月05日
  • 日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか

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    布施さんや三浦さんがいてくださる世界とそうでない世界。全く違う世界になる。
    それほどの仕事のできない私(たち)は、せめて彼らの仕事がムダにならないようにしなければならない。

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    2018年05月06日
  • 日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか

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    日頃ニュースを追っていないし政治にも自衛隊にも疎い私ですが、すごく分かりやすかった。
    日報隠蔽の深刻さ、PKOの危うさ、現政権の異常さ、日本人の無関心…などなどが理解でき、恐怖しました。
    同時にジャーナリスト、報道の力に期待が持てました。憲法9条のありがたみを改めて感じています。誰かに任せきりじゃなくて、自分たちで守っていかなければと思います。

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    2018年04月10日
  • 五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

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    ノンフィクションで泣けるぐらい涙腺が緩んでたという衝撃の事実。
    ま、それはさておき「満洲建国大学」、お恥ずかしながら不勉強で初耳だったのです。それなりにあの辺のものは読んだはずなのに、いかに上っ面を舐めてるだけか思い知らされる。同い年の朝日の記者さんの一作。ノンフィクションとしての完成度はさておき、知らなければならない話を世に出した功績は大きいかと。開高健ノンフィクション賞受賞作品の文庫化。

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    2018年04月01日
  • 五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

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    朝日新聞の記者である三浦英之氏が、かつて満州の最高学府として実在した建国大学と、その卒業生たちの戦後を取材した作品。

    建国大学は1938年に石原莞爾らの起案により、満州国のリーダー育成を目的として設立される。五族協和のスローガンのもと、アジア各国から優秀な生徒が学費免除で集められ、学内では当時としては珍しく言論の自由が許されており、社会主義の研究なども行われていたそうだ。

    この建国大学の存在があまり知られてこなかった理由としては、終戦と同時に学校に関する資料がほとんど焼却されてしまった事、そして卒業生の多くが、日本帝国主義の協力者として母国から迫害を受けた事が大きい。三浦氏が取材で中国を訪れた際にも、実際に当局から妨害を受けており、いまだに特定の話題はタブー視されているらしい。

    本作の取材を開始した時点で、卒業生はみな80代半ばを過ぎており、このタイミングがまさに最後のチャンスだったのだと思う。戦場や収容所で絶望しそうになった時、大学で学んだ教養が悲しみの淵から救い出し、目の前の道を示してくれた、という卒業生の言葉がとても印象的だった。

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    2018年03月19日