香納諒一のレビュー一覧

  • 灰は灰~新宿探偵 鬼束啓一郎~

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    ある事件をきっかけに警察を辞めた探偵のお話。昔ながらの探偵の匂いがする懐かしい設定とストーリー。さすがの作者さん。読ませてくれる。

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    2026年04月25日
  • 鉄のほころび~刑事花房京子~

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     シリーズが重なるにつれ、新作がどのように書き継がれてゆくかという点に興味があるし、マンネリ化を避ける策は、その後どう取られてゆくのかという辺りにも好奇心の虫が騒いだりする。

     さて『刑事 花房京子』のシリーズも4作目。そもそも女性主人公のシリーズというのが、まず香納諒一作品として珍しい。本シリーズは倒叙形式だから、男性作家であってもこのヒロインを創出しやすかったのかなとも思える。主人公である花房京子の心理に踏み込むことなく、そもそもヒロインにあまり語らせず、ただただ犯罪の真実を追求することに才能を発揮させてゆく手法である。だからこそ犯罪者側から見ても、また読者から見ても、この女性刑事・花房京子という存在は、謎めいていながら、その手腕がもちろん、事件の核を掴み取る存在感というところで際立った存在なのだろう。

     ぼくが、あれ? と不思議に思ったのは本シリーズでは何も初めてのことではない。シリーズ前作『絶対聖域』では、刑務所を訪問してそこで発生した事件を解決するという奇抜なアイディアに驚いたが(『絶対聖域』)、今回もまたシリーズのステージや表現手法に変化が加わっているように思えてならなかった。というのは、なかなかヒロインが舞台の表に登場せず(そう、じれったいくらいに)、被害者が米国での長期留置を終えて釈放されたばかりの男性、という設定、そして帰国した途端に被害者が殺害されるという謎そのままに、捜査陣が四苦八苦するという前半の語り口に、ぼくは本シリーズとしての意外性を感じた。本作に限っては、倒叙型ではないのか? とも感じるくらい、真の殺人犯が表になかなか出てこないことが不思議だった。

     倒叙型ミステリーと言えば、事件が発生した途端に、読者はそのときの加害者側の事情を最初に知らされるという パターンがほとんどだろう。それがどのように名刑事によって明かされ追いつめられてゆくのか、というところが読者や視聴者を楽しませる手法であろう。しかし本書はだいぶそのオーソドックスさに頼らない語り口となっているのだ。否、むしろ主人公のヒロインも、敵手であるアンチヒロインも、そのどちらもが前半部分にはあまり登場しない。ただただ被害者の死が軸となり、ヒロイン以外の関係捜査官たちによって捜査されてゆくのである。その中には無論われらが花房京子も存在するのだが、なかなか前面に登場してくれないやきもき感が、シリーズ中本作だけの異質さを感じさせる展開なのだった。

     もう一つは、被害者と加害者の過去における人間関係が物語の中で際立ってゆくことだ。現在の殺人の動機について調べる側の描写が連なりながらも、なかなか犯罪者の心理面でのドラマというものは、終盤にかかるまでは登場しない。加害者側がなかなか登場しないということでは、倒叙ミステリとはやはり大きく異なる構成ではないかと思えてくる。コロンボ慣れた読者であれば、犯罪がどう起こったのかがまず読者(もしくは視聴者)が知ってしまうところから始まることに慣れているはず。完全犯罪を狙う犯罪者の側の創意工夫によって事件が起こされ隠蔽されるが、それらの隠蔽が名刑事コロンボによって裏返されてゆくというパターンではないだろうか。

     本書はその定型パターンから極めて外れているために、倒叙型というスタイルにこだわらない本シリーズの新しい形を見たような気がする。実のところ、前作も刑務所見学中に事件が発生しそれを解決するという異質な場所という舞台設定に驚いたのだが、それはまだ犯罪者側の描写が最初にあるために構図通りではあったと思う。

     しかし本作は最後までストーリーが見えにくい。つまりオーソドックスな倒叙ミステリーという形に拘泥していないのだ。ヒロインの性格・魅力をそのままに、新作の都度、何かをスパイスのようなものを加えている。本書ではそんな感覚を抱いた。コロンボのような定型ではなく、変化に富んだ不思議なシリーズになりつつある。ヒロインの際立った才能だけに甘んじず、作品のカラーを毎作変えてゆく作者の意図が見えてくる。加害者や隠蔽トリックを変えるだけではない。そんなところが肝であるような、シリーズとしては、いい意味で読者を裏切ってみせるイルージョン連作へと進化しているように思った次第である。

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    2024年10月17日
  • 新宿花園裏交番 旅立ち

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     本書のタイトル、気になりませんか? ぼくは気になる。坂下巡査が旅立ってシリーズは終わるのであろうか? さてどこに旅立つのだろうか? そのことばかりが脳裏を掠める中の読書時間であった。これまでの本シリーズで登場してきた多くの個性的キャラたちが、新宿という坩堝でまたしても対立し、闘い、血を流し、涙を流す物語である。いつもながらの都会の闇。そのままに。

     ここでも多くの異なる組織に属する人間たちが、激突を繰り返す。暴力と逃走。交番内でのパワーバランスも微妙にぶれてきている。というより交番内の警官たちが結束しているようでいてそもそも不安定であるように見える。否、交番に限らず、主人公坂下巡査の人生に関わり、今も蠢く奇妙に歪んだキャラクターたちが、このシリーズを通して、世界の矛盾を声高に叫び訴えているかに見えるのが、このシリーズ、否、香能諒一の警察小説に共通するものなのかもしれない。安泰であるように見える世界のバランスは不安定な人間の心の揺らぎによってかろうじて支えられているものであり、それらはかすかな横風が吹くたびに危うく崩れそうになるたまゆらの積み木細工、であるのかもしれない。

     人間は変われない部分と変わる部分があることをも本書は教えてくれる気がする。多くの組織の思惑を秘めた反社組織と警察組織が新宿という大都市で相克し合うアクション小説、と言い切ることもできるかもしれないが、そこで人生を選んでゆくそれぞれのキャラクターたちの生き様や死に様は、読者であるぼくらの心のに少なからず微風を(時には突風を)送ってくるかもしれないし、そのわずかな揺らぎでぼくらの知る世界は違うものに見えてくるかもしれない。

     そんな都会の光と影を写し取って描く名人芸のようなものを、現在、脂の乗った香納諒一という作家はペンのうちに隠し持っているように思える。大長編ではないものの、いつもながらノンストップの一作である。

     それにしてもタイトルが、とても気になりませんか? このシリーズ作の主人公である坂下巡査はどこへ去ってしまうのだろう? そんな不安定感を頭の隅にずっと住み付けながら読むことで、この作品はさらにスリリングな気持ちで読むことになりました。そして、スピード感を持って読むことに。さてラストは何を意味するのでしょうか。シリーズの終わり? シリーズの変貌? それはあなたの眼で確かめて頂きたいと思います。

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    2024年10月01日
  • 新宿花園裏交番 街の灯り

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      長く読書をしているにも関わらず日本の出版事情にさほど詳しくない。海外小説読みのぼくには、国内小説の出版の仕方に関して、いろいろな不思議があるのだが、その一つは、同じ作者でも、作品により、文庫・ソフトカバー・ハードカバーという本の種類の差があることだ。もちろん出版社の判断の差もあるのだろうが、作品やシリーズにそれぞれの重みを作者が付加しているとは思えないので、誰がそれを判断するのかである。香納諒一という作家だけを見ても、本シリーズは最初の二作はハードカバーだったのだが、三作目からは文庫に変わった。日本版コロンボという風味のある花房京子シリーズは、最初から通してソフトカバーである。物語に昭和の重厚感のある川崎警察シリーズは、やはりハードカバーの重みが似合う。小説に重さや軽さがあるわけではないのだろうが、出版する会社の判断がどのようにこれらを決めてゆくのかぼくにはよくわからない。

     そうした坂下巡査シリーズがいきなり文庫化された作品がこれだ。しかもあまり時間を置かず二作目が出るとの話も聞いている。やはり読んでみて物語が前作に比べて軽くなったというわけではなかった。他の警察小説シリーズに比べるとどうしても舞台が刑事部屋ではなく花園裏交番ということだから、いわゆる刑事とは動きの差が出るのだが、事件現場の最前線に最初から配置されている警察官たちに顔を与えた小説シリーズというあまり見ない側面で描かれるスリリングな物語は珍しい。

     新宿という舞台もあるだろうが、そこに蠢く国際的な組織対立と闇の深さは刑事部屋ももちろんのこと、街に出張って銃器・警棒を装備している警察官たちにとってはむしろ命のやりとりが日常的に行われる所謂『現場』なのである。そこに眼を付けてミステリーを書く作家が初めてとは言わない(パソコン通信時代の友人から本格ミステリ作家としてデビューした太田忠司の最初の作品『僕の殺人』が、まさに交番勤務の警官だった。ちなみに単発TVドラマにもなった!)が、ここまで命のやりとりをする交番勤務の警察官たちのシリーズ作品はまず皆無だったろう。

     ちなみに香納諒一という作家は、ぼくがパソコン通信時代「冒険小説&ハードボイルドフォーラム」を運営していた時に若手作家として加入してきて頂いた方である。彼のデビュー当時の作品はアウトロー側から描いた傑作が多く、フォーラムの中でも高く評価され、ファンは多かった。しかし円熟期を迎えてからの香納諒一は、滅びの美学から徐々に変化を遂げ、警察小説の書き手として強固な地盤を作ってきた作家である。ぼくはその当時の愛読者の中の一人というわけだ。

     本書では、真夜中の魔都・新宿に消えた少女の行方を追う交番勤務の警察官たちのストーリーなのだが、実に多くの有象無象の悪党たちが絡み合う複雑な構図はこのシリーズの最早シンボルのようなものだ。都会でダメになってゆく者たち、それぞれが金と欲とそこに愛とか執着という名の不確定要素が入り込むときに生まれる読みにくい人間絵図。新宿という人種と善悪の坩堝を背景に、一人の若い警官と彼を取り巻く上司たち、刑事たちが、底の深い人間の罪を掘り起こす物語である。いつもながら人間の書き分けが秀逸。でもできればシリーズ第二作までもが文庫化されているみたいだから連続的に読んできて頂きたい本書である。シリーズとして読んだ方がこの世界の深みはしっかり味わえるだろうから。

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    2024年10月02日
  • 川崎警察 真夏闇

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     1970年代、昭和の川崎を舞台にした『川崎警察』シリーズ第二弾が登場。何と言っても読みどころは、巷に溢れる凡百の警察小説シリーズと異なり、昭和という時代とその世相を背景に起こる事件を、その当時の方法で捜査してゆくという点に尽きる本シリーズなのだが、70年代を関東で過ごしたぼくにとっては、当時の空気感のようなものが懐かしい。70年代を主に十代で過ごしたぼくよりもさらに少しだけ若い作者の手によって、こうした時代を蘇らせる作品が書かれるとは珍しい。今あの時代を振り返るのはさぞかし大変な作業だったろうと想像される。しかし、この時代、とりわけ沖縄返還の前年という独特に揺れる国内の空気を見事に再現しているのが本作。いつもながら、仕事の丁寧さがとても有難い。

     そう、本作の軸は沖縄返還を翌年に迎えるというその独特な歴史的転換点を捉えている点である。1971年6月17日が返還の日なのだが、本書で扱われる事件とその捜査は前年の1970年。ぼくはこの本の時代は、未だ14歳、中学3年、卓球部で頑張っていた頃になるのかな。こうした時制の小説を読むことは、この小説で語られている時代の自分を振り返り思い出そうとする気持ちに繋がる。確実に、この作品を読む楽しみ方の一つである。

     さて本書の軸となる事件だが、つきなみに思われる女性の遺体発見。河川敷での二つの焼死体発見といった事件が世間を賑わせているこの四月に、よりによってこちらは異なる意味で同様に河川敷に放置された惨殺死体。現実の事件の方は次々と関連する容疑者が確保されているが、物語は事実より奇である。本書の遺体は死後に下腹部を切り裂かれた中年女性ということで、奇妙さに奇妙さが重なる。

     そしてスマホもパソコンも十分にないアナログの時代である。警察の捜査も、科学捜査やネット犯罪などとは無縁の、極めて人間対人間の具体的な暴力が現状を曝していることになる。今よりもずっと関連付けやすい人間関係と、利害関係。しかしだからこそ剥き出しの暴力が人を傷つけ、法外な利益を得るという直接的な動機が凄惨な殺人に直結しやすい。

     この作品で注目したいのは、返還後の沖縄で予想される土地価格の高騰という背景。沖縄を行き来するのに未だビザが必要であったこの時期だからこそ、土地を売りたい地元の人間とそれを買って利ザヤを得たい無法者たちが跋扈するのである。こうしたその時代だけに起こり得る社会現象に眼をつけた作者の視点が本作品の強烈な個性に繋がっているところにぼくは瞠目したい。

     そしてこのシリーズでは特に感じられる、あの時代ならではのアナクロな刑事たちの人間めいたやりとりは、今更ながら人間の体温が感じられるように身近で嬉しい。科学捜査やネット犯罪で埋もれている現代のTVニュースとは無縁の、熱い血の通った捜査官たちの個性やいささか行き過ぎとも言える恫喝や暴力、荒っぽさが何とも昔の刑事映画を思い起こさせる懐かしさでいっぱいである。

     どうかぼくと同じ時代、小説やテレビや映画で刑事ものを熱く見ていた世代に本書を読んで頂きたい。昭和のセピアカラーのスクリーンが本書の空気から蘇ってゆく様を体感して頂きたいものである。

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    2024年05月03日
  • 川崎警察 真夏闇

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    上手い!
    話の運びの上手さから事件が次々と展開を替えていくのを、読者は車谷刑事と共に事件にのめり込んで行かされる。この展開がスムーズであるため無理なく楽しめた。
    返還前の沖縄からの麻薬密輸から、政財界のフィクサーの殺害、密輸に関わって死亡した母親の思い、沖縄の貧しさの中で助け合いながら育った子供たちの思い、自らを犠牲にしても相手を助けようとする思い。
    これらを読み進めるうちに小説への感情移入が加速してゆく。
    物語終章を迎える間際にぐっと涙腺が緩んでしまう熱い展開もあり、車谷の語る母親の最後と相俟って、心を熱くする警察小説となっていた。
    前作の「川崎警察下流域」も良かったが、
    車谷デカ長の清濁合わせ飲む的な、川崎の町の平和の為にはヤクザでも手を組む姿が小説の熱さにも繋がっている。

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    2024年04月24日
  • 絶対聖域 刑事花房京子

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     本作には二つの際立った特徴がある。『刑事コロンボ』を代表格とする、いわば犯罪者の側から語ってしまう倒叙ものであること。これは花房京子シリーズに課せられたシリーズとしての約束ごと。シリーズ読者であればそこにこそ期待するわくわく感が最初から期待させられる。

     もう一つの特徴は、本作に限っては全編刑務所を舞台にしていること。それも刑務所の祭典として一般公開されるばかりか女性歌手までがステージに上がって美声を披露してくれるという特別な日を事件にあてがっていることである。

     事件そのものは、早い段階で読者の目に曝される。殺意がどこにあるのか? コアとなる部分は既にオープンになってはいるものの、なぜこの殺人者がこの被害者をターゲットに選んだのか? は当面謎というかたちで我らがヒロイン花房京子の捜査がスタートする。殺人が実行されたのは、刑務所の祭典のさなか。映像化した作品も観てみたくなるようなある意味スケール感のあるプロットである。

     読者の目の前に曝された殺人事件の裏側を読み解くのが、そもそも本作の推理小説としての醍醐味なのだが、いくつかミスリードを誘う伏線なども仕掛けられていてなかなか一筋縄ではゆかない。刑務所という一種のアニマルファームが舞台であるからこそのカオスがあり、それを律する職業に携わる者たちの規律の重要さは決して軽くないように見える。

     例によって花房京子の眼のつけどころこそ物語の鍵であり、そこに気づいてゆく真犯人の苦渋が読者目線での読みどころにもなってしまうのは、倒叙ミステリーの構図そのものである。

     ちなみに少し前にぼくはアンデシュ・ルースルンド『三年間の陥穽』のレビューをネットにあげたのだが、レビューした作品は小児性愛犯罪の世界的ネットワークを根絶せんとする警察官と潜入捜査官の物語であった。本書『絶対聖域』では、小児性愛犯罪が殺人の重要なファクターとして描かれている。世界でも日本でも、一般社会の中に隠れた異常性愛による犠牲者が存在することを、またも垣間見せられる。こうした異常者は犯罪を犯すそのこと以上に、むしろ異常性を隠蔽することに心血を注ぐ。どちらの作品でもそうした傾向が見られたことに、現代の隠された罪の情景を見せられた想いである。

     花房京子が暴く真実は相当に痛い。倒叙型ミステリーとしての形だからこそ書けたであろう犯人側の苦悩の深さが痛いのだ。被害者側の屍が曝される場所と本作タイトルとの関わり方を読者としては想像してゆきたい。

     さて本書の一番の個性だが、それは作品の舞台となる刑務所そのものであろう。刑務所の地図が冒頭に示され、読者は公開当日の一般客の目線で刑務所のなかに足を運び入れる。そちらの面白さも格別なのが本書の特徴なので、改めて刑務所のそのような祭典についてネットで調べてみた。

     ちなみに東京拘置所(旧小菅刑務所)では、コロナ前には「矯正展」という形で受刑者の作品展示と、刑務所棟の外観見学のみが行われていたようである。ちなみにコロナ後に開催される2023年12月に実施される矯正展は、東京国際フォーラムで実施されるそうだ。本書を読んだ後では相当に残念な場所であるように思う。拘置所見学という機会は、今のところ残念ながら失われてしまっているようである。刑務所や拘置所を見学したことのある方、興味のある方は、本書でしっかりその雰囲気を味わって頂きたいと思う。入所された経歴をお持ちの方はもちろん別として。

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    2023年07月22日
  • 名もなき少女に墓碑銘を

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     たまたま手に取った作品だった。
     正直あっという間に読んでしまった。
     疑問符をつけたがる向きはいるかもしれない。割り切れなさを嫌う人もいるかもしれない。
     けれど、そのリアリティの乏しさにこそ、魅力がある。

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    2023年04月19日
  • 逆転のアリバイ 刑事花房京子

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     『刑事コロンボ』ファン必読の花房京子シリーズ、2018年6月以来の第二作が登場。倒叙ミステリーの代表とも言われるコロンボですが、これを日本に置き換えての作風で綴るのが、まさかの香納諒一とは驚くけれど、かといってハードボイルドや警察小説の名手が、突然本格に目覚めたということでもなく、コロンボの風味にチャレンジしながらも、香納諒一のオリジナル作風はきちんと残されていて香納ファンをやっぱり裏切らないのが素敵だ。

     この作者は若手の頃から地理をよく調べて書く作家だと思っていた。小説の舞台となる土地について、現代の都会であれローカルな田舎街であれ、しっかりその土地の陽と陰、風の匂いなどが感じられてとても好感を懐いた記憶がある。マーローやハメットなどハードボイルド作家が大切にきた街の描写がしっかり継承されているように思うのだ。この日本に。

     本作では田園調布界隈と三浦半島の二か所が事件の舞台なので、ぼくとしてはさほど詳しくない場所なのだが、他の作品でぼくの心当たりの土地を舞台にしているときはかなりリアルな描写をされていて感心したものだ。本作でも生き物のように、あるいは凶器や仕掛けのように土地の具体的な高低、建物周辺の道路までが材料として使われる。

     無論倒叙型ミステリーなので、コロンボのTVシリーズと同じく完全犯罪を目指す容疑者側と、あらゆる現場・人間行動の矛盾に鼻の利く特殊な刑事との対決構図は楽しい。しかし、そこに物欲と情欲、人生とそれを取り巻く経済環境、生活環境などの条件が重なって、時間的リアリティと空間的奥行きを幾重にも備えた犯罪トリックとそれを暴く名探偵=花房京子の駆け引きが息を抜く間もなく連ねられる。

     ぼくが思うにコロンボ以上と思える犯罪の意外な罠を、本作ではタイトル通りアリバイというところに持って行くクロージングがまた味わい深く、そこに本格推理ミステリーの面白さというだけではなく、人間の愚かさや葛藤を練り込んで描く辺りが、やはりトリックよりも人間重視で貫いてきた香納諒一という人ならではのビターテイストが利いている辺りが、実に憎い。

     TVのコロンボよりも一層大人の、そして身近な日本の土地に材を取った本作の魅力と、巻置く能わずの面白さを是非とも味わって頂きたい。

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    2022年04月20日
  • 幻の女

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    ここまで愛した女は一体本当は誰なんだ?設定が面白く、死後すべてをなげうって探す男の純情さと、むなしさ。

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    2020年11月21日
  • さすらいのキャンパー探偵 降らなきゃ晴れ

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    知らなかった、こんな上手い書き手がいた。って当たり前だ、自分の乏しい読書生活じゃ出会ってない作家は山ほどいる。
    しかしこの探偵さんは魅力的だ。

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    2020年04月14日
  • さすらいのキャンパー探偵 降らなきゃ晴れ

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     辰巳翔一のその後を描いた中編シリーズの開幕である。

     この探偵には、既に三つの顔がある。写真週刊誌カメラマン。私立探偵。そして廃墟カメラマンだ。香納諒一が小説家として踏み出して間もない頃、この探偵は初めて生み出された。既に中年という領域に足を踏み入れていたぼくの眼には、若い作家の作品とは思えないくらい、大人びた作品としての仕上がり具合に驚かされている。絶賛したくなったのが『春になれば君は』(文庫化に当たって『無限遠』と改題)である。

     その頃は写真週刊誌カメラマンの立場を追われてやむなく探偵家業に追いやられるという傷ついた役柄であった辰巳翔一。彼はその後『虚国』(文庫化に当たって『蒼ざめた眠り』と改題)で、廃墟カメラマンとして復活。何と廃墟を集めた写真集がそこそこヒットしたという設定。そして彼は事件に巻き込まれ、またもや探偵としての天性の能力を発揮して去ってゆく。

     この新シリーズでは、カメラマンという職業を探偵に被せることによって、旅する探偵という設定をイメージさせている。いわゆるシリーズ映画がそうであったように、不滅のヒーローは、日本のどこの場所に顔を出してもおかしくないというシナリオを、辰巳翔一も見事に手にしたわけである。

     そもそもが、日本の土地や風景、またそこに住む人間たちの描写の中に、現代という時代を描いているシリーズでもある。新に作られる街と、滅びゆく建築物。それらのどこか寂しい、時の墓場のようなイメージとしての風景群は、辰巳翔一の眼を通して印象的なネガに焼き付けられているかに見える。それはかつての二つの長編でも、この中編集でも共通する日本の現在という地平であるように窺える。

     それらの風景を訪ね歩く道具として、ついに辰巳翔一の足となったのがワーゲンバス。本書を皮切りに三か月連続で出版されることになったこの『さすらいのキャンパー探偵』という驚きの設定は、われらが主人公にキャンパー探偵という第四の顔をもたらしたようだ。

     キャンピングカーに魅せられているらしい作家自らの分身的意味合いはますます強くなり、作家人生の初期に作り上げた探偵像は、今も三十代という設定でありながら、過去の精神的古傷を引きずりつつ、現在の事件に果敢に関わってゆく。

     作者特有の、一行一行手作りで仕上げてゆく丁寧な文章は、短編でも中編でも同様に際立つ。緻密な構成という横軸に、無骨だが芯も弱さもある男の人生という縦軸を絡ませて、完成度の高いタペストリーを編み上げてゆく。三作ともにミステリとしてのアイディア、構成力、意外性含めて、完成度が高い。ますます円熟味を増した作家による、愛すべきキャンパー探偵は今も書き継がれているロング・シリーズとなってゆくらしい。

     今月も来月も新刊が出るという。エキサイティングな読書の秋となりそうだ。

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    2019年09月09日
  • 蒼ざめた眠り

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    被写体である廃墟とは? 廃墟の持つ影の深さ、交わされたいくつもの追憶の気配、止まったままの時間、背景に水平線。海と太陽と夜明け前のブルー。ページを開いたところから、一行一行を思わず噛み締めるようにして読んでいる自分に気づく。時には何度も読み返したり……。これじゃいつになっても終わらないな、と心の中で苦笑する。

     「未だに写真の話になると、球を真っ直ぐに打ち返すような、そんな生真面目な反応しかできない」ほど、自分の天職としての写真にこだわる廃墟専門カメラマン。そう言えば香納諒一という人も、小説づくりとなると「球を真っ直ぐに打ち返すような」作家だから、本作の主人公ともシンプルに通じ合っているのだろう。こういう設定には、一人称文体がよく似合う。「私」で始まる独特の香納節が。こうであって欲しいというハードボイルドへの渇望を、正当に満たしてくれる作品だ。

     日本中の廃墟を被写体にして旅する主人公。そんな辰巳が訪れたのは、中部と関西の中間にあって起伏が多く、かつ湾の美しい田舎町。シリーズ前作では、つくばエリアをモデルとした新興住宅地を舞台に、新旧住民の間の亀裂などが注目されたが、今回は、おそらく伊勢志摩から南紀に渡る熊野古道周辺の伊勢湾・紀伊半島辺りをモデルとしているらしき地域を舞台に、新空港建設の是非をめぐって対立する地域住民の緊張を背景に、廃墟で起こった殺人事件の発見者として辰巳が巻き込まれるところから物語は始まる。

     中心部の駅付近には、シャッターに閉ざされた店が目立つ古いアーケード街。丘の上には廃墟となった観光ホテル。関わってゆくどの人物もお互いに古い知り合い同士で、余所者は辰巳翔一だけ、という設定は、まるでハメットの『赤い収穫』、黒沢映画『椿三十郎』『用心棒』シリーズそのままだ。日本的な田舎風景をバックに登場したハードボイルド的主人公。さすがに、さすらいのカウボーイというわけにはいかず、実直で、人間的で、カメラのシャッターを切る瞬間に神経を集中するかと思えば、打たれ弱く、遠慮深い面も持ちながら、意地と矜持という熾火は心の奥にしっかりと抱えている。

     彼に関わって来る多くのキャラクターは最初は覚えにくいのだが、本書には、新旧版どちらも登場人物表があるので何度か参照して心に刻みやすく、いずれそれぞれの個性は文章にとっても徐々に奥行きや正体が露わになってゆく。人間たちの群像ドラマのように、それぞれの利害、愛憎、友情、家族愛など、読みどころが多く、もつれ合った無数の糸を、辰巳とその協力者たちが丹念に解いてゆく様は、エンターテインメント性抜群の読みごたえを醸し出してゆく。

     間違えて二冊買ってしまった本だが、ぼくにはどちらも捨て難い。ハードカバーは、香納諒一作品のほとんどがそうなのだが、装丁が素敵なのだ。永久保存したくなるようなデザイン。一気に並べると壮観だし、愛蔵版であり、作者のみならず読者の歴史に重なる。

     文庫本にはさらに捨て難い理由がある。関口苑生の巻末解説だ。喧嘩別れして以来何十年も会っていないが、ぼくが若い頃、さんざん酒食・ねぐら・海水浴・スキー、もちろん日々の読書に無数のアドバイスを頂き、お世話になった人物である。気難しい一触即発の頑固者である。彼のプロ解説者としての実力と凄みは今更言うことでもないのだが、実はこの巻末解説で強烈に再認識させられた。

     <この作品のラスト一行と辰巳翔一シリーズの前作『無限遠』のそれとをぜひとも読み比べてほしい>

     朝から書棚を掻き回して、ぼくは『春になれば君は』を探し当てる。最後の一行に眼を凝らす。思わずぶるっと震えた。関口苑生への尊敬の念が瞬時に復活し、彼と過ごした時間の追想に切なさすら覚えつつ。そして香納諒一が、とても粋な作家であることを再認識しつつ。じわりじわりと、ぼくは新しい朝陽の中で、古い絶版本も含めてこの三冊の本を抱きしめたのだった。

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    2019年04月18日
  • 絵里奈の消滅

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     『絵里奈の消滅』再読。昨秋、本書を読み終えて、この主人公にとても好感を抱いた。刑事を辞めて、新宿で「金で頼まれたことを請け負う」ことで生計を立てている孤独な一匹狼・鬼束啓一郎。ノンストップの探偵小説として楽しく読み終わってのだが、その段階でこの作品が『熱愛』の続編であることを知った。半年も経った今頃になって、改めて書棚から捜し当てた『熱愛』を開く。未読であることに今更ながら気づいた。鬼塚啓一郎がどんな人間であるのか、彼の身に何が起こったのかを、『熱愛』では、改めて深く知ることになった。その勢いで、もう一度、本書『絵里奈の消滅』を読み直す。前回と同様、やはりストーリー展開が面白く、一気に読めた。

     凝ったストーリーであるが、探偵が掴んだ真実には、ある家族に起こった長い物語が眠っていた。それはひどく屈折した物語で、光を浴びる人間がいる一方、弱い命が蹂躙されているかもしれない非情なる家族史である可能性が高まってゆく。先日、家族から捨てられ、あるいは家族から逃げてきた少女たちの、実際にあった地下生活をモデルにしたスウェーデン・ミステリ『地下道の少女』を紹介した時、追記として、本書と通底する怖さを感じた、と書いた。存在そのもの、生まれてきたことすらなかったことにせねばならない状況とは、改めて本書を読み直したときに、非常に怖いものだ、と感じた。

     本書は、調査を通じて知り得た真実を、鬼束啓一郎が探り出しつつ、何とか救い出そうとしつつ、手の届かない闇の中で、どこまでもあがき、闘い、向かい合って救いを求める物語である。一度目に読んだときに、このアンチ気味なヒーローに共感と魅力とを感じたつもりだったが、『熱愛』を改めて読んでみて、彼の負け犬としてお経歴とそこからの再生に立ち会うことができた。本書では、探偵の側は、過去の傷口を時に刺激されつつも、かなり心の平和は取り戻し、現在と向かい合う姿はとても頼もしく見える。

     素早い行動力、瞬時の決断力、様々な会話での判断力、いずれにおいても刑事時代に培ったのであろうスキルを前面に駆使して、闘うべき対象を見極めようという強い意志を伺わせる。何よりも警察組織の限界を超えたところで、個人でなければできない強みをわきまえ、時にはこちらが心配になるほどの意図的な暴走もやむなしとする。刑事警察の処罰を待つのではなく、引っ掻き回すことで何かを起こす、というハメット型ハードボイルド・ディテクティヴ・タクティクスをやってのけているのである。

     一人称文体も8年前の『熱愛』に比べ、こなれていて、テンポが良い。いつの間にか主人公は煙草もやめている。ただし、関係する刑事たちも、ヤクザも、協力者たちの顔ぶれも、前作とは全取り換えである。前作に登場する人は誰一人見当たらない。作者にとっても主人公にとっても、一時代が過ぎ去ったということであろうか。間が空き過ぎたかに見えるシリーズ二作を読み比べると、このヒーローの内なる変化への興味は尽きない。

     前作では、鬼束は、「金でたのまれたことを請け負うよう」な仕事で生活しているが、探偵などというものではなく、「この街の誰彼と同じ卑しい人間」と自分を称していたのだが、本書では、助け出した少女に向かって、自分の職業を私立探偵と、ぼくの知る限り初めて口に出している。鬼束啓一郎が、次にいつ、ぼくらの前に姿を見せてくれるのかわからないが、次回は再読の必要なく、この愛すべき一匹狼の顔を想い出せるよう記憶に留めておきたいと思う。

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    2019年03月13日
  • 無縁旅人

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    実はあんまり期待せず読み始めたんだけど 面白かった。地味だけどね。
    内容はツライ話なんだけど ベテラン刑事2人の人柄と 辻原と舞子の不器用なんだけど 必死な人との関わり方。子供っぽいけど 他人への愛がある。そこに救いというか 読後感の悪くない感じがあるような。
    それにしても岩崎母子には うんざり。
    それと貧困ビジネスに手を染めるひとたち。
    どちらも自分のことしか考えてない。

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    2017年07月09日
  • 刑事群像

    Posted by ブクログ

     最終頁を閉じると同時に思わずうーんと唸ってしまった。唸りにも二通りある。不満のうーんと、満足のうーんである。今回は後者の唸りで、うーんの後にすごいな、と付け加えた。繊細に積み上げた造形物のように、まるでマクロなスケールを持った定規で計算され描かれた設計図のように、思われるが、おそらくそうではあるまい。

     現在に起こった事件そのものが二年前の未解決事件と関連付けられてゆき、二年前の事件に関わった刑事たちと、現在の刑事たちが存在する。物語の奥行が、時間的にも距離的にも持つことになった二重構造のために、さらに合わせ鏡のように響き合い、時間の差が生じ、過去の死者と現在の死者が物言わぬ言葉を証拠や死に様によって語り始める。すごいな、と思う。

     物語は平易に、何の装飾もなく気負いもなく淡々と語られるのに、事件の持つ多重性が、時折混乱を呼び起こす。あまりに多くの人間が関わっている。捜査側の刑事たち。元刑事。殺人者。元殺人者の囚人。騙した者と騙された者。反社会的組織と詐欺師集団。被害者とその家族。加害者とその家族。目撃者とその家族。過去のいくつかの殺人と失踪が、現在のいくつかの殺人に響き合う。

     『贄の夜会』『無縁旅人』の大河内デカ長、『刹那の街角』の庄野デカ長の二班合同捜査。どれも過去の作品につながるわけではなく、本書は完全に独立した一つの作品である。それでいながら様々な要素がペアになって二重になっている世界である。

     本書で凄いなと思わせられたのは、多くの人物の行動を追跡捜査することにより、それぞれの人物がそれぞれの理由を持って行動していることである。捜査が解明されたかに見えた時にも、勘のはたらく刑事たちは、違和感を感じ、しっかり人物それぞれの行動が納得ゆくまで妥協せず確認行動を取ってゆく。際立って特別な才能をもって捜査するのではなくて、納得がゆくように理解する。彼らの理解とは推理することではなく、人に当たり確認してゆくこと、なのである。この地道さ。この丹念さ。そこに刑事小説としてのリアリズムがあるように思う。

     それぞれの人物が理由を持って行動していること。その行動のありさまに感動を覚える。最後の最後まで、なぜ彼はそう行動したのか? 彼女はなぜそう行動したのか? そんなことが捜査の最後の謎として残される。そしてすべてが明らかになってゆく結末。男は男として、女は女としてそう行動することになったのだった。一つの事件が他の事件を誘発する。そこには本当の悲劇があり、喪失がある。そうした真実に歯噛みするように辿り着く刑事たちの心情すらがわかる。

     とてもタイトな文体でありながら、ここまで人間群像をその悲しみや愛情を描き切れる筆力に驚かされた。ベテラン作家としてのある高度までの到達感がしっかりと感じられる力作である。

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    2015年03月09日
  • 幻の女

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    「義務教育と、受験戦争と、弁護士になるための徹夜の勉強で、十代から二十代の前半を過ごし、人間はみな平等だと、煮ても焼いても食えないような戯言を押しつけられ、それを押しつけられている方が楽だとどこかで思いさえしながら生きてきた。
    頭のなかでだけ、様々なことを理解して、理解しきれないことにはなるべく関わらないようにして、理解できる範囲で正義と正義じゃないものとを分けたがっている。」

    700ページあったけど、飽きずに楽しめるハードボイルド。弁護士である主人公が徹底的に謎を追及する姿がたまらない。底無しの謎と腐敗した人間のドラマが面白い作品。

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    2014年01月17日
  • ガリレオの小部屋

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    昔のことを思い出そうとすると、なかなか、思い出せないものだけれど、現在の自分が取る行動は必ず過去の自分の体験に関係しているわけです。
    だから、ある時、ふと、今の行動に引きずられる形で昔の自分に会えることがある、そんな短編集でした。


    本短編集では、特に、「雪の降る町」という作品が好きだなぁー。先日観た「しあわせのパン」の1番目のエピソードに出てきた女性と重なりながら読んでいました。

    あと、表題の「ガリレオの小部屋」ででてくる町は、筆者の子供のころに住んでいて町で、つまりは、私の経験とも重なるわけです(筆者とは、小学校と高校の同級生なので)。
    横浜バイパス脇の沢ガニが獲れる岩場とかなつかしいなぁ。小学校4年生の時に友達に連れられてバケツ一杯とったことを思い出しました。

    そんな、個人的にもノスタルジックな思いにひたれた一冊でした。

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    2013年03月27日
  • 血の冠

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    うん、最近の香納作品。

    今までの香納作品はどちらかというとアウトローのストーリー。
    影のある男と傷を負った女の、不器用な物語。

    ところがここ数年の香納作品は贄の夜会などに代表されるように、
    警察内部の組織の話や登場人物の過去や心の動きが綾をなし、
    層が厚くなっておもむきが増した気がする。

    この流れがどうなってゆくのかはまだわからないけれど、
    あたしは最近のこの流れがかなり好き。

    この作品もそう。
    ちょっと悲しくて残酷で、切ない。

    作品に陰惨さが加わった分、その陰惨さにつけなければならない理由付けは、
    今までよりもずっと重たく、暗くなる。
    暗さが理由の深さによるのだとしたら、それは作品の幅だとあたしは思う。
    香納諒一の変化は、彼の再びの成長なのであろうと。

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    2011年05月17日
  • ただ去るが如く

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    久しぶりの香納諒一は、長かったけどぐいぐい引き込まれて一気に読み切った。
    うーん、感動。いい話だった!

    香納作品に出てくる男性はいつも、女性に一途で紳士で、
    不器用でとほうもなくカッコイイ!

    今回の主人公、優作も同じ。
    自分が引き起こした事件で解散に追い込んでしまった組の組長の娘を
    いつしか想い、気にしながらも決して伝える事なく身を引き不器用に金を送る。

    最後の解説の香山氏が、あまりに見事に本作品を分析しているので
    ここでへたくそな分析は差し控えるが、この作品は代表作の「幻の女」同様、
    もしかしたらそれ以上に名作だと思う。

    香山先生に、心からのエールを。

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    2011年04月16日