佐々涼子のレビュー一覧
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プライムビデオのドラマ。主演は米倉涼子で、海外で亡くなった人の遺体を国境を越えて遺族に送り届ける、実在するスペシャリストの物語。ドラマでは感動シーンが満載だったけど、これを仕事にするにはちょっと僕は無理かなぁ。
原作の文庫(ノンフィクション)も読んでみたが、ドラマよりもなかなかしんどい。活字だから読めるが、映像では再現できないエンバーミングのシーン(遺体を腐らないように加工を施す)もある。地上波では流せないよなあ。
そしてこのドラマのモデルとなった企業(エアハースインターナショナル)も注目されてるようだ。
『海外では死にたくない…』これが率直な感想。実は僕は海外に行ったことはないが、やっぱり一生日本から出なくていいやと決意を新たにしました。 -
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佐々涼子(1968~2024年)氏は、早大法学部卒、専業主婦として2児を育てつつ、日本語教師等を経てライターになった、ノンフィクション作家。2012年、『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』で開高健ノンフィクション賞、2014年、『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』でダ・ヴィンチ BOOK OF THE YEAR第1位等、2020年、『エンド・オブ・ライフ』で本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞。 2024年9月、悪性脳腫瘍のため死去。享年56。
本書は、新宿歌舞伎町に「日本駆け込み寺」を設立し、長年代表を務める玄秀盛氏について、本人及び多数の関係者に行った取材をまとめたもので、2011年に出版、2016年に加筆・修正・改題の上、文庫化された。
私はノフィクション物を好み、佐々さんは好きな書き手の一人で、『エンジェルフライト』、『紙つなげ!~』、『夜明けを待つ』、『エンド・オブ・ライフ』を読んできた。
私はこれまで(不覚にも)玄秀盛氏のことを全く知らず、本書については、他の作品と比べてやや地味に見えたこともあって、読むのを先延ばしにしていたのだが、読み始めてみると、第一印象とは全く異なり、テーマ(要するに、玄秀盛という人物)にも、佐々さんの取材や書き振りにも惹き込まれ、一気に読み切ってしまった。
その玄秀盛氏とは。。。1956年、大阪市西成区の在日韓国人の家庭に生まれ、両親の離婚などで4人の母、父のもとで育つ。中学卒業後は、自動車修理工、寿司屋、トラック運転手、キャバレー店店主などを経験し、更に、40代までに、建設、不動産、サラ金など10を超える会社を起こした。その間、ヤクザとの抗争も絶えなかった。1990年に天台宗の酒井雄哉大阿闍梨のもとで得度。2000年に白血病を発症する可能性のあるウイルスに感染していることがわかり、上記のビジネスを全て止めて、2002年にNPO「日本ソーシャル・マイノリティ協会」新宿救護センター(後の「日本駆け込み寺」)を開設。2014年に「再チャレンジ支援機構」を設立。
「日本駆け込み寺」では、DV、金銭トラブル、家出、ストーカーなどの相談、刑務所出所者からの相談に対応し、これまで数万人以上を救ってきたという。また、「再チャレンジ支援機構」では、刑務所出所者が働く居酒屋の経営ほか、出所者の就労支援などを行っている。
それにしても、壮絶な人生である。。。玄氏は、自分のことを「ひとつのイメージで描くことを、かたくなに拒んだ」というが、宜なるかなと思う。佐々さんは、「彼は、悪人であり善人、被害者であり加害者。捨てられた子どもであり捨てた親でもある。・・・玄秀盛は、この世のどんな人間模様も映し出すひとつの鏡でしかないのだ。他人や自分に対するイメージなど、どれもがつかのまのもので、一時のまやかしであっる。我々はほんの小さなできごとや、他人の無意識の言動によって、容易に誘導され、世間や他人によって、思い込まされてしまうニセモノを本物のように思っている。そして、そのイメージを、あたかも本物のように、後生大事に死守しようともがいている。」と書いている。どんな人間でも「善」と「悪」の両面を持っている、玄氏はそのことを常人の想像を超えて体現しているのだ。
そして、佐々さんは次のように加える。「もしも過去を捨て、他人へのものの見方や、自分へのものの見方、周囲の評判や、地位や名誉を捨ててしまうことができさえずれば、あとはただ、そこに自由な人間がいるだけだ。間違ったり躓いたりしたら、もう一度選択しなおせばいい。そうすれば、何にでもなれるし、どんなところへでも行ける。新しくやり直すことも、人生に感謝することもできる。そう玄は説いているのである。」
もうひとつ。本作品は佐々さんの出世作(実質デビュー作に近い)となったわけだが、「おわりに(文庫版のために)」の中にこんなフレーズが出てくる。「何度怒られただろう。しかし強烈なダメ出しをされながら、辛抱強く話を聞かせてくれた彼の懐の深さが、離れてみた今ならわかる。・・・彼が私を作家にしてくれたのだ。」ノンフィクション作家・佐々涼子を作った一冊でもある。
(2025年2月了) -
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2024年9月に希少がんのグリオーマで亡くなった佐々涼子さんのエッセイ集。
人の死や、生きていくということを色々な人を取材し作品にしてきた作者が、あとがきで、自分の人生が間も無く終わることを静かに語った上での以下の言葉が印象的だった。
「いつか私にも、希望の本当の意味がわかる日が来るだろうか。誰かが私を導き、夜明けを照らしてくれるだろうか。もし、それがあるとするなら、『長生きして幸せ』、『短いから不幸せ』、と言った安易な考え方をやめて、寿命の長短を超えた『何か』であってほしい。そう願っている。そして遺された人たちには、その限りある幸せを思う存分、かみしめてほしいのだ。」
ちょうど今観ている韓流ドラマでは、「人生は公平ではない。一生デコボコの人もいるし、必死で走った先に崖が待つ人もいる」という台詞があり、ずっと頭に残っていた。続きを観ていくと、その台詞を言った主人公が、人生を必死に走って崖から落ちた経験を持つ本人だったのだけれど、最後はヒロインに出会って幸せを取り戻すという話だった。
時に崖から落ちても、きっと誰かが導いてくれて夜明けがやってくる、そんな希望を持ちつづけたい。 -
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エッセイに共感し、ルポルタージュでは佐々さんの取材姿勢や物事の受け取り方に感じ入りながら読み進めた最後に、ご自身の脳腫瘍のくだり。しかも余命数ヶ月という。
「誰もがいずれは通る道」「その瞬間を生き、輝き、全力で楽しむ」そして、「ああ、楽しかった」と言って別れる。 目の前に死が迫っているその瞬間にこれを言える佐々さんの、「強さ」という言葉だけでは言い表せない、人としての深さを感じた。
知らずに読み始め、慌てて調べたら、1ヶ月前の9月1日に亡くなっていた。この日は自分の誕生日。年齢もさほど変わらない。大病から命拾いした身としては、自分が今生きている事実を重く受け止めずにはおられない。他の作品も読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
エッセイを一つ、ルポルタージュを一つ読むたびに
「佐々さんはもういないんだな」と想いがこみ上げてきた。
途中、闘病中の番組をYouTubeで観たりもして、どんな気持ちで執筆されていたんだろう…と。
たくさんの「死」と向き合ってきた方だけど、ご自分のとなると一筋縄ではいかなかっただろうと思う。
過去のもの〜最近のものまで書かれた年代はバラバラだけど、どれも大切に読ませてもらった。
特にあとがきの言葉は、すっと心の奥まで入ってきた。
今、この瞬間を「あー楽しかった!」と言えるように。限りある幸せを存分に味わえるように。
メッセージ、しっかり受け取りました。