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Posted by ブクログ
叔母選書
佐々さんのエッセイ良いよ〜と言われ手に取る
個人的に「冬眠」とても好き、心にズンときた
佐々さんののエッセイめっちゃいい…と思って読んでいたけど
2章のルポがそれを上回るものだった
サバイバルジャパニーズか、…
なんて思っていたけど、外国人技能実習生のことなんて、入管で亡くなられたウィシュマさんの話題くらいしか知らず
そんな自分が恥ずかしくなるくらい知らなかったことが綴られていて勉強になった
外国での一人旅も好きだし、外国の人と話すのも好き、他宗教・他文化への興味理解もそこそこ深い自負がある
中国嫌いの日本人も多いけど、真っ当な中国人の友達もいるから、日本人にも悪い人がいるように、中国人のみんながみんな悪いわけではないよと思ってたりもする
だけど今住んでいる地域では過去に移民による児童誘拐殺人事件なんかもあったりして、それはそれは危険な先入観を持ってしまうこともあるし
外国人労働者や移民の全てが素敵だとは思ってない
メディアで報じられる移民問題も本当に断片的で
問題も多様化しているし
一方的に迷惑をかけられているように見えて
実は持ちつ持たれつな関係なんだよな
共生するって難しい
もっと佐々さんの言葉読んでみたい!
ご冥福をお祈りします。
Posted by ブクログ
人を魅了するノンフィクション作品の難しさ(話を盛ったりすることは、既にノンフィクションではない)について、考えさせられました。
また、一つ一つが短いエッセイであるため、隙間時間に少しずつ読んでいくことができました。
著者は、仏教にも関心があり、実践や体験を通じて、僧侶との交流もあったようですが、いわゆる高名な僧侶についても、ありのままの視点で、痛烈な皮肉と感じる表現をされている部分があります。とても親近感が湧きました。
また、日本語学校の教師というキャリアからも、その体験や思いをつらつらと著されていますが、その現実や今後の展望についても解りやすく示されていました。
ご興味が少しでもある方は、是非読んでいただきたいです。
Posted by ブクログ
前半がエッセイ、後半がルポルタージュで構成された作品集。
死生観にまつわる数々のノンフィクションを手掛けられた著者の作品集だけに、自分の知らなかった世界を垣間見ることができたし、取材先での出来事を通じて、大変な苦労や葛藤されたことが窺い知れた。
著者の死生観に寄り添うことで、掴みどころのない死に対する答えが見えてくるのか、と前のめりになって読んでみた。結局のところ、生きている限りそれは誰にも分からなくて、いくら自分の外側を探しても答えは見つからないという。自分の内側に戻ること、自分なりの生き方を見つけることが大事だと。なんだか宗教的な感覚だけど、少し腑に落ちる感じもした。
いつか迎えるであろうその日に向けて、心構えや生き方を見つめ直すきっかけになった。
また本書では『言葉』の重要性について、印象的なエピソードが幾つかあった。
外国人労働者の子どもたちが抱えるダブルリミテッド問題。この現状を打破するべく、日々戦っている日本人がいること。こんな現実があるなんて、と考えさせられた。
タイトルの『夜明けを待つ』。
理不尽なことや不条理な出来事が往々にしてある世の中だけど、日々前を向いて生きている全ての人たちにとって、夜が明けたあとに明るい未来が待っていればいいな、と思った。
あとがきの著者のメッセージ、しっかり胸に刻んで生きていこう。
Posted by ブクログ
『エンドオブライフ』つながりで読んでみた。
氏の作品は、『エンジェルフライト』『紙つなげ』『エンドオブライフ』に次いで4冊目。これを書いた佐々さんはもういらっしゃらないんだなと、そんな思いを反芻しながら読み終えた。
以前、お仕事をご一緒したさる版元の編集者が、初期の頃に佐々さんとお仕事をされたそうで、『エンジェルフライト』が開高健賞を受賞したときに喜びの投稿をしていたのを読んだ。ふだんSNSをやらない彼だったが、そのうれしさがつたわってきて、編集者としてうれしい気持ちになった。
p16
「人は死に方を知っているし、家族も送り方を知っている」と在宅で看取りをする医師が言っていた。
*在宅の看取りでは無理な治療や延命を施さないので、人はスイッチが切れるようにではなく、潮が満ち、やがて引いていくように亡くなっていく。そして、残される家族も、引き裂かれるような悲しみを感じたとしても、見送り方を知っている。死別に耐えうるようにできているから人類は滅びない。この大きな悲嘆をいつか乗り越えられるように生まれついているのだ。
↓
父が亡くなった時、悲嘆の中で、なぜ人類はいろいろな面で発達してきているのに、この悲しみはなくならないんだろう、と考えた。それでも私は生きている。思い出すと悲しいし、さまざまな感情が湧きおこるけれど、でも生きている。すなわち耐えられた。だから人類は滅びない。本当にそうだと思う。
p45
著者は小さいころから背が高く、男子からそれをよくからかわれた。内心「これ以上背が伸びませんように」と祈っていたほど。大きいと異性に振り向いてもらえないかもと不安になった。それでうつむき気味の背の高い女性に育ってしまった。
*
いったい誰の視線を気にして私たちは縮こまっていたのか。ばかばかしい。昔は体型でからかうことなどありふれたことだった。だが、それは、ひとりの女の子の背骨の形を決めてしまうほどのできごとなのだ。
~
背が高かろうが低かろうが、重かろうが軽かろうが、身体がのびのびといられる世の中でありますように。
↓
著者をお見かけしたことはないが、背が高かったそうだ。私も同様。背が高くてからかわれたり、揶揄されたり、男のようと言われたり(これは別のファクターもありそうだが)、そして著者と同様、姿勢の悪い背の高い人になった。背の高さを気にせずにいいと悟ってから、20代で3センチ伸びたほど。
人の外見をいろいろ言うのはこれほどの罪だということをみんな知るべきだし、自分も無意識でそうしていないか注意が必要。
p48
*私は父の娘でよかったと思うことがある。私は自分の文章を書く時にひとつだけ決めていることがある。それは誰かをかわいそうな人と決めつけて、そう書かないこと。それはとても表層的な見方だからだ。
p59
*悲しみは依然としてそこにある。だが、人はどんなに悲しくても、お喋りはするし、おなかもすく。声を立てて大笑いできる。どんなに大切な人を失っても一緒に死んだりしないように作られているのだ。だから人類は絶滅せずに生き延びてきた。
↓
繰り返し語られるこの部分。胸に刻みたい。
p68
東日本大震災の取材に入った時、たくさんの人に話を聞く中で、誰にも話さなかった、話せなかったことを聞かせてくれる人がいた。
*なぜ、私に話してくれるのだろうと、不思議でしかたがなかった。マザーテレサみたいに手を握って話を聞くわけでもないし、何か気の利いたことを言うわけでもない。終末医療の取材では、亡くなりゆく人が、私にだけ胸の内を明かすこともあった。今ならわかる気がする。近くにいる人にいえばその人にも苦しみを背負わせてしまう。
p74
30代で椎間板ヘルニアになって横浜の病院に入院した時のこと。寝ているだけで背骨が折れてしまうという高齢のご婦人と相部屋になった。
*春の夜、お吸い物に桜の形の麩が浮かんでいた。すると彼女は病室の人たちに向かって、「みんなで想像のお花見をしましょう」と呼びかける。「あら、いいわね」と別の人。私たちは、みなで想像上のお花見をした。「お花がきれいね」「そうね」と患者たち。その日の夜、どこかで散る桜を想像しながら眠りについた。あの夜のお花見は、どんな年より記憶に残っている。
p75
*退院の日、病室の皆が「もう、帰ってこないようにね」と笑顔で送ってくれた。
私は他人を描く仕事をしている。調子に乗っている時が危ない。「さもわかった風に書くなよ、佐々」と、今もあの日の私が私を戒める
p109
晴れ女、晴れ男発言について。佐々氏は自分を「晴れ女」だと思っていた。仕事で同行したカメラマンに言われたことがきっかけだという。それに対して担当編集者がこう言う。
*「僕の先輩の有名な編集者がこんなことを言っていました。『仕事は、自分は運がいいと思っている人と一緒にしろ』と。佐々さんが晴れ女だというたびにその言葉を思い出します」。晴れ女とはつまり、自称「運のいい女」なのだと言いたかったのだろう。
↓
かつていわれなき「雨女」認定をされたことがある。そこに参加するのは私だけではないはずなのに「あなたが来ると雨になる」と。そして彼女は胸を張って「私はどしゃぶりの予報が出ていたのに傘をささずにすんだことが頻繁にある」と言うのだ。自分を晴れ女、雨女と思ったことも、人のことをそう思ったこともなかった私にとって、その非難(?)は認めがたく理不尽なものだった。だけど甘んじて受け入れなくてよかったと思う。ネタとして笑えはしても、「運」という観点で見れば雨女なんて思う必要はない。お天気のことだよ、私の努力でどうなるものでもなし。
そう言っていた彼女、仕事はやめたと聞いた。自分の運の強さと共に次の場所で邁進されていることでしょう。知らんけど。
p111
*運がいいか悪いかは、無数の事実からある事象を抜き取って解釈することで熟成される。誰の上にも空は広がっている。その中から晴れの日のエピソードを記憶していれば晴れ女に、雨の日を強く印象に持てば雨女になる。
p216
隻手の音声(せきしゅのおんじょう) 白隠
両手を打ち合わせると音がする。では、片手ではどんな音がするか。
本を閉じた時、また同じ思いがわきあがった。
この本を書いた佐々さんはいない。
Posted by ブクログ
やっと読んだ佐々氏の本。
エンジェルフライトを数年前読みたい、と思ったままの自分に、日々大切に生きろ!と言われた気がする…
友人で弁護士になり入管重要問題を扱っている、と言う人の話や、柿を送ってくれる東北で頑張る本屋の話、ベトナムなどアジアからの就労で来た外国人実習生へのインタビューなどは涙が出てくる。
日本語は生きるための言葉を教えないと意味がない!と。
佐々氏の本を通して仏教をみる人がいるようだ。国際霊柩送還士、東日本大震災など死生観に関わるようなノンフィクションを描くのはきっと身を削るようなところがあるのだろうか、ある日文章がかけなくなり、旅に出て各地の宗教、瞑想を求め旅をするが、ふと「旅は終わり」と感じる時が来るようだ。その感覚とても大切な気がする。
前半日経新聞に載せていたエッセイ集、後半も雑誌などに載せた話がまとめてある。エッセイの短い分からいくつも心に響く言葉があった
もう新刊を読めないことがとても残念だが、まずは書かれたものを全て読みたい。
私は新しい命を前にして、なぜか濃厚に死を意識した。… ムンクはこう記している。
「我々は誕生の時に、すでに死を体験している。これから我々を待ち受けているのは、人生で最も奇妙な体験、すなわち死と呼ばれる、真の誕生である。- 一体、何に生まれるというのか?」 p. 33
ある寓話に、落とした針は落としてしまった場所で探すべきなのに、人は探しやすい場所ですばかり探していると言う話がある。人は幸福を見当違いの場所で探しがちだ。 p. 54
美容師など、家族でもなく、友人でもない、仕事相手でもない、利害関係の発声しない距離感。そう言うところにいるひとは年々大事になってくるような気がする。…通り過ぎる他人なら、言葉を託しても気が楽だ多分彼らは私を通して、なにか別のもっと大きなものと対話をしているのではないか。 p. 69
本当になくすまでは、そばにいる人がいなくなるなんて思いもしない。ありふれた言葉ですが、何気ない日々の暮らしが一番貴重です。どうか、目の前にいる人を大切にしてほしい p. 90
死についての未経験者だ。他の人の死を見て、あれこれ想像している。でもどれだけの賢者でもやはり生きている限り死などわからないと思ったら生きるのが楽になった。いくら自分の外側を探しても答えは見つからない。自分の内側に戻って自分なりの生き方を見つけよう。「今を生きなさい。自分の内側に戻りなさい」
p. 93
JITCO国際研修協力機構のHPより、外国人技能実習制度がある、1960年より始め、大企業に呼べる外国人を見て中小企業らが商工会議所や商工会が受け入れ窓口をつくったもの。
静岡県浜松市、日系南米人子弟のための学校、ムンド・デ・アレグリア
ダブルリミテッドとは、日本語も母語も年齢相応の言語力に達していないことを言う
帰国子女や移民問題の一つ
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