中野剛志のレビュー一覧

  • 目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】

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    国家の経済政策は無免許運転?

    正しいことを言っても、間違った経済政策(緊縮財政、プライマリーバランス黒字化、消費税増税等)が実行され続け、日本人が不幸になって行くことが許せないという気持ちが伝わってくる。何故このような誤った経済政策が実行され続けているのかという原因が判りにくいが、おそらく20年以上間違って実行してしまったことを、今更間違ってましたとは誰も言えないという間抜けな理由が、最大の原因ではないだろうか。

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    2019年07月15日
  • 真説・企業論 ビジネススクールが教えない経営学

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    ★7つくらいつけたいくらいに面白かった!
    現在のオープンイノベーションが短期的な成果を上げるのには効果的でも長期的にはイノベーションを失っていくこと、アメリカのハイテクベンチャーは国家が育てたこと等、新しい学びが多い。
    また文中に参考文献も多く紹介されるため、次の学びもしやすくなっている。
    オープンな関係性とクローズドな関係性の良し悪しを把握することが大事だと気付かされた。

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    2019年04月18日
  • 真説・企業論 ビジネススクールが教えない経営学

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    経営に関する本で久しぶりに良い!と思った本

    通説に対する事実からの示唆、イノベーションの本質、組織論な視点等々

    目から鱗(自分がコレって本当?って目で物事を見られていない証左汗)でした

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    2019年03月27日
  • 日本の没落

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    「日本の没落」中野剛志


    ギリシャ・ローマ文化の魂は、感覚的に現存している個体の拡がりを理想型とするものであり、これを「アポルロン的」と呼ぶ。西洋文化の魂は、世界の空間と時間の限界を常に超越しようとし、永遠に際限なく成長を続けようとする「ファウスト的」と呼ぶ。

    非西洋世界は、文化水準の向上を伴わずに文明だけが進展した。非西洋世界のめざましい台頭とは、非西洋世界の西洋文明化であり、それは東洋の勃興ではない。その先には没落の運命が待っている。

    ギリシャ・ローマ文化は紀元前4世紀に、西洋文化は19世紀に文明へとシフトした。

    観光立国とは、世界史において繰り返されてきた没落の光景。

    女性はより現存在的であり、男性はより覚醒存在的。女性はより生命的であり自然に束縛されている。男性はより知性的でありより自由。

    文化とは、覚醒存在と現存在がバランスよく結合している状態。覚醒存在が現存在に対して支配的になると文明は没落する。

    文化の春夏秋冬
    春、、初期段階。政治形態は封建国家。封建領主の連合体。
    夏、、階級国家、王朝。私的な領域を超えた公的な権威が生じる。
    秋、、文化が文明に変わろうとする時期。国家がより絶対的なものへと近づき、階級に代えて「国民」という概念が生じ、国民国家が成立する。都市の時代の始まり。
    冬、、文明が没落し、都市は世界都市化する。市民は「大衆」へと堕ち、国民は消滅する。これがグローバリゼーションの真実。

    国家の健全性を担保し、国家の危機の際に優れた指針となるのは、成文憲法ではなく、不文憲法。

    18世紀以来、自分が社会の中で担っている役割を実感できなくなっており、人生の意味を失いつつある。

    技術や経済成長は、地球環境を破壊し、自律した生活を困難にし、所得水準の低下や失業をもたらし、ひいては技術革新や経済成長そのものすら鈍化させる。だが、それでもファウスト的人間はこれらの追求を止めない。なぜなら彼らは行為そのものが全てだから。

    ファウスト的人間は、引き起こされる結果には目もくれず、ただひたすら技術の進歩や事業の拡大に向けて邁進する。

    人間の技術が労働を軽減するというのは真実ではない。どんな発明でもさらに新しい発明の可能性を含んでいる。また、満たされた願望のどれもが他の無数の願望を目覚めさせる。そして、自然に対するどんな勝利も、もっと大きな勝利へとかきたてる。この中に安らぎ、幸福、享楽というものは見られない。

    貨幣が知性を破壊し去った後に、デモクラシーは貨幣によって自ら破壊される。

    経済には体系はない。あるのは相貌だけであり、この相貌を観る事が必要。

    文化の成長期には政治が経済に優ってくるが、文化が退潮し、文明の時代になると、政治は後退し、経済がせり出してくる。つまり、高尚な理念や名誉よりも物質的豊かさや享楽が重んじられる。

    政治が単なる経済的利益の追求と同一視されるようになると、デモクラシーはプリュトクラシー(金権政治)となる。

    無制限の政治献金、人材の回転ドア、金融業界の利益と国の利益を同一視する風潮が、ウォール街・財務省複合体を不動のものとした。

    政府が自国通貨建てで国債を発行している限り、その返済能力に制約は存在しない。なぜなら政府は企業とは異なり、通貨発行の権利を有するから。過去に返済不能となった国債はどれも自国通貨建て以外のもの。

    財政支出は貨幣供給量を増加させるが、貨幣供給量が過剰となれば過度のインフレが起こされる。従い、財政赤字の制約として考慮すべきは物価水準のみ。つまり、過度のインフレが起きない限り、財政赤字は拡大させてよい。

    財政制度等審議会は国債の信認が失われる事を懸念しているが、それは信用貨幣論という基本的な理解を欠いている為。

    通貨の価値を維持する為には、投資家がその通貨を資産として需要する必要があるが、そうなればその分支払い手段としては流通しなくなる。つまり、貨幣を資産として需要する事と、貨幣を支払い手段として流通させる事は根本的な矛盾がある。

    ユーロの設計者たちは投資家の需要を重視した為、慢性的なデフレ圧力を発生させる仕組みを内蔵させてしまった。

    デフレは債務者たる労働者階級を苦しめ、債権者たる金融階級には有利に働く。政治が金融機関に支配されると、経済政策は低インフレを最優先課題とする事になる。

    経済の金融化が進み始めた1980年以降から先進各国は低インフレを最優先し始め、財政政策についても、歳出削減など財政健全化という欺瞞が進められた。

    貿易の自由化、労働移動の自由化、移民の流入も、賃金や物価の上昇を抑える効果を持つので奨励される。グローバリゼーションは全般的にデフレ圧力を発生させる。

    財政健全化やグローバリゼーションはデフレ圧力を発生させ、一般国民に賃金水準の抑制や失業といった犠牲を強い、富裕層や金融機関が保有する債権価値は上昇し、恩恵を与える。これこそ、「独裁的貨幣経済」の姿に他ならない。

    有機体の生成するダイナミズムは、有機体の内部と外部環境の連関を視野に収めなければ理解できない。

    形態は動くもの、生成するもの、消滅するものであり、形態学は変化に関する、生成するものを理解する為の手法。メタモルフォーゼは自然のあらゆる微表を解明する鍵。

    有機体の生成を理解する為には、その有機体の原型を抽出し、その内部と外部環境との相互作用を観察し、その相互作用によって原型にどのような変化が生じ、どのようにメタモルフォーゼしてくのかを研究する。この手法は、「直観」と「比較」であり、「証明」ではできない。原型、すなわち本質とは直観的判断力によって発見するしかない。

    形態の原型を直観によって把握した後、個々の形態と典型とを比較する事で形態の変化の過程と多様性を理解する。

    形態学を人の精神に適用したものが観相学。人間の内面を外面から推し量ろうとする科学。人間の外面から内面を判断できる所以は、人間と彼を取り巻く環境との間に相互作用があるから。

    人間は環境の中にあって環境によって存在する生き物。

    世界を理解するあらゆる方法は形態学。機械的なものと拡げられたものとの形態学は、自然法則と因果関係を発見し、これを秩序づける体系学。有機的なものと歴史と生命との形態学、すなわち方向と運命とを自己の中に担っているものは全て観相学。

    世情に通じた人は、個人の格好、顔つき、態度、歩調、話し方、筆跡等から彼の人間性を理解する。歴史に通じたものは、国家、経済、戦争、芸術、科学、宗教、道徳といった文化の表面に現れた様式や象徴からその文化の内面を理解する。これが観相学。

    現実を理解するという事は、「成る事」と「成った事」つまり歴史理解と自然理解の両方を含む。
    両者を「成りつつあるもの」「完成されつつあるもの」として観るものは、歴史を体験するものであり、両者を「成ったもの」として観るのは自然を認識するもの。

    文化という原型はその内面に精神態を持ち、それをシュペングラーは「魂」と呼ぶ。

    歴史には「ただ一度だけ事実である」という特徴があり、自然には「絶えず可能である」という特徴がある。

    科学を学び、因果法則を知れば自然を認識する事はできるが、歴史の運命理念を直観するには眼識が要る。卓越した眼識の持ち主はほんの少数。

    自然認識は教える事ができるが、歴史を知る者は生まれてくる他ない。ただ一度で人間と事実とを把握し、その中に入りこむ。

    自然認識は労働であり、歴史研究は創造。体系学者は成った事を学んで知るだけであり、歴史家は、何かがどんなふうになるかを観るし、観察された相貌の中に成る事をもう一度体験する。

    悟性とは、個々の部分を識別し、分析する作用。理性は、悟性が識別した諸部分を相互に連関させ、内的な統一をたった一つの全体として認識する作用。形態学における直観と同じもの。

    精神科学が目指すのは、因果律ではなく構造連関の把握。設定すべき課題は、「なぜ」という因果関係ではなく、「どのようにして」という構造連関。

    文化は定住生活の為に働く知性から生み出される。人は土地という環境の中にあって大地によって存在する。土地と密接に結びついた生活に知性が使える時、文化が生まれ、花開く。

    偉大な思想家たちは偉大な実践家でもある。認識論は実際生活の重要な知識に他ならない。

    今日、より優れた哲学者は実験心理学の中にはおらず、発明家、外交家、財政家の中にいる。

    文化は自己完結的に発展し、どの文化にも始まりと終わりがある。

    没落する世界を生き残るには、徹底して懐疑し、執拗に批判する能力とそれを続ける精神力を身につける事。

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    2018年08月16日
  • TPP亡国論

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    ネタバレ

    読み終えて、TPP は不平等条約であることがわかった。だから、日本国は米国に不平等条約を締結されるのではないかと危惧した。しかし、トランプ大統領は大統領選挙から不参加を唱え、米国はTPP から離脱し安堵した。しかし、最近トランプ大統領はTPP への復帰を言い出した。属国である日本国は、米国が有利になるように改正するだろうから、TPP の3月発効は無理だろう。

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    2018年01月31日
  • 富国と強兵―地政経済学序説

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    難解だが大筋として刺激的

    戦争とは、文明間対立の究極的形態である。第一次産業革命を発端とした、人類史上最大の生産性の飛躍による無限経済成長は、資本家階級と労働者階級の対立を必定とした。中野剛志氏は、現代の経済・政治・軍事に渡る世界的な対立の変遷の歴史を、陰謀論に触れずに、広く公開された学術情報のみを用いて、緻密な解説を構築する。戦争無くして階級間対立の緩和はなされなかった。その上で、再度階級間格差の増大からの崩壊が予兆される現代社会にも、存続の可能性はあるのだと中野剛志氏は主張する。

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    2020年03月09日
  • 富国と強兵―地政経済学序説

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    現役官僚が著者とは到底思えないほど、専門的な本。本書の主題である、地政経済学とは、富国と強兵、すなわち経済力と政治力・軍事力との間の密接不可分な関係を解明しようとする社会科学。地政学なくして経済を理解することはできず、経済なくして地政学を理解することはできない、というのが地政経済学の大命題。
    学生の頃、経済学を学んでいたが、それはまさに経済学の一部分でしかないことを痛感させられた。
    そもそも、貨幣とは何か。領土との関係性は何か。政府債務とは、、など、分からないことだらけなのが分かる書籍。また、研究していた経済モデルの批判もあり、非常に勉強になった。そして、まだまだ勉強していかなければ、と考えさせられた。

    以下抜粋

    もしヘーゲルが言うように「ミネルヴァの梟は迫り来るくる夕闇とともに飛び始める」のであるならば、「大規模な戦争なしには経済的繁栄も社会的公正も実現できない」という不愉快な現実は、すでに過去のものになりつつあるということになろう。したがって、本書が示した認識が正しいとするならば、むしろ希望はまだ残っていると言うべきである。

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    2017年11月13日
  • 真説・企業論 ビジネススクールが教えない経営学

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    早速、内容ですが
    第1章 日本でベンチャー企業を増やすには
     あるコンサルタントの提言
     アメリカの国家戦略?
     自分の頭で考える
     ①ベンチャー企業を増やしたいのか、イノベーションを
      促進したいのか
     ②なぜ、シリコンバレーだけなのか
     ③なぜ、外国人の企業を優遇するのか
     ④なぜ、「英語実践力の抜本的強化」(企業の)英語
      公用語化」が必要なのか
    第2章 起業大国アメリカの真実
    第3章 ベンチャー・キャピタルの目利き術
    第4章 最強の起業家は誰か
    第5章 オープン・イノベーションの本質
    第6章 なぜイノベーティブな企業の方が負けるのか
    第7章 なぜ日本経済は、いつまでも停滞から抜け出せない
        のか
    というないようです。
     この本の筋立ては、第1章であるコンサルタントの御説が、日本経済、アメリカの実態の上っ面だけみた論説であるあをひとつひとつ丁寧に化けの皮をはがしていくということになっている。
     著者の、いままでからの考え方は一貫していて、日本人社会が培ってきた経済運営のあり方のすばらしさ、重要性をもういちど原点から紐解き、如何にコンサルタントが言っている内容が、今のアメリカ、日本の実体経済からかけ離れたものでるかを立証しながら、各章が進んでいく。
    日本社会の閉鎖性が米国のスタイルから遅れをとっているという戦後の丸山節の同根の考え方で、そういう思考の延長線に現在の日本経済もあるという認識で、まるっきり進歩がないと断罪する。
    最後に真のイノベーションとは、安定的な長期雇用、安定的な社内風土、外部企業との信頼の中でしか生まれない、ましてやオープン・イノベーションなんぞやは、真逆の結果しか生まないだろう。
    日本の所謂停滞は、いつに金融政策の失敗が原因であり、企業活動が原因ではないのである。
    久々に中野剛志さんの本を読んだが、言っていることに首尾一貫性があり、すっと読めました(笑)。
    また、引用された本をこれからまたボツボツ読んでいきます。

     

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    2017年10月07日
  • 真説・企業論 ビジネススクールが教えない経営学

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    漠然と「なんで世の中こんな状況になってしまったんだろう?」と疑問に思っていたことが、クリアになった気がする。

    ①なぜイノベーションが起こらなくなったのか?
    ②なぜ短期で成長し続けることが求められるようになったのか?
    ③なぜM&Aが盛んに行われるのか?
    ④なぜシリコンバレーだけ最先端を行く企業が生まれるのか?

    たくさんの文献から数値や背景を明確にして、鋭く分析されている。
    本当の部分も多いと思うけど、これが最先端の実態だとするとやってられない。

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    2017年07月22日
  • 脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克

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    脳科学、社会科学、哲学の若手論客の鼎談をもとめた本です。
    序章 近代的人間観を捨てよ!
    第1章 ナショナリズム――なぜ快楽なのか
    第2章 国家と体制――なぜ自由は苦痛なのか
    第3章 ポピュリズム――なぜバカがはびこるのか
    第4章 暴力――なぜ人間は戦争をやめられないのか
    おわりに――近代を超えられるか
    お互いがお互いにジャンルで蓄積してきた知見を歯に衣着せず、論じ合う。
    何となく常識であると思っていたことは実は非常識であった。
    「おわりに 近代を超えられるか」において、「自然科学の陥穽」という項目があって、自然科学においてさえ「客観的な真理」を見出すのが不可能になったということです。自然現象の観察者が人間であるのだから、当然、純粋に客観的な真理があるわけがないのです。
    こういう自然科学者がおられるかぎり日本の学界は大丈夫だと思いたいです(笑)。

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    2017年07月02日
  • グローバリズムが世界を滅ぼす

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    ネタバレ

    現在の行き過ぎた(と個人的には思っている)グローバリズム、自由主義経済については懸念を感じている。という意味では自分は保守なんだと思う。一方で、本書にも書かれている通り、本来反対すべきグローバリズムを今の保守派が進めているのは、やっぱり謎。
    言葉の響きで単純に「よいもの」と思い込んでいるわけではないだろうし、必ずしも個人(および企業)が自己の利益のためのみに利用しているだけだもなさそうな。そんな謎に対する1つの考えも述べられています。
    個人主義、民主主義の行き過ぎ、識字率、劣化(本書ではエリート・指導層の劣化とあったが、国民全体の劣化ともいえるのではないか?)といったいろんな要素を絡めて考えていく必要があるようで。個人的にもちょっと今後も考えていきたいテーマ。

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    2016年12月14日
  • 脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克

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    近代的な思想、価値観を揺らがされること請け合いの一冊。対談者の思想の根底にあるのは近代への懐疑であり、基本的には保守的な立場から議論が展開される。西部邁や中野剛志の書籍に慣れ親しんだ者にとっては、議論の出発点だけをみれば既知の内容も多々ある。しかし、対談形式で話が脱線するが故に、思わぬ内容に触れることもできるはずだ。中野信子からの視点は、議論に広がりと深みをもたらすのに大きく貢献している。

    ・人種・日本人

    <性差・人種差は存在する>
    「男女の脳に差はない」「人種間の能力に差はない」このような近代的な価値観は科学によって否定されつつある。男女の知能指数を統計的に比較すれば、女性は中央に多く分布し、男性は両端(知能が極端に高い人、低い人)に裾野が広くなっている。つまり、とても頭の良い人間と、とても頭の悪い人間が男性に多く、平均的な知能の持ち主が女性に多いことがわかる。また、サトシ・カナザワは統計的な研究から、「美しい人がより知的だという私たちの主張は、純粋に科学的なものです」と述べ、外見的な魅力と知能指数は連動していると指摘する。ドーパミン分解活性(ドーパミン分解酵素の働きの強さ)の研究から、日本を含む東アジアでは7割以上の人は活性が高い(分解しやすい)ことがわかっている。ところがヨーロッパでは、半数以上の人は活性が低い。前者はドーパミン濃度が意思決定をする前頭前皮質で低くなりやすく、後者は高いままということである。このことから、日本人や東アジア人は、所与のルールに引きづられやすく、ヨーロッパ人は自らルールを探し出す傾向が強い(何事も自分で意思決定することに快感を覚えやすい)ことがわかる。また、人種・民族によってドーパミンレセプターのサブタイプを持っている人の割合も違う。我々の脳には「DRD4」というレセプターがある。神経細胞の表面にあり、ドーパミンと結合する。レセプターが細胞の中にある部分において、同じ塩基配列の繰り返される回数が違う。繰り返しの回数によって、「新奇探索性」が変わる。新奇探索性とは、新しいものを好んだり、進んで物事に取り組む性質のことである。7回以上の繰り返し型を持つのが、南欧、南欧からの移民に多い南米で多い。日本人は極端に少なく、7回以上を持つのは1%を切るぐらいしかいない。前者と比べれば20分の1の割合である。繰り返し回数の多いグループほど浮気が多いという研究がある。欧州ではフィンランドが少ないほうだが、日本人の6倍程度は存在する。フィンランドで、南欧・南米の3分の1程度である。

    <日本は階級社会ではない>
    安倍首相に見られるように、2世・3世の政治家が多いように思われる日本だが、ソーシャル・モビリティ(社会階層間の流動性)を見ると、親と同じ階層に子がいる確率は、0.34で、共和制をとっているフランスの0.41よりも低い。またアメリカでは0.47、階級社会といわれるイギリスでは0.50となっている。しかしながら、身分制の社会より、平等な社会のほうがルサンチマンを描き立てられる。トクヴィル(19世紀前半のフランスの政治思想家)は平等になればなるほど、お互いの差異が目に付き、羨望・嫉妬によりさらに平等化が進められる。すると前近代的な共同体は破壊され、革命が続けられることになると言っている。これを裏付ける科学的な研究も存在する。対象との類似と獲得可能性が高いときに、妬みの感情は強くなるというものである。どうしようもない格差があり、類似性もかけ離れている場合には、妬みの感情は生じにくい。

    ・ナショナリズム

    <パトリアティズムとナショナリズム>
    グループに分け、どちらのグループに属しているかを常に意識させることを続けると、自らのグループをひいきするようになる(青シャツと黄シャツの実験)。これを「内集団バイアス」という。人間の集団は、放っておくと戦争になってしまう性質を包含しているといえる。集団を形成し、別の集団に対する根拠なき優越感を覚えることによって、戦闘で有利に働いてきたことから、このような性質が発達したと考えられる。優越感は集団の結束を強化し、集団の協力行動をより促進するからである。グループや地域、共同体「パトリア」に愛着を覚えるものは「パトリアティズム」。国民国家「ネイション」への愛着を覚えるものが「ナショナリズム」である。ネイションへの愛着は、国民国家が出来た近代以降のものである。つまり、国境などの枠ができ、そこでコミュニケーションを行ううちに擬似的な共同体意識が生まれ、ナショナリズムというものが成立したのである。例えば17世紀以降、オランダがインドネシアの地域を植民地にし、国境線を引いたことからインドネシアという国が成立した。その統治下で独立した言語を持つ独立した部族同士が交流し、共通語を作り、同質の教育を行ったことで自らはインドネシア人であるという意識が芽生えたのである。ヨーロッパではナポレオンのグローバリズムに反発する形でネイションの感覚が高まった。スペインでは近代国家が先に作られてからスペイン人という国民意識が生まれた。昨今のカタルーニャ地方の独立運動はこうした歴史に対するゆり戻しである。勘違いしてはいけないのは、ネイションは、多民族・多宗教・多言語の共同体であり、日本のように多様性の少ないネイションは珍しいということである。島国という環境が日本人の「ネイション」に対する誤解を育んでしまった。

    <ナショナリズムは左翼との親和性が高い>
    ナショナリズムが保守的であるという観念が蔓延しているが、必ずしも正解とは言いがたい。前近代的な共同体を破壊したのが近代であるとすると、その延長にナショナリズムはある。近代イデオロギーを懐疑する保守はナショナリズムを警戒するのである。むしろ、近代の理想である「国民の平等」を標榜するナショナリズムは左翼との親和性が強いといえる。スターリンは一国社会主義を、第三世界が植民地から脱しようとしたときにも社会主義をを標榜したが、いずれもナショナリスティックであった。現在の中国も共産党一党独裁を続けるため、ナショナリズムに訴えている。左翼は福祉国家を標榜する。金持ちから税金を多く徴収し、貧しい人々に配分することによって福祉国家は成立するが、そのためには金持ちが、自らの財産を配分するのは同じ国家の人間であるという意識を持たなければならない。福祉国家とはナショナリズムがなければ成立しないのである。左翼の好むスウェーデンの経済学者カール・グンナー・ミュルダールは福祉国家の理論家として有名だが、彼もナショナリズムにもとづく国民国家が先になければ彼の理想とする福祉国家の実現はないと言っている。

    <ではナショナリズムと保守の関係性とは何か>
    ナショナリズムは全て人工的に作られたのではなく、核には複数の民族のなかでも支配的なエスニックグループがあるのではないかという説もある。核となるグループが少数民族を包み込む形になったという論で、パトリア的なものを拡大していったのがネイションということである。ネイションの土台がパトリアとすると、保守的な人がそこに賛同しやすいことも理解できる。国には少なからずその国の神話がある。神話には多くの嘘が含まれる。しかし歴史の連続性を重んじる保守は、物語としての神話を、単にフィクションであるという理由で拒絶せず、そこに投影される民族の美意識を見出そうとする。また保守は、ラディカル(根本・根源的)な変化を、原理原則に忠実でありすぎることを嫌う。例えばイギリスは多くの地方の集まった擬似的な共同体であって、パトリアティズムを重視し、分割すべきであるという考え方はありうるものだが、あまりに原理原則に立脚しすぎており、国がまとまらなくなる。保守はこうした「ラディカル」で「革命的」な考え方を嫌うのである。民族紛争は、このように共同体意識を拡大し、「元々は誰々の土地であった」「あの民族は昔我らを迫害した」といった考え方に拘った結果起こることが多い。昔のことはおいておき、今は上手くいっているのだから現状を保守しようとするのが保守の発想である。言い換えればリアリストなのである。

    <人間の脳にそぐわない国民主権、民主制>
    キリスト教の「神の前の平等」に由来すると思われるのが、近代国家を支える「国民主権」の理念である。一方で、伝統や神話も国民を統合し、国家を支える大きな力となっている。伝統や神話を重んじる保守的な考え方がなければ片手落ちであり、近代の方向に暴走していまうのである。国民主権の論理を突き詰めると直接民主制となり、直接民主制は議会主義を否定することになる。議会において重要なのは熟議、利害調整であって、単に多数決で決めるのは知性の否定となる。ピュアな民主制が危険であるから、立憲主義、代議制、三権分立、二院制といった装置が必要とされているのである。シーナ・アイエンガーの著書「選択の科学」で示された実験結果に明らかなように、人は目の前に示された選択肢が少なければ少ないほど、快適に感じるのである。自由に決めてよいという状態は実は脳にとって不快なのである。人間は完全な自由に耐えることができない。心理学者、バリー・シュワルツも選択肢の多さは幸福度を下げると主張している。また、多様な医療を選ぶことができる患者の自己決定権は、プロの医者の判断より素人の判断を優先させることに繋がり、結果的に患者にとってマイナスとなることもありうる。多すぎる選択肢は決断を困難にし、選択に対する後悔を引き起こす。一方で、極端な形での「わかりやすい」「二項対立」のような選択肢を提示し、それに流されてしまっているのが今の日本の政治状況である。

    <リベラルであるにはナショナリズムに基づくネイションが不可欠>
    国単位での排他性は認めないが、サークルやNPOで排他性は認めるという人が存在する。ネイションでなく、自由意思で選べる集団(ゲゼルシャフト)であるなら良いという人はリベラルな傾向を持つ人に多い。しかしナショナリズムに基づくネイションという拘束があればこそ、リベラルであれるのである。ネイション成立以前においては、貴族階級と農民階級が同じ人間とは誰も思っていなかった。異なる宗教を持っていれば交流はせず、地域にしても藩や身分、一族ごとに孤立していた。それらが人口的にまとまったのがネイションである。つまり、国民意識を持ったからこそ、互いの交流が生まれ、多様な価値観が共存する多元的な社会、まさにリベラルな人々が標榜する理想が成立したのである。例えば歴史についての見解の相違を認めないような社会では、国がばらばらとなり、リベラルな社会とは全くいえない。

    <保守は女性的な発想である>
    キャロル・ギリガンというフェミニストの提唱する論で、「ケア」というものがある。ロールズに代表される正義論は、正義を満たす原則とは何なのかを突き詰めて考えるものであった。ギリガンはこの問題設定自体が間違いで、男の論理であると断じたのである。男性は一般論・原則論に基づき答えを導き出しやすいのに対し、女性はより具体的な効果に配慮しやすいという実験結果がある。この実験からギリガンの提唱したのがケアの発想である。これまでの政治思想はジャスティスの論理だけを取り扱うものであって、ケアの論理が抜け落ちているとギリガンは述べる。女性的なケアの発想は、原理原則、ラディカルないままでのジャスティスと比べ、保守的な発想といえる。正義を掲げ、社会を動かすような人々は保守的ではないのである。

    <保守的な脳をもつ日本人>
    セロトニンの合成能力が小さい日本人(調査を行った国々の中で日本人は最もセロトニンを使いにくい脳をもつ)は、不安感情に苛まれやすいため、新しいものをなかなか受け入れない。「日本人は英語が下手」論も、失敗に対する不安の大きさから英語を話さず、結果として上達しないのではないか。日本人はセロトニントランスポーター(セロトニンを使いまわすポンプのようなもの)が少ない。二種類の遺伝子の組み合わせによってセロトニンの多少は決定される。「SS(少・少)」「SL(少・大)」「LL(大・大)」の三種類の組み合わせがあるが、日本人はSSとSLの二種をを併せた人の割合が98%なのである。このような割合を示すのは日本人だけである。トランスポーターの多い傾向にあるのは、南アフリカ、アメリカ、移民の多い国である。移民を受け入れるほうにも不安感に関わるセロトニンは関係しているのであり、日本人が移民に拒否反応を示すのにも関係があるのかもしれない。

    <改善は束縛から生まれる>
    日本では「自由」「開放」「グローバル」のように、束縛から脱するのがア・プリオリよしとされる傾向にある。しかし夫婦関係においても、妻が他の男性に対して開かれるのが大問題であるように(中野剛志氏の冗談であるが)、開かれていないことによって価値が生まれてくることもある。束縛について、経済学者アルバート・ハーシュマンは、人間社会に問題が生じた際、「イグジット」と「ボイス」の2つの解決方法があるとした。イグジットは、その場から逃げ出すことで、ボイスは状況を改善すべきだと声をあげることである。自由な環境であれば、外に逃げ出せばそれで済む。ところが何らかの心情や状況によって束縛されている場合には、そこにある問題に向き合い、解決しようとしなければ自らに悪影響が降りかかる。改善は束縛から生まれるのである。地元に束縛されていればこそ、そこが破壊されれば復興を目指す。アメリカでは金持ちは税金の安い国に逃げ、国を良くしようと思わないため、スラム街に代表される劣悪なインフラは放置される。

    <社会を維持するための宗教>
    フランスの社会学者、デュルケームは、社会を維持するために聖的なものが必須であると指摘した。マックス・ウェーバーは近代化するにつれ、宗教の力は衰え世俗化すると考えたが、デュルケームはそもそも社会とは聖的なものがなければ成り立たないと考えた。パトリアとは比べ物にならない近代のネイションをまとめるには聖的なものがかかせない。つまり聖的なものが成立に必須であるナショナリズムは一種の宗教と言い換えることも出来る。「聖的なもの」は端的にいえば権威であり、知性で判断させず、黙って従わせる力である。アメリカは建国の父から続く”偉大”な歴史を教えるし、大統領選ではキリスト教色を押し出した儀式を行う。トクヴィルは、人間は信仰を持たなければ隷属を免れず、自由になるには宗教を信じる必要があるといっている。物質的享楽だけを求めると、矮小な欲望を求め、刹那的な快楽に溺れるようになる。宗教を否定した共産主義国家が国の最高指導者を神格化させたのも、国家を統治するために必要なことだからである。そしてだからこそ、最高指導者が失脚すると同時に、それらの国は滅びた。ニーチェいわく、統合原理としての神は、先祖に対する畏敬の念、自然への恐怖、農耕に対する感謝のような民族の感情を投影したものであり、民族は神に祈りをささげることで自己肯定したのだという。そして、こうした複雑な神を、一神教は一面的な「正義の神」にしてしまったとして批判している。またニーチェは、ユダヤ民族が外敵から攻められた際、自分達を正当化する理屈を作り出したのだと考えた。強い敵は悪、弱い自分達は善。この価値観の転換から、善悪二元論が生まれたという仮説である。

    <戦争が近代を生んだ>
    宗教原理主義を非合理主義の典型のように考えるのは誤りである。近代合理主義は、原理原則に導かれたものを信じるということであり、宗教原理主義も合理主義の一種である。戦争に勝つには合理的、効率的に国家を運営することが求められる。欧州の30年戦争では、宗教改革にともなう戦争によって人々が合理性を追求するようになった。それから近代・合理的な組織や制度が生まれ、合理主義的な考え方が生まれたのである。また、戦争が大規模化されるにつれ、庶民を巻き込む必要が生じてくる。動員される庶民は、徴兵と引き換えに権利を要求しはじめる。結果、自由権や参政権が誕生し、近代合理主義の考え方が普及していった。戦争が近代を生み出したのである。理性・合理主義が絶対視されるようになると、フランス革命においては理性が神の座に祀り上げられた。近代イデオロギーの典型、「神の前の平等」は唯一神を想定しない限り成り立たない。トクヴィルいわく、専制国家も民主国家も基本的には同じものだという。専制国家では専制君主の前に全員平等、民主国家では神の前に全員平等なのであるから。

    <中東・イスラム・ISIS>
    イスラム教はプロテスタンティズムに近く、平等を強く志向する。富める者が貧しい者に支援するのは当然であると考えている。中東の歴史は70年程度しかなく、ネイションの概念が薄い。ネイションの概念が薄いということは、民主化が難しいということである。スンニ派とシーア派が同じ国民であることを認め、どちらの派閥が政権を握っても他派閥にも配慮するということが前提として共有されなければならない。しかし、そうした保障がないからこそ、配慮されない側はイグジットしようとするが、できない場合もある。すると、民族・宗教意識の高まりとともに土地の奪い合いがはじまり、民族紛争の勃発につながるのである。ISISが巨大化した要因にはそうしたものがある。クルド人(民族)は、イラク、シリア、イランそしてトルコにまたがり住んでいる。クルド人のネイションを作られると困るから、クルド人は弾圧されたきたのである。悲劇を生んでいる弾圧だが、民主化したらしたで内戦が勃発してしまう可能性が高い。イラクのフセインは、国民統合のために「聖なるもの」、メソポタミア文明を象徴する神殿や自らの銅像を造った。ブッシュはイラクに介入し、民主化を押し付けたために、国民統合は果たされなかった。民主制には議会が必要である。議会主義とは代議制であり、国民の代表を選ばなければならない。しかし、ネイションの概念の発達していない場所では、ネイション、国民の代表を選ぶことはできない。アラブの春の起こった全ての国は民主化に失敗している。ISISが世界遺産を破壊するのは、聖的なものをなくし、社会の統合を崩壊させようとしているからである。おそらくISISは国民意識を持ったネイションの力、人的、経済的な動員力などを理解した上で、領土の獲得と国家の樹立を目指していると思われる。特定の領土を実効支配し、他国から干渉されなければ国家は樹立できる。だからISISは干渉する相手には干渉しなくなるまでテロを仕掛け続けるという戦略を取るのであろう。ISISは他国から「イグジット」できる受け皿としての役割を宣伝すると同時に、いったん入れば出にくくする措置も行っていることから「ボイス」の効果もあがる。巧妙で合理的である。

    ・環境・体制・ポピュリズム

    <人は環境から逃れられない>
    人は、身を置く環境によって遺伝子レベルで変化してしまうように、環境から切り離された「個」は存在せず、故に自由ではありえない。必ず周囲の何かに束縛される。アイデンティティとは環境との関係性であり、その要素を除いていけば最後にはそこに何も残らない。安倍首相は「国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました」というが、国境を開放していたヨーロッパは難民問題に直面している。国境や国籍が無意味というのであれば、難民や北朝鮮人が日本に押し寄せることを許容しなければならない。ハンナ・アレント(1906~1975)いわく、権利とは「人権」のように抽象的なものでなく、「継承された遺産」である。「日本人の権利」「アメリカ人の権利」というように具体的にしか現れず、国籍にこだわらずというのは獲得した権利を放棄することに等しい。後天的な資質が遺伝する現象「エピジェネティクス(epi外側+genetics遺伝学)」。DNAはメチル化されたたんぱく質に巻きつくなどしており、その状態で子に受け継がれる。しかし環境要因によって遺伝するように見える資質は大体が一世代限りである。

    <丸山眞男の誤り>
    丸山は論文『超国家主義の論理と心理』の中で、「日本には封建社会の遺制が残っていたため、近代的な自由な主体意識が発達せず、非合理的な戦争に突き進んでしまった」と言っている。実際には論理が逆さまで、前近代的な共同体(封建社会の遺制と呼ぶべきもの)が崩壊したからこそ、戦争に突き進んでしまったのである。明治以降暴走したのは、丸山の指摘したような封建社会的、前近代的な要素でなく、近代そのものであった。

    <アメリカ社会の同調圧力>
    カナダでは中国系移民が社会問題になっている。西部の町、リッチモンドでは20万人いる住民の半数近くは中国系で占められている。政府が外国人投資家を呼び込む目的で移民政策を開始し、中国の富裕層が移り住んだのがはじまりである。アメリカの人類学者、チャールズ・リンドホルム、ジョン・ホールの論文によると、アメリカはカナダより同調圧力が強く、移民2世からは元の社会の言語、文化を忘れはじめ、3世になると完全にアメリカ人と変わらなくなるという。

    <ポピュリズム蔓延の原因>
    日本にポピュリズムが蔓延したのは、90年代の政治制度改革によるところが大きい。94年、小沢一郎が細川護熙を担ぎ、政治資金規正法を改正し、党本部に資金が集中するようになった。そして選挙制度は、中選挙区制から、小選挙区比例代表制になった。小選挙区制では上位2候補を当てる人気投票になりやすい。そのため、民意を包み込んで訴えるようなポピュリズムが横行するようになった。

    <B層、A層>
    B層とは「近代的価値観を妄信する人々」のことであって「バカ層」ではない。我々は自ら意思決定することに心地悪さを感じる生き物であって、わかりやすい選択肢や単純な論を展開する人間に対し、心地よさを感じてしまうのも無理はない。そうした意味で、知的な素養のない人間がポピュリズムに流されてしまうのはある意味仕方がないといえる。しかし、知的水準の高い人間でも、扇動者を支持することがあり、そうした層をA層と呼ぶ。中野剛志氏は、知性があるからこそ勝ち馬に乗ろうとするのだ、という仮説を展開する。損得を計算した結果、批判することが可能であってもあえて行わなわず、静観するか、賛同するフリを行う。強者に抵抗するには知性は役立たないのである。

    <個人主義・集団主義の誤解>
    日本人は個が確立していないから、集団主義であるといわれる。しかしリースマンは『孤独な群集』の中で、他人志向(他人に合わせる人)は共同体からはずれ、個々に分化しているが故に、他人を見て動くのだという。内部指向型(自らの価値観に従って動く人)は、共同体の価値観を自分の中に持っているからこそ、それに従い、ぶれないのだという。トクヴィルも、共同体から切り離された個は、大体数のものの一般意思に進んで自分を固く縛りつけることになると言っている。前近代的価値観から逃れたと思っている個は、多数者の専制に隷属するようになっただけなのである。

    ・戦争

    <反知性主義とは何だろうか>
    左派が昨今多用する言葉に「反知性主義」がある。左派はこの言葉をネット右翼に適用し、「知性のないバカ」のように使っている。しかし実際には、ピューリタンの極端な理性崇拝への反発で生まれたアメリカの思想のことを示すもので、ネット右翼とは何の関係もないのである。「知性主義(主知主義)」は、「机上の空論を行う」主義のようなことを意味するもので、反知性主義は、机上の空論でなく、現場経験やプラグマティックなものも重視しようというポジティブな意味で、「反」を使っているのである。

    <戦争によって富の再配分が行われてきた>
    バタイユは、蓄積された富を戦争により消費することが共同体の維持につながったと指摘する。ピケティいわく、フランスの1910年から75年にかけての時期では、大戦や世界恐慌によって経済格差が縮小したのだという。富裕層は戦費調達の為に課税を強化されたのである。また、一般市民を兵士として雇うため、手当てや医療保険制度を拡充することに繋がったのも、格差縮小の要因である。さらに、兵士として活動するために必要な教養を教えるため、一般国民に教育が普及した。ナショナリズムを高めるためにも祖国の歴史や地理を教えていった。

    <立憲主義がイギリスに根付いた訳>
    立憲主義や法の支配という概念自体は、中世ヨーロッパから存在していた。しかし軍事が近代化され、中央集権の絶対王政を敷く国家が出来ると、貴族の力が弱められていった。権力が君主に集中した結果、軍隊を動かすために絶対的な権力が必要だったヨーロッパ諸国では、立憲主義は邪魔になったのである。しかしこれは国境を接する国々に適用される事例であって、島国であったイギリスでは戦争において、即応的な対応、迅速な意思決定を行う必要がなかったため、立憲主義が残ったのである。

    <解釈改憲の問題点>
    国体である憲法(憲法とは歴史から抽出したもの)を時によって都合よくルールを変更するのは左翼の手口であり、フランス革命で独裁を行ったジャコバン派の手口と同様のものである。自衛隊合憲論の根拠も脆弱で、憲法13条の「幸福追求の権利」が根拠となっている。しかし、国民の幸福追求のために軍隊の行動が合憲であるのなら、海外派兵や他国への侵略も合憲となってしまい、いくらでも拡大解釈できるようになってしまう。

    その他メモ・疑問点
    ・左派的な福祉国家の実現にはナショナリズムが必要で、ゆえにリベラリストであるためにはナショナリズムが不可欠という。しかしリベラリストはいわば国を超えた国、全世界の全ての人々に対して愛着を持つ=グローバリスト?ではないか。要するに、世界をひとつの国家と見なしている。この場合、一国家に対する愛着、ナショナリズムとの違いは何であるのか。
    ・一神教的な要素が強いのはプロテスタント。カトリックにはジャンヌ・ダルクのような聖人が多く存在するため
    ・カトリックは拡大の過程で民間信仰を飲み込み世俗化していった。原始キリスト教と聖母マリア信仰は関係なく、クリスマスも冬至の祭り。

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    2017年05月15日
  • グローバリズムが世界を滅ぼす

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    経済音痴の私にとって衝撃的。確かに今の世界は何かがおかしいとはぼんやりと感じていた。本書は、現代の格差の拡大や危機の恒常化の原因がグローバリズムにあり、それが社会を破壊していることを、5人の筆者が座談を通じてわかりやすく説いている。新自由主義(ネオリベラリズム)が制約のない自由として席捲し、隣国同士の経済戦争につながっていることは、EUに見られる。われわれは真の民主主義を守るために、各国がネーションごとにまとまり、独自に規制を定め、グローバリズムから脱却することが必要。しかし世界のエリートの大半はグローバリズムを正しい方向に導く道だと信じているとのこと。…ところで情報のグローバル化は避けられない。経済の脱グローバル化はいかにして達成できるのだろうか?

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    2016年07月09日
  • グローバリズムが世界を滅ぼす

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    ネタバレ

    グローバリズム、新自由主義を否定的に捉えた一冊。
    普段からグローバル至上主義とも言える風潮に浸っているため非常に新鮮な内容であった。

    本書を通じて、グローバリズムの弊害を以下のように捉えた。

    ・格差拡大
    国境を越えて経済活動がされるため、資本を持つ大企業が残り中小企業は潰れる。
    さらに大企業の中でも資本家と労働者の格差が広がる。
    (さらに生産量が増え供給力が上がることでデフレに繋がる)

    また、同様に大国が富み、小国は貧しくなる。(搾取される)
    本書では、「経済戦争」というワードが使われていたのが印象的。捉えようによっては経済を武器にした帝国主義なのではないか。

    ・伝統や人間関係の崩壊
    ヒトやモノが国境を越えて自由に行き来できるため、人間関係は希薄化し、伝統も無くなっていく。
    これは伝統や人間関係を守ろうとする保守の考えとは対局の状況なのだが、なぜか保守主義者は新自由主義を信仰する。

    ・危機のグローバル化
    国境の意味が希薄化しているため、ある国で起こった危機が他国に伝播しやすい。2016年6月に起こったイギリスのEU脱退が記憶に新しい。

    ではどうするか。
    一部の筆者はケインズのように保護政策をとるべきであり、政府が統制を取り、一定のルールのもと経済活動をするべきだと語る。
    ただし、現在の問題として、近年のエリートが劣化し、新自由主義の旗印のもと現状を放置していると結論づける。

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    2016年07月04日
  • 保守とは何だろうか

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    タイトルに惹かれ購入しましたが、新書とはいえ、深い内容で、勉強になりました。いまの日本の政策課題を理解する上でも、相当参考になります。コールリッジのマクロ経済論あたりから、引きこまれてしまった。

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    2013年12月31日
  • TPP 黒い条約

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    7人の著者によるTPPのデメリット、危険性を説く警告書。舌足らずな部分は見受けられるが、論旨自体はそれぞれ納得がいく。TPPは国家間の交渉ではなく、グローバル企業の利益誘導という漠然とした印象は間違っていなかった。

    ・アメリカの「年次改革要望書」(勧告書)は国家の主権の領域に及んでいた。
    ・非関税障壁=規制や制度
    ・国民皆保険制度の空洞化(公的医療保険の給付範囲の縮小)
    ・長谷川三千子:翻訳作業とは翻訳される言語と翻訳先の言語との間で綿密な概念の検討が行われ、双方ともに厳しい知的吟味にさらされる過程である。外来の語彙や概念が触媒となり、土着の文化が活性化され、発展し、多様化していく。
    ・日本人の秩序感覚。
    ・日本人の創造性の高さ。良質な中産階級の存在。日本語文化の肥沃さ。
    ・日本は貿易依存度が低い内需大国。
    ・グローバル化と国家主権は両立しがたい。※国家の経済制御権の確保は安全網として重要?

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    2013年09月11日
  • TPP 黒い条約

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    TPPってよくわからないけど、グローバル化が世の中の流れだし、交渉参加賛成!という方はぜひ。

    コメなどの農業分野のみに矮小化されて報道されることが多いTPPだが、米国の狙う本丸は実は「金融」「投資」「医療」。
    これらの分野が開放された場合に私達の生活はどうなるのか?締結された後、知らなかったで済むことなのか?良くなることって果たして・・・

    日本のマスコミには、今後これらの分野に関する具体的でわかりやすい報道を期待してしまう?(=なんで詳しく報道しないのかといぶかってしまう)そんな内容の本です。

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    2013年08月24日
  • TPP亡国論

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    TPP参加など論外、という結論に至るまで客観的なデータとともに分かり易く描かれている。この分野の知識がなくても十分読み込める。

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    2013年08月13日
  • 日本破滅論

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    痛快!

    破滅論に秘められた、物事を達観し、本質を見抜くという思考回路。

    この国の政治、経済、社会に危機をもたらす、構造改革、デフレ下の、大増税、自由貿易至上主義、ポピュリズム・・・

    その根本にある日本の病理が透けてみせる。

    ヨーロッパの大学で学んだお二人の痛快な対談でした。

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    2013年05月08日
  • レジーム・チェンジ 恐慌を突破する逆転の発想

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    長きに渡るデフレという忌むべき状況に悩まされている日本。バブル崩壊後、日本は、どのような過ちを犯してきたのか。「グローバル化することは、良いことだ」と疑わずに、信じ続ける大衆。この本が、多くの方に読まれることを切に願う。

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    2013年04月19日