上間陽子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
沖縄で、家庭の問題(DVなど)で生活の問題を抱えている女性の生活史調査の本。筆者自身、そうした人々を支援する立場にあるとのことなので、研究書というよりは、ある意味ノンフィクション小説に近い感覚を抱いた。
以前、読んだ岸雅彦さんの本でこの本が挙げられていたので読んでみたが、ディティールがすごい。
ディティールとは、読者との間で理解を再現しようとする試みであるが、細かい組み立てが非常に面白く、印象に残る。
私自身、知らない世界であり、そこも含めて印象に残った。
例えば、「カバンにドレスを詰め込んで」という章では、DVを受け、障害のある子を産んだシングルマザーの話だが、生まれた当時はカバンに夜職のドレスを詰め込んで看護学校に通いながら夜職でお金を稼ぎ、今では看護師になりカバンに我が子の服を詰め込んで施設を見舞いながら、看護師としてしっかり働けているという対比。
「新しい柔軟剤 新しい家族」という章では、15歳の時に妊娠し、相手からも親からも見捨てられ1人で子供を産んだ女の子が、東京からきた彫師の男の子とであい順調な生活をはぐくみ妊娠し、新しい子を産むまで。彫師が出産日に警察に捕まるなどあったが、無事新しい家族が生まれる。今では天気によって赤ちゃんの衣服の柔軟剤を変えています、というディティールを描いている。
大文字の概念枠組みで彼女たちの人生を分析するということではなく、彼女たちの見てきた景色や時間に寄り添いながら、彼女たちの人生をできるだけまとまった「生活史」の形式で残すという目的が果たされている。
勿論、この本に書かれている事例は、「綺麗にまとめられすぎている」という批判もあるかもしれない。(事例は勿論悲惨なのだが、文章的にというか、このディティール自体が綺麗に見えすぎるのかもしれない。)事実私もそう思った部分はあった。ただ、この本の目的は、岸さんの言葉を借りるとすると、「私たちが、沖縄の少女に出会わされてしまう」、ことが目的なのだと考える。意識的に関わろうとしなければ関わらない世界に対して、こうしたディティールをとおすことで、確かにその世界が存在するといった印象を強く残された時点で、この本の目的は達成されていると思う。
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Posted by ブクログ
フェミニズムに関わる本とそれで描かれるフェミニズム要素について、4名の方が書かれてるんだけど、どれも異なる視点で面白かったです。読めてよかった!
『侍女の物語』『誓願』は前から気になってたけどいっそう読みたくなったな〜。最悪な構造の中で異なる立ち位置にいる女性たちが描かれる物語、気になる‥‥。
あと私は身体が女性で同性パートナーがいて、それを割とカムアウトする方だけどこれって自分が男性だったらこんなにカムアできてただろうかと疑問に思っていて、それが上野千鶴子さんの文章で割と納得できて、読めてよかったな〜(ホモソーシャルにおいて獲得する価値のあるもの・消費するものが女性(性的に)で、その論理で行くと自分たちを消費される側と見なす同性愛者は弾かれるという論理)。
あと男性が真に認められたいのは女性ではなく男性、というのもなるほどと思った、この人のためなら死ねる、と男が命を賭けるのは大抵男性であると‥。
トロフィーワイフとかも出てきたけど、自分の彼女/妻とか誰かの彼女/妻をくさす男性たちの理屈が本当に分からなかったけど、ここで書かれたホモソーシャルの仕組みの理屈に載せるとなるほどとは思う‥それでいいんかとは思うが‥。
結構全体的に、「男性は」って主語で言いきられてたのはどきどきしちゃったけど‥まあその感覚は引き続き持っていこう‥。
加藤陽子さんの『伊藤野枝集』、上間陽子さんの『心的外傷と回復』も読んで痛ましく思いつつ、でもこういうアンソロジーだからこそ出会った内容で読めてよかったです。 -
Posted by ブクログ
読もう、読もう、と思いながらもなかなか読めずにいましたが、ようやく読めました。
印象に残ったことをここでは2つだけ書きます。
選択不能性について。
ものすごく少ない選択肢の中からしか選べない状況にある人がいるということを、私はどれだけ理解して「自己選択」「自己決定」の言葉を使ってきただろうかと、自分の理解の浅さを感じました。
性暴力、DV加害をどのように見ていくかについて。
頷くばかりで納得しかない感覚でした。
怖さや危うさを改めて感じました。
カウンセリングから、社会調査から、多くの方の声を聴いてこられたお2人の言葉には、とても説得力がありました。
加害者の被害者性を取り扱うことのリスクについて知ることができたのもよかったです。
上間さんの本はまだ読んだことがなかったので、「読んでみよう!」と思いました。 -
Posted by ブクログ
「言葉を失ったあとで」というタイトルだが、中には言葉を失うほどの壮絶な経験をした人々の言葉をなんとか引き出してケアに繋げようとするそれぞれの現場について語られていた。
DVや虐待、性被害などは身体の傷だけでなく、心の傷も深く苦しい。それを語れるのは言葉でしかなく、言葉にならないからこそ辛いのだと思う。
信田さんがカウンセリングにおいて「抽象的な言葉を禁ずる」と語っていたのがとても印象的だった。「愛着障害」などと言ってしまえばそれできれいにまとまって終わってしまう。しかし、その言葉を禁じることによって、具体的に残るのは「比喩」だという話は、「自分の言葉で語ること」とはどういうことか、あるいは「世界は言葉でできている」ということを改めて強く認識させられるものだった。
上間さんのあとがきでは、亡くしてしまった子のことを思い出し、「問う先をなくした言葉は、私のなかでぐるぐる回る。あの子の話を、私は結局聞き取ることができなかった。…その子の現場を正確に聞きとり、その子をエンパワメントできるような言葉を紡げないことに、私はいつもいらだっていた。」という。
そして「語りだそうとするひとがいて、それを聞こうとするひとがいる場所は、やっぱり希望なのだと私は思う。」と書いて終えている。
この本を読むと、日本の性犯罪やDVに対する問題の多さに愕然するものの、まずは「聞こうとすること」から始めなければならないのだと思う。被害者や加害者の声に耳を傾け続ける2人の紡ぐ言葉を今後も受け取っていきたいと思わせてくれる1冊だった。 -
Posted by ブクログ
言葉をしっかり辿れたなぁという一冊。
ただ、まとめて言えることはなくて、自分の中に「分かった気がする」ことが幾つか積み上げられたような感じがある。
女性の芸人さんにまつわる〝解離〟の話。
天然で、ズレたことを言うのがキャラとして受け入れられているが、解離を起こしているのでは、と。
その話の中で、ふと思い出した人がいる。
私は実際に〝解離〟を起こしている人を認識したことがないから、そうとは言えないけれど。
というか、女性の、あの独特のテンポ感を持つ感じは何に起因するんだろう。
やり取りを逐語で記録する話。
質問をしている、記録をしている側が神の視点に立っているから、「どんなやり取りをしたか」ではないものになってしまう。
事象に主観や解釈を交えるなと言われるけれど。
双方がどんな言葉を選び、交わしたかという事実は確かに大切なんじゃないかなと思う。