筒井清忠のレビュー一覧
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満州事変が日中戦争、そして太平洋戦争を引き起こしたとは言えないが大きな要因の一つになっている。ではなぜ満州事変は起こったのか。
15年5月9日袁世凱は対華21カ条要求を受けいれた、この日は後に国恥記念日になっている。また五四運動という大規模な反日運動を引き起こした。日本国内でも吉野作造が「最小限度の要求」と読んだように議会や世論はこの要求を当然のものと見なしていた。ドイツから奪った山東省の権益や満州の権益のみならず調印時には中国に対する内政干渉とも言える第5条も戦勝国日本にとっては無理な要求とは映らなかったと言うことだ。
辛亥革命後の中国は南に孫文の革命派、北に安徽派、直隷派、奉天派などの -
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筒井先生の本はよく読ませていただいているのだけれども,本書はその中でも面白い。戦前期のポピュリズム台頭の様子が,日比谷焼き討ち事件,大正期の大衆運動,朴烈怪写真事件,田中義一寺内閣時代,統帥権干犯問題,満洲事変,五・一五事件裁判,国際連盟脱退,帝人事件,天皇機関説事件,近衛内閣時代といくつかのトピックスを通じて活写している。
旧平価による金解禁もある意味ポピュリズムの賜物。政治家と新聞が結託して昭和恐慌をもたらした。
現代のわれわれにとってもモリカケ問題は言うに及ばず,あらゆるところでポピュリズムが蔓延っている。
最後にマスコミが民主主義の健全な発展に不可欠という指摘はその通りだと思うが -
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陸軍士官学校事件は、皇道派と統制派の派閥抗争のさなか、辻政信大尉がスパイを送り込み、クーデター計画を捏造したとされる事件で、二・二六事件の原点と呼ばれている事件であるが、これまであまりに謎が多く、実像が明らかにされてこなかった。本書は当事者の日記・記録・回想、捜査に当たった憲兵隊や軍法会議の記録のほか陸軍士官学校候補生らへの取り調べ調書記録なども駆使し、その全貌を明らかにした貴重な研究である。
著者は「諸個人の集合的行為の複合物としての歴史は最初の諸個人の意図を大きく越えほとんどそれと正反対のコースに進むことが多いが、この事件はその典型的ケースだった」(230頁)と述べる。そして、この感慨は -
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複雑な国際関係の中で昭和初期の外交がなぜ敗北し「満洲事変」という軍部の暴発に至ったのかを日露戦後の大衆社会の誕生から整理して筋道を立てて説明している。本書は簡潔で的を射ていると思うが、それでも辛亥革命以後の中国情勢を理解するのは本当に難しい。理由の一つは当時の中国側資料にアクセスすることの困難さがあると思うが、これは現在の共産党政権が倒れでもしない限り、かなり難しいだろう。著者は慎重に当時の外地でのメディア資料なども用いて実証的に迫ろうとしている。日貨排斥運動などについて当時の国際世論から言っても中国側がかなり酷いことをしていたのがよくわかる(それが事変の正当化にはつながらないことは著者も言う
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本書は、「昭和戦前の日本の政治・社会の基底には極めて強い大衆社会化の圧力があり、それは多くの事件に見られたのであった」(「はじめに」より)が、これまで十分にそれらが検討されてきたとはいいがたいことから、正確な実証的成果に基づいた大衆世論からみた昭和史を、14章のテーマに沿って見ていこうとするものである。
全体として、新聞・マスコミ報道によって大衆世論が作り上げられていき、それが大きな同調圧力となって軍部の台頭を招き、政策決定にも影響を与えていったことが解き明かされる。
各章で取り上げられている事件や出来事はそれなりに知ってはいたが、それぞれかなり詳細、具体的な事実を基にしながら、大筋の -
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筒井清忠氏は昭和史を塗り替える注目すべき論考をいくつも世に問うてきた。丸山眞男の日本ファシズム論への批判を皮切りに、二・二六事件が純真無垢な青年による無謀な暴発ではなく、緻密なプランを持ち成功の可能性も大いにあったクーデターであるとする新解釈(『 二・二六事件とその時代―昭和期日本の構造 (ちくま学芸文庫) 』)や、「軍部大臣現役武官制」が軍の政治介入の温床になったという神話の解体(『 昭和十年代の陸軍と政治―軍部大臣現役武官制の虚像と実像 』)など、いずれも手堅い実証に裏付けられたプロの歴史家の仕事だ。本書は対米戦争で破局に至るプロセスの起点として満州事変を捉えてその原因を探るものだが、氏の
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タイトルから、「満州事変」が起きた数年前、たとえば張作霖爆殺事件あたりからの著述なのかなと思って読むと、著述は明治時代あたりから、中国との関係や国内政治、社会情勢などを踏まえながら、「満州事変」にいたる流れを整理したもの。
これを読むと、「満州事変」が起きたのは、むしろ必然の感じがしてしまうが、あくまでも「満州事変」が起きたという事実があったことをベースにそれにつながる歴史の流れを整理したということ。
つまり、さまざまな歴史の流れはあるわけで、満州事変のようなものが起きなかった、仮に起きたとしてもあそこまで拡大せずに終わった歴史の可能性は多いにあるわけだ。
それでも、やはりこのラインをお -
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日本のファシズムは、ドイツやイタリアと比べると、あまり全体主義的ではなく(いろいろな意見・利害対立があって、バラバラで、「全体」になってない)、下からの運動というより、天皇の権威を利用した上からの統制という具合に理解しているのだが、それでもやはりファシズム的であるのは、大衆からの支持があったから。
そして大衆の支持は、マスコミによる影響が大きいのだろうという予測のもとに、この本を読んでみた。
大きくは、こうした事前の予測とは異なるわけではなかったのだが、それでも具体的にメディアがどういう論調の記事を書いたのか、そして、それに大衆がどういうふうに反応したのかを読むと、あらためて戦前の日本がど -
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<目次>
第1章 「軍縮期」の軍人と世論
第2章 普通選挙と政党政治
第3章 無産政党の台頭と挫折
第4章 ロンドン条約・統帥権干犯問題
第5章 満州事変
第6章 血盟団事件、五・一五事件
第7章 国際連合脱退
第8章 帝人事件
第9章 二・二六事件
第10章 日中戦争~勃発と拡大
第11章 三国同盟・ヒトラーと日本世論
第12章 近衛新体制と大政翼賛会
第13章 日中戦争をめぐる反英米論の展開
第14章 日米交渉と開戦
<内容>
昭和史を筒井教授グループが、ちくまから朝日新聞へと移ってきた感じ。ちくまと内容にそう差はないように思うが、日中戦争などは、論というより -
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日本の大衆は、日比谷焼き討ち事件から始まった。日露戦争の講和条約ポーツマス条約に反対する国民大会。
徳富蘇峰の国民新聞だけが、講和条約に賛成した。
日比谷焼き討ち事件は、討幕派から226事件までの中間的な思想事件。
排日移民法排撃運動ではアメリカ大使館の前で切腹。
初の普通選挙では2大政党時代が訪れた。政策より大衆人気が勝利する。
ロンドン海軍軍縮条約では国際協調主義の世論が、わずか3年後の国際連盟脱退では、松岡全権を大歓迎した。新聞の誘導が原因。
515事件は、国民の減刑運動によって海軍による刑は軽いものとなった。
満州国はフランスでは、不戦条約などに違反していないという論もあっ