岸政彦のレビュー一覧
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第156回芥川賞候補作
よく聞くラジオ番組で何度か岸政彦さんがゲストだったり、Eテレの「100分で名著」にも講師として出演されていたので、社会学者であるということは知っていた。
そして、大阪愛はもちろん、「人」というものに対する興味や愛情が本当に深い方なんだなぁ、とその熱量の高いトークから感じていたのだが、小説はまた違った趣きだった。
読み始めてすぐ、なぜか柳美里さんの「JR上野公園口」が思い浮かんだ。
私自身は、大阪という街をあまり知らないので、この小説の舞台が大阪のどんな所なのかは、読んで受けたイメージしかない。
ゴミの吹き溜まりの少しすえた匂いのするような、寂れかけた一角に暮らす、明日が見えない若者たちの物語。
登場人物の一人一人がはっきりせず、どこか重なり、どこか繋がっているような…いくらでも代わりがある仕事をしている人々。
いくらでも代わりがあったとしても、その人はその人しかいない。
でもその当人が、そのことを理解することもなく、ただただ無常な時に流されていく。
これがバブルの時ならば、「横道世之介」みたいな根拠のない前向きな空気感が漂うのだろうが、平成世代は、生まれた時から不景気と格差社会の中にある。
ささやかな幸せを見つけても、簡単にその場から剥がされる。
そういったことを怒りではなく、諦めの姿勢で受け入れてしまう彼らの姿が哀しい。
読む世代によって感じ方は変わるだろう。
私の世代は、こうなる前にもう少しできることがあったのではないか、と感じるのではないだろうか。
2022.2.13 -
購入済み
ありのまま世界を観察
筆者の人となり、もしくは社会学者としての態度のようなモノが現れている感じがした。
筆者のことはコノ本で知った。
世界のあらゆる物事は表裏一体で有ることを再認識できたような感覚を覚えた。
・善/悪
・暑/冷
・温和/暴力
何か、変なレビューになってしまいましたが
僕は面白かった。 -
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現代社会学を巡る3つの潮流である質的調査・量的調査・理論をそれぞれ代表する社会学者に、どちらかというと社会思想史の研究者としての色合いが濃い稲葉振一郎を加え、それぞれの鼎談によって構成された一冊。
社会学に対して多少なりとも興味関心がある人でないと全く面白く感じない本だとは思うが、登場する社会学者はみな、現代の日本の社会学におけるトップクラスの論客たちであり、知的な刺激は大いに得られる。
大きく印象に残ったのは2点。
北田暁大氏については私が大学生だったときから既に若手論客として名を馳せており、何の本に収められた論考だったかは全く忘れてしまったのだが、「社会的な問題にコミットする」という姿勢を当時から明確にしていたその論考の異常なまでの熱さに、21-22くらいの私は多いに刺激を受けたものであった(2006年、集中講義にも来てくれて受講した記憶がある)。それから15年ほどが経つが、本書においても氏のスタンスは「社会学というのは、社会問題が存在するという点を前提とすべきだ」と変わっておらず、印象に残った。
もう1点は統計データの分析等に基づく量的調査を得意とする筒井淳也氏の「開発経済学や行動経済学に代表されるような統計的因果推論はあまりにもブームになりすぎていて、過剰な期待を背負わされている」という指摘は非常に鋭いものだと感じた。確かに、人文社会科学においても経済学などをはじめとして統計的因果推論のバブルは異常なまでの熱気に達しているような気は薄々としていた。そういう点で、社会学における量的調査は、「Aを行えばBのような結果が得られる」という変化についての含意は全く扱わずに、そもそも「社会がAのような状況にあるのはなぜか」という論点を扱うわけであり、変化の前提となる現状把握として意味があるという指摘は、なるほどと実感した。 -
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市井の人々への徹底した聞き取り調査を元に社会構造などを明らかにする社会学者である著者の小説は数冊目であるが、本作はジャズベーシストでもあった著者の過去の経験が盛り込まれており、音楽に関するシーンも含めて楽しめた一冊であった。
名作『断片的なものの社会学』で示されたように、日常生活のある何気ないモチーフから極めていまイマジナティブな世界を描く出すのが巧い。本作ではタイトルにもある”リリアン”はまさにそうしたモチーフの1つであり、”リリアン”と共に綴られる主人公のジャズベーシストが語る幼少期の痛みに満ちた回想は、こちらの胸をも抉るような痛みを味わわせてくれる。
また、ジャズセッションのシーンは、音楽を演奏しているときにプレーヤーが何を考えている/何を考えていないか、ということを教えてくれる点で、楽器演奏者には面白いとも思う。ぜひ岸さんには、研究の合間で良いので、今後もコンスタントにこうした小説を書き続けてほしい。 -
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ネタバレ注意
読書開始日:2021年4月28日
読書終了日:2021年4月29日
所感
図書室
回想シーンの男の子との会話で懐かしさを覚えた。
自分の小学生時代の会話もこんな感じだった。
お互い当時持ち合わせている最小の気遣いだけで、話したいことを次から次へと突拍子も無く話していた気がする。
まさに作中の2人もそれだった。
「私たちは、相手が吐き出した息を口から吸い込んでまた吐き出すように、お互いの言葉をやりとりしていた。」この一文で自分の記憶を言語化できた。
その会話の中心に、「子どものころに一度は訪れる死や地球滅亡への恐怖」を据えることで、さらになつかしさが増す。
歳を重ねるにつれ、気遣い、配慮が比率を増していき、会話が自然と溶け合う機会も少なくなっていった。
そんな時にふと思い出すのは、当時の友人と突拍子もない話しから、大それたことをしでかした記憶。
ノスタルジックな気持ちなった。
給水塔
作者のエッセイ。
いつもこの作者は自分がもやもやと考えているようなことをパッと言語化してくれるのでとても好きだ。
作者は肉体労働を「民主的で業績主義的で合理主義的で個人主義」と表現していたが、
自分も学生時代、バイトではあるが肉体的な日雇い労働をしていたこともあって、辛い部分が大半を占めるが、辛い以外に感情を持たなくていい部分が少し好きだったことを思い出した。
大阪に対しても作者は、手加減抜きにリアルに分析しているところも面白いと思う。
関東に住み続ける自分には大阪の愉快で、愉しい印象しか持てないのであるが、
大阪のフィールドワークを重ねる作者は、「要するに大阪という街について言われていることの、大半が虚構の、無意味な、ありきたりな、紋切り型の、たわごとでしかない」と表現していて、読み進める度にリアルに感じられる。
そんなリアリストな作者が作中で唱える確証は無いが、祈りのような一文にはいつも希望を感じさせられる。
「普段どれだけ荒んで腐った、暗い穴のようなところで暮らしていても、偶然が重なって、なにか自分というものが圧倒的に肯定される瞬間が来る。私はそれが誰にでもあると信じている」
とても好きな一文。 -
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ネタバレ突然の雨に見舞われ、コンビニで安物のビニール傘を買う。
傘の見た目や機能性なんてどうでもいい。どうせその場しのぎの傘なんだから。
また別のビニール傘を買ったっていいんだから。
他人との関わり方が、そんなビニール傘に似ている。
なんとなく誰かと話がしたい。相手は別に誰でもいい。でも自分の話をするのは億劫だから、相手の話を聞くだけがいい。
大阪を舞台にした、寂寥感たっぷりの物語。
毎日をただ淡々と機械的に過ごす若者たちがとてもリアル。
雨が降るとすぐに水浸しになるという湿地帯の大阪。でも大阪住みの若者たちの人間関係はドライなんやな。
途方もない切なさ、寂しさがひたひたと伝わってきて、何度も胸が締め付けられた。
岸さんはこれが3作品目。男女の会話が相変わらずいい。カギカッコがない会話の方が読み手の気持ちに無断でズカズカ入ってくるのかも。勝手に入り込んでずっとそのまま心の中に居座る感じがクセになる。
寂しさ漂う余韻に暫し包まれる。
もう一作の『背中の月』
こちらは妻を病で亡くした男の話。
喪失感がすごく伝わってきて痛々しい。
この人、いつかは立ち直れるんだろうか。 -
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社会学のイメージって、手広くやってるけど、実際学問として何やるの?くらいしか分かってなかった自分……。
量的調査と質的調査の相いれなさと希望に何度か言及する所が印象に残ったかな。
状況を捉えようと思えば、サンプルの量が必要で、そこからこうですよねって導き出すのが量的。
けれど、そのサンプルがたとえば100集めてこうですって言ったとして、別の100集めたら別の結果や意味が生まれたとしたら。(そうならないようにされているんだけども)
一人一人の感じてきたこと、考えてきたことは、同じ状況であっても違うんじゃないか。それなら、一人の語りを深く掘り下げることで、背景に見えてくるものがある、とするのが質的ということかな。
進めていく中で、どちらも必要になってくることは分かりつつ、手を伸ばす時間と資源がない。
お互いが生み出した蓄積を使いながら、違った角度から進めていきたいのだけど、そこで対象の広さの壁や、継続性から捨てられない壁が見えてくる。
また、経済みたいな動きを見るものでも、臨床みたいに治療が目的になるものでもない、政策科学とは円の重なりがあってどう分けていくか、というのもなるほどーと思う。
時々、○○学って何するものぞ?みたいに軽く扱ってしまうことがあるんだけど、その分野の人は自分たちのテリトリーについてすごく真剣に考えているんだよね……。
最後に。
他者を理解する、マイノリティとは何かという話も自分には大切な視点になった。
研究対象ではあるんだけど、その人たちの立場を想像出来なければ、アンケートやるにしても、項目にズレが生じてしまう。
かといって、密接になりすぎて、距離を取って書くことが出来なければ、あるいは踏み込めなければ、それは論として成り立たない。
理解することの、暴力。
でも、理解できることとは。 -
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この本を読むのは2回目だ。正直に言うと、読んでいる途中でなんだか見覚えがあるなと感じていて、途中で既に一度読んでいたことを思い出した。初めて読んだのは一年くらい前だったと思う(後で調べたら二年前だった・・)。質的調査の入門書として読んでいて、紹介されている参考文献を何冊か購入するくらいにはちゃんと興味も持っていた。ただし、購入した参考文献は未だ積読になっていて、今回の読書でさらに本書のブックガイドより数冊購入してしまった。
そもそもは、昨今の流行もあり、量的調査分析に興味があった。調査というか、データ分析?って何をするのレベルで関心があり、調査法の入門書や統計について何冊か読んでいた。量的調査というと、客観的で「正しい」ような気がしていて、RやPythonなどのツールを使って分析するのもカッコいいような気もしていた。何より「正しさ」に近づくアプローチなのだと思っていた。でも、量的調査の本を読み進めるうちに、そうでもなさそうだと思うようになってきた。分析対象であるデータは「客観的」であるにせよ、結局、分析である以上、そこに意味を見出すことになり、その解釈は様々な幅が出てくるし、そもそもデータの定義や分析方法は調査者の匙加減となる部分があることは避けられないのではないかと考えるようになった。統計手法自体は、数学的な裏付けがあるものなのだろうが、その運用方法の段階で「客観性」が必ずしも担保されなくなる。そもそも「客観的」な「正しさ」なるものがあると考えること自体に無理があるので、いたしかたない。
そんなモヤモヤを覚えている時に、では量的調査と一緒によく語られている質的調査とはどういうものなのか気になり出して手にしたのが本書だった。結果としては、全くの予備知識のない自分のような読者でも抵抗なく読み進められるように書かれていた。質的調査手法である、フィールドワーク、参与観察、生活史について三人の著者がそれぞれ説明してくれる。質的調査と量的調査は綺麗に分けられるものではないこと、他者を理解すること(そもそも他者を理解することとは?)、などなどを三人が自身の調査経験をもとに解説してくれる。何より質的調査が持つ魅力を伝えようとする意気込みが伝わってくる。これも面白いよ、これも面白いよとオススメの本を紹介してくれるので、買ってしまったのが以下4冊だ。
オスカー・ルイス「貧困の文化ーメキシコの<五つの家族>」ちくま学芸文庫
ロバート・マーフィー「ボディ・サイレントー病と障害の人類学」平凡社
桜井厚「境界文化のライフストーリー」せりか書房
丸山里美「女性ホームレスとして生きるー貧困と排除の社会学」世界思想社 -
Posted by ブクログ
定職も貯金もある。一人暮らしだけど不満はない。思い出されるのは、小学生の頃に通った、あの古い公民館の小さな図書室のこと―
ひとりの女性の追憶を描いた中篇「図書室」と自伝エッセイ「給水塔」の2編収録。
まるで自分史のようだと思ってしまった。どうしてあの頃の私の気持ちも、今の私の気持ちも、こんなによく知っているの?と驚いてしまうくらい。
これと言った期待も希望も無いのに、「求められている」というステイタス欲しさに惚れた腫れたを経て、40にしてひとり暮らしを満喫する主人公。
胸いっぱいに感じる自由と孤独が、子どもの頃、公民館の図書室で覚えたソレと重なる。
『クラスの誰も知らない場所で誰も読んだことのない本のページを開いているのは、すごく寂しい気持ちとすごく自由な気持ちが混じって、それまでの生活で経験したことのないような、頭の肌がじんじんとしびれるような、痛快な気分がした』
アラフォー・独身・ひとり暮らしって、まさにこれだ。
孤独で自由で未知で痛快だ。
惚れた腫れたとは違う、母性本能とも違う、何かを溺愛したい衝動に駆られるのもよく分かる。その願望が本作の主人公みたく猫に向かう人も居れば、「推し」に向かう人も居るだろうし、選択肢はそれぞれ。
子どもの頃に読んだ本や通った図書室(学校の図書室も好きだったけれど、私も本作に出てくような公民館の図書室にも大変お世話になった)、秘密基地や初恋の男の子を今も胸の奥にしまっている人になら、確実に響く一冊。
(「給水塔」は途中までで離脱してしまった。大阪出身なら身を入れて読めると思う)。