岸政彦のレビュー一覧
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先に『調査する人生』を読んでしまっていたがこちらもとても印象に残るインパクトのある一冊だった。特に後半の「普通であることの意思」や「自分を差し出す」が印象的だった。
マイノリティの話題で在日コリアンを例に社会にある「普通」とは何かをとても考えさせられる。
「一方に「在日コリアンという経験」があり、他方に「日本人という経験」があるのではない。一方に「在日コリアンという経験」があり、そして他方に「そもそも民族というものについて何も経験せず、それについて考えることもない」人びとがいるのである。」
もしかしたら気づき考えることから始めることで、普通から一歩脱しているのかもしれない。 -
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社会学者・岸政彦さんの小説。
大阪を舞台にした2作品『リリアン』『大阪の西は全部海』が収録されている。
岸さんの『断片的なものの社会学』という本がとても面白かったので、どんな小説を書いているんだろう?と気になって読んでみた次第。
決してバッドエンドなわけではないが、優しさの中にもの哀しさが漂う読後感。
岸さんの研究手法は、街中でごく普通に暮らす人々にとにかくインタビューをしていくというもので、関係があるかは分からないが小説の中にも印象的なエピソードがたくさん盛り込まれていた。
動物もよく登場するので、『断片的なものの社会学』で岸先生の人となりを知った後だとついつい重ねて読んでしまう。→優しさの -
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全体的に軽妙な語り口で書かれていて、読みやすく面白かった。挿絵もかわいい。途中、脳みそ死んでんじゃないかってくらい適当な時もあるが、、
生活史を研究している人だけあって、「ディテール」が詳述されていて、印象に残る。特に、おはぎ日記でおはぎを看取るところが、詳述すぎて辛くなる。ウィルキンソンの箱に亡骸を入れたり、それを霊園に持っていくために地下鉄に乗っているときにこっそり中を見たり、火葬の時に般若心経のCDを流すか聞かれたり、そのいちいちがありありと浮かんできて、おはぎが亡くなった岸さんの生活に出会わされてしまった感がある。もう、こんな辛い別れが待ってるなら、猫飼えませんよ。
あと、学問の -
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実際に存在するけど、それを気に留め書き留める人がほとんどいないようなことを書き連ねていて、不思議な吸引力がある一冊。
著者のいう「断片的なもの」とは、「ストーリーにまとめられず」「解釈や理解をすり抜けてしまう」出来事である。
とはいえ、社会学者の習い性というか、解釈してしまっている話題もある。実際のところ、本当に解釈や理解を寄せ付けないシュールレアリスムなことを書いているわけではない。比較的寄せ付けない、ということだ。
だからこそ、それなりに多くの読者を惹きつけられているのだと思う。
そういう意味もあって「普通であることへの意志」は特によかった。著者が解釈して説明しなければ見過ごされてしま -
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ネタバレ岸先生が6人の社会学者に「質的調査」をしている。それを傍らで聞きながら読み手が社会学あるいはその研究者を一般化・代表化する、という感じで、なるほどなといろいろ納得できる話が多かった。
というのも、20~30人の声を拾ってそれが学問になるというのがちょっと胡散臭い(ごめんなさい)と疑っていたので。しっかりとした社会学の理論や先行研究を勉強して押さえていけば、そこから普遍性や社会の構造的な問題点が見えてくるということかな?
対談を読んでいると、つくづく社会や他者に対する自分の解像度が粗いと感じる。ある行為がそれをした人の意志に還元されるものではない、もっと偶発的に決まっているものなのだから、他者が -
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よかった。すごくよかった。
やっぱり日記本は好きだなぁ…と思うし、それに類する当事者研究や生活史の本も好きだ。
かなりの乱読派として数年読書を続けてきたけど、ここ最近自分の好きな軸が見えてきたような気がして、すこし嬉しい。
岸政彦さんは社会学者。先日読んだ『早稲田古本劇場』の向井さんは古本屋。定期購読している『ウロマガ』のダ・ヴィンチ恐山さんはWEBライター。他にもいろんな職業の人の日記を読みたいなと思う。下北沢に日記の専門店があった記憶なので、またこんどそこを訪ねようと思う。
「おはぎ日記」は泣いた。本を読んで声を上げて泣くのは初めてだと思う。映画を見て音や映像の迫力に泣かされるようなこと -
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すごく濃密な時間を過ごしたのに連絡先も交換せず、二度と会わなかった二人。なのに、名前も知らないただすれ違っただけのワンカップおじさんのことはなぜかいつまでも鮮明に覚えている。そういう綾が人の一生には縦横無尽に張り巡らされている。われ知らずとも。これが表題作『図書室』にも、続くエッセイの『給水塔』にも、通底しているテーマだと思った。自分の中の、二度と会わなかった人、忘れ得ない名も知らぬ人を数えて読後感をしばらくかみしめよう。
印象的だったのは、『図書室』のふたりの会話。内容は年相応でありながら、なんだか名人芸の上方漫才を聴いているようで、絶妙だった。いとこい師匠(夢路いとし・喜味こいし)が笑い -
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社会学、生活史、エスノグラフィー。人の生活、声、ヴォイスからしか見えてこない、わからないものが確かにある。
昔働いていた職場で、沖縄出身の人がいた。基本的には明るい青年だったが、ある時から確実に目が死んでいた。そうしてふっと会社を辞めていった。岸先生の話の一部を読んで「そういうことだったのかもしれない」とも思う。
部落問題やヤンキーと地元、暴走族や日雇いの建築現場など、様々な生活を文字通り人生をかけて体当たり?で話を聴いてきた方達の話。リアリティがありすぎてすぐには消化出来ない感じがまた頁をめくらせる。
本を読むことは、自分以外の誰かの、もう一つの人生や生活を追体験することとある意味では -
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20代、30代の頃はミナミでよく遊んだ。ホームグラウンドだった。梅田にはないバタ臭さとごった煮感が自分の肌感覚に合っていた。あらゆる道を歩いて知らない路地はなかった。働いたお金は大体洋服か友人、彼女とのご飯代に変わっていった。居酒屋、バー、カフェ、立ち飲み、レストランが好きで新しいお店を開拓しては仲間と語らいバカみたいに飲んで朝方始発で帰るような生活をよくしていた。大阪を読んでいるとまんま自分と同じ生活を感じて同じような感覚で街を捉えている2人の体験が綴られていて夢中で一気に読んでしまった。自分があの頃に感じていたミナミと今のミナミは同じで違う存在なんだなと改めて突きつけられた。
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岸政彦さんと柴崎友香さんによる、大阪に纏わるエッセイが交互に展開される。岸さんは上新庄に住まわれていて淀川河川敷の話などあり、私も淀川沿いの大学で、社会人になってから1年半ほど上新庄に住んでいたので同意するエピソードが多々あった。柴崎さんは1973年生まれということで、私は1972年なのでほぼ同世代。中学校の頃の「4時ですよーだ」など2丁目劇場や、ミニシアター系、音楽の話題など同じような感じ。最近の小中高生がどんな感じかよくわからないけど、昔の方が無駄があったというか、時間がゆっくりだったような気はする。そんな以前の大阪をロマンティックに書かれていないところが、貴重な記録というか自分にも近い当
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上京物語は掃いて棄てる程あるが、下阪(なんて表現はないが都に住む以外が全て下るのであるならば)物語は中々ない。大阪ですらそうなのだから他の各地では尚更だろう。
最近の「移住しました」系のYouTubeともどこか似て非なる、進学就職を機に移り住み、そのまま居着いてしまった人達の中の一定数には、その居着いた土地に対して染まらない染めれない感情と、一方で愛したい愛されたい感情が相反して内在している。
他所から大阪に移り住んだ、という点では岸氏と立場を同じくするが、自分は故郷を棄ててしまった訳ではない。故郷忘れじ、という点では柴崎氏と同じである。愛惜ある土地が複数ある事は幸せな事、と思う。
「大