岸政彦のレビュー一覧
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話し手・聞き手が、もしかしたら大阪のどこかですれ違っていることを考えるとぞくりとする。
もっと近くの客かもしれない、隣人かもしれない、友かもしれない。
なんて濃ゆい本なのか。
韓国のチョン・セランの小説「フィフティ・ピープル」のように、無意識のうち人間は交差し、複雑な織り目を作っていくのだろうな。
人間の関係て相関図に表しきれないもだとハタと気がつく。フィフティ・ピープルの本を読みながら相関図を作ってみて思った。線だらけになって何を書いているのかわからなくなった。
聞き取りという作業は、布のようにびっちり絡まった織り目の糸の一本を、丁寧に掬い上げることにも思える。
その人(一本の糸)を見ていく本。
『あとがき/岸政彦(抜粋)』
東京でも沖縄でも、いつも書くことなのだが、この『大阪の生活史』でも、やはり同じことを書きたい。
この本に、私が付け加えることは、何もない。
とにかくもう、読んでください、としか言いようがない。一五〇人の生活史はどれも、ほんとうに、しみじみと、ただおもしろい。ここにはあらゆる喜びがあり、あらゆる悲しみがあり、あらゆる希望とあらゆる絶望がある。ここには大阪という街がある -
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20代、30代の頃はミナミでよく遊んだ。ホームグラウンドだった。梅田にはないバタ臭さとごった煮感が自分の肌感覚に合っていた。あらゆる道を歩いて知らない路地はなかった。働いたお金は大体洋服か友人、彼女とのご飯代に変わっていった。居酒屋、バー、カフェ、立ち飲み、レストランが好きで新しいお店を開拓しては仲間と語らいバカみたいに飲んで朝方始発で帰るような生活をよくしていた。大阪を読んでいるとまんま自分と同じ生活を感じて同じような感覚で街を捉えている2人の体験が綴られていて夢中で一気に読んでしまった。自分があの頃に感じていたミナミと今のミナミは同じで違う存在なんだなと改めて突きつけられた。
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岸政彦さんと柴崎友香さんによる、大阪に纏わるエッセイが交互に展開される。岸さんは上新庄に住まわれていて淀川河川敷の話などあり、私も淀川沿いの大学で、社会人になってから1年半ほど上新庄に住んでいたので同意するエピソードが多々あった。柴崎さんは1973年生まれということで、私は1972年なのでほぼ同世代。中学校の頃の「4時ですよーだ」など2丁目劇場や、ミニシアター系、音楽の話題など同じような感じ。最近の小中高生がどんな感じかよくわからないけど、昔の方が無駄があったというか、時間がゆっくりだったような気はする。そんな以前の大阪をロマンティックに書かれていないところが、貴重な記録というか自分にも近い当時の思い出が再現されていて大切にしたい本だと感じた。
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上京物語は掃いて棄てる程あるが、下阪(なんて表現はないが都に住む以外が全て下るのであるならば)物語は中々ない。大阪ですらそうなのだから他の各地では尚更だろう。
最近の「移住しました」系のYouTubeともどこか似て非なる、進学就職を機に移り住み、そのまま居着いてしまった人達の中の一定数には、その居着いた土地に対して染まらない染めれない感情と、一方で愛したい愛されたい感情が相反して内在している。
他所から大阪に移り住んだ、という点では岸氏と立場を同じくするが、自分は故郷を棄ててしまった訳ではない。故郷忘れじ、という点では柴崎氏と同じである。愛惜ある土地が複数ある事は幸せな事、と思う。
「大阪の生活史」を益々読みたくなって来た。
喜久屋書店阿倍野店にて購入。 -
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岸政彦先生の小説をまた読んだ。岸先生、生活史を研究しているだけあって綴られる話もただひたすらにそこに生きる人たちが日々の生活を営んでいて、そのなかで出会う人や些細な出来事を書いてくれている
そういう話を読んでいると特に何のおもしろみもないような自分の1日や1週間、一ヶ月がこの本に綴られている内容のように苛烈ではなないけれどおもしろいことなのかもしれないと思わせてくれる
自分がただ営む生活も小説のように大切に読まれるような、そういうものだと想ってもいいのだ。なんとか生きている自分のことをもえらいよ、よくやってるよと言いたくなってくるのだ
また「給水塔」という書下ろしエッセイも入っているのだけど、書いたタイミングのためにすでに亡くなった岸先生の愛猫のことが書いてあり、先に「にがにが日記」にてその愛猫への愛情を知っていたからこそ余計に胸にきた… -
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2021年12月から「沖縄タイムス」で始まった
「沖縄の生活史」プロジェクト。それは、現代の伝承。
100名の聞き手が100名の語り手から聞いた、生活史の数々。
・はじめに 岸政彦 ・おわりに 石原昌家
100通りの沖縄生活史は、実際に体験した人々の経験と記憶。
一人につき1万字の飾らぬ言葉には20代から99歳の、
戦前・戦中の生活、戦後の沖縄が日本ではなかった時代、
沖縄復帰後と現代の、複雑で様々な思いが込められている。
日本軍の兵士、空襲、手榴弾、身近過ぎる死、捕虜、収容所、
移民と沖縄への帰還、終戦後の本土から沖縄へ帰るまでの苦難、
マラリア、ハンセン病、本土での差別、パスポート、
通貨、米軍関係の仕事、アメリカの文化、ベトナム戦争、
米軍の事故や事件、コザ暴動、復帰運動と復帰反対運動、
730、沖縄本島と離島の違い、標準語と方言、教育、密貿易、
密航、台風、本土から沖縄への結婚、現代での紆余曲折、
「ちむどんどん」、悲喜こもごもの家族や親族との関係など。
当事者と近辺にいた者、どちらも生の声であり、重要な証言。
復帰の日の記憶が覚束ないほどに、生きるのに必死だったこと。
本の重みと同時に、言葉の重みがずしりと伝わってきます。