岸政彦のレビュー一覧
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ネタバレこの本かなり面白かった…!
世界をみる視点や感じ方が自分に近いと感じた。
たとえば、「無数にある小石のひとつでしかないものが、『この小石』になる不思議な瞬間」(p.20)の話とか、「たまたまあるホテルのある階のあるエレベーターに乗り込むその一瞬」(p.20)を目にした話。
他人からしたら気にも留めない、なんてことない一瞬だけど、その当事者からするとそれが本人の人生の本流であることとか。
しかも当事者自身も、そういった一瞬の積み重ねが人生で、それが失われる世界を知らないからその大切さに気づいていないとか。
え、わたし本書いたっけ?と思うくらい自分と同じ思考で思わず笑ってしまった。
自分とは無関係に無数の人の生活が流れていて、それを意識することはすごく面白いし、不思議だし、興味深いし、奇跡的なことのように感じられるのだ。
岸さんは社会学者という立場で色々な人の語りに触れる機会があって、こういった思考に至ったんだろうなと想像する。一方で、一般的にこういったミクロな視点を持つには、人はみんな忙しすぎる。心のゆとりがないとこの視点や考えには至らないのではないか。
個人的には、自分の心のゆとりのものさしにもなりうる本だなと感じた。
結論が出ていなくて、「難しいな」で終わっている部分もある。
全体的にとりとめなく書かれているような気もする。
ただ、それが自由に感じられ、思考のありようを表現している気もして、とても好きだった。
いやーーー面白い。
味わい深い本だと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ本の構成そのものが断片的な感じですがなぜかすらすら読めてしまった。
ただ書いてあることは結構ささる、打ちのめされようなことが多かった。
自分も含めて人生は断片的なもので意味などないんだな(そして意味などないままにそこにあるということがなんか面白いな)と思った
ただほんとにフラットに自分に意味などないと突きつけられて苦しくなってしまった。そんな強い言葉で書かれてないけど。
冷たいまであるけどフラットな目線を少し手に入れられる本だと思う
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いま現実にそうであるように、毎日を無事に暮らしているだけでも、それはかなり幸せな人生といえるのだが、それでも私たちの人生は、欠けたところばかり、折り合いのつかないことばかりだ。それはざらざらしていて、痛みや苦しみに満ちていて、子どものときに思っていたものよりもはるかに小さく、狭く、断片的である。
何もしてないのに「かわいい」「かっこいい」「おめでとう」「よかったね」、そして「愛してる」と言われることは、私たちからもっとも遠くにある、そして私たちにとってもっとも大切な、はかない夢であるーーーそしてそれが同時に、ほかの人びとを傷つけてしまうこともある。だから私は、ほんとうにどうしていいかわからない。
私たちはそれぞれ、断片的で不充分な自己のなかに閉じこめられ、自分が感じることがほんとうに正しいかどうか確信が持てないまま、それでもやはり、他者や社会に対して働きかけていく。それが届くかどうかもわからないまま、果てしなく瓶詰めの言葉を海に流していく。
そして、たまに、海のむこうから、成長した美しい白猫の写真や、『素晴らしいアレクサンダーと、空飛ぶ猫たち』という本が届くことがある。
だからどうした、ということではないが、ただそれでも、そういうことがある、と言うことはできる。
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Posted by ブクログ
私が多感な時期を過ごした80年代から90年代は、アイドルがたくさんいて、トレンディドラマが流行って、海外の音楽なんかもすごく流行った時代だった。バラエティも盛んでドリフターズやひょうきん族を見て育った。今から振り返ると、随分とどんちゃん騒ぎだったなと思う。勢いがある時代だったんだなと、勢いがなくなった今の日本にいて思う。
そういうメディアでキラキラしたもの、明るいものばかりを見て育ったから、キラキラしたもの、明るいものが良いものだと思っていたけれど、正気になって落ち着いて見回してみると、社会はこの本に書いてあるような、さりげない、ちょっとしたエピソードや、少し寂しかったり、哀しかったり、意味づけに困るような小さな物語でできているのだった。書かれている色々な一コマに、あぁあの感じかと思えるほどには生きてきたんだな、という感慨を持った。
岸政彦さんは最初、Xでのワンちゃんの投稿で知って、その後本を読むようになった。胸が掻きむしられるような文章を書く人だ。
なんて繊細な、と思い、ラジオを聴いたら、想像と違って、結構強い声の関西弁のよく喋るおじさんでびっくりした。武田砂鉄さんと対談していたのだが、結構せっかちな感じで、私は苦手なタイプの語り口だった。
その時にあぁ、自分は人をわかっていないんだなぁと思った。この私の苦手な感じの語気の強めなこの人の中からあの文章が出てくるのか。繊細な人はこうやって繊細さをつゆも外には出さないのかと驚いたことを今でも覚えている。
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行き交いすれ違う。その時私は他人の人生に接近する。断片的な1場面は通り過ぎても尚続いていく…。他人の人生を意識し介入することはしない。だがそこに断片のかけらが確かに存在する。
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筆者も言うように、とらえどころもなく、はっきりとした答えもない、あやふやな本。エッセイ調の中にメッセージ性を感じた。人を尊重するということは人と距離を置くこと、相手をそっとすること、ほっておく、ということになってしまう。もっと人と面を向かって話して、関わってもいいのではないか、ということ。
どの話もなにか人との関わりに纏わっていた、ただ面白かった。
・手のひらのスイッチ
幸せのイメージに「一般的に」がつくと、途端にそれかそれ以外かの基準が生まれる。「私は」という主語から始めることが幸せについて大切なこと。
何かをするのは自由でいいこと、ただそれを規範として強制してしまうとそれが嫌な人にとっては暴力となる。「さまざまな価値観を尊重しましょう」
・海の向こうから
近しい人が世間一般的に良くないことをしてても本人がそれを望むなら止めるのは難しい、お節介になってしまう。
摂食障害の自助グループでは死んだ猫を公園に埋めて数日おきに掘り返し、腐敗していく様子をずっと見ていた女性もいた。また別の女性はリストカットが高じて両手両足の爪を自分でペンチで抜いていた。わずかに生えてきた爪に真っ青なマニキュアを塗って嬉しそうに私たちに見せた。わたしは、おー、きれいやな、と言った。私たちには、彼女の青い小さな爪を見て、綺麗だね、と言うこと以外になにか出来ることがあるだろうか。 -
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パシリとしての参与観察を行った、打越正行さんの遺稿集。
ちくま文庫「ヤンキーと地元」にも書かれていたご自身のフィールドワークについての説明がさらに詳細に、また解説もあり深く知ることができた。
沖縄の社会で生きるヤンキーたちを近くで見て一緒に生活をした打越さんの迷いや落胆、辛さも感じるが、しっかりと社会学者として対峙している姿がある。
・沖縄の二次産業の特殊さ
二次産業がそもそも全国比で約半分、そのなかでも製造業は全国平均21.0%に対して沖縄県は5.3%しかなく、製造業が空洞化。ヤンキーがつきやすいからだを資本とする肉体労働である二次産業は建設業になる。
建設業につくためには、特定のしーじゃ(先輩)のパシリとなり、独特なうちなーぐちや言い回しを習得しなくてはならない。
製造業はルールを守り、スキルを積み重ねることで昇給していくある種学校教育の延長に近いが、建設業はマニュアルは存在せず、班長ごとに異なる手順や癖に合わせる必要がある。作業能力に応じた細かい給与体系はなく、4〜5年で頭打ちになる。
学校に行くよりも地元社会の方が実質的に役に立つことを学べるため、中学から学校に行かなくなりしーじゃとホモソーシャルな関係を積み重ねることに重きを置くことになる。
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分厚さにたじろいだが、字の大きさに少し安堵。
何より内容がある意味シンプル、ある意味深かった。
私はこの打越正行さんを知らなかったのだが、沖縄のヤンキーの実態を知るべく、
自らパシリになりながら取材を続けた人らしい。
一年前に亡くなって、その遺稿をまとめ出版したのがこの本ということだ。
沖縄、米軍、公共事業、建設業、ヤンキー、暴力、中卒、就職、、、
この辺りがつながっているということを、取材記録がこれでもかこれでもかと、
訴えかけてくる。
そういえばこの辺りを小説にした本を読んだばかりだった。
沖縄。
本土がいろいろ押し付けたものが、沖縄の若者にのしかかっている。
そういう現実を見ずに、好き勝手なことをいう人々。
そういう人に読んでもらいたい。
かくいう私も読むだけ。沖縄も旅行で行くだけ。
ここにきてのきな臭さの影響を一番受けるのは間違いなく沖縄。
トランプの言動からして、あてにならない米軍など、沖縄から出ていくべきでは、
と思いつつ、そうなると軍事バランスはどうなるのか、とも思い、、、
まえがき 上間陽子
はじめに
第1部 パシリ論
第1章 パシリ前史
第2章 社会の癖を書く――参与観察という方法
第3章 パシリとしての参与観察――つかえる部外者から、つかえない内部関係者へ
第1部 パシリ論 解説 パシリとしての参与観察が示すもの 石岡丈昇
断章1
第2部 沖縄社会論
第4章 ホモソーシャルなつながりの周縁――沖縄のヤンキーの若者のしーじゃ・うっとぅ関係をもとに
第5章 製造業なき経済成長/談合なき建設業――建設業からみた「戦後」沖縄
第6章 学校を去るわけ
第2部 沖縄社会論 解説 ヤンキーの世界を通じて沖縄社会を描くこと 上原健太郎
断章2
第3部 暴力論
第7章 つくられた、しーじゃ・うっとぅ関係――沖縄の建設業の社会史
第8章 ライフコースからの排除――沖縄のヤンキー、建設業の男性と暴力
第9章 暴力の理解社会学
第3部 暴力論 解説 暴力の傍らで問い続ける 上間陽子
断章3
終章 繫ぎ止められる沖縄
解説 他者になる、解離する― 参与観察の極限 岸政彦
あとがき 岸政彦
注
参考文献
業績一覧
索引 -
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今年一冊目。年末に読んだ村田紗耶香の世界99がものすごくヘビーだったので、少し軽めの読み口のものをと思い手に取った。
著者がXにあげておられるワンちゃんとの生活の写真が穏やかでいい感じに力が抜けているのが好きで、前からこの人の本を読んでみたいなと思っていた。
読み始めは、まだ世界99で没入していた荒涼とした世界観の中で異様なハイ状態だったのだけれど、著者の落ち着いた、そして遠慮がちに感じる声色の文体が優しく、人間を哀しいどうしようもない存在としてそのまま引き受けるような世界に少しずつ戻って来ることができた。
本書は生活史の書き方の仔細な指南書なのだけど、生活史を書く予定がない私にも、とても意味のある内容だった。
メディアに載る声はすでに社会の中で力もお金もある人の声が圧倒的で、そうではない小さな存在の声との非対称に抗う一つの可能性を持つのが生活史なのだなと思う。
聞き取りをする相手に出会うのが難しい、社会にはいろんな割れ目、裂け目があって、通常人は自分とよく似た環境の人の間だけで暮らしている、ということが書かれていて、頭ではわかっていたことが、実感を伴って理解できてとても良かった。
P186
生活史の語りというものは、聞いていてとても感動します。それはほんとうにしみじみと興味深くて美しい。いつも強く心を動かされます。切実で深刻で、悲しく、さみしい。
ここを読んで、何かジーンとして泣いてしまった。慰められたような気がした。
p288にあった他者の合理性についても、本当に落ちついて背景の違う相手の論理、合理性を理解しようと試みることがとても大事だなと思う。
荒れ狂うSNS上での応酬、分断に途方に暮れた気持ちになるばかりの最近なので、こんなふうにお互いに落ち着いて相手の話を聞くことができたなら、少しはいい方に向かうのでは、と思った。
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岸政彦「生活史の方法」(ちくま新書)
ほぼ同時期にでた佐藤信「オーラル・ヒストリー入門」と一緒に読むと面白い。岸政彦のこの本では、市井の人へのヒヤリングから生活史を描いてきた著者の私小説的な面を含んだネタばらしとなっている。
どうやってアポを取るか、場所はどう選ぶか、手土産はいるのか、ヒヤリングや後々の出版の同意をどうとるか、ヒヤリング中にどの程度口をはさむか、録音や録画の機材をどう選ぶかなど、体験にもとづいて記されている。
ヒヤリング中の注意点としては、口火は切る必要があるがその後の展開は相手に任せる、一点に集中せず、積極的に受動的になること、相手が陳腐に思える一般論をしゃべっていてもさえぎらないことが重要だと。またヒヤリング後の整理では、歴史的事実の年号くらいは修正するが、それ以外は「読みやすいようにスムーズに話を整理」するのでなく、もともとの語り口、言いよどみもなるべき残すようにすべきと。
聞き取り全体については、聞き取る行為自体が相手への暴力となる場合もあることに注意すべきと。また社会学者は地域の共同体を礼賛しがちであるが、共同体から超然としている人、嫌でも共同体の中で生きざるを得ないひと、共同体から排除されがちな人と、個人によって立場はまちまちなことに留意すべきと。
著者らが実際に聞き取りを行った生活史の著書の紹介(理論的な本は除く)
・同化と他者化ー戦後沖縄の本土就職者たち ナカニシヤ出版 (2013)
・街の人生 勁草書房 (2014)
・地元を生きる 沖縄的共同性の社会学 ナカニシヤ出版 (2020)
・東京の生活史 筑摩書房 (2021)
・沖縄の生活史 みすず書房 (2023)
・大阪の生活史 筑摩書房 (2923)