森田真生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
アラン・チューニングと岡潔の数学、心、身体、自然とのつながりなど。
いずれも、映画化やドラマ化された人物だ。
アラン・チューニングについては、映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」(2014年)
岡潔については、ドラマ「天才を育てた女房~世界が認めた数学者と妻の愛~」(2018年)
映画やドラマは、脚本家や監督によって見せ方のアプローチが違うだろうから、映画やドラマがすべてではないだろう。
この本は、特に岡潔さんの魅力が伝わってくる。
小川の流れについては、ドラマでも描かれていて、私はそのシーンに衝撃を受けたけど、この本を読むと、そのシーンは実際何を伝えたかったのか、今ようやくわかった。
この本は、自分の心が動かされる。
詳しくここでは書かないけど、感動が伝わる。
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Posted by ブクログ
子どもが数と出会うというのはどういうことなのかを優しくエッセイ調で書いた本。
挿絵も美しい。
著者のお子さんが乳幼児期の体験がもとになっている。
子どもはどうやって数的概念を取得するのか、言葉などの発達とも絡めながら書かれている
あいまいで数のない世界から、客観的で数値化された世界へ
一度数字で囲まれた世界にいるとそれが当然のようだが、数字がない世界を味わうことができる時期も限られているんだなぁとも思わされた。
・「あと10日で引っ越す」「注射は2秒で終わる」など「かぞえる」ことが未来に備える手助けになる
・楽しみな未来は数えなくていい
(「いつまでこの家に住めるの?」→「まだまだずっと長く住めるよ」)
・ヨハン・ホイジンガ「ホモ・ルーデンス」
ゲームの3つの特徴
①ゲームは時間的にも空間的にも日常から切り離されている
②ゲームにはルールがある
③ゲームには競争や勝負の観念がある
→学校もこの3つに当てはまるので、
学校の勉強や受験勉強こそが時にルールそのものだから
ルールに従うばかりではなく
ルールを作るプレイをしよう
・1回休みは悪いことではない
・「また今度」なんて永遠に来ないかもしれない
・与えられた制約条件を通して、思わぬパターンが出てくる -
Posted by ブクログ
著者の数学に〈情緒〉動かされてる体験がひしひしと伝わってくる。学問の探究へと道を進む稀有な人たちって何かしらこういう信念と、出会いがあるんだろうなと胸踊る内容です(本書の本筋ではないので、悪しからず)。
チューリングと岡潔を軸に、数学と身体というテーマを深ぼっていく構成。恥ずかしながら岡潔の存在を知らず、こんなに観念的な数学との付き合い方があるんだと目から鱗状態になりました。
チューリングの数学を道具として利用して人間と心と数学の境界を暴きにいくアプローチ対して、岡潔は心の奥深くは分け入る行為そのものこそが数学であるという立場をとる。どちらも魅力的で勝つ痺れる対比で捉える筆者の洞察力に傑物感が窺い知れます。同世代ということで、すごい人っているんだなーと単純に感動しちゃう。
丁寧に論を進める筆致と、そのテーマの深淵さかつ引き込まれるその面白さを十二分に堪能できます。数学に興味があってもなくても、必読となっておりますよ。 -
Posted by ブクログ
日本の誇る数学者である岡潔さんの講義やエッセイ。
好きになった数学を、探求し続けた岡さんの生きてきた軌跡を垣間見れる一冊。
俳句、絵画、芸術、仏教、日本文化などにも造詣が深く、それが数学にもつながってきたりする「岡さんが見つめてきた世界」を一緒に見ている気分になってくる。
どんな分野でも世界的な偉業を成し遂げるような人は、視野はとてつもなく広く、独特の視点から見つめる先を深く深く掘り下げ、自らの立場に立ち返って視座を高めている。そして、誰も追いつけない高みに到達している。
そのほんの一旦でもいいから、近づきたいとの思いから、日々悶絶している凡人には眩しすぎる。でも、見つめずにはいられない憧れとなる。尊敬する偉人の一人。 -
Posted by ブクログ
短いからか、日本人の感想の方が長いのだが、レイチェル・カーソン氏の書いた文のみ読んだ。
どうやら、センス・オブ・ワンダーは後発的にも生まれるらしい。私がそうだからだ。自然が大好きで、こんな日本の汚い中途半端な郊外に縛り付けられながらも、公園に行きまくり1回3,4時間はいる。夏はそれができないから死んでいる。ちなみに、私の中にセンス・オブ・ワンダーが誕生したきっかけは、人間とデジタル嫌いが加速したこともあると思う。
こんなしょぼい公園でも、自然に触れると時々「flash」が訪れる。モンゴメリの少女の1人、エミリーが感じる幸せの訪れのこと。ゾクゾクして幸せになれる。本当は、そこに一人たりとも人間にいてほしくない。
もっともっともっと自然を味わいたい。山の中に永住したい。スコットランドのハイランドに移住したい。この夢をいつも阻害するのは仕事だ。言い換えれば金だ。在宅ワークができるようにすればいいのだが、私にはハードルが高くて動けないでいる。
秋になったら、今年見つけた公園にもっと行こう。少し遠いけど、収入が低くなってもそこに滞在する価値の方がよっぽど高い。神社にも行きたい。この辺りでは見られない大きな木がありがちだからだ。本当は森だけでいいけど、そういう場所がない。寒くなったら海岸にも行こうか。汚いだろうけど。
日本人は古来から自然が好きだったなど、日本しか知らない奴が日本人らしい自己中を発揮して都合の良すぎる解釈をしている感想を読んだが、イギリス人の方が1億倍は自然を愛している。ヨーロッパでは地球環境を考えて一人一人が考えて行動している。ここでは語り尽くせない。仕組みから全く違う。ビーガンを自分の健康のためと勘違いしている日本人は多いだろう。
これが良い例で、自分のことだけ考えて地球破壊を楽しんでいる日本人はどうしようもない。自然を味わうのであれば、やはり海外しかない。羨ましくて嫉妬で死んでしまいそうな毎日を送っている。
なぜこんな自然がない世界になったのか。それは、便利さを追求しすぎたからだ。私は便利さをなげうってでも自然と共に生きたかった。
モンゴメリもよく森の香りについて書いているけど、私はまだそれを嗅いだことすらない。やっぱりトウヒやモミの木は香るんだ。嗅げた日にはそのままそこで土に還りたい。自然と一体になりたいとはずっと思っている。