フィリップ・K・ディックのレビュー一覧
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目的も告げられぬまま辺境の惑星「デルマク・O」に送り込まれた男女14名。彼らが目の当たりにする光景は、謎めいた構造物に人工蠅、不完全な複製を作り出す生命体などなど…奇妙な惑星を舞台に、ひとりまたひとりと不可解な死を迎えるメンバーたち…緊迫感溢れる展開で魅了する本書は、著者自身の神秘体験も交えたサスペンスSFです。
舞台となる惑星自体が奇妙であることに加え、何らかの欠陥を抱えた登場人物が時折遭遇する奇怪な体験(このうちのひとつが著者の神秘体験のようです)の影響もあってか、物語には常に異様な空気が漂っています。この辺りはディックが得意とする描写なのでしょうが、とにかく不安を抱きつつ読み進めることに。一方、賛否分かれそうな結末は、個人的には嫌いではありません。「現実の世界に戻れたと思った瞬間に、幻覚世界の住人が目の前を横切る」とは「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」でしたが、これに通じるところがあるかと。ただ、あちらのように前途ある作品とは到底思えません。薬物や神秘主義に囚われた人々の悲惨な末路を想起せざるを得ない作品です。 -
Posted by ブクログ
浅倉久志訳による新装版「スキャナー・ダークリー」(旧訳「暗闇のスキャナー」)は、著者自身の実体験を踏まえた物語。テーマは、麻薬。
カリフォルニアのオレンジ郡保安官事務所麻薬課の捜査官フレッドは、上司からも自身の姿を隠す「おとり捜査官」である。彼の真の姿は、なんと麻薬中毒者ボブ・アークター。木乃伊取りが木乃伊になるそんな世界で、与えられた新たな任務は「麻薬密売人のボブ・アークターを監視すること」。自分自身を捜査対象にする彼は、麻薬中毒の深刻化も相まってしまい…
「わたしはドラッグの危険性を訴える福音を説こうと誓った」とは、訳者あとがきで引用される著者の言葉。麻薬中毒の経験があり、その目で幾人もの友人(=麻薬中毒者)の死や破壊を目の当たりにした彼だからこそ響く重い言葉ですが、本書で麻薬中毒の恐ろしさを知る…ほど無教養ではなく、麻薬の恐ろしさは既にありとあらゆる媒体を通じて理解しているところ。ただ、だからといって、何にも感じなかったのかというと、もちろんそうではありません。
主人公アークターは、自分自身を監視する過程において、ある時点ではっきりと「おかしく」なってしまいます。正直、この瞬間に「あぁぁ…」と嘆いてしまいました。それ以降は、凋落の一途を辿るばかり。物語は終盤、アークターが廃人として施設に収容されてしまう姿をみると、ただただ空しい感情にとらわれます。そんな感情は、物語に出てくる言葉の節々で感じるところ。
「黄金時代。そこでは知恵と正義がおなじものだった。すべてが砕けて、鋭い破片になる前のことだ。もう二度と組み合わせることができず、いくら努力しても二度ともとどおりにならない破片の山になる前のことだ。」
「想像してみてよ。意識はあるけど、生きてないってことを。見ることもできるし、知ることもできるけど、生きてない。ただ、外を見てるだけ。認識はしても、生きてない。(中略)もうすでにそれは死んでて、ただいつまでもじっと見てるだけ。見ることをやめられない」
著者は、また、あとがきでこのようにも述べています。
「麻薬乱用は病気ではなく、ひとつの決断だ。(中略)おおぜいの人間がそれをはじめた場合、それはあるひとつの社会的な誤り、あるひとつのライフ・スタイルになる。この特殊なライフ・スタイルのモットーは、『いますぐ幸福をつかめ、明日には死ぬんだから』というものだ。しかし、死の過程はほとんどすぐにはじまり、幸福はただの記憶でしかない。」
引用が多く、長くなりましたが、何を思ったかというと、ただ単に空しい感情が襲ったということだけ。でもこの空しさこそが著者が訴えたいひとつのパーツではないでしょうか。
ちなみに著者特有の陰謀論っぽさは、相変わらず健在です(笑) -
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「ヴァリス」の簡単な解説を読んですぐに思い至ったのは、ウイリアム・バロウズの「裸のランチ」だ。クローネンバーグの映画をきっかけに高価なハードカバーを意気揚々と買い込んだのはいいが、その難解さに途中で放り投げてしまった苦い経験がある。だから「ヴァリス」も同様な経験をするのではないかといささか不安ではあるが、この作品がディック最晩年の傑作であることは疑いようのない事実である。
読みながらの印象として想起したのは、なぜか舞城王太郎の「ディスコ探偵水曜日」だった。神学的なこと、劇中劇、主人公と作家の同質性など神秘体験を味わっているような不思議な気分がなんとなく質的に似ていたのかもしれない。
後半の劇中劇「ヴァリス」の登場から俄然物語はとんでもない方向に動き出す。作者のリアルなキーアイテムが随所に登場しだして物語と現実が物語同様に溶解し融合し見分けがつかなくなってくるのだ。
そうして、物語はディックの神学的な邂逅へと向かうように見せかけながら有耶無耶に終焉する。まあこんなもんかなと疲弊した心持ちで本を閉じるしかないのである。難解ではあるが、読み応えはあったが、少々酔ってしまったという趣。 -
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ディック強化月間最後は、ディックらしいちょっとうっとうしいタイトルのこれ。早川で早々に新装版が出ていたので、名作として認められてる作品なのかな?
内容としては、テレビの有名司会者であり、歌手のジェイソンが、ストーカーのファンに襲われて目を覚ましたら、自分だけが存在しない世界に入っていたというパラレルワールド物。
結局最後まで、なぜパラレルワールドに飛ばされたのかが明らかにならず、そもそもの入りの部分の必要性も不明。このへんが「ディックらしく破綻している」っていうのだろうか?
また、「スイックス」など、意味が完全にわからなくてもなんとなく取れるんだけど、言葉の定義をしないままストーリー展開することが多いため、ちょっと疑心暗鬼になるのは、ディックにかぎらず、洋物のSFの苦手なところだ。
それ以外のストーリーは非常に解りやすく、実は飛ばされたのが「去年を待ちながら」のように、非合法の新しいドラッグのせいで、ドラッグが切れるに連れてじわじわと解除されていくというあたりはなかなか新鮮。
個人的にはすごい名作とは思えないし、最後の締めだって、視点を他人に移してのかなり無理やりなところがあり不満だけど、未来にありながらSF要因を絞り込んだところが、本作の印象を良くしたといえる。 -
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フィリップ・K・ディックの処女長編は、ランダムによる無作為な権力交代が行われる九惑星系社会が舞台。クイズマスターなる最高権力者は、ボトルという偶然をつかさどる装置により選り抜きされます。時のクイズマスター、ヴェリックはこのボトルにより失脚。代わって権力の座についたのは、無級者のカートライトですが、指名大会で選出された刺客により、命を狙われることに… そんな中、主人公ベントリーは解職を機にヴェリックと雇用の誓いをたてるが…
ディックの長編はやっぱり無秩序な印象を受けます。
二十三世紀の九惑星社会、先にあげたボトルによる権力交代制度、パワーカードに無級者、そして《炎の月》などなど、背景やガジェットが入り乱れて登場します。しかし、これらがうまく物語に組み込まれているかというと、そうではありません。ランダムな社会制度といいつつも、実際には作為的な関与がありますし(これはその社会が既に破綻しているとみることもできますが…)、なにより《炎の月》の存在意義なんて、読解力不足でしょうが、読み終えてもよく解らなかった笑
ただ、だからといって、面白くないわけではなく、ディックの場合はこの無秩序さがなんだか心地よく、楽しめるんですよねぇ。短篇がきれいにまとまった作品が多いだけに、長編のこういう無秩序さは、かえってディックらしさを感じるのでした。 -
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ディック祭りあらため、ディックの足跡をたどる月間。古本やさんから初期の本をかき集め準備は整った!
出版の順番からいくと処女長編となる本書。公共的偶然発生装置によって、ランダムに変化させらる世界、ティープ部隊、偶然によって即位させられる最高権力者、選抜される公的な刺客、太陽系外縁にあるとされる炎の月に向かう狂信者集団、光速を超えて飛翔できる人造ボディ、等々説明抜きにあふれるガジェットの数々。ドラッグを使用していると思しきシーンは出てきますが、ぐじぐじ病んでいる分裂病的な人物はこの作品では出てきません。(こんなのも書いていたんですね)
きっと、謎が仕掛けられているに違いないと思った設定があっさり破壊されていしまったり、と寓意に満ちていると感じられたり、何の脈絡も無かったりとなかなか印象深いディック版スペースオペラ!