鈴木大拙のレビュー一覧

  • 日本的霊性

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    ネタバレ

    日本の仏教、哲学の第一人者の日本的とは何かを分析した名著。
    日本文化、歴史に対する深い知見からの洞察は消化するのに何遍も読む必要がありそう。
    現在の日本人的精神(鈴木大拙はこれを「霊性」と呼ぶが)は仏教が日本の大地に順応した鎌倉期に起源を発するとして、それが、真言であり、禅であるとする。
    仏教に興味が湧き、座禅に行ってみたくなった

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    2015年06月20日
  • 日本的霊性

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    キリスト教のは全くの他力である、自他を対立させておいて、その上に他の力のみを打ち立てんとするのである。仏教では、自他の対立は対立であるが、そこに対立を絶したものが動いていることを直覚し(これを霊性的自覚という)、この直覚から、対立の世界を見直すのである。

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    2013年09月04日
  • 日本的霊性

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    即非の理論について書かれていた解説の部分を何度も読み返した。

    AはAである → AはAでない → それを踏まえた上でAはAである 

    という理屈は厳密に展開すると…

    AはAである → 実は気付かなかったがAにはA´という要素が追加もしくは削除されうる → Aは本当はA+A’or A-A’となっている…´

    とAの改造がいつの間にかされている。
    個々人がもっている概念を自身の手で改造していくことは、内面の深化につながると思う。
    解説の死の捉え方は分かりやすかった。

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    2017年09月14日
  • 禅と日本文化

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    欧米人に禅を理解してもらうために書かれた英語の本の和訳です。簡単かなと思ったら大変でした(゜ロ゜)ちょっと頭をクールダウンさせてからも一度読み返してみたいと思います。

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    2012年07月07日
  • 禅と日本文化

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    ネタバレ

    日本は、中国、インド、朝鮮を始め、南方、北方の文化を受け入れてきた。
    儒教、仏教、神道など、多くの文化の混合である。

    わびさびなど、どうしてここまで洗練されてきたのか、極東という末端で、これ以上先がなかったからだろうか。
    日本文化については分らないことがいろいろある。

    本書では、禅を通じて、日本文化の一つの源泉を知ることができる。

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    2012年08月22日
  • 無心ということ

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    禅と浄土宗、真宗などを横断し「無心」を解説。
    無分別の世界=自分を完全にしたと思う世界=無心の境地。
    「往生する」とは「対立の世界」と不連続な「無心の世界」に飛び込むこと。
    無心の世界は「ただ今」=三昧である。
    一旦無心の世界に入ると、自然の誓願・意志・祈り=大慈大悲が分別の世界に転じ出る。
    ここに無心とは他力、真心と同義であることが分かる。

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    2011年02月11日
  • 禅と日本文化

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    ぜひ読んでほしい本です。私たちは日本人に生まれながら、西洋風の思考パターンを西洋風の教育によって身につけました。ですから純粋な日本文化や東洋文化を理解できないのです。ですから、鈴木大拙老師のように外交人のために英語で書かれた日本文化をもう一度日本語で読むとよくわかるのです。侘びさびからはじまり、侍スピリット、茶の湯、美術など読みどころ満載。

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    2010年10月18日
  • 禅と日本文化

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    茶道とか武道とかやっておられたり興味のある方には良い本だと思います。最初の方に出てくる泥棒の極意を伝える話が結構好きです。

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    2009年10月04日
  • 禅と日本文化

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    何度でも読み返すに値する。もともとが英文であったにもかかわらず、とても読みやすい。日本の特質の心臓部を欧米に伝えるという難事にあたった鈴木大拙の知力・言語力がいかに優れたものであったか、ということだろう。日本の背骨には、南宋文化によって熟成された「禅」(儒教とも重なり合っている)があり、そのエッセンスは「ただ本質をシンプルに直截に観ること」。

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    2018年10月20日
  • 禅と日本文化

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    若き日に読んでかなり影響を受け、その後仏教への共感を深めていくきっかけになった一冊だ。鈴木大拙の著作の中で、世界でそして日本で最もよく読まれた本であろう。欧米に禅ブームを引き起こすのに一役も二役も買った。

    禅は日本の文化にどんな影響を与えてきたか、そして禅とは何か。もともと欧米人のために英文で書かれた。そのためか随所に心理学的な用語が用いられている。かえってそれが、現代の日本人にも新鮮な禅との出会いを可能にする。私が「心理療法の考え方に通じる」と 「発見」したのも、そんな表現法によるところが多い。

    私はその頃、ロジャーズを中心とした心理療法に関 心をもち初めており、禅の主張が心理療法の考え方に深く通ずることを「発見」し、たいへん感動した。それ以来、仏教と心理療法、人間性心理学、トランスパーソナル心理学等とは、一方の理解が他方の理解を深めるという形で、私にとっての主要な関心であり続けた。 その意味でも思い出深い本だ。 その後、特にトランスパーソナル心理学は、仏教に代表される東洋思想に深く影響されながら発展していったのである。その代表的な論客、ケン・ウィルバーは、禅からも深い影響を受け、深い座禅体験ももつ。

    いかに心理学的な記述が多いか、一文だけ引いてみよう。 「偉大な行為はみな、人間が意識的な自己中心的な努力を捨て去って、『無意識』の働きにまかせるとき成就せられる。神秘的な力が何人(なんぴと)の内にも隠されている。それを目ざましてその創造力を現すのが参禅の目的である。」こんな調子だ。

    この本は、禅を、美術・武士・剣道・儒教・茶道・俳句など日本の伝統文化のあり方に即して具体的に語るので、その意味でも禅への入門書としてすぐれている。禅が、日本の伝統文化の一面にいかに深い影響を与えたかが、説得力をもって語られる。  

    梅原猛は、この本が日本文化の禅的な一面だけを強調しすぎることを批判したが、にもかかわらず、この書が古典的な名著であることにかわりはない。

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    2010年05月04日
  • 禅と日本文化

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    今まで知らなかった禅と武士、茶道、俳句などの関係が良くわかった。古来の日本人の知恵や文化は本当に素晴らしいと思った。禅の考えはもうなくなったのかと思っていたがまだまだ日本人の生活に残っている。その教えや生活の仕方を覚えておきたい。

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    2009年10月04日
  • はじめての大拙 鈴木大拙 自然のままに生きていく一〇八の言葉

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    禅についての話 鈴木大拙についての話が煩悩の数 108日 なんで簡単に説明されていて禅や 鈴木大拙についてもっと他の本も読みたくなった。

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    2026年08月02日
  • 禅と日本文化 新訳完全版

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    すごい情報量。これを一人で書き上げ英訳して…すごい人だ。
    とりあえず時間があまりなかったので、自分の興味あるところだけ読んだ。
    次の機会には読み飛ばしたところも改めて読み直したい。
    買おうかしら。

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    2026年06月01日
  • 禅とは何か

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    世の中物質主義に走りがちだけれども、科学・知識・情動・神秘・宗教・儀礼などすべてを組み合わせて見ることが大切なのかもしれない。他力の重要性、それでも自分でも悩むことの重要性…もちろん仏教に特化した内容なのだが、人生訓としても深い印象を残す本だった。

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    2025年08月29日
  • 禅と日本文化 新訳完全版

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    枯山水をより深く理解するためには、その背景にある禅の精神を知ることが不可欠だと考え、本書を手に取った。
    禅が日本文化に与えた影響の広さと深さを改めて知り、学びとして非常に豊かな読書体験となった。
    日本の歴史を、禅の視点からもう一度見直したいという思いが芽生えた。

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    2025年07月23日
  • 日本的霊性

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    やっとここまで来たという到達感。
    濫読の途中で仏教というテーマの中間整理になった。
    この本は読み出すまでは難解で近寄りがたいと思っていた。生涯の友西田幾多郎の『善の研究』を連想して勝手にそう思い込んでいた。
    鈴木大拙は激動の時代にあって日本仏教の霊性の覚醒を洞察しそれを鮮やかに表現した。濃密な内容は読む者の頭に深く沁み、混沌が一つ一つ整理され得心する手応えは格別だ。戦後を生きる日本人の思考の原点となり仏教を世界に知らしめた意義は大きい。

    彼は第四高等学校で西田と交流し、西洋思想に傾倒するが父の早逝で中途退学し、英語教師を経て21歳で東大専科生になる。鎌倉の建長寺で傑僧今北洪川や釈宗演から禅の指導を受ける。27歳で渡米し独宗教学者ポール・ケーラスの助手になり11年間出版活動に従事する。難解な高橋巌の『大乗起信論』を共訳し『大乗仏教概論』を著す。
    39歳で帰国し学習院や東大で英語を教える。
    柳宗悦はその時の教え子である。
    41歳でビアトリスと結婚、ズヴェーデンボルグの
    『霊界日記』を翻訳しキリスト教の神秘主義と仏教の霊性の構造的類似性に惹かれる。

    1944年74歳の時、この『日本的霊性』を発表する
    太平洋戦争で日本の敗色濃厚ななか、軍国主義イデオロギーの日本精神と弁別し日本仏教の霊性を考察。

    1946年「大智と大悲」を天皇に進講
    (‘47『仏教の大意』、’49『臨在の基本思想』出版)
    戦後日本の再出発に日本の仏教の意義を説く。

    1953年からエラノス会議会員となり講演をする
    1967年井筒俊彦に引き継ぐ
    世界を視野に神秘主義や言語・哲学を研究する。

    晩年、親鸞に回帰し『教行信証』の英訳を行う。
    禅宗から臨在・華厳教をへて浄土教の「絶対他力」
    に行きつき、そこに日本的霊性の極致を見いだす。
    96歳で没。

    邦文著作百巻超、外国語著作三十巻余
    確固たる宗教体験で、思惟能力・表現能力・伝導
    精神が傑出した日本の最もすぐれた仏教哲学者。

    本文は霊性の定義、精神との違いから始まる。
    日本的霊性は鎌倉時代の禅と浄土仏教で覚醒する。
    平安時代までの仏教は為政者の政治手段であり、
    文献解釈と仏像や豪華建築の権威誇示であった。
    万葉集や源氏物語のかな文字も有閑エリート層の
    恋愛やもののあはれをうたうものであった。
    浄土教の他力本願は鎌倉時代に法然と親鸞によって
    大地に生きる農民の切実な宗教として確立する。
    蒙古襲来で日本民族の主体性を自覚する武士の禅宗
    とともに日本的霊性の発露である。

    親鸞で完成する法然上人の浄土思想、この全貌を解明した後、最終章で妙高人という信仰厚く徳行に富んだ象徴的信者の実像を示す。筆頭に越中赤尾の道州、次に石見の国の浅原才市、両人の法悦三昧・念仏三昧の生活と心がけを活写する。凄まじい浄土教の実践行は当該論考の掉尾を飾って余りある。

    「即非の論理」について
    肯定されている概念をいったん否定し、この否定を経てもういっぺん肯定に戻ったときに初めてその概念に対応する物の真実がとらえられる。
    心が主観と客観に分かれて成立する関係がいわゆる知識或いは認識であり分別とも呼ばれる。ところが主観は人によってそれぞれ異なる。こういう認識作用によって知られるものは「存りのままの存る」ではない、それは常に主観による変容が加わっている。そこでこのような分別をまず否定する、つまり主観と客観の対立を掃いのける、或いは心が主客に別れる前の状態に戻る。心はもともと一心であり絶対の一であり、これを主観と客観に分けたのは我々自身だ。いずれにせよ初めの肯定がこうして否定されるとそこへありのままの物が現出する。これが「即非の論理」の意味である。

    普通に言われる知識は知性即ち分別の所産である、これに反して物の真実を直観する能力は智慧である。直観には直観するものとされるものという対立はない、「存りのまま存る」をじかに直観するのだからそこに主客の区別はない。このような智慧を般若或いは「般若の智慧」と呼び、「即非の論理」は「般若の論理」とも言われる。
    このように物の真実をとらえる方法が即非の論理であり、この論理は論証的思惟で認識されるのではなく霊性的自覚という体験においてのみ得られる。例えば神や仏、自由、不死或いは不生というような概念はすべて霊性の世界での話である。

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    2025年07月29日
  • 東洋的な見方

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    東洋的な見方

    なかなか興味深く楽しく読めます。難しい言葉、専門用語も多々ありますから何度も読み返すことが必要ですが、良く理解するまで熟読する書だと思います。

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    2024年10月18日
  • 禅と日本文化

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    日本芸術と禅との関係が興味深かった。
    リアリティを概念化し分析するのか、直感的に体験するのか。それによって主体的な応答が変わる。
    禅というのは、その反対に突き抜けること、いうならば狂うことだそうだが、社会を生きていくのには、どうしても言葉にする努力が必要だ。
    しかし、禅の潔さが心をくすぐるのは、やはり日本文化、その精神性に深く影響を与えてきた思想だからなのだろうか。

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    2024年03月26日
  • 禅と日本文化 新訳完全版

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    我々も忘れている禅を巡る文化

    今の時代の我々にとって特に気づかされることが多いのは、武士と剣術の章。かの国々で現在進行中の争いを我々が思いやるとき、ここで語られている考え方が新たな視点を提示しているような気はする。同時にこうした文化を持つ日本文化と、かの国々の文化との際立った違いを浮き彫りにもする。少々不思議に思うのは、我々でさえすっかり忘れているが、大切で有効なこうした考え方や思考を欧米の人たちはどのように読んで、意味を汲み取っているのであろうか?

    #深い #タメになる

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    2024年02月14日
  • 日本的霊性

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    (01)
    霊性という語には仏教味が少なく,著者が近代の知を浴びながら捻出した造語とも言える.しかし,精神でもなく心でもなく,ましてや無意識でもないし,もちろん物でもない霊性とは何か.
    浄土真宗(*02)こそが,著者の信条を捉え,身体性に染み付いた実践でもあったと考えられる.真宗の創始にあたった法然と親鸞,そして真宗の近代的な実践者である道宗や才市の例をあげ,それが他の宗派や宗教ではなし得なかった霊性に着地した思考(*03)と実践であったと説いている.

    (02)
    浄土真宗の念仏は,常に問題となる.日蓮宗の「南妙法蓮華経」よりもさらにコンパクトになった名号「南無阿弥陀仏」が膾炙し,膾炙するだけの理由が語られていく.それは理論的なものでもなく,狂信的なものでもなく,霊性的な境地にのみ発せられる人間の表象とでも家るのではないだろうか.もちろん意味をなす言葉でないところにその六字の聖性があるする考えはよく了解される.

    (03)
    鎌倉仏教や禅宗に至るちょっとした精神史,思想史も霊性の立場から説かれており,「大地」というイメージも面白い.また,その思考は,武士道にも引き継がれ,言わずもがな,明治以降の国家神道に差し向けたアンチなテーゼとしてもとらえられる.また,キリスト教ほかも視野に入れた世界史の中での日本的霊性の位置付けもなされている.

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    2024年02月02日