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Posted by ブクログ
本書、書店でふと目にとまったので深く考えずに手に取ったが、とても感銘を受けた。なにか日本人が忘れかけているものを気づかせてくれる本である。もともとは禅宗およびそれと密接な関係のある日本文化を外国人に説明すべく英語で執筆された本を、北川氏が日本語に翻訳しているものであるが、その意味では、西欧文化との対比が意識的に書かれ、日本人読者にとっても理解しやすい物となっている。
私自身はビジネスに深く携わっているのだが、近年はMBAブームもあり、米国流の経営管理手法がもてはやされている。書店でもそのような本が多く、日本の経営者の多くもそのような論理的なフレームワークに従って戦略立案や意志決定をするケースが増えてきている。
ただ、そのような動きに私自身は違和感を感じつつ、しかし「頭では」これが正しい流れなのだろう、と思っていたが、本書を読んで、過去の偉大な日本の経営者である松下幸之助や本田宗一郎などの経営には、ある意味禅的なエッセンスが含まれていると感じた。本書でも記載されているように、禅はロジックよりも自身の経験や内的な意識、さらに言えば「無意識」を重視する。本田宗一郎は新製品(バイク)のテストをするにあたって、自分がテストコースの地面にへばりつき、そのすぐ脇をバイクで走らせて、音と振動で良し悪しを判断したという。言葉にはできない、暗黙知である。
おそらくバブル崩壊後に日本企業の業績が悪化するにつれて、このような感覚や暗黙知に過度に依存する経営はいかんということで、様々な経営管理手法が日本に導入されたのだが、私自身このような米国流経営管理手法を学ぶことはとても大事だと思いつつ、日本人が心の奥底に持つ感性、これを失っては絶対にいけないと感じた。本書、日本企業の経営幹部も一読の価値ありと思います。おそらく、読後感としては全く新しいことを学んだ、というのではなく、忘れかけていた自分の心の奥底にあった何かが本書で引き出される、という感じだと思います。
Posted by ブクログ
若き日に読んでかなり影響を受け、その後仏教への共感を深めていくきっかけになった一冊だ。鈴木大拙の著作の中で、世界でそして日本で最もよく読まれた本であろう。欧米に禅ブームを引き起こすのに一役も二役も買った。
禅は日本の文化にどんな影響を与えてきたか、そして禅とは何か。もともと欧米人のために英文で書かれた。そのためか随所に心理学的な用語が用いられている。かえってそれが、現代の日本人にも新鮮な禅との出会いを可能にする。私が「心理療法の考え方に通じる」と 「発見」したのも、そんな表現法によるところが多い。
私はその頃、ロジャーズを中心とした心理療法に関 心をもち初めており、禅の主張が心理療法の考え方に深く通ずることを「発見」し、たいへん感動した。それ以来、仏教と心理療法、人間性心理学、トランスパーソナル心理学等とは、一方の理解が他方の理解を深めるという形で、私にとっての主要な関心であり続けた。 その意味でも思い出深い本だ。 その後、特にトランスパーソナル心理学は、仏教に代表される東洋思想に深く影響されながら発展していったのである。その代表的な論客、ケン・ウィルバーは、禅からも深い影響を受け、深い座禅体験ももつ。
いかに心理学的な記述が多いか、一文だけ引いてみよう。 「偉大な行為はみな、人間が意識的な自己中心的な努力を捨て去って、『無意識』の働きにまかせるとき成就せられる。神秘的な力が何人(なんぴと)の内にも隠されている。それを目ざましてその創造力を現すのが参禅の目的である。」こんな調子だ。
この本は、禅を、美術・武士・剣道・儒教・茶道・俳句など日本の伝統文化のあり方に即して具体的に語るので、その意味でも禅への入門書としてすぐれている。禅が、日本の伝統文化の一面にいかに深い影響を与えたかが、説得力をもって語られる。
梅原猛は、この本が日本文化の禅的な一面だけを強調しすぎることを批判したが、にもかかわらず、この書が古典的な名著であることにかわりはない。
Posted by ブクログ
禅を世界に広げた第一人者である鈴木大拙が欧米社会向けに禅と日本文化の精神について記した本。
元々は英文であったが、翻訳されている。
日本人の精神的背景にある禅の考えを日本文化という型を通して教えているという感じ。
日本人である私が読むと改めて私たちの意識・無意識に関わらず如何に禅が深く根付いているかが良くわかる。
題目は以下。
1.禅の予備知識
2.禅と美術
3.禅と武士
4.禅と剣道
5.禅と儒教
6.禅と茶道
7.禅と俳句
いいなと思った言葉
・般若を得れば我々は生と世界との根本的の意義を洞徹し、単なる個人的な利益や苦痛に思いわざずらわなくなる。大悲がその時に作用する。
・侘びの真意は「貧困」つまり、時流の社会のうちに、またそれと共におらぬということである。富・力・名に頼っていないが、普遍的な最高の価値を持つものの存在を感じること。
・美術品が表面的にもでも史的時代感を示せば、そこにさびが存在する。
・禅は武士を2面から支持した。その道徳的側面では、禅は一たびその進路を決定した以上は、振り返らぬ事を教える事。その哲学的側面は、生と死を無差別に扱うからである。
・天台は宮家、真言は公卿、禅は武士、浄土は平民
・鎌倉時代、天才は僧侶か武士になった
・刀には2重の務めがある。1つに持ち主の意志に反するいかなるものをも、破壊する事であり、もう一つは自己保存の本能から起こる一切の衝動を犠牲にすることである。
・刀剣の製作には、神徳の幾分かが加わるから、日本刀を帯するものは、精神的な人間たるべくして、獣性の代表者たるべきではない。
・一帯の水あれば、そこに月が映る。月はただひとつだが、水あるところどこにもその影を映す。これが理解されるとき、その技は完全になる。
・茶の精神は「和・敬・清・寂」である。
・禅に必要なのは心の誠実であり、そのたんなる概念化や物理的模倣ではない。
・無常を思い煩って何の益があろう。
・旅行が容易で快適に過ぎれば、その精神的意味は失われる。
・人生は畢竟、一つの未知から他の未知への旅であるからだ。我々に割り当てられた60年、70年、80年という期間は、できれば神秘のとばりを開くためのものである。
この本が記されたのは1938年。
反日感情渦巻く欧米社会においてどのように受け入れられていたのか気になる。
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