グレッグ・ベアのレビュー一覧
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「永劫」の続編。
<道>が閉鎖され、地球が荒廃してから40年が経っていた。
地球は<ストーン>の援助のおかげで全滅を免れており、その代わり<ストーン>の技術・物資にそのすべてを依存するようになってきていた。
「永劫」で地球に残ることを選んだギャリーや、彼らを導いたオルミイなどが再登場する。
そしてもうひとつの地球・ガイアに「永劫」のラストシーンで降りたってしまった天才科学者パトリシアのその後も描かれる。
パトリシアの孫娘、リタがもう一人の主人公として、祖母の「戦争のない地球に帰りたい」という願いをかなえることになるのだ。
ただし今回はなんだか<道>についての物語がひどく精神世界に偏りがちで、少し小難しい。
前作のような圧倒的なスピードで進んでいく物語とは少し違っているので、少し拍子抜け。
それでも「永劫」を読んだかたは是非こちらもよんでみて欲しい。 -
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毎度あっと読者をあっと驚かせてくれるグレッグ・ベアの作品。 今回はなんと、木星の衛星が突然消滅するところから物語が始まる 。 それと同時に世界各地で異常気象が観測され、なんとエイリアンが「地球は滅亡する。自分たちはそうやって滅亡させられた惑星から来た」と告げ、地球滅亡へのカウントダウンが始まる。
じっくりと、エイリアンや異常気象についての描写が続き、いったい地球はどうなるのだろう、と最後までページをめくらせる力はさすが。
登場人物ひとりひとりの描き方も丁寧だし、専門用語が沢山出てくるがそれも難しいと感じさせない話の面白さ。
何より、地球が滅亡する話は他にもあるように思うが、こうやって破壊された地球はなかなかないのではないだろうか。
ラストでは新しい歴史を感じさせる温かな世界を見せ、その裏でまだ終わらない戦いもほのめかしている。 -
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A brilliant but unorthodox researcher has exceeded ethical guidelines for genetic research to engineer blood cells that think for themselves. Once his illegal experiments are discovered, he injects himself with the deadly serum to save his creations. The author has won Hugo and Nebula awards.
遺伝子工学の天才ヴァージル・ウラムが、自分の白血球から作りだした“バイオロジックス”―ついに全コンピュータ業界が切望する生体素子が誕生したのだ。だが、禁止されている哺乳類の遺伝子実験に手を染めたかどで、会社から実験の中止を命じられたウラムは、みずから創造した“知性ある細胞”への愛着を捨てきれず、ひそかにそれを研究所から持ちだしてしまった…この新種の細胞が、人類の存在そのものをおびやかすとも知らずに!気鋭の作家がハイテク知識を縦横に駆使して、新たなる進化のヴィジョンを壮大に描きあげ、80年代の『幼年期の終り』と評された傑作!
・レビュー
グレッグ・ベアによる1985年の作品『BLOOD MUSIC』の邦訳、これはヒューゴー賞とネビュラ賞をダブル受賞した、SF史では有名な古典作品。分子ナノテクノロジーを扱った初のSF小説とされていて、SF好きなら名前くらいは知っていることが多いと思う。人類の進化をテーマとしている、アーサー・C・クラークの古典名作『幼年期の終り』と並び称される事もかなり多い。後述するけれどその内容に関して言えば似ているのではなく踏まえているといった感じ。現代日本人からしたら多分エヴァンゲリオンがこれを踏まえて作ってあると見て間違いないんじゃないかと言ったほうが興味を惹かれるかもしれない。
内容を改めて紹介すると、これはヴァージル・ウラムという天才科学者が、自分のリンパ球から作りだした知性を持つ細胞「ヌーサイト」を血液に注入して研究所から持ち出し、やがて全地球と全人類、そして宇宙をも巻き込んだ進化と変革に発展するといった話。
まあややネタバレの文章ではあるけれどこのあたりは最初から知っていて読む人がほとんどであろうと思う。
80年代版『幼年期の終り』といわれるのはいくつかの同一のテーマを扱っているからだ。まずは人類が変態して、あるいは進化して、別の存在になっていく。その先の目的や結末、経過、ミクロかマクロかなどと掘り下げていくと、むしろ『幼年期の終り』とは逆になっている部分も多いことに気づく、その一方で終始『幼年期の終り』を思わせる雰囲気はあり、作中の描写の幾つかは『幼年期の終り』を知っているとなかなか面白く思えてくるものばかりだ。
全く別の作品と言っていいくらい関連はないのだけれど、やはり両方を読むことをすすめたくなる。
人類のメタモルフォーゼを極限まで推し進めた~という表現を色んな場所で目にするのだけれど、まさにそこが面白いところだと思う。『幼年期の終り』は、タイトルが秀逸で、まさに幼年期が終る「メタモルフォーゼ」だ。『ブラッド・ミュージック』もまたタイトルが実に秀逸。このタイトルの意味は読者が結末を目にするときにきっと自然と想われることだろう。
あとはネタバレになってしまうからブログ(哲学のプロムナード(ΦωΦ)黒猫堂)の方に書くけれど、やはりこの小説は「タイトルの意味」「情報力学」「進化の先(幼年期の終りとの比較)」の三本柱かなと思う、特に全くここでは触れることができないネタバレ要素なのだけれど、情報力学に関してはこれを読みたいがためにここまで読んできたと思わせるくらい面白かった。
読んで損はしない名作SF。 -
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ネタバレ「天空の劫火」(上/下)「天界の殺戮」(上/下)2部作(4冊)まとめての感想。
とにかくいろいろな要素を盛り込んだ、スケールの大きな話だった。
以下、内容に関するネタバレあり。
第一作「天空の劫火」では、次々に発生する謎のイベント、(多少くどいけれども)キャラクターの立った登場人物により、海外SFには珍しく、冒頭からストーリーに引き込まれていく。次々と謎が深まっていく中、ある時点で謎が見えてきたとたんに、取り返しのつかない(言葉通り)大惨事が始まる。終盤の、惑星破壊装置による破壊、それに否応なく巻き込まれていく人々の運命、これらを延々と大きなスケールで描いていく様は、読者を救いのない思いへと叩き込む。その中でわずかに残った救いが、続編への希望をつないでいく。
第二作「展開の殺戮」では、うって変わって、宇宙的には広いスケール、しかし非常に限定された狭い空間(宇宙船内)でのドラマ。前半は、閉鎖空間の中での人間関係を丁寧に描き込み(ここは海外SFの例に漏れず読みづらいのだが)、復讐対象との小競り合いと敗北、異種文明との合流・協力を経て、ストーリーは加速していく。ミステリー仕立ての人間関係、犯人捜しのストーリーの中で、登場人物たちは、答えの見つからないまま、法の執行を行うかどうかの決断を迫られていく。
ファーストコンタクト、終末もの、宇宙戦争、ミステリー、星間旅行、異種文明との邂逅、高次文明同士の星間戦争、政治、ロボット、軍隊、科学、家族の愛、…。スケールの大きな話、小さな話、とにかくいろんなものを詰め込み、それを破綻なくストーリーとしてまとめ上げた作者の力量には恐れ入るばかり。本当に、「SFらしいSF」を求めている方(ただし、長くても読める方!)にお勧めできる本であった。 -
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80年代の『幼年期の終り』と評される当著は、ヒューゴー賞・ネビュラ賞受賞の確かな傑作でした。
『幼年期の終り』とは、巨匠アーサー・C・クラークによる人類のより高度な存在へのメタモルフォーゼを壮大なスケールで描いた叙事詩で、あまたのSFオールタイムベスト1位を占有することは周知の事実。
そんな大著と並び評されるが、『幼年期の終り』から感じ取れた壮麗さは皆無で、終始背筋が凍りつく感覚を覚えた。
だってこの本、ただ淡々と事実が積み重ねられるだけで、他人事のようにメタモルフォーゼが進行していくんだもの。つまり、メタモルフォーゼに対する著者の評価が全く読みとれなかったのだ。
事実、一度たりともこのメタモルフォーゼを賛美する言葉に出くわさなかった。呪詛する言葉も同様に。
いや確かに、メタモルフォーゼを容認するような(または否定するような)登場人物の台詞はある。
でも、どこか突き放しているんだよなぁ。
あくまでそれは”登場人物の言葉”であって、”著者の言葉”ではない。
ただ単に議題だけを提示して、バイアスもかけずに、あなたの価値観で判断して下さい、はいどうぞってパスをうけた感じ。
うーん、冷酷。
個人的には、メタモルフォーゼが、ドラッグみたいなマヤカシにみえたので嫌悪感しか抱けませんでした。 -
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チャールズ・ストロス著「アッチェレランド」の「コンピューターで地球が変わってしまう」つながり。ゼロ時代の「幼年期の終わり」に例えられるのが「アッチェレランド」なら、80年代の「幼年期・・・」はこの「ブラッドミュージック」。当時バイオチップが流行っておりました。この作品も白血球から作られたバイオチップが研究所から持ち出され、ウィルスのように感染していくというパニック物の器をかりて、人類が変容していく姿を描きます。最近はバイオブームも去ってしまいましたが、ナノ・テクノロジーも実は排熱(ナノ・マシンは小さいのだが、数が集まるとものすごい熱を発するらしい)の問題があってクリアされないと、またバイオ系が復活するかもしれません。当時すごく面白かったような気がしますが、今、読み返すとどうなんでしょう。ラストもすごくしっとりした感じで、80年代の特徴なのでしょうか。容赦ない「アッチェレランド」と違います。
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ベアの「ナノテク」世界は面白いんだか面白くないんだか非常に微妙な感想を持っているのですが、こいつはちょっと違う。火星に植民し、地球の圧力に屈せず戦う人々の物語だ。解説でも指摘されている通り、ハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」を髣髴とさせる設定。しかしたどる道は大きく違います。
月にしろ火星にしろ、生身のままでは生きていけない苛酷な環境です。その過酷さと(過去に生物がいたという設定の下の)神秘さについての描写はエンディングの一つの大きな感動の元になります。そんな環境で、できるだけ「生の」人間として生きようとしている火星人。一方で地球人は「セラピー」の影響下で冷静な判断力を身に着けている。主人公はそんな地球を体験し、地球の「母性」に包み込まれて自らの故郷を強く意識します。
そんな中、統一政府を作っていく火星。徐々に地球に対して従順でないと見なされていく中、事件が発生し、エンディングまで怒涛の展開で突き進んでいきます。SF的なアイディアは実に大風呂敷もいいところで(途中で更に大風呂敷を…すぐ畳んでしまいますが…広げて見せます)、それによって危機が起こり、しかし、それによって火星は救われます。主人公の一人称で進んでいく物語は、一人の成長物語としても読むことができますし、SF的ガジェットは相変わらず満載です。そしてそれが王道的に使われているのも物語自体の面白さに一役買っていると思います。
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昨年秋(2022年11月)に亡くなったSF作家、グレッグ・ベアの代表中編、『鏖戦(原題:Hardfought)』(ネビュラ賞受賞)と『凍月(原題:Heads)』(星雲賞受賞)を収録した一冊。以前読んだ同著者の『ブラッド・ミュージック』がとても面白かったので、本新訳を手に取ってみることに。
『鏖戦』は、「これぞハードSF」と言わんばかりの高難度なファンタジーSF。姿形や社会構造が大きく変容した人類が、異星種族<セネクシ>との果てない戦いを繰り広げる世界が舞台。<セネクシ>を抹殺することだけを目的に育てられた、妖精のような姿をした少女・プルーフラックス。<セネクシ>の研究者で、人類のことを知ろうとする阿頼厨(アライズ)。両者の視点を中心に描かれるSFファンタジー。
設定や用語がかなり特殊で、誰の視点・会話なのかを把握するのもなかなかに難しいため、整理しながら読み進めないと訳が分からなくなること請け合い。その難解なテキストに酔いしれることが出来れば、内容をしっかりと理解出来なくても楽しめることが出来ると思うが、そうでない人には苦痛で仕方がないかと。間違いなく人を選ぶ作品。
『凍月』は、『鏖戦』とは対称的で、比較的読み進め易い近未来SF。人類が地球から月や火星に植民した世界が舞台で、地球から冷凍保存された人間の頭部410個を月に持ち込み、その記憶を甦らせるプロジェクトを巡る物語。
絶対零度を実現するという研究内容や、ラストの展開をちゃんと説明しろと言われると難しいが、物語の展開と結末を大枠で理解することは、テキストを追っていれば十分可能な内容となっている。
"The Hard SF"な『鏖戦』も嫌いではないが、個人的には読み易さのバランスが取れた『凍月』の方が好みだったかな。