物語面の感想は既に漫画版でしているので、ここでは漫画と小説で受け取った印象の違いやエピローグについて述べようかと
まず第一に意外に思えたのは『見たのは何か』における琴子の心理面かな
漫画を読んだ際には仮説を述べ合う事に拠って六花の力や考え方の傾向を測っていると受け取っていたのだけど、小説のモノロ
...続きを読むーグを読む限り、積極的にそういう仕掛けに出ていたわけではないのか
まあ、意識に上らないレベルでやっていた可能性までは否定できないけど
『見たのは何か』においては六花の脅威度を重く見ていなかった。だから彼女の行動を制限する必要まで感じていなかった
けれど、鋼人七瀬事件を経た後の『岩永琴子の逆襲と敗北』では必要以上に六花を驚異に感じていると読み取れるね。既に六花が虚構を利用して秩序に反しようとした前例を知っている。だからこそ、六花が今度も何かしら仕掛けてくると決めつけ、それが最後の罠に繋がってしまったと見るべきなのだろうね
漫画版では琴子を精神的に追い詰めに追い詰めた六花のロジック。小説版においても琴子を追い詰めているのは変わらないけれど、詭弁を通す余裕を琴子は残しているように受け取れたね。これは漫画版に比べて六花のロジックによって受けた衝撃が少ないという事ではなく、小説においてはこのシーンが真の解決編として機能しているわけではないから、物語の比重が薄れた為かな
だから『岩永琴子の逆襲と敗北』における解決編は丘町の真意を解説するシーンでも、六花が計略を明かすシーンでもなく、エピローグにて九郎が心の内を話すシーンが該当するのだろうな
六花は目的の驚異になる人間として琴子を測っていたけど、九郎は一人の女の子としての琴子と同時に知恵の神としての琴子も測ってきたんだなぁ。知恵の神という機構として琴子が自分をどう見ているか、そこにどんな誤解があるかを把握しつつ、琴子をか弱い女の子として大事にしようとしている
もしかしたら九郎は岩永琴子を本人以上に理解しているのかもしれない。まあ、その代わりに琴子が自身に向けている感情をどこか測り間違えている気もしてしまうけども
こうして九郎の真意を知った上で振り返ってみれば、『鋼人七瀬』終盤において紗季に語っていた九郎の言葉はシリーズ通して一貫した九郎の信念だったのかもしれないと思える
この視点に立って物語を再度見直してみると、それぞれのシーンにおいて慈しんでいるのか邪険にしているのか曖昧だった九郎の行動理由も事細かに見えてきたりするのだろうか?
虚構を操り秩序を保つ岩永琴子。それが今回、岩永琴子を構成する大切な恋心が虚構である可能性が示された。けど、その虚構が岩永琴子のささやかな幸福を支えている
まるで悪い夢の中にいるかのようなロジック。でもひとまず琴子は無意識的であってもその虚構を守る為に六花に敗北した。これによって何かを失う結論は変わるのか、変わらないのか。今後に本当の意味での『逆襲』が待っている事を願ってしまうね