土屋賢二のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
■読んだ動機
近くの本屋さんで「書店員さんイチオシ」と書かれており、気になって読んでみました
■感想
小心者のクスッと笑える自虐がたくさん、自虐、皮肉の表現が大変面白かったです。
例えば、「うちの妻は義理堅い。一度受けた恩を絶対は忘れずに恩返しする。まるでツルだ。たまに恩を受けた覚えのない私にも恩返しを要求するほどだ。」など、面白い表現で今後使ってみたいと思ったました。
■以下、面白かった箇所抜粋
先生の本に出会ったときは衝撃でした。もう二度と会えないでしょう。それを祈ってます。
うちの妻は義理堅い。一度受けた恩を絶対は忘れずに恩返しする。まるでツルだ。たまに恩を受けた覚えのない私にも恩返しを要求するほどだ
何も思わず何も期待しない。何を思ったか後から決めればいい。テレビが面白くなければ、つまらなさを味わい「思った通りだ」と呟けばいい。。
練習してみてわかった。自分の心が1番思い通りにならない。思った通りだ
東京ドーム5個分の広さの湖に浮かべたタライの中のお猪口の半分はある
大抵の男にとって熟年離婚を妻に言い渡されるのは青天の霹靂だ。自分のどこが悪いのかわかる男はほとんどいない(自分のどこがいいのかわかる男もまずいない)
「女は長年信号を発して来た、それを察知しないのが悪い」というが、それほど重要なことをなぜ鈍い男の察知能力に委ねるのか
「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」と男を責めるが、はっきり言えないのは怒られるようなことを考えているからだと言うことぐらい察知できないだろうか
体温のこまったところは熱が出て死にそうに苦しくて測ってみると36.3°しかないことだ。もし私がチョコレートだったら36度もあれば溶けてしまうと妻は本気で心配するだろう
親は子どもが生まれると歩く能力としゃべる能力を伸ばすが、一年後になると喋らないでいる能力のじっと座っている能力わ、伸ばすことに力を注ぐ
スポーツジムも長続きしないが、考えてもらいたい、エアロバイクは20分漕いで「バナナ一本分」と表示されて虚しくならないだろうか。それならバナナ一本我慢したつもりになってエアロバイクをやめてもいいはずだ
さいきん書籍の売れ行きが悪くなった。私の本の売れ行きは悪くなっていない。前から悪いのだ。時代に追いつかれな思いだ
この種の主張をするときは通常、都合の悪いものを除外する。たとえば「自然を守れ」と叫ばれるが自然の中に含まれる台風、大自然、不毛の砂漠、病原菌、ウイルスなども守れというのか。「自分の意見を持て」の言うが、イスラム国やナイスのような意見でも持てと言うのか
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Posted by ブクログ
ネタバレ理系と文系の対談だった。私は文系なので土屋氏への共感が大きく、森氏に対しては「このように考えられたら楽であろうな」と思わされるばかりだった。
だがひとつ。ジェンダーなどに対して考えが進んでいる文系である土屋氏の方が女性蔑視的な発言が多かった点がいただけない。森氏に関しては性別を考えていないようだった。人間に対する興味が薄い分であろうか。その点については再度考察できたらと思う。
ミステリーが苦手な筆者であるが、今作品を読んでも克服は難しかった。だが土屋氏の書くミステリーの会話文が大変リズミカルであり、彼のエッセイを拝読したいと感じた。
個人的に好きな話は森氏の「子供に人形を与えると、男児はそのシリーズの別の人形を集めたがり、女児はその人形のための椅子や服をねだる」話だった。男女の違いは幼い頃から形成されていることがよくわかる。 -
Posted by ブクログ
代表作、『我笑うゆえに我あり』の土屋先生、すでに退官されたようだが、相変わらず適当、
もとい、ユニークさ、切れ味は鈍、いえいえ、鋭い。
どのエッセイも3ページほどで読みやすい。
「圧迫面接を受けたら」は実践できたらなんていいだろう!
大人になって就職してだいぶたった今でも、面接はつきもの。
あまり出世できていないので、まだまだ昇進試験で面接必至なのだ。
「あまりにも道徳的すぎる」はぜひサービス、接客業の皆々様にご覧じて欲しい。
「ナメとんか、ワレ」の意味は人の尊厳を冒瀆してはいけない、らしい。
それをもとにすると、お客さまがお怒りになっているのは、道徳的すぎるからだろう。
ならばこちらも道徳的に対応しよう。
「大人になって失ったもの」も実におかしい。
大人になっても愚かさは失われていないことにホッとしている土屋先生・・・
もう立派な土屋先生にも幼児のような純真無垢な思いがあるとは。
最後に解説をどなたが書いているのかと思ったら。
なんと土屋先生の実弟!兄に負けず劣らず軽薄(またしてもご無礼を!)に見えて、核心をつく。
ご兄弟共々、愉快である。 -
哲学者にならない方法
- カート
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試し読み
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Posted by ブクログ
著者宅の焼きそばは野菜が多い。野菜を食べるのは健康のためで、野菜を食べないと死ぬとまで言っている。ある日の食卓。焼きそばを食べ終わった後、台所で奥様の悲鳴。もしや食器棚のガラスに映った自分の顔を見て驚いたのかと思いきや、さにあらず。スーパーで買ってきた焼きそば用のそばが袋に入ったまま調理台に残っていただけのこと。もともと奥様は、カレーを作ってご飯を炊いていなかったり、すき焼きを作って肉を買っていなかったりと赫々たる実績の持ち主。いつものことと言えばいつものこと。問題なのは、著者が焼きそばに蕎麦がはいっていないことに気づかなかったこと。ふだんから奥様の料理に順応しようと妥協に妥協を重ねたため、味覚が鈍感になり、いまや、食べられる物と食べられない物の区別しかできなくなっている。驚愕の事実。おそるべき退化。翌日のチャーハンは、食べる前にご飯があるかどうかしっかり確認したとこと。延々とこんな話が続く。とりわけ奥様の武勇伝は心底身に染みた。笑いながらも激しいシンパシーに身悶えを禁じ得なかった。