山口真美のレビュー一覧
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表題は『美人はそれほど得しない?』というキャッチーなものだが、内容は実験心理学・進化心理学の成果や仮説をもとに、ルッキズムの本質に迫り、見た目に囚われない価値観をいかに身につけるべきかを真摯に論じた一冊である。
人が持つ「美の基準」は相対的なものであり、その形成には生物としての人間の特性、文化環境の違い、時代による価値観の変化、社会的環境の違いなど、さまざまな要因が複雑に絡み合っている。著者はこれらを多角的な視点から丁寧に論じており、「美しさ」というものが固定した実体ではないことをあらためて認識させられた。
とりわけ印象に残ったのは「顔」をめぐる議論である。顔は人間が他者を認識・区別する際に最も重視する情報であるが、そこに美醜による価値判断が加わることで、「区別」が「差別」へと変容してしまう危険性をはらんでいる。日常の何気ない視線や評価の中にも、こうした構造が潜んでいるのではないかと、読みながら自らの行動を振り返らずにはいられなかった。
現代社会はSNSをはじめとする多様な情報メディアの発達により、かつてとは比較にならないほど多くの「顔」と出会う時代となった。その状況を多様性の尊重へとつなげるためにも、ルッキズムを正しく批判できる思考力を養うことの重要性を、本書は静かに、しかし力強く訴えている。 -
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エッセイ風。心と身体をめぐるトピックス――夢、明晰夢、金縛り、体外離脱、感覚遮断、臨死体験、逆さめがね、半側空間無視、幻肢、ボディイメージ、共感覚、絶対音感、痛み、痛みと共感、身体拡張、VR、瞑想、感情と身体―を軽妙な語り口で解説する。
特徴的なのは、明晰夢、金縛り、体外離脱、離人症、成長痛、がん治療など、自分の体験エピソードも入れ込んでいる点。さらには、自分が顔面麻痺になった時のことや10日間の瞑想合宿で体験したことも書いてある。
そういえば、近著には、自分がどう変わるか、まわりがどう反応するかを知りたくて、思い切って金髪にしてみたとあった。心と身体について自ら実験もしている。 -
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もとは東大出版会のPR誌「UP」に「顔身体通信」として連載された。単行本は『ままならぬ顔・もどかしい身体』というタイトル。キャッチーなネイミングに、座布団2枚!
著者は顔の心理学の研究で著名。ところが2008年に顔面神経麻痺になってしまった。顔の研究者が顔面麻痺とは、なんたる皮肉。でも、体験者だからこそわかることがある。顔についての思索や洞察はそれで深まった。
そして2018年。大型科研費「顔・身体学」が採択されて、代表者として研究体制を作りあげた矢先、がんが発覚。研究をしながら、治療に勤しむことになる。そしてここでも自分の体験から、痛みや身体について深く考えることになった。
研究者でありながら、麻痺や痛みの当事者でもあるという偶然。13の章では、それらに始まり、正常性バイアス、共感、ルッキズム、男女の就職問題にまで話がおよぶ。さらにこれまでの自分を振り返った箇所もある。
13の章は話題がばらばらのように見えて、読み進むうちに、みなつながって、ひとつの全体をなす。学術書を超えた、ふしぎな読後感がある。 -
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書店で見かけて、あまり内容も見ずになぜか購入した一冊。ジュニア向けということもあり、思春期の心の保ち方的なほっとするような内容かと思っていたが、科学的にこころと身体の研究をされている著者の考えが載せられていて面白い読み物だった。自分が小中学生じゃとても読み切れなかった。
自分自身を思い出すと幼少期はこわいものだらけで、あんまり心も丈夫じゃなかったと思う。部活を始めてから悩む暇もなく練習して遊んで、日常的に心が不安定ということはなくなって。それでも自分も「頭で考えすぎると動けなくなる」タイプなので一瞬が勝負のスポーツは正直向いていないと思うことがよくあった。さらに、試験もうまくいかなかったりするとなにしてもダメだと凹むことが山ほどあった。小さいころ一時期、疲れると目が魚眼?のようにすべてが小さく見えるときがあって、親に言っても伝わらず、すごくイライラしたこともこの本を読んで思い出した。
そういう思春期の精神的・身体的な痛みも今思えば必要だったというか、今の自分のある程度納得できる考えにたどりつけた一因だとは思う。でも、なんでヒトだけこんなに悩まなくてはいけないのかともよく思う。
著者はおそらくもっと生きづらさを感じながら、生活・勉強してここまでの洞察にたどりついているんだなと読んでいて感じた。著者の主観的な感想はやや多めだが、自分だったらこんな内省にはキリがないので避けたくなってしまう。学者ってすごい。
あと、個人的に興味を持ったのは盲目の方のみる夢。視覚以外の間隔で生きていると夢にまで影響することは、想像は容易だけど考えたことがなかった。色をイメージで知覚するってどういう感覚なんだろうか。
DMN(デフォルトモードネットワーク)も気になった。自分の経験として、なんとなく考え事をずっとしている(考えることを考える状態になる)せいで行動が遅れることが多くて、反対に家事とか一回無心でやれる作業を挟むと、本来やりたかったことに集中できたりするような気がしている。ずっと頭が回転していることはメリットっぽいが、デメリットも感じていたので、正体をつかめたような気になれてよかった。意図してコントロールしたい。
さらっとでてきたけど「動く猫、動かない猫」の実験とか心理学系のテストはやっぱりやや非人道的だなと思った。そのうちコンプラで何にもできなくなってしまうのでは。。ルース・ベネティクト「菊と刀」も日本人論を語る上ではよく引用されている。原著(もちろん訳本)も読んでみたい。
あと最後、最近は多様性の認めすぎも気になる。「みんな違ってみんな良い」のはもちろん素敵だけど理由を持つべきと思う。"ふつう"にこだわる必要は全くないけど、何ごとも多数派がいることは事実なので。
こういう話になると伊藤計劃のハーモニーの世界を思い出す。保護されすぎは人がおかしくなる。
やたら長く書いたが、内容はともかくこれまで避けてきた考え事に触れられた感じがした。せっかく人に生まれたので、鬱にならない程度に考え事をしたい。 -
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イングス『見る』という分厚い本を買ったものの、視覚の本をしばらく読んでいないこともあり、『見る』を読む前のウォームアップのつもりで読んでみました。
全体的に簡潔に書かれていて読みやすいです。
まず「主観的な視覚世界から我々は逃れなれない」という点を明確にした上で、見るという行為の「意識を伴う・伴わない」という二面性について解説があります。
その後に「動き、空間、形、顔」と処理の複雑な順番に解説があるので、同様の書籍にありがちな、あちこちに飛ぶことなくスラスラと読めてしまいました。
かなり気に入りましたので、こちらの著者の他の本も読んでみます。 -
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わたしの顔とはなんだろう。
わたしの身体とはなんだろう。
どう、向き合おう?
ガンと診断された「顔・身体学」の研究者が、ご自身の闘病経験と科学的見地を交え言いよどみながらも真摯に文章をつむいでいる様子が想像される、押しつけがましくない、丁寧な文章。
健康や共感、ジェンダー格差、ルッキズム、死。
ふだんは見えづらいけれどいざというときにはよく視える社会の課題を、顔や身体から出発して向き合おうと考えているエッセイが並ぶ。
以下あとがきより抜粋。
『顔には複数の側面があって、顔を見る他者からすれば相手の様子や表情を読み取るもの、顔を持つ当人からすれば自身のアイデンティティの象徴でもあります。
そのバランスが絶妙で、どちらを重視するかは個人によっても違うし、文化によっても異なるからです。
そんな各人の主観に陥りがちな顔については、あえて客観的なデータのお話を中心にしています。
一方の身体は、他者にとっては物理的に存在する対象であるとともに、当人にとっては「どのように動かすか」という一人称視点の対象でもあります。
そのため、身体については、闘病などの経験を交えた一人称視点の話を中心にしてきました』
女性全般に特におすすめな本ですが、一見見えないものを見ようとする勇気ある男性にもおすすめ。
男性女性問わず看護師さんにも個人的におすすめしたい本です。
自分自身の身体と顔が、わたしの人生にとってなにをあらわしているのか、社会にとってどういったカテゴリー化がしたたかにされていて、それについて声なき声を本当はずっと叫んでいたのではないかと、思わずはっと考えてしまう本でした。
2項対立の、単純なカテゴリー分けの世界観からぬけだす一歩になれる本だと個人的に思います。
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タイトルからしてちょっとおちゃらけた内容なのかと思って読み始めたら、
とんでもない。顔研究の第一人者が、まじめに顔について語っている。
赤ちゃんがどう顔を認識していくか、当たりの研究は楽しい。
超近眼の赤ちゃんがまず母親の顔を認識する。
でも髪形や眼鏡で顔が変わるとわからなくなる。
成長とともにわかってくる。ほかの顔もわかり、人見知りが始まる。
怖い顔とそうでない顔を区別する。これは本能、、、
るっきずむとか何とかいう前に、動物として備わったものがあるという。
美人、、、ということでは、集団の中にいると際立つ場合と埋没する場合。
ここに欧米と日本で差があるという。AKB48 なんて人並みなはずだけど、
元気に明るく踊ってるとかえってイメージが上がると。
などなど、顔にまつわる分析が多々出てくる。
まじめな本なんだよ。このタイトルでそう思える?
第一章 「人は見た目が九割」の実際
第二章 なぜ人は「見た目」で判断してしまうのか
第三章 「美貌」や「男/女らしさ」は時間も空間も超えない
第四章 顔研究と「優生思想」の危うい関係
第五章 セルフイメージと「自意識」による囚われ
第六章 「見た目問題」と偏見 -
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ネタバレ実は顔だけ覚えるのであれば、とてもたくさんの数を覚えることができます。顔を記憶するためには、感情を伴う人間関係が大切です。なんであっても感情的な事柄とともに覚えることがコツなのです。さまざまな事柄に興味がなければ、人の顔は覚えられません。そのため感情を刺激して、脳を活性化させる必要があるのです。脳にある扁桃体による働きによるのですが、扁桃体は恐怖に反応し、耐え難い状況にさらされ続けると、扁桃体とその周辺の脳は傷ついてしまいます。
顔を記憶するテストの成績が非常に高い「スーパーレコグナイザー」とされる人たちは、鼻を中心に視線を置いて、顔の全体的な特徴を瞬時で把握するような見方をするそうです。
反対に、顔を見ることが生まれつき苦手な自閉症者は、輪郭周辺など、あまり重要でないところばかりに視線が向いていることがわかりました。発話者の口ばかりに注目するなど相貌失認(人の表情や顔の区別がつかなくなるという脳の損傷による症状)に近い特有の視点で顔を見ています。このような場合、話を聞くこと自体が高いストレスになり、疲労感が強まるため、休息をとらなければなりません。おおかたの人は、表情や口調などの要素(ノンバーバル)をコミュニケーションの主体としています。しかし自閉症者を相手に、話をする際は頼りにしてはいけません。明確な言葉によらなければきちんと文脈や状況を伝えることは難しいでしょう。
また、自閉症者はコントラスト視力がよい可能性が高く、白目と黒目のコントラストがより強く、際立った刺激となります。目を合わせず人を避けるようにするタイプや、目をそらさずじっと見つめ続けてしまうタイプなど特性が分かれます。
脳の障害により、少しずつ運動機能が低下して、姿勢の維持や運動の速度調節がうまく行かなくなるパーキンソン病は、表情もとぼしくなることがわかっています。パーキンソン病患者は意図的に表情をつくることはできるのですが、瞬時でつくる意図しない表情の動きがなくなっていくのです。
自分が表情を失ったとき、周囲がどのように変わるのか、注意深く観察した人がいます。顔面神経麻痺で顔面筋のコントロールを失った元患者による報告です。表情の乏しい人には、イエスかノーで答えるような質問しかしなくなるといいます。無表情にこわばった顔は、本人はそう思っていなくても、「イライラしていて不機嫌」のように見えてしまうのです。それだけでなく、「お前には興味ない」と言っているいうように、あるいは「私は鈍いし、退屈ですよ」と言っているように、とらえられてしまうといいます。周囲の受け止め方がそんな感じだと、本人も周りへの興味を失うという悪循環に陥っていきます。そして内に閉じこもり、顔や世界から遠ざかって生きようとするようになってしまうということでした。
笑顔は、脳にとって社会的報酬として働きます。笑顔の顔と名前との記憶には、金銭的な報酬をもらうときに活動する、前頭葉にある眼窩前頭皮質が、記憶にかかわる海馬とともに働くのです。
生まれてからの赤ちゃんとお母さんの行動を丁寧に観察した研究から、意外なことがわかってきました。
新生児でも顔を好んで見ますが、その時点の視力は0.02程度しかないのです。お母さんを顔から区別することができても、まだこの時点では、髪型が変わればわからなくなる程度の認識です。
より安定して正確な認識能力を獲得するため、周囲に顔を探し出してたくさん見て学習したあと、よく見る顔にだけ洗練されていくのです。
赤ちゃんは視線の発達とともに、目の開いた顔から、視線の合った目へと、視線を見る感度が高まり、自然と目を見る時間は長くなっていきます。
赤ちゃんとのやり取りの中で、親も成長するのです。視線が合うことで、だんだんと赤ちゃんとお母さんの息は合っていきます。この時期に赤ちゃんの視線をうまく受け取ることができないと、息が合うきっかけを失うことにもつながるのです。
赤ちゃんの注意は、その後、お母さんの目から視線の先へと進みます。ひとつの世界を互いの視線によって共有することは、人間だけが持つ共通の認識世界を生み出すことになります。それは動物から人への進化を示すような、劇的な変化ともいえましょう。やがて、視線の先から指の先へ、移行し、言葉を含めたコミュニケーションの獲得へとつながっていくのです。自分だけの閉じられた世界から脱却し、他者と共有した世界に発達していくようです。
女性には、周りの目にどう映るかというプレッシャーや共感性の高さがあります。自分たちだけのこだわりを社会に表現しようとします。
男性には、数値化やシステム化に優れて、オタクっぽい性質に傾いていくようです。
1歳まで父親が不在の家庭で育った女性は性的な成熟が早く、思春期も早く訪れ、最初の出産が早いといいます。 -
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身体の感覚とボディイメージと感覚のコントロールの話。
思春期は感覚が鋭いから反抗的になるらしい。わかっていたら温かい目でみれるかな。
ボディイメージが摂食障害に向かうこともあればヤマンバメイクに向かうこともある。女性は見られる対象だから、自分の価値を上げるためか、価値を隠すためか。最近の未婚問題も選ばれる対象になるのを拒んでいるからなのかなと想いを馳せてみた。今後結婚は、恋愛強者だけがする嗜好品みたいな位置付けになるのかな。
文章中に何度か日本人の同質性について触れていて、窮屈に感じたら世界を見ろとあります。確かにそうなのですが、日本からは排除されるしかないのかな。日本に住んでるのに。