加藤陽子のレビュー一覧
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●→本文引用
●次に、日本と戦っていた中国が、三国同盟をどう見ていたかをお話ししましょう。(略)1940年8月4日の蒋介石日記を読んでみましょう。(略)日本が南下したい、石油を取りたいと思っているときに乗じて、中国に有利な条件を日本が出すなら、それで講和するのは悪くない、と述べています。(略)これは当時、部内で「桐工作」と呼ばれた和平工作の一つです。講和案のの内容が蒋介石まで届けられていましたし、昭和天皇もその成否を非常に気にかけていました。(略)蒋介石のもとで作戦を指揮していた軍令部長の徐永昌が、9月29日に蒋介石にこう提言していました。(略)日本軍と中国国民党軍双方が死力を尽くして戦えば -
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対談。なぜ戦争になったのか。どこで間違えたのか。こういう本を読むと、自分がいかに知らなかったということを痛感する。そしてこういう本を読んで思うのは、過去のこととして知識にするのではなく、今、自分のいるまわりに活かせることはないか、ということなんだよね。
大正七年の原敬首相から昭和七年犬養毅が五・一五事件で暗殺されるまでを日本の政党政治の黄金期という。
では、原敬の何がすごかったのか。
偉大だったのは、としていわれること。
原敬日記をひいて、すごくこまめに軍人に会っていることを指摘している。
こまめに、ひょっとしたら自分と反対意見の人とも会って、パイプをつくっていたこ -
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日本がなぜアメリカとの戦争に踏み切り、そして負けたのかという点について、近代史に造詣の深い6名の方が対談形式で述べる本。「なぜ負けたのか」よりも「なぜ国力に圧倒的な差があったアメリカとの戦争に踏み切ったのか」という点に関する部分には、ちょっときな臭い雰囲気になりつつある今日、考え直す意味は深いと感じます。
対米戦争に限らずほとんどの戦争が「自衛・自存」を大義名分に始められ、ブレーキをかけるはずのメディアも政権や大衆に迎合していく流れであった事などは同じ過ちを繰り返さないためにも知っておくべき事実であると思います。
なぜヒトラーのドイツと同盟を結んだのか、海軍・陸軍エリートはなぜ判断を誤って開戦 -
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半藤一利さんと加藤陽子さんによる、
先の大戦に関わる対談集、といっても、
ただの対談ではなく、戦時の主要メンバー、
全部で5名に対する評価についての内容となっています。
広田弘毅、近衛文麿、松岡洋右、木戸幸一、そして、昭和天皇。
一方的な弾劾というわけではなく、それぞれが、
検事役、弁護士役を入れ替えながら茶話的な感じで。
まだまだ、基礎知識が足りていないなぁ、、と思いながらも、
興味深く読めました、、近代史さらえ直さないと、です。
そんな中、個人的に興味深かったのは、、
“(先の大戦は)新聞が世論を煽り立てましたから”
新聞という無責任なメディアについて言及されているのが興味 -
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なんとなくまとめ。
明治政府誕生
海外列強やべえ
特にロシア。
軍備整えないと!
↓
清が朝鮮の属国化強化
しかも、列強に土地貸し出しとかしてる
ロシアに手出されたら怖すぎる
↓
日清戦争で朝鮮の独立を明記
↓
ロシアの中国、朝鮮での権力増大。
満州占領
↓
日露戦争
レーニン「専制国ロシアは立憲国日本にすでに打ち破られている」
↓
第一次世界大戦勃発
東アジアのドイツ領の奪取、中国での権益拡大の好機!
参戦!
↓
戦争ってもう総力戦だよね。
経済封鎖されても戦えないと・・・。
そうだ!中国あるじゃん!
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海軍「つっても、ある程度艦船があれば短期決戦いけるよ」
ロンドン海軍軍縮会議「日本軍 -
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ネタバレ昭和史を語る際にいつも示唆を受ける半藤、保阪に右よりの中西が加わり、どのような討議になるのか興味深いところでした。昭和の大戦という際に、日米戦争を分けて、中国に対しては明らかに侵略戦争であったという半藤、保阪に対して中西は何となく曖昧な姿勢であると思いました。それだけに日本が反乱もなく、一致して闘っていけたのは米英に対して自衛=興国存亡の危機にあるという意識が強かったからだという一致した考えもなるほどと思いました。このタイトルではなく、「なぜ負けることが分っている戦争をしたのか」という観点から、日本の指導層に対する厳しい批判は今の私たちの姿勢(政治だけでなく、企業においてさえ)に反省させられる