加藤陽子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
以前著者の本を読んで、異論が渦巻く日本の1930年代の歴史を切れ味よく語る学者と常々思っていたところ、学術会議の6人の報道に「さもありなん」と注目して、新刊を待っていたので早速本書を手に取ってみた。
書評にとりあげられた57冊のうち小生が読んだことのある本は「神聖喜劇」(大西巨人)一冊のみ。「あらら」と思いながらも読み進むと、最後の「おわりに」に「本書が対象とした書籍の多くは研究書だ」とある。
小生が読む本の多くは、歴史にしろ政治にしろ、一般向けに分かりやすく紐解いた解説書である。研究書に直接当たるのはちょっとハードルが高い。
しかし、本書の書評をそれなりに楽しめたのは、今まで読んできた一般向けの「解説書」の原典のエッセンスの匂いを嗅ぐことが出来たからと思った。
本書で、第一次世界大戦後の欧州では「経済成長が著しかった・・国際分業が浸透した結果、各国は比較優位業種を淘汰する必要に迫られ、国内に『繁栄の中の苦難』を等しく抱え込むようになっていた・・・この苦難を除去するために社会主義や平和主義の方向での解決を図れば・・・体制転覆の恐れが生じ、膨大な財政出動も必要とされる。体制と財政の二つながらの崩壊を覚悟せねばならなくなった時、各国の政治指導者は『自衛のためのやむにやまれぬ戦争』の道を選択したのではなかったのか」という部分を読んだ時は、現在の世界情勢を思い起こし、ゾクゾクするような興奮を覚えた。
いやー、歴史はやっぱり面白い。 -
学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か
- カート
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試し読み
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学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か
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Posted by ブクログ
第1部は識者6人による座談会。
第2部は6人それぞれの補遺的文章。
あの戦争で当時のメディア(新聞とラジオ)が果たした役割はとてつもなく大きかった。開戦を賛美し、国民を扇動熱狂させた。恐ろしい!
終戦の日はいつか?
ポツダム宣言受諾を敵国に通告したのは8月14日。
それを国民に伝えた(玉音放送)のは8月15日。
ポツダム宣言受諾文書に調印したのは9月2日。
日本人は「終戦記念日は?」と問われれば8月15日と答えるが、国際的には「9月2日」が一般的だそうだ。
あの戦争の経緯が分かる文書はまだまだ未公開のモノが多い。なぜ開戦したのか?戦争の経緯は? 歴史的な解明はまだまだ先のようだ。 -
Posted by ブクログ
●→本文引用
●次に、日本と戦っていた中国が、三国同盟をどう見ていたかをお話ししましょう。(略)1940年8月4日の蒋介石日記を読んでみましょう。(略)日本が南下したい、石油を取りたいと思っているときに乗じて、中国に有利な条件を日本が出すなら、それで講和するのは悪くない、と述べています。(略)これは当時、部内で「桐工作」と呼ばれた和平工作の一つです。講和案のの内容が蒋介石まで届けられていましたし、昭和天皇もその成否を非常に気にかけていました。(略)蒋介石のもとで作戦を指揮していた軍令部長の徐永昌が、9月29日に蒋介石にこう提言していました。(略)日本軍と中国国民党軍双方が死力を尽くして戦えば、漁夫の利をしめるのは共産党だ、こういって蒋に停戦を薦めます。
●確かに日本軍が、中国軍を戦闘という面で圧倒していたのは事実です。1944年、戦争が終わりに近づく頃、日本軍の兵隊は、中国大陸の海岸線を千キロ以上も行軍して、アメリカ軍が使いそうな中国側の飛行場をすべて潰してまわります。これを大陸打通作戦というのですが、この作戦によって、中国側が蒙った地域社会の変化や国家の仕組みの変化が、非常に大きかったということが最近の研究でわかっています。端的に言えば、蒋介石の国民政府軍が、この日本軍の作戦によって疲弊させられ、戦後の共産軍との内戦において不利になったということです。
●総体として見ると、アメリカは1941年4月段階にも、資源を共有しませんか、船舶を貸与してくれませんか、資金援助してあげますよ、と日本に呼び掛けていた。一緒に共産主義に対抗していきませんか、中国との戦争をやめませんかといって、「世界の道」を、日米諒解案として示していました。
→後付けの知恵を承知で言えば、結局のところ、日本は大局、日中戦、欧州の第二次世界大戦後の世界情勢、自由主義対共産主義を見据えていなかったのだろう。「ラストバタリオン-蒋介石と日本軍人たち」でも指摘されていたが、日中戦争を対共産主義で国民党政府と停戦していれば、アメリカと戦うことも無かっただろう。 -
Posted by ブクログ
対談。なぜ戦争になったのか。どこで間違えたのか。こういう本を読むと、自分がいかに知らなかったということを痛感する。そしてこういう本を読んで思うのは、過去のこととして知識にするのではなく、今、自分のいるまわりに活かせることはないか、ということなんだよね。
大正七年の原敬首相から昭和七年犬養毅が五・一五事件で暗殺されるまでを日本の政党政治の黄金期という。
では、原敬の何がすごかったのか。
偉大だったのは、としていわれること。
原敬日記をひいて、すごくこまめに軍人に会っていることを指摘している。
こまめに、ひょっとしたら自分と反対意見の人とも会って、パイプをつくっていたことが、強い力を持つことになったということだろうか。
意見が違う人とも、交流する。それによって単純に自分や自分の側の利益を押し通すのではなく、より多くの人が満足する道をさぐる。それが大きな仕事をするうえで肝要なのではないかな。
少なくとも、自分に反対する人間に対して「こんな人たちに負けるわけにはいかない」というのは、スケールが小さいんだなと思う。 -
Posted by ブクログ
日本がなぜアメリカとの戦争に踏み切り、そして負けたのかという点について、近代史に造詣の深い6名の方が対談形式で述べる本。「なぜ負けたのか」よりも「なぜ国力に圧倒的な差があったアメリカとの戦争に踏み切ったのか」という点に関する部分には、ちょっときな臭い雰囲気になりつつある今日、考え直す意味は深いと感じます。
対米戦争に限らずほとんどの戦争が「自衛・自存」を大義名分に始められ、ブレーキをかけるはずのメディアも政権や大衆に迎合していく流れであった事などは同じ過ちを繰り返さないためにも知っておくべき事実であると思います。
なぜヒトラーのドイツと同盟を結んだのか、海軍・陸軍エリートはなぜ判断を誤って開戦に向かったのか、開戦以後の戦略は存在したのか、など8つのテーマに分けて議論されています。
物凄く深い議論が展開されているのに、私自身の近代史に関する知識不足で、いまいちよく分からない印象を受ける箇所もありました。でも逆に言うと新書サイズでここまでの内容の本だけにお買い得なのかも。歴史(特に近代史)はちゃんと勉強しないといけませんね。