坂井豊貴のレビュー一覧
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ネタバレものすごく面白かった。ふだん、何気なく使っている多数決の本質について考えさせられた。
・最も一般的な決め方としては多数決があるが、なぜ多数決なのか。
特に選択肢が3つ以上ある場合は票の割れの影響を強く受ける。決選投票をつけるのか、1位は3点、2位は2点、というように配点式にするのか
・ネーダー、ゴア、ブッシュの三人が大統領選に出ていてこの順で支持する人の場合、多数決の仕組みではネーダーに入れても仕方ない。二大政党以外から出馬しているネーダーが勝つ見込みはないから。実際、ゴア陣営は票の割れを恐れてネーダーへの投票はブッシュに投票するようなものだ、と呼びかけていた。
すなわち、ネーダーが不在なら、投票者にとって二位に支持するゴアが勝っていたのに、一位に支持するネーダーが加わることで3位のブッシュが勝ってしまう。このように多数決の選挙では選択機会が豊かになることで結果が歪むことがある。
これを避けるための方策として、一つは決選投票をつけることがある。初回の多数決で一位が河畔ううを取らなかったら一位と二位で決戦投票を行う。この場合、ゴアとブッシュで決選投票を行い、ゴアが勝つ
もしくは1位に3点、2位に2点、3位に1点、と順位に配点する(ボルダルール)。この場合ネーダー支持者はゴアを2位、ブッシュを3位にするのでゴアの総得点は最大になり勝利する。
・デュベルジェの法則:小選挙区制の多数決選挙のもとでは二大政党制になりやすい。野党が票の割れを避けるために連合したり、有権者が死票を避けるためにセカンドベストの政党に投票するから
・単純な多数決、ボルダルール、決選投票の他にも是認投票、コンドルセルールなどの投票方法はあるが、どれを使っても同じ結果がでない「ナーミの反例」と言われる状況もあり得る。選挙で民意を明らかにする、と言っても、どの決め方を用いるかによって結果が変わる事がある。では、どのような決め方が望ましいのか。まず、ペア敗者(一対一のあらゆる多数決で過半数の支持を得られない選択肢。ほかがつぶしあいをすることで三択以上の多数決では勝つことがある)を選ばないという観点からは単純な多数決、是認投票は望ましくない。コンドルセルールはペア勝者が存在しない時に何も選べない(コンドルセ・ヤングの最尤法というものを使って計算すれば勝者を決められるが標準的な有権者に理解できるものではない)。決選投票ではペア勝者が負けることが起こりうる。ということでボルダルールが望ましいのではないかという
・では、2択の時には多数決でよいのか。多い方に従うべき、というのは少数派にとっては暴力だが、多数決はどのような時に暴力以上の価値を伴うのか。五階建てマンションのエレベータの改修費用を誰が分担するか、マンション自治会で決める時、「一階の住民が全額負担する」という案が多数決に掛けられたらどうなるのか。こういう問題を防ぐためには本来、多数決にかけてよい問題には陪審定理(投票者それぞれが50%以上の確率で正しい判断をできる)が成り立つ必要があるが、現実的には難しい。多数決を使うのはお昼をどこで食べるか、というようなどうでもよいことに限っておくのが賢明。 -
Posted by ブクログ
副題に「みんなの意見のまとめ方」を科学する-とあるように,本書は,人々の多様な考えの状況を如何に正確に捉え判断するかを解説した本です。
本書を読むまでもなく,単なる多数決は,民主的な方法とは言えません。しかも多数派が少数意見を全く無視したような多数決は「多数の横暴」とも言えます。さらに,3択や4択があるときの多数決は,死に票がたくさん出たり,本来のベターではない人が選ばれたりする可能性もあります。
本書は「決め方を変えると結果が変わる」ということを具体的に示してくれるています。「民意は選挙結果から分からない」ことも,教えてくれます。
この決め方が絶対正しいというのはないようですが,ボルダルールなどは,なかなかおもしろい方法です。ボルダールールは「広く指示されている人」が選ばれる方法です。
決め方を変えると,歴史が代わり,もしかしたら今のイスラム国も誕生しなかったかも知れない…という話も出てきます。
今の日本の選挙制度ももっと民意を反映するようなモノにしていかないと,選挙そのものに興味が出ないという状況は変わらないでしょう。「私の一票が生きている」と思うからこそ,人は投票に行くようになると思うからです。
その方法として,著者は,マスメディアに期待しています。世論調査の折りに「あなたはどの政党を支持していますか」と聞くのではなく,ボルダルールや総当たり戦ルールで聞くのです。そうすることで,民意を反映した,よりよい国会議員の構成の姿が浮かびあがってくるのではないか。
多数決は,どうでもいい内容の時に使うものである。
ねーねー,今日のお昼何にする? -
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多数決という制度について、数学的な視点、社会学的な視点から幅広くレビューしている。それぞれ決して難しくなく、数学オンチも歴史オンチも、引き込まれる事必須。
多数決は簡単で、また私達の生活に溶け込んでいるため、正しいと思いがちである。しかし重大な、複数の問題を抱えており、より良い手法は(重視したいルールに応じてそれぞれ)存在する。
しかしながら、より民意を反映させる別の方法を採用すれば、手間や時間といった他の事項が犠牲となる。ともすれば、今の方法が間違いと結論づける事も出来ないだろう。著者が最後に言うように、限定的に、場面毎に最適なルールを採択できればよい。
反論したいのは、市民は最善の選択を出来ないのでは、という点。専門性が高いほど、将来、広範囲な視点を含めた判断は難しくなる。執行する者が市民の理解を得ようとする事は必須だが、安易に全体での選択とすべきだろうか。執行者はある程度の権限を持つべきと考える。当然ながら、市民は反対する権利を持ち、それに応じて棄却される制度もあってしかるべきとは思う。 -
Posted by ブクログ
『多数決を疑う』おもしろかった。少数意見も尊重しましょうという話では全然無く、多数決より優れた意見集約ルールを探る話。多数決は票割れで結果が変わるので、意見集約ルールとしては性能が悪いという。著者の結論は、ペア勝者弱基準もペア敗者基準も棄権防止性も満たすボルダルール(1位に3点、2位に2点、3位に1点と配点し合計点で競う)が良い。さらに単峰性を満たす、争点が明確な議題なら中位ルール(メジアン=中央値を採用する)が良い。読みやすくて社会選択理論の面白さが解った。
とはいえ、多数決をボルダルールに変える改善効果の大きさはよく解らなかった。真の民意は常に分からないのだから、どれだけ民意に近い結果になったか評価できないのでは。多数決の偉大なメリットであるシンプルさを捨てるほどの価値があるのだろうか。選択結果そのものより、意見集約プロセスの納得感という効果を取るということか?
ルソーの一般意思の概念が、少数派が多数派に従うべき根拠となる点は興味深かった。でも一般意思を考えない今日では根拠にはならないか。著者のweb記事で、ボルダルールは満場一致に最も近いから優れているという本書には書かれていない説明があった。いいかも。納得感を根拠にするのは有力そう。
終盤に、うちの近所でもある小平市都道328号線問題で住民投票が開票されなかった事例が出てきて、そこだけは少数意見も尊重しましょうという変な話になりかけて危なかった。特殊利益的な公共サービスは行政機関だけで決めるのでなく、メカニズムデザインで市場的に決めるという意見集約ルールについてはなるほど。 -
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物事を決める際に当たり前のように用いられる多数決。そこに潜む課題を素人にもわかりやすく解説した良書。中身は専門的だが一般教養として面白い。
・ブッシュとゴアの大統領選挙のように、1対1ならゴアが勝利していたはずが、ゴアに考えが近いネーダーの出現によりゴア票が割れ、結果的にブッシュが勝利した。多数決はペア敗者を選びうる(ペア敗者基準を満たさない)という課題。ペア敗者基準を満たすのが、1位に3点、2位に2点、3位に1点を付けるボルダルール。ただし、ボルダルールもペア勝者基準を満たさないことがある。
・ルソーの人民主権は、自分も含めた社会を構成する共同体が、人々の共存と相互尊重を志向する意思=一般意思の指揮のもと運営されること。ここでの人民主権とは多数派の意思に服従することではなく、多数派が見つけた一般意志の判断に従うこと。
・多数決が少数派を抑圧する法律ができないよう、上位の憲法がそれを禁止するのが、立憲主義のやり方。この仕組みが機能するためには、憲法が単なる多数決で簡単に改正できるものであってはならない。立憲主義は、民主主義の名の下に非民主的なことがなされないよう歯止めをかけるものであり、民主制を適切に働かせる機能をもつ。 -
Posted by ブクログ
・タイトル通り、働く大人が社会の問題点を考えるときの土台を教えてくれる本でした。
多分学生時代に社会で習ったことも多くあると思いますが、ピンときていないから覚えていないんですよね。
同じことを学んでも社会に出て経験を重ねることによって「あれは、こういうことだったんだな」と理解出来ることが多くあると思います。
そういうことが学べる本です。
・「労働の義務」ではなく憲法27条「勤労の義務」(まじめに労働にいそしむ)
を定めているのは日本だけ。
勤労の義務は25条「すべての国民は文化的で最低限度の生活を営む権利を有する(生存権)」と結びついている。
勤労の義務を果たしていなければ、生存権は保障されない(働かざる者食うべからず)
・経済成長していれば勤労国家・日本はうまくまわるが、停滞すれば不安定になる。自己責任論、生きづらさ。
・多数決は万能ではない。
選挙などの多数決をうまく使うためには、「私たち」にとって望ましい選択をするということを有権者の目的として共有することが必要。「私」にとってではダメ。
しかし、現在の日本では問題が個別化し、私たちが不在になってしまっている。
・多数決が万能ではないため、ずれが生じる。
それを埋めるために運動はなくてはならない。
・日本はアメリカと比べて、他人を信頼しない。
日本は歴史的に「安心社会」だったのが原因。
安心社会は、個人が特定の集団に長期にわたって関与し、集団のメンバーとして認知される社会。終身雇用など。
メンバー内は信頼するが、メンバー外は信頼しない。
アメリカは自分の目で信頼できるか判断していく「信頼社会」
ある程度信頼しないと新たな行動できないので、信頼しやすい社会。
日本の安心社会はなくなりつつあるが、信頼社会にはうまく適応できずにいる。
個人主義的な生き方をしたいと思っているが、まわりが依然として集団に対する同調志向を維持しているため、自分だけが突出するわけにもいかないと思っている人が多い。
・他の国との比較、なぜそうなったかが歴史からひもとかれていてがおもしろかった。
・高度成長期をへて、ある程度豊かになり停滞している現代日本。
日本人共通の目標がなくなってきているので、「私たち」の共通のニーズがなくなり、「私」が個別化し、民主主義がうまくいかなくなってきているというのがよく分かりました。 -
Posted by ブクログ
学校のクラスの話し合いをしていると、最終的な決定は、結局、多数決になる。そんな多数決する生徒たちを見ていて疑問だったのが、子どもたちが意外と数票差とかであっても、多数派の意見になることに対して抵抗感がないことだった。
かといって、ではその問題点をどれくらい自分がきちんと説明できるのか、多数決に変わる代案を出せるのか、と聞かれると答えることが難しい。そんな問題意識がから手に取ってみた本だ。
てっきり、「多数決を疑う」とあるから、多数決に代わる、何か画期的な意思決定の方法を見せてくれるのだと勝手に思っていたのだが、違った。この本は、多数決の限界を理解しつつ、それでもなお、「よりマシな多数決」のやり方を模索する、その模索の仕方を教えてくれるというコンセプトのものだ。
著者が繰り返し言うのは、多数決で多数になったということと、その結果が正当なものであること、「正しい」判断であるということは、異なるということだ。単純に多数決の色々な方法を紹介するだけでなく、集団による意思決定において、理想的な判断とは何か、その決定は、何によって正当化されるのか、といった哲学的な問いにまで議論は及ぶ。
「ボルダルール」「コンドルセの最尤法」「中位投票者定理」など、いくつかの多数決のやり方が紹介されるが、それぞれの選択場面において、どの方法がより正当なのか、それを考えることの大切さを筆者述べる。そして最後には、「小平市の都道328号線問題」という実際の事例を通して、民主的な判断のあり方について、具体的な説明をしてくれる。
最近は、多様性やマイノリティに対する意識が高まってきたとはいえ、実際の世の中を見ていると、そうした意識から一見逆行しているかのように見える多数決という決定方法は、まだまだ当然視されている。そんな、数が多ければ正しい、といった単純な発想の多数決に、少しでも違和感を持ったことのある人には、ぜひ読んでもらいたい。