稲田豊史のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
私は若者ではないけど、まあまあ倍速視聴をする方だ。誰かとの話題についていこう、みたいなことは少ない。YouTubeなどはほぼ倍速。それから、同じコンテンツを何度も視聴はしないほう。(ドラマではなく)映画だけはなんとなくあまり倍速視聴はしないし、何度か繰り返し視聴もする。何話もあるものはゆっくり見てられないけど、2時間くらいなら、、、ということかと自分では思っていたけど、ドラマやアニメは、制作者側も説明的セリフを増やしたり字幕つけたりと、倍速視聴に対応しているせいだったかもしれない。
そして、同じように倍速視聴していても、若者の見方とは結構違った。見たいシーンだけ見るとか、サイトで結末見てからじゃないと安心して見れないとか。。。なるほどねえ。。 -
Posted by ブクログ
最近、映像の倍速視聴をよく耳にする。
私自身倍速視聴や飛ばし視聴はした事がないけれど、「あらゆるメディアやサービスがユーザーの可処分時間を奪い合っている」昨今、SNSを始めとして、私達は常に情報の洪水の中にいる。そして、それを取捨選択できる環境にある。
より多くの情報を短時間で得る事になれると、こうした視聴方法にためらいが無くなるのは必然な気もする。
しかし情報をゆっくり時間をかけて得る事や、作り手の間や行間を読む事こそ、知識を得る事の醍醐味のような気もしてならない。
評論家が支持されなくなり、共感が世の利権を得るのが現代。しかしこの流れが強くなり、いつしか倍速、飛ばしが当たり前となっていく世の中は、少し物悲しいような気もする。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ私自身はファスト映画や倍速視聴、話飛ばしなどはしない(というかできない)けど、完璧に見たいと思うあまり、積み録画がヤバいことになっていて、倍速で見れるなら見たい気持ちもある。
個人的に、動画というのは活字に比べて非常にタイパの悪いコンテンツだと思っていて、自分の場合は同じ情報量だと活字の方が圧倒的に早いので、例えばドラマ化で存在を知った作品でも、ドラマを見ずに原作を読んだりする。
一方で、「感情を動かされたくない」というのも非常に共感できる思考で、本書に出てくる若者ほどではないけど、感情の浮き沈みは疲れるので、躊躇してしまうことも増えた。
それは私が年を取って、それに耐える体力・精神力がなくなったからだと思っていたが、総じて20年前と比べて現代人が疲れているからだったのか。
確かに、日々摂取する情報量は圧倒的に増えた。
けど、感情を動かされないコンテンツ、スマホで手軽に読める無料のスカット系の漫画などを読んでも、全然心に残らないと実感しているので、ちゃんとしたエンタメに触れないとだめだなー、とは日々感じている。 -
Posted by ブクログ
手っ取り早く、何かものにしたい、エキスパートになりたい若者が増えている。
その理由として、とにかく時間と金銭と精神的に余裕がないことが挙げられる。
映画を早送りで観る人たち。
ハズレをつかみたくない、タイパ重視の若者が増えたことによる。
一つの映画に2時間もかけてしまった、という発言が印象的である。
そもそも若者は忙しすぎる。学校、バイト、SNSでの交流。動画コンテンツも増加するなかで、無駄なことをしている余裕がない若者が増えている。観るべきリストをください、という意見もある。
なぜ、映画を早送りで観るのかという、時代の背景を教えてくれる本。 -
Posted by ブクログ
筆者連載のWebメディアの投稿をまとめた作品。登場する男性たちはどの方も自分の考えを持っている方が多く、共感できる人、なかなかに尖った考えを持った人などさまざまだったが、筆者の分析も挟みつつ、楽しく読むことができた。
子供を持つか否かを考えている人は、ある程度自分の考えが固まっているなら読んでもいいかもしれないが、中途半端な状態だと、(尖った意見もあるので)登場する男性の考えに飲まれかねないので注意しつつ読んでほしいかも。子供をもつか、もたないかにしても、自信の信念や考えが固まっていることが重要だと思った。
個人的にはインタビューを受けていた10名ちょっとの男性たちは、比較的家庭にお金の余裕がある人が多かったのは少し気になった(笑) -
Posted by ブクログ
『ムーンライト伝説』を聞けば、たちまち少女の頃に立ち戻り、今でも大きく胸を高鳴らせることができるほどに、どっぷりと「世代」だった私。
セーラームーンによって、幼少期のうちに無意識に築かれていた、今の私に繋がる価値観を解明していくことで、自分のルーツを辿っているような感覚にさえなりました。
そう、"メイクアップ"は"変身"なんだよ!笑
身だしなみでも、誰かのためにするものでもなく、ありのままの自分をほんのちょっと変身させるもの。
今日も私は"変身"して、仲間と一緒に社会の手強い奴らと格闘して、時々男性の手助けを借りたりしながらも、最終的には自分自身の力で道を切り拓く。まさに、セーラームーンが根付いてた。笑
-
Posted by ブクログ
ポテトチップスに歴史あり。普段何も考えずに食べているものだが、その巨大市場が形成されるまでの悲喜交々が語られている。
濱田音四郎による日本への導入から湖池屋による商品としての確立、そして巨大企業カルビーの殴り込み、90年代以降の「不健康のレッテル(?)」との戦い、現在における多様化のプロセス…ただの1菓子類にここまでの歴史が詰まっているものかと驚かされる。
市場シェアの関係で後半はどうしてもカルビーと湖池屋の話によってしまうのは仕方がないが、3番手以下の企業の努力も知る事ができた。
このような歴史学と社会学の融合ー一種アナール学派的なスポットの歴史書は普段出会えない面白さがあるので広がっていってほしい。 -
Posted by ブクログ
19世紀、サラトガ・チップスとして誕生した「料理」が、日本で製造されるようになるのは、終戦後まもなくのこと。
高級おつまみから、子どものおやつへと次第にポジションを変えていく。
調理機械や機能的なパッケージの開発に留まらず、販路や配送のことにも目配りされている。
こういった経緯も、初めて知ることが多く面白い。
さて、現在は、輸入物から国内の定番商品、期間限定のキワモノ的なもの、そして「サードウェーブ」まで、恐ろしく多様なものとなった。
どれを選ぶかは、自己表現の一環。
ポテチが欲求の対象ならぬ、「欲望の装置」となっていく様を描き出す。
ちょっと細かいところでは、ジャガイモが西洋ではさげすまれていた背景に、おしべとめしべによって殖えない(地下茎であるタネイモで殖える)ことがあるという記述があった。
イメージが悪かったという話は他の本でも読んだことがあるが、事情がそこだったとは。
ポテチは「日本食」なの?とか、「欲望の装置」なんて大げさな、と思いつつ読んでいったが、読み終わると納得させられた。
これまでこのテーマでは書かれたことがなかったとすれば、大変な労作だろう。
新書としては文体が柔らかめで読みやすかった。
困るのは、ポテチが食べたくなることかな。 -
Posted by ブクログ
中公新書「サラ金の歴史」を読んでから産業史って社会史であり、生活史であり、人々の欲望の歴史である、と気づかされています。この朝日新書は、それをポテトチップスで実現しています。もう序章で『「国策」が生み、「団塊ジュニア」が育て、「下流社会」が発展させた、ポテトチップス・イン・ジャパン。』と大まかなサマリーを提示しています。この話が早い感じ、さすが光文社新書「映画を早送りで観る人たち」の稲田貴史です。早送り,日本ポテトチップス業界史。それは濱田音二郎の「フラ印」、小池和夫の「湖池屋」、松尾孝の「カルビー」などの国産メーカーのプロジェクトXを集中して観た気分になりました。そういえばちょいちょいアメリカのエピソードが引用されるヒストリーチャンネル『American Eats』の「Salty Snacks」がこの本の構成の基盤なのかもしれません。しかし、メーカーの歴史は消費者の欲望の歴史、会社の変化と社会の変化の鏡面対称な部分も読みどころです。実は「早送り」の次は「ポテトチップス」?といぶかしく思ったのですが、通底するものを感じました。常に新しい世代の新しい行動様式に寄り添おうとするスタンスみたいなものです。「失われた20年」とそこから始まる「格差社会」についての理解は筆者の自分事としても深いものを感じます。たぶん他の読者も同じだと思いますが、読んでると無性にポテチ食べたくなります。我慢出来なくなってコンビニに行くと本書でも登場するイノベーション商品である「のり塩」と「コンソメパンチ」の期間限定フレーバー3倍増量商品が…買ってしまいました。後悔しました。しかし、それよりも大きなフェイスを取っていたのは、そのコンビニのPB商品でした。本書では触れられていないPBも含め日本のポテトチップス・ヒストリーは現在進行中です。