稲田豊史のレビュー一覧
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日本におけるポテトチップスが、どのような歴史を辿り日本人にどんな影響を与えたのか論じた画期的な一冊。
この表紙を見て完全に衝動買いをしてしまいましたが、子どもの頃から今に至るまでポテトチップスを好んで食べている私にとって、衝撃の内容でした。ほぼ同年代である著者の思い出は自分と重なることも多く、我が事のように読み進めました。
著者は、ポテトチップスが「日本社会に必要不可欠な食べ物」であるとし、「国民食」の定義「国民の食生活に必要不可欠である」と照らし合わせ、現代日本の国民食であると結論づけています。
また、なぜ日本人がこんなにもポテトチップスが好きになったのかという点について、本書では「欲望の充 -
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日本人によるポテトチップスの受容史・需要史はそのまま、日本社会が豊かになり、日本人が食に対してささやかなる欲望をむき出しにしていった過程の映し鏡でもある。
私はポテチをたくさん食べる方でも無いが、
全く嫌いではなく、ちょっとヘルシー気味に過ごしたい気持ちがあるからなんとなく避けているだけで。
この本読みながら何回のり塩を食べたかわからない。
(九州しょうゆ一択で過ごしてきた自分を殴りたい)
ポテチは欲望の充足装置であり、流通と安定供給をかなえるカルビーと戦う湖池屋の高級化戦略というブランディング対決の場であり、SNS時代の自己表現ツールである。とても面白かった! -
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1976年から2016年まで約40年間、少年
ジャンプで連載された「こち亀」。
ギャク漫画というジャンルでくくられてし
まいますが、内容はその時代時代の世相が
反映されていて、当時の流行や生活スタイ
ルを知ることができる一種の学術的な要素
も併せ持っています。
この本では、そんな要素を浮世絵と同格に
とらえています。
現代の日本は浮世絵を通して江戸時代の生
活用式を知ることができます。それと同じ
です。
今では「サブカルチャー」でとして地位が
確立されたアニメなどが、この40年間で
どのように扱われていったのか、スマホと
いう小型のコンピューターがどういう歴史
を経て我々の必需品となっ -
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離婚経験者へ離婚へ至った顛末をルポルタージュしたもの。類書に例を見ないのが、対象者が全員男性で、夫側の言い分しか載せていないことである。
離婚といえば、一般的には女性側が被害者というステレオタイプな見方が支配的だと思うが、普通に考えてみれば、男性側が被害者である場合も多々あるはずである。男尊女卑な社会であるこの国では、男性が弱音を吐くことに社会的な抑止力がはたらくせいなのか、なかなかメディアに取り上げられること自体が少ない。
本書には13例が取り上げられているが、衝撃的だったのはCase#08の、東大卒ITベンチャー企業のCEOの事例である。トライアスロン選手としても優秀な方なので、文武両 -
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PCの入力デバイスであるキーボードが好きで、かなりこだわって選んでいます。ただ、キーボードは良いものになるほどJIS配列が少ないんですよね。高額な製品ほどグローバルで売りやすい(ターゲットの多い)US配列が中心になるのも、まあ自然な話です。なので、あるタイミングでマイナーな配列のJISからメジャーな配列のUSに切り替えました。慣れるまでは多少コストがかかりましたが、今ではかなり快適に使えています。
この本を読んでいて、20代以下の人たちの声に触れると、情報を得る手段として有料の長文を読むことは今後ますます廃れていくのだろうなと感じました。私自身は、同じ内容を把握するのであれば、動画を数倍速で -
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ネタバレ<目次>
プロローグ 本を読まない人は世界をどう見ているのか
第1章 ニュースを無料で読む人たち~無料ウェブメディアの行き詰まり
第2章 本を読まない人たち~<わかりみ>と<おもしろみ>
第3章 本と出合えない人たち~無料抜粋記事と電子書籍の限界
第4章 本屋に行かない人たち~聖域としての書店
終章 紙の本に集う人たち~読者と消費者
<内容>
ショッキングな本だった。稲田さんは前作の『映画を早送りで観る人たち』もショッキングだったのだが、自分は映画をあまり観ないので、対岸の火事という気持ちもあった。しかし本という、自分のテリトリー内の話であり、子どもたちを見ていて、「本を読めな -
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本を読めなくなった人たちの、文章をめぐるホンネが明らかになった。色々な気づきがあった。印象に残った点を記す。
まず、実利性の高い本を求める読者が増えていること。多くの人は明確な悩みを持ち、それを解決するための手段として読書をしている。著者は、マイナス状態からの脱却のために本を読む人が多いと述べている。
また、本をたくさん読んでいる=賢いとは限らないという。何を読むかが重要なのである。
現代の読者は、すぐに答えを求める傾向がある。知らない単語が出てくるだけで読むのをやめてしまう人もいるという。本来、読書とは未知の言葉や概念に出会い、それを学ぶ営みである。
さらに、わかりやすさが求められ、 -
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同著者の「本を読めなくなった人たち」を読むにあたって既読の本であるが再読。
①映像作品の供給過多。(映画、ドラマ、アニメ、動画コンテンツなど)
②SNSでの常時接続。
③映像で読ませる作品でなく、セリフで説明する作品が増えたこと。
により倍速やスキップ機能を用いて、映像作品を鑑賞する習慣が昨今根付いている。これは若者世代が顕著であるが、全世代に見られる習慣である。
背景として、
①作品の供給過多に対し、サブスクが普及したことで作品のコストが極めて安くなり、気に入らない作品の損切りが容易となったこと。
②常にSNSで友人らと繋がっていることで、膨大な話題作をこなしていかないと話題についていけ -
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そもそも長文を読む能力は特殊能力であり、その能力を持たない人たちは、仕方なく我慢して読んでいただけ、という点が目から鱗。
以前の「奪われた集中力」ではスマホやインターネットのせいという書き方だったと記憶しているが、それはもともと読めた人たちであって、ほとんどの人は読みたくないものを我慢していただけ、とは。
我慢していた人たちは情報収集手段として読んでいたので、他の手段(動画や音声)ができた今、読む理由がない。という説は結構説得力がある。
ただ、文字の方が圧倒的に優れている点もある。日本語は表意文字なので、ジャレド・ダイアモンドなどは用語を音で聞いてもわからないが、文字だとわかる、ようなものもあ