稲田豊史のレビュー一覧
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大山 顕 佐藤 大 速水 健朗 稲田 豊史 山内 マリコ 妹尾 朝子
何だか怪しいタイトルで期待してなかったんだけど、
面白かった。深かった。
日本の経済成長の歴史の縮図に、団地がある。
都市に人口が集中し、住まいが不足し、山を切り開き、
団地ができる。
そこに住むのは若い夫婦と子供が二人。
いまだにこの4人家族を標準家族と思っている人がいるのはこのせいか。
夫は仕事に出、妻は家を守る。団地を守る。
もて余す時間が「団地妻 昼下がりの情事」へと発展する。
女を縛る団地。
団地住まいの子はやばい、という言説も生まれる。
そして団地ができて50年、今や団地は独居老人の終の棲家、、、
大雑把に言えばそんな流れを、
多くの映画に団地が取り上げられていることから話を膨らませる。
家族ゲーム、ヱヴァンゲリヲン、小津作品、下町の太陽、
藤子不二雄は団地に否定的だったり、
ジブリの「平成狸合戦ぽんぽこ」と「耳をすませば」が
団地に対して両極端な見方をしていたり。
さらにNHKBSの「団地のふたり」まで。
団地の取り上げられ方は様々。
住まいの影響は大きいよなあ、、、
私自身は団地に住んだことはない。
物心ついたころから一軒家。近所に「公団」があったっけ。
建て直しの時だけアパート住まいだったな。あと赴任時代か。
そして最近のドラマでは
「しあわせは食べて寝て待て」がよかったな。
団地も肯定的な扱いだった。
この本はなぜかとりあげてないけど。
いずれにしても「日本」の縮図になっていた。
楽しく読めた。
序章 団地の誕生
第一部 団地はなにを映してきたか?
第一章 団地映画の誕生と高度経済成長の終焉 1961年~
第二章 社会のダークサイドの象徴として 1978年〜
第三章 団地ルネッサンスの夜明け 1994年〜
第四章 アフター『団地ともお』の世界線で 2003年~
コラム1 団地と「地霊」の物語 大山顕
第二部 団地はなにを作ってきたか?
第五章 団地と女の60年
コラム2 「団地」もまた物語を産み出す「場」――「侵入」と「脱出」 佐藤大
コラム3 漫画「団地で育ったヤバい私」 妹尾朝子 (うめ)
第六章 なぜ世界的映画監督は団地で映画を撮るのか
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反語的な題名から、事実(ファクト)を伝える手法、ドキュメンタリーのあり方について解説する。流行語大賞「ふてほど」が不適切報道と揶揄されるように、ファクトを伝えるメソッドについて考えさせられる一冊。
カメラマン監督等の作者の視点が入った時点で純粋なノンフィクション作品はあり得ない。ドキュメンタリー作品も然り。
それをあくまで事実と勘違いする人の多いことか。
本書はドキュメンタリー映画についてが中心だが、新聞、テレビの報道も同様に撮影した素材を取捨選択した作為が含まれている。果たしてどれだけの人たちがそのことに気づいているのだろうか。兵庫県知事のリコール再選からマスコミとSNSの公平性か論点となりつつある今、本書は実にタイムリー。
マスコミ、SNSその他反乱するネット記事、情報を入手しやすい時代だからこそ正しく判断する能力を誰もが持つべきだと思う。
「歴史とは何か」のE.H.カーにつながる重大なテーマを投げかけた一冊である。 -
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2022年の「映画を早送りで観る人たち」で衝撃の出会いをして2023年「ポテトチップスと日本人」でさらに驚かされた著者についてのさかのぼり読書です。今度は2020年の「『こち亀』社会論」。今度は両さんか!とその振り幅に戸惑いますが、ある特定のジャンルの歴史から社会の変化をつけ出す、という手法は一貫しています。まさに「社会論」。特に「ポテチ」と「こち亀」については自らの世代である「団塊JR」についての分析として素晴らしいものがあると思いました。学問の世界では、例えば考古学で南極の氷や太平洋の底の堆積物を深く深くボーリングしてその長いサンプルから地球の環境変化を発見する手法があります。それと同じことを1976年から2016年の間、一度も「少年ジャンプ」を休載されることなく続いた「こちら葛飾区亀有公園前派出所」に当てはめたアイディアに拍手!まさに1960話(スピンオフを数えずに…)の厚みは、まさに時代の地層。同一の主人公というマーカーの設定も社会変化を浮かび上がらせるのに最適でした。冒頭に提示される「大衆文化の定点観測」、これが一貫して成し遂げられています。しかも、これがアカデミズムの結果でなく読み物としての面白さを意識した著者のライター魂の発露を感じます。いやいや…両津勘吉の変化は、実に自分の変化でもあり、「不適切にもほどがある」時代のことを思い出し冷や汗が流れました。こういう長期連載コンテンツから炙り出す社会変化って、まだまだ出来そう。読んだことないけど「ガラスの仮面」とかでも出来るのかな?
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日本におけるポテトチップスが、どのような歴史を辿り日本人にどんな影響を与えたのか論じた画期的な一冊。
この表紙を見て完全に衝動買いをしてしまいましたが、子どもの頃から今に至るまでポテトチップスを好んで食べている私にとって、衝撃の内容でした。ほぼ同年代である著者の思い出は自分と重なることも多く、我が事のように読み進めました。
著者は、ポテトチップスが「日本社会に必要不可欠な食べ物」であるとし、「国民食」の定義「国民の食生活に必要不可欠である」と照らし合わせ、現代日本の国民食であると結論づけています。
また、なぜ日本人がこんなにもポテトチップスが好きになったのかという点について、本書では「欲望の充足装置として機能したから」という論が軸に展開されており、日本における開発の秘話、歴史などを紹介しながら、当時の世相や経済状況、日本人の気質などと合わせて論じている本書の内容に
感心するばかり。なかなか興味深い一冊となりました。
▼それらのサービスは「安価」で提供されなければ許されない。
日本のプロダクト生産者たちは、それがたとえ信じられないほど安価なモノやサービスであっても、「消費者の嗜好を微に入り細に穿って把握し、完璧に叶える」ことに長年心血を注いできた。これぞ日本が誇るサービスの美点であり、かつての国際競争力の源泉であったのは確かだ。
一方、たった数百円のファストフードにすら最高の品質を求め、時給数百円のバイト店員にすら最高のホスピタリティを求める、悪しき「お客様は神様」気質が抜けない国民性もまた、この国の伝統だ。
▼現在のSNSで、見た目や質感が映える料理写真ほどバズって拡散されることに通じるものがある。極論すれば「おいしいから食べる」のではない。「コミュニケーションが捗るから食べる」。40年間変わらぬ日本人気質と呼ぶべきか。
▼百数十円ぽっちの袋の中に、日本の食品加工技術の粋が詰まっている。思えば牛丼チェーンの定食にしろ、激安だった頃のファストフードのセットメニューにしろ、つくづく筆者も含む団塊ジュニアは「圧倒的に安く、圧倒的に高い品質のサービス」に若い頃から慣れ、というよりも甘やかされて育った。
▼ポテトチップスメーカーの先人たちが、日本人をポテトチップス好きにしたのだ。
彼らは日本人の味覚に合うフレーバーを探し、試行錯誤を重ねて開発し、人々に受け入れられる商品を生み出し続けた。日本人のポテトチップス好きは、戦後の短期間で成し遂げられた「人の作りし嗜好」である。ジャパニーズ・ポテトチップスは、日本人が極めて短期間の間に、ある意思のもと人為的に作り上げた食文化だ。
日本人は海外のものをそのまま受け入れるのではなく、自分たちの嗜好や環境にフィットさせるべく、念入りに調整と改造を重ねる。
▼自国文化をベースにアジアも欧米も節操なく取り入れ、こねくり回しながら、最終的には自家薬籠中の物としてしまう。日本人が古から得意とするそんな手腕は、ポテトチップスというフォーマット上でもいかんなく発揮された。
<目次>
序章 2017年のポテチ会
第1章 ジャガイモを受け入れた戦後日本ー日本食化するポテチ
第2章 団塊ジュニアの胃袋を狙うー大衆化するポテチ
第3章 欲望と消費と経済成長とプラットフォーム化するポテチ
第4章 下流社会が求めた“貧者のパン”ージャンクフード化するポテチ
第5章 経済低迷とダイバーシティー国民食化するポテチ -
Posted by ブクログ
日本人によるポテトチップスの受容史・需要史はそのまま、日本社会が豊かになり、日本人が食に対してささやかなる欲望をむき出しにしていった過程の映し鏡でもある。
私はポテチをたくさん食べる方でも無いが、
全く嫌いではなく、ちょっとヘルシー気味に過ごしたい気持ちがあるからなんとなく避けているだけで。
この本読みながら何回のり塩を食べたかわからない。
(九州しょうゆ一択で過ごしてきた自分を殴りたい)
ポテチは欲望の充足装置であり、流通と安定供給をかなえるカルビーと戦う湖池屋の高級化戦略というブランディング対決の場であり、SNS時代の自己表現ツールである。とても面白かった! -
Posted by ブクログ
1976年から2016年まで約40年間、少年
ジャンプで連載された「こち亀」。
ギャク漫画というジャンルでくくられてし
まいますが、内容はその時代時代の世相が
反映されていて、当時の流行や生活スタイ
ルを知ることができる一種の学術的な要素
も併せ持っています。
この本では、そんな要素を浮世絵と同格に
とらえています。
現代の日本は浮世絵を通して江戸時代の生
活用式を知ることができます。それと同じ
です。
今では「サブカルチャー」でとして地位が
確立されたアニメなどが、この40年間で
どのように扱われていったのか、スマホと
いう小型のコンピューターがどういう歴史
を経て我々の必需品となったのか、などが
「こち亀」で知ることができるのです。
昭和、平成の風俗史を振り返ることができ
る一冊です。