あらすじ
著者による『映画を早送りで観る人たち』の待望の続編!
〈倍速視聴〉から見えたコンテンツ消費における〈コスパ〉〈タイパ〉という欲望は、
読書においてはどのように作用しているのか。
本作では、「本を読めない人たち」への徹底取材をはじめ、
テキスト受容を取り巻く読者と出版社/ウェブメディアの現状をリポートする。
一体「本を読めなくなった人」は何を考えているのか。
2010年代以降、本が読まれないことが当たり前になるなか、
ほとんどフォーカスされてこなかった。
生の声を取材することで、現代社会のメディア状況への考察を深めていく。
【目次】
プロローグ
第1章 ニュースを無料で読む人たち
――無料ウェブメディアの行き詰まり
第2章 本を読まない人たち
――〈わかりみ〉と〈おもしろみ〉
第3章 本と出合えない人たち
――無料抜粋記事と電子書籍の限界
第4章 本屋に行かない人たち
――聖域としての書店
終 章 紙の本に集う人たち
――読者と消費者
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
浜松駅のリアル書店にて。
本書では、テキストを無料でいくらでも読める、という価値観が社会に蔓延してしまっていることを過大視し、執筆・出版・書店業界の観点から考察している。
さらに、長い文章を読むこと自体は特殊能力になりつつあり、書店で本を選ぶことは時間的経済的余裕のある一部の人にのみ許された特権階級の趣味という考え方が紹介されていた。
実際、私個人の感覚としても、英語などの言語学習やプログラミング同様、情報を収集する目的においてはもっと効率的な方法が多数あるなかで、読書(本)にこだわるのは違和感があるし、本が読める時期・書店巡りできる時期は間違いなく余裕がある時期だ。
その意味で、市場規模として縮小していくことは避けられないとしても、趣味が読書・書店巡りである人が楽しみ続けられる社会ではあり続けてほしい。
また、本書では「本が好きな私が好き」という人に対し、どちらかというと冷ややかな目を向けているように感じたが、それも読書を趣味だと割りきれば普通では?とおもう。
むしろ、この書籍のタイトル「本を読めなくなった人たち」は、「本が好きな私が好き」な人たちをおもいっきりターゲットにしていると思ったのだが、穿った見方だろうか?
Posted by ブクログ
かつて本が大好きだった自分。気づくと動画コンテンツの消費に時間を割かれている。そんなときにこの本に出会い共感や納得の連続でスルスル読んだ。
コンテンツとの向き合い方や、自分の置かれている本と読書との付き合い方を再考させられる本でした。
Posted by ブクログ
本が好き(自称)な自分にとっては耳が痛かったし、目を背けたくなる事実の記載もあった(めちゃくちゃ核心を突かれた、、)
本がレガシー化してることには気づいていたけど信じたくなかった。でも時代は変わっていくし、古い観念に固執してしまうより脳をアップデートしていかないと、とも思った。
だけど本という物質的媒体には一定の価値は絶対あると信じたいし、今後も本は買い続けると思う。
やっぱりデジタルとアナログのバランスが大事だよね!
今こういった時代の過渡期に生きれて幸せだな、こういうテーマで思索に耽れてとても良い読書体験だった。
Posted by ブクログ
「本を読む」という行為が、いつの間にか、多くの人にとって当たり前のことではなくなってしまっているのか・・・
数千年もの間、情報収集や共有の主流だった書物を中心とするテキストメディアの歴史大きく変わっていってしまうのを感じました。
私自身は、生きている間は書物に触れ続けていたい。
内容には関係ないものの、漢字の読み間違いが気になりました。リリース前にぜんぶ細かくはチェックしていないんでしょうね。
Posted by ブクログ
『映画を早送りで観る人たち』の続編的な一冊。ずっとテキストに親しんできた人間にとってはとても興味深く、おそろしい内容。文章なら3分で読める内容を、わざわざ動画で観たがる人の生態なども知れた。出版社や書店、ライターなど、すべてお先真っ暗としか言いようがない現実を突きつけられます。必ず再読します。
Posted by ブクログ
これは衝撃的な内容だったし、興味深くて久しぶりに紙の本を最後まで読むことができた。稲田豊志さんの調査方法や着眼点はすごく興味深い。久しぶりに紙の本を読んだ本が稲田豊史さんの『本を読めなくなった人たち』だったのも何とも皮肉。
以下、いくつか気になった内容をあげた。
・「非読社会」・・・文章を読むことが合理的でないとされる社会
・ウェブの記事は、一般的なニュース意外は「他人の不幸」「エロ」「マンガ」「クイズ」しかPV(ページビュー)を取れない
・面倒な思考を経ることなく、わかりやすく単純化された一意的な正解を知りたい、ということだ。(p122)
多くの人がyoutubeなどの動画メディアに移っていく現在の様子が、多くの大学生などへのインタビューから明らかになっていく。確かに肌感覚としては、自分を含めてまわりの人たちも、本読まなくなって、動画を見るようになっていることは、わかっていても、これだけ、活字として文章になって読んでいると、現代の日本社会の大きな変化なんだなぁって感じた。
ただ、262ページの図11「マズローの欲求段階説に「人のテキストメディアとの関わり方」を当てはめる」については、大いに納得した部分と、少し疑問が残ったところがあった。自己実現の欲求の頂点が、「紙の本として著書を刊行する」となっていて、紙の本の権威はもちろん著書のいう通りだが、はたして、テキストメディアに接しているかなり多くの人が、自己実現の欲求として紙の本を出したいと思っているのか、、、、そこは少しだけ疑問が残った。自分も紙の本出したいなぁって思うけど、それが自己実現の1番上にくるのか、、、と考えると少し疑問かなぁっと思った。
いずれにしても、興味深い内容ばかりの本で、現代社会や現在の若者を考えたり理解したりする意味合いでも、必読の書のように思う。
Posted by ブクログ
『映画を早送りで観る人たち』の著者による新書。その本は読んだことないが、確かに若者たちは倍速でドラマ見たり動画再生したりするらしいというのは知ってた。本屋さんで冒頭だけ少し読んで、読書もそれに通ずるのか…?とすごく考えさせられて購入。
若者たちいわく、
読書はタイパが悪い。
ながら読書がムリだから、動画を見ているほうが良い。
長い文章を読まなければならなくなった場合でも、chatGPTに投げれば要約してくれるので、自分で時間と労力をかけて何十万字も読む必要はない。
などなど…
衝撃!
確かにAIは便利やけども、、なんでも教えてくれるけども、、
読書をしないなど私は考えられないので、そのような若者たちの考えに全く共感できず。
動画やSNSみたいな受動的に情報を得ることが中心なので、読書のように能動的な活動はしんどいらしい。
読んで、自分ならこうだなあと考えたりいろんな感情を持ったり、めっちゃ大事なことやと思うんやけどなあー。
インプットとアウトプットを繰り返して、いろんなこと知って賢くなるんやと思うんやけどなあー。
時代かなあ。
でも、若者たちの中にも、動画より読書!という人たちの話もたくさん載っていて、そこは少し安心した。マイノリティではあるが。
動画がアカンとは思わないが、自分の頭で考えるという行程を大事にしてほしい。
Posted by ブクログ
新しい視点の本。
普通は、知識を取り入れるのは本を読め!読んだがいいよ!という視点の方が多いけどこの本は別に本じゃなくても動画などの媒体で情報を仕入れ賢い人も多いということがわかった。インタビュー形式で情報を仕入れていて、なぜ読まないかの本音というか革新に触れることができたのかなと思った。あとはタイトルの本が読めなくなったというのも意味があったし、作者自身も文章に関わる人なのに文章に値段がつかなくなっているやつ現状が悔しいだろうなと思った。一般大衆はやっぱり無料や安価な方に流れていくし、本はラテン語かしているというのが結構的を得ているなと思った。また、本を読んでいる自分が好きみたいなのは本を好きな人には意外と多くてそこでマーケットボリュームを稼いでいるというのも興味深かった。恥ずかしながら自分もそういう節があるなと思った。本以外の媒体で摂取もできるけど本は気合いがいる、本書の言葉を使うと能動的に見る必要があるので、受動的なメディアが多くなっている時代に本を読むという行為自体に自分がやっている!というところが大事なのかなと思った。それこそAIのレコメンドだけだと興味関心の幅が狭まると思うので。本屋さんとかでフラッと寄ってこれ面白そうとか思うのも大事だなと思った。けど本屋自体も平積みされてるのを買う傾向が多いので、Aiではないけど人間のレコメンドが入ってるしその人間のレコメンドをAIが決めてたりしたら果たして自分で選んでると言えるのかなとも思った。まあ、これからの時代らしい考え方かなと。この大AI時代で大事なのは個としての特異性だと思うので受動的になり過ぎず、生きていきたいなと思った。
色んな角度で本について学べたし、とても良い本でした!けど入りは岡田斗司夫のYouTubeだったのでそこが1番笑えるなと思った。笑
Posted by ブクログ
本を読むことに価値がある、文化は残ると言ってってくれ、と祈る気持ちで読み始める本好きたちを粉砕するようなシビアな内容でした。一方で、一冊の本として面白すぎるというところが面白いところです。
いまやもっと便利に素早く情報を得られるメディアがたくさんあるので、本を読むことが富裕層の知的な趣味になるという本書の予想は当たる気しかしません。今欲しいと思った本は迷わず買っておいた方がいいな、と思いつつもお金と時間が足りない(働くと本が読めない)自分がもどかしいです。
個人的に目から鱗だったのは、ウェブの記事は本より短命であるということです。言われてみれば、過去に自分が読んでいた記事って今読めるのか?と考えると大半は消えていそうです。デジタルは永久保存だというのが迷信だということに気付かされました。
Posted by ブクログ
「本を読めなくなった人」を、ニュースを無料で読む人、本を読まない人、本と出合えない人、本屋に行かない人、そして紙の本に集う人など、さまざまな角度から分析している。単に「読書離れ」が進んでいるという話ではなく、社会やメディアの変化によって、本の読み方や本との出合い方そのものが変わってきたことがよく分かった。私自身も、以前とは違う形で本を読むようになっており、社会の変化が読書のスタイルにも大きく影響していると感じた。筆者が大学の後輩であることにも親近感を覚えた。前著の『映画を早送りで観る人たち』も、現代の「タイパ」やコンテンツの楽しみ方を考える上で、ぜひ読んでみたい。
Posted by ブクログ
三宅香帆の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では、仕事に忙殺され過ぎ脳のリソースがなくなってしまい、脳を使わなくても安易に報酬(ドーパミン)が得られる動画やゲームに流れてしまう……という話だったんだが、本書では「時間がない」「忙しい」とかではなく、「そもそも読む能力がない」という結論に達してしまっている。
彼らは、例え仕事を辞めるなどして時間ができて暇になってもその時間を読書には充てない。
そもそも、読むスキルがない、らしい。
もはや、長文読解能力は一部の層の特殊能力になりつつある、というのは驚きだった。
自分的には、3分で読んで理解できるものを10分の動画で見るタイパの悪さが許容できず、動画を見るほうが苦痛なんだが、私が3分で読めるものに10分以上費やしてしまう人がいる、ということだ。
しかも、SNSの隆盛や短尺動画の影響で最近増えているとはいえ、「本当は文章を読むのが嫌い」な人たちは以前から一定数いたが、他に方法がなかったから本を読んでいた、とは思わなかった。
もはや読書は、安価で手軽で楽しめる娯楽ではなく、「高尚な趣味」になってしまったらしい。
そして本書を読んで「嘆かわしい……」と思っているのは「本が読める人たち」なので、なぜそうなっているのか、ということは理解できたが、何も問題は解決していない。
Posted by ブクログ
youtubeで勧められていた、本好きにこそ読んで欲しいと言われていた本を読み終わった。
中身を読み進めてみると、、なるほど。やはりこれは本を読まない人を卑下し、本好き所謂読書家を褒める本では無い!最初に印象的だったのは、本を読むことができるのは、恵まれた環境にいるという事実。今の自分が恵まれた環境だったなんて…考えもしなかった!
そして何より読書家イコール地頭が良い、賢いに比例しないということ。私も本が好きだが、エンタメ要素として読んだり、ゼロイチ思考でコスパを考えた読み方をしている経験があり、かなり納得。ちなみに読書エリートは、古典や哲学書を読むとのこと。私は哲学は好きだが古典は読めたためしが無い。
それでも私は、縮小する書店、出版市場を考えるといつまでも紙で本を読みたい、購入してマーケットに参入していたい。さらに、読書でしか味わえない没入感が堪らなくて読み続けていくのだと思う。
Posted by ブクログ
内容がわかりやすく読みやすかった。
また本書にも述べられてるように、ただ世に溢れてる情報のまとめではなく、実際のヒアリングやアンケートの結果などをもとに、筆者の意見を述べたai時代にも勝る独自性のある内容だった。
Posted by ブクログ
本を読めないだけでなく、テキストコンテンツ全般を読めない人が増えている。
まさかYahoo!ニュースすら読まずにXに流れてきたものだけをニュースとして扱っているだなんて… 仮にYahoo!ニュースを見ていても配信元媒体をチェックしない若者がほとんどだなんて…
本を読まないがために書籍の値段が今後も上がり続けるというのは読書家として非常につらいところ。
(Audibleで視聴)
Posted by ブクログ
アルゴリズムで流れてくる縦型動画が主流となり、書籍の無料抜粋で記事が書かれるような世の中では、書籍の購入との相性が悪すぎる。無料抜粋を読む層と紙の本を買う層はあまりにも異なる。本の売り上げを増やすには、動画を好む層に買ってもらうか、本好きにしっかり届けるしかない。その点で、動画WEBメディアは動画を好む層にとって非常に良い案。
電子書籍はコミックではメリットが多くある一方で、活字には活字ならではの電子書籍のメリットが少ない。本の売り上げは下げ止まり、高貴な文化になっていくのだろうか。
Posted by ブクログ
もともと私は読書好きではなかった。ただ、「読書が好きな人になりたい」という気持ちはずっとあった。もっといろいろなことを知りたかったし、「本当にお母さんなんだから、知らないんだから」と言われるのが悔しかったからだ。
そんな私が読書を続けられるようになったきっかけは、Xで読書アカウントを作り、本の感想を語り合える仲間ができたことだった。もし仲間がいなかったら、今ほど本を読んではいなかったと思う。
紙の本にも良さがあるし、聴く読書にも良さがある。大切なのは、自分に合った形で本とつながり続けることなのだと感じた。
私にとって読書は、知識を得るだけではない。人とつながる話題になり、自分の考えや価値観を語るきっかけにもなっている。
この本を読んで、今の私がたどり着いた結論はひとつ。「読書を続けられる環境に身を置きたい」。それが、これからも本と付き合っていくために一番大切なことなのだと思う。
Posted by ブクログ
私は読書が大好きだけど、この本の中で紹介されていた「本を読めなくなった人たち」の意見も共感しかないな。私も一時期、動画の方が何かを知りたいとき、何も考えない娯楽を求めるときに動画は便利だなと思った。「本を読まないと知性が育たない」と言っている人たちに言いたい。本が読めること自体が個人が持っている能力の一つの。本を読まなくて動画を通して自分で物事を考えなるクセや感動などを身につけている人たちだっているんだぞ!と。
Posted by ブクログ
今、本に携わっているからかもしれないけれど、日頃疑問に思っていたことや不甲斐ない感じ、残念に思っていることなんかを解説していただけたと思った。そうか、Twitterが面白くなくなってしまったこと、紙の本に執着してしまうこと、読めないんではなく読まないのが普通の世の中になってしまったんだ、などちょっと切なくなってしまった。本を読むことが貴重になるなんて思わなかったな。
Posted by ブクログ
とにかく、読書の時間で一時期心を救われた自分としては何とも言えない気持ちになった
10代のなかでも今の圧で落ちてくるネット社会に適合できる
一定の距離を保てる人は快適にサーフィンをし
情報のシャワーのなかでノイズを除去し
池の蓮を渡っていくように生きていけるだろう
そのような戦略はまったくもって正当だ
しかし、私のようなそのようなことが苦手な人は
やはりどこか泥臭くもがいて生きていく
そのような人間にとって読書時間は優しくそして孤独だ
もがいている間はわからない
人生の回収がどこでやってくるかはわからない
人も世界も変化がある
精神と肉体にズレが生じる
若い精神と肉体に親和性のあったネットから
まず肉体が離れていく
地殻変動で最適が移り変わる
その時、瞬間の適合能力では限界がある
どこかで、誰かが、泥沼で幅をとることが
必要な時もある
幾年も積み重なった泥沼は酸素に振れれば新たな生命の源になるかもしれない
人は酸素を含んだ泡沫だ
ネットが泥沼になると思っていた
実はそうではなかった
泥沼は書籍なのかもしれない
Posted by ブクログ
本は一つのチャンクであり、それが膨大すぎるという指摘。それを否定することはできないが、私には本が合っている。
ただ祈りと救いのために読んでいるから。
AIには救われない。人の息遣いがないから。怒りが、悲しみがないからだ。
この本を読んで怒りを代弁してもらうことも、本を読まない人への秘めがたい見下しを言語化されることも、まさに予定調和の快楽。ラノベで得るそれだ。
本は私のような病的で懐古的で自意識の肥大した人間のために書かれていき、私はそれを紙で買い続けるだろう。そしてこうして、ファストなライティングによって、快楽を得るのだ。
Posted by ブクログ
今の時代、「コスパ」も「タイパ」も悪い「読書」は貴族の娯楽なんですね。そして「本を読めなくなった人たち」はこの本を手に取ることはないんだろうなぁ〜
Posted by ブクログ
第一章二章は面白く読み、三章から終章は暗い気持ちになりつつ読む。
私は動画より活字派で、動画見てる時間あったら読めるやん。と、短尺の動画に対して思ってしまい、待ちきれずスクリプトくれ、と思うのだが、そういうことでもないのか、と納得したり、
なるほど、
「元来、人は怠け者なので、なるべく楽をしたい。脳を回すという苦痛は避けたい。それゆえに「考えなくていいもの」は選ばれやすい」(『フリー〈無料〉からお金を生み出す新戦略』より)
よな。。。
よくわかります。これが、昨年の仕事が予想通りの数にならなかった理由やな、とか思う。
しかし、本屋にいる自分がかっこいい説、胸に刺さるわ。や、決してそれだけではないのだが、そういうこと思ってないとは言い切れない。。。恥ず。
しかし、昨日読み終わった『本屋さんのある街で』と合間って本屋で本買おう!と改めて思うのでした。
(『本屋さん…』はこの本とはだいぶ方向性は違くて、本屋への温かい眼差しであったが)
そー、そして、本はながら読みできないから、贅沢な嗜好品なのよね。(と、今、ドラマ見始めつつ実感した)
Posted by ブクログ
「本を読まない、読めない」ということが必ずしも知性の低下ではなく、社会のシステムが人をそうさせていることがわかった。
本を読まないことに危機感を覚えていたが、おおよそそうではない考え方もあるのだなと参考になった。
Posted by ブクログ
初読。あまり内容が頭に残ってないかも。
221ページあたりはものすごく納得した。この気持ちは自分にもある。自意識への敬遠。
もうテキストメディアは衰退しかなさそうですね。
Posted by ブクログ
本を普段から読む身からすると、本が読めなくなった人の実情を知って驚いた。紙の本はながらで読めないのでタイパは悪い等、これまで当たり前と思っていることは結構変わってきているなと感じさせられる。
Posted by ブクログ
現代のテキストメディアが置かれた状況を理解するには非常に良い本だが、"読書の価値"が少し高めに見積もられていると思う。その前提をあまり疑わずに議論を進めており、著者自身も執筆の原動力は物書きで生計を立ててきた人間の怒りとある。本の題材上仕方がないが全体としては少し既存メディア寄りの内容に感じた。
ただ、長文を読めること自体が、これからはワインやラテン語のような一部の人だけの教養になっていくという考えはとても印象に残り、本書の中で一番納得できる内容だった。
Posted by ブクログ
読書を勧める本なのかなと思ったが、そういう訳ではなく、読書離れはも止められない必然的な流れですっていう論調。肯定でも批判でもない。事実を淡々と。
読書行為はラテン化、読書能力はレガシー化する。
本を構成する10万字は、分割も要約もできない。全体としてしか表現しえないもの。
そういう必然性のもとに編まれたテキストでなければ、本の形式にする必要もないし、デジタルテキストで細切れに配信しても事たりる。読書は短縮できない時間的体験にその価値を置く。
今後、文字以外のメディアに流れつつある「消費者」向けの本が刊行される理由は希薄化し、活字の本はいわゆる「読者」向けにウェイトが置かれることになる。
印刷技術が普及する15C以前のヨーロッパでは、識字率がきわめて低く、一部の聖職者、貴族、学者階級だけがラテン語で本を読んでいた。そのため、キリスト教の伝道などは、直接聖書(ラテン語)を読ませるのではなく、宗教画や彫刻、ステンドグラスといった視覚芸術、朗読や説教といった発話音声、賛美歌、宗教劇によってキリストの物語を伝えていた。文章を読めない人に向け、絵や話し言葉、音や物語で伝えていたのである。
情報取得手段が文章から動画に移行しつつある現代とまったく同じだ。令和の今、「長文を読める人が減っている」「本は贅沢品になった」といった書物を取り巻く状況は、まったく異なる外的要因がもたらしたものながら、読書という行為の立ち位置が過去に回帰しているようにもみえる。
「複雑な論旨の文章が自力で読めます」=「ラテン語ができます」
AIの進化、普及に伴い、プログラミングや英語能力はレガシー化の一歩を踏み出している。もらろん、読書にもその足音がしのびよっており、逃れるのはもはや不可能だろう。
Posted by ブクログ
映画を早送りで見る人の著者である。働いてるとなぜ本がよめなくなるのか、という本から柳の下の2匹目のどじょうをねらうタイトルである。いろいろと取材しているし、ジャーナリズムとしては読ませやすい文章である。学生は卒論には使えないが、読書の自己啓発本としては読めるであろう。