あらすじ
著者による『映画を早送りで観る人たち』の待望の続編!
〈倍速視聴〉から見えたコンテンツ消費における〈コスパ〉〈タイパ〉という欲望は、
読書においてはどのように作用しているのか。
本作では、「本を読めない人たち」への徹底取材をはじめ、
テキスト受容を取り巻く読者と出版社/ウェブメディアの現状をリポートする。
一体「本を読めなくなった人」は何を考えているのか。
2010年代以降、本が読まれないことが当たり前になるなか、
ほとんどフォーカスされてこなかった。
生の声を取材することで、現代社会のメディア状況への考察を深めていく。
【目次】
プロローグ
第1章 ニュースを無料で読む人たち
――無料ウェブメディアの行き詰まり
第2章 本を読まない人たち
――〈わかりみ〉と〈おもしろみ〉
第3章 本と出合えない人たち
――無料抜粋記事と電子書籍の限界
第4章 本屋に行かない人たち
――聖域としての書店
終 章 紙の本に集う人たち
――読者と消費者
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
この本の主張を、自分なりに咀嚼して整理すると、単なる「最近の若者は本を読まない」という話ではなく、
「情報環境の変化によって、人間の思考様式そのものが変わりつつある」
という本だったように見える。
自分用まとめ
① 現代は「読む力」より「消費する力」が求められる社会になった
* 文章の経済価値は急速に低下している
* AIによって「とりあえず説明文を書く」は無料化された
* 動画や音声が主流になり、長文は非効率だと考えられるようになった
* ニュースもSNSも「最後まで読む必要がない設計」になっている
結果として、
深く理解するために読む文化
↓
短時間で消費する文化
へ移行している。
⸻
② 人々は能動的に情報を探さなくなった
昔
* 検索する
* 比較する
* 自分で情報を取りに行く
今
* レコメンドを見る
* タイムラインを見る
* アルゴリズムに流される
つまり、
情報を面で捉える人が減り、点で捉える人が増えた。
その結果、
知識体系ではなく断片的知識ばかりが蓄積される。
⸻
③ 本質的な問題は「本を読まないこと」ではない
著者が本当に危惧しているのは、
深く考える訓練が失われること。
* SNSは反射的
* 動画は受動的
* タイムラインは瞬発的
こうした環境に慣れると、
* 長い論理を追う
* 曖昧さに耐える
* 複数の視点を保持する
* 結論を急がない
という能力が衰える。
読書はその能力を鍛える代表的な手段だった。
⸻
④ 「わかりみ」と「おもしろみ」は対立する
この本で特に面白い視点。
わかりみ
* すぐ理解できる
* 納得できる
* 疑問が解消される
* 思考が終わる
おもしろみ
* 疑問が生まれる
* モヤモヤする
* 考え続けたくなる
* 思考が始まる
SNSやネット記事は前者を求める。
読書は後者を生みやすい。
つまり、
現代社会は「考えなくて済む快適さ」に最適化されている。
⸻
⑤ 未知との遭遇が減っている
昔は
* 新聞
* テレビ
* 本屋
などで偶然知らない世界に出会えた。
今は
* アルゴリズム
* パーソナライズ
* レコメンド
によって、
好きなものだけ見続けられる。
しかし成長は、
既知の反復ではなく未知との遭遇から生まれる。
読書や書店の価値は、
知識獲得よりもむしろこちらにある。
⸻
⑥ 読書は情報収集ではなく思考訓練である
印象的なのは、
本をたくさん読むから賢いわけではない
という指摘。
読書の価値は冊数ではなく、
* 複雑な論理を追う
* 自分と異なる価値観に触れる
* 曖昧さに耐える
* 自分で解釈する
という知的負荷にある。
だから読書は目的ではなく手段。
⸻
⑦ 本は「信頼」と「権威」のメディアになった
ネットでは文章が溢れ、
AIも文章を書く。
それでも紙の本が残る理由は、
情報媒体ではなく社会的証明として機能しているから。
* 著者として認められる
* 信頼性が付与される
* 権威性が生まれる
だから
「読む人」は減っているのに
「書きたい人」は増えている。
⸻
⑧ 本書の一番重要なメッセージ
現代は
* 長文を読める人
* 複雑な論理を追える人
* 曖昧さに耐えられる人
が少数派になりつつある。
だから著者は、
読書の価値は知識量ではなく、希少な認知能力を維持することにある
と考えているように見える。
極端に言えば、
「長い文章を読めます」
は将来的に
「ラテン語を読めます」
に近い教養のシグナルになるかもしれない。
Posted by ブクログ
読んで本当に良かった。活字メディアの分岐点を痛みを伴いながら、取材し、まとめてくれた筆者の手腕に感謝しかない。本の行末、一部のエスタブリッシュのためのメディアになるのだろう。説得力があった。
Posted by ブクログ
まさにこの本に書かれてたその通りの方法(YouTube岡田斗司夫チャンネル)で知り読みました。
本に関する情報の間口が広い。出版業界の構造や世代間の時代背景など、本を読まない理由が細分化されている。個々のインタビューも丁寧で憶測がなくリアル。
自分も本読んでなかった一人として妙に納得しました。
読書の面白さに気がつき1年が経ちました。
音もなく視覚情報が文字のみで動画より心地よいと感じる時があります。
一方で、普段使わない想像力を使い疲れ寝落ちすることもままあります。
これからも本を読んでいこう。
Posted by ブクログ
話題の新書。
タイパやコスパから若い人たちの本離れが進み、出版物の減少や書店の減少など本を取り巻く環境が厳しいのは知ってはいたが、ここに書かれている内容は想像以上だった。
本屋に行って買って読む。こういう当たり前だと思っていたことが当たり前じゃなくなる。
将来、本を読むこと自体が特殊な能力となり、一部の階級層しか本を読まなくなる。
暴論にも聞こえるが、本書を最後まで読むとこれが暴論ではないことがよく理解できる。
読めなくなった人々のインタビューにはハッと気付かされる話もあり、当たり前と思っていた読書習慣が一方ではこうも見方が違うのか、と驚かされる。面白かったです。
Posted by ブクログ
筆者は本書執筆の根底に怒りがあると書いていたが、本文はかなりバランス感覚に優れたフラットな語り口なのでストレスなく読める。問題の整理の仕方も結論も納得できる。特に〈わかりみ〉と〈おもしろみ〉という二項対立分析は面白かった。
Posted by ブクログ
「読めなくなった人」であって、「読まなくなった人」
ではありません。どう言うことでしょうか。
「読み、書き、そろばん」という人として身につける
べき最低限のスキルを並べた言葉があります。
日本の義務教育を受けた人であれば、誰もが身に
つけているスキルです。
しかし、大人になるにつれてこのスキルが怪しく
なります。
まずは、そろばん。つまり計算は電卓に取って
代わり、書き=漢字変換は「読めるけど書けない」
状態になります。
そして「読み」です。
これも危険水域に入っているのが多いというのが
本書の主題です。
「え、でも現代ほどネットで記事を読んだり、
メールなどの文章に触れる機会が多い時代はないの
では?」と思われるかもしれません。
しかしそれはちょっと前の話であって、今は動画
や140字以内のSNSなど、短いメディアに人々は
集まっているのです。
そしてそこに要約する能力を持ったAIがトドメを
刺しにきています。
もはや長文を「読めなくなっているのです」。
ただこの本では「本を読む」という行為は昔から
一握りに人が好んで行っていた行為であって、
「読まない」「読めない」人が出てくるのは仕方ない
としています。
むしろそれにより出版という産業が衰退してしまう
ことに危機感を抱いています。
その潮流を理解することができるだけでも、
「読める人」である意義を感じる一冊です。
Posted by ブクログ
すごく現実的な本で、納得感しかなかった。
この手の本って、「本を読める人」が報われる事が書いてある事が多かった気がするけれど、この本はハッキリ言ってしまえば、読書を楽しむ人、本が好きな人が読むと報われなくて悲しくなるかもしれない危険な本だ。
ネットニュースの件は、こういう人だらけになったら世の中どんどん変な方向へ流れる気がして恐ろしくなった。
特に選挙に関しては、とても危険な気がした。
Posted by ブクログ
本編を読んでいる間は星4くらいの気持ちでしたが、あとがきを読んで筆者の気持ちに感動したので星5にしました。
『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』の時から、理性的だなと思っていた。
この本でも、書くことを生業にしてる筆者からしたらインタビューしててイラッとこないのかな?とか思ったり個人的にXをブロックしてる業界で名の知れた人2名が引用されてたり、冷静ですごいな、と思っていたのがあとがきで筆者の感情に触れられて心動かされた。
p284から引用
不愉快なのだ。人が、人の頭で捻り出し綴った文章に、敬意とお金が払われないという状況が。
一言一句同意の気持ちです。
私は、YouTuberの動画や、説明が字幕でだらだら出るものが見ていられないです。
喋ってる人の感嘆詞的なもの?感情は飛ばして事実だけ知りたいとか思うので、本だったりwebでも動画ではなく記事?文字で読みたい。
でも最近地獄なのは、プロ以外の文章が溢れかえってること。
Xでは真偽不明の思い込みや偏見からの世界の問題に対しての口出しに辟易してます。エビデンス、論文引用、とかそういう慎重に精査する姿勢がはなからなく、ただ拡散されることを目的にしている。
一昔前は、専門家にすぐにリーチできるのがTwitterの良さと思っていたのが、今や権威も何もへったくれもない正当な学問ルートを経ていないアカウントが謎にフォロワー数多く拡散力も高く重宝されているのが恐ろしいです。
一定以上の人は、静観していて、相手にしてないと思うのですが、本気にしていて情報源にしてしまう大人がいるのが恐ろしいです。
アテンションエコノミーで認識が止まっていたので、エンゲージメント志向について学びでした。
言われてみれば…そうだ泣
自分が詳しく知っている分野の話であれば、観察していたら事情がわかるので、メディアの記事に対しておかしいなと気付けるのですが、いまや、その記事がオタク以外にも届く時代。誤った記載でも一般の人は気づかず、その記事の内容を真実と思うのが嫌です。
書いたもん勝ち。エンゲージメント志向ではなく、いまだにアテンションエコノミーな◯◯◯◯PRIMEとかやだなーとか思うのですがエンゲージメント志向はそれはそれで事実をねじ曲げてる感じもあるしで、ジャーナリズムがどんどんしんでいくのを目撃していくのかと悲しい気持ち。
プロが書く文章が生き残れるのか。
少し前からPixivで小説も読むようになった時に、すごく、読みづらいなと思いました。編集者の指摘も校正も経ていない素人の書く文章のクオリティ。
同人はそんなものではあるけれど…………自分が15年近く前?に読んでいた二次創作同人誌小説はそんなに引っ掛からなかったような。
自分がその間にたくさん本を読んだので変わったんですかね。
編集者とともに作られて校正の目も通った文章はやはり精度が高く評価されるべきと思いたいのですが、支持する人数が減ると資本主義社会では、お金が回らなくなり軽視されていってしまうのかも知れないと思うとさみしいですね。
この本の中で答えてる学生の人たちで本を全く読まない人が、本を下げて他の媒体で知識を吸収できてるみたいなことを言うのは普通にムカつきました。
よく著者は冷静に聞けたなぁと感心してしまいます。
10代後半なりたてみたいな若造に何がわかるんですかね…とか思ってしまいました。
新社会人の時に、色々悩んで、自分なりの解決策は本を読むことでした。
専門家が知恵を残してくれたものだから、そこに答えがあるはずという。
書店に行ってCDのようなジャケ写買いは20年くらい前からしてました。今でも書店に行って、読みたい本を探します。その時の自分の関心は何かな、今の話題の本は何かな、と。
本屋さんに慣れていない人の視点について、ファッションセンスの例えはなるほどな…とは思いましたが………。
なんか問題すり替えられたような気もしなくもないような。
自分の頭で考えて、調べたい、知りたい、学びたいと思えばどの本を読めば良いのか絞られてくる気がする。
ネットで調べたり(最近はGeminiにおすすめの本を聞くこともあります)、人に聞いたり、著名人のおすすめの本を参考にしたり。
自分は、ストラングスファインダーの上位5つの中に学習欲があるのでその傾向が強いからかもですが、そう思わない人がいるというのは中々に隔世の感。
本は高くなるし、素人の発信は増えるし、この先の社会は人々が何の情報にすがれば良いのか怖いけど 頑張って生きていくしかない…。
本消えないで欲しい。
永遠だと思ったwebの情報が消えているのはなんとなく実感していて、それが事実になっていると思うと、エビデンス勝負になった時こわいな。
取り留めなさすぎる感想ですが…
多くの人に現状を知って欲しいので読んで欲しいです。
Posted by ブクログ
私がSNSで文章と動画、どちらも発信する仕事をしているから、すごく刺さる内容だった。
特にテキストメディアの衰退についてが面白かった。
今ネットで読まれる記事。
それは、資金や時間をかけた質の良い記事ではなく、
シンプルで短く、目を引く記事。
特に、他人の不幸、エロ、マンガ、クイズ。
記事の優劣よりも、関心、注目に経済的な価値が置かれるアテンションエコノミーの時代。
大衆は掘っておけば、わかりやすく刺激的なものしか読まない、受け付けない。
そんな時代において、
本を読むことがどんどん日常から遠ざかっていくのは、もはや避けられない。
特に若い世代では、短く、すでに要約されたショート動画のような情報の受け取り方にあまりにも慣れている。
スマホの中から数百から数千字にまとめられた様々なコンテンツを常に受け取っている人が、
何十万字も綴られた一つのコンテンツ=本を読むことにハードルを感じるのは当たり前。
本を読めることが、将来的には特殊な技術となる日がくるかもしれない。
Posted by ブクログ
岡田斗司夫先生の動画で著者が出演しており、動画と合わせて読むと理解が深まった。確かに最近の人達は、わかりやすさ(わかりみ)に偏り過ぎている。おもしろみに力を入れよう
Posted by ブクログ
著者による『映画を早送りで観る人たち』の待望の続編!〈倍速視聴〉から見えたコンテンツ消費における〈コスパ〉〈タイパ〉という欲望は、読書においてはどのように作用しているのか。そして「本を読めなくなった人たち」が思うこととは。徹底取材が明らかにする読書の未来
「中央公論新社」内容紹介より
あとがきにある
「今は過渡期なのだ。2026年時点のおそらく30代あたりをゆるやかな境目として、その上世代は書物をはじめとしたテキストメディアによって内面や精神を形成してきたが、その下世代、とくに10代や20代は動画メディアによって内面や精神を形成している。互いにとって互いが異文化であるのは、至極当たり前なのだ。」
この辺りの肌感覚は自分も筆者の意見に同意する.
今この感想を書いている2026年時点で、AIの進化というか、前から開発はされていて一部の人には常識なのかもしれないが、世に出て拡散するスピードが半端ない.
なんでもかんでもすぐに手軽に情報が入手できる時代にあって、テキストという読むにも理解するにも時間のかかる媒体が嫌厭されるのは当然の帰結なんだろうなとも思う.
それぞれの媒体には一長一短ある.
これを踏まえたうえで自分は何を選択するのか.
今は選べるほどには紙媒体も残っていることに感謝しよう.
Posted by ブクログ
時代の流れに照らした「本」をテーマに、読む人、読まない人、両方の視点から中立に書かれていてとても興味深かった。
ひとつ思うことは、「本」はデジタル化の波に完全に乗れなかったのだな…と。
本と電子書籍の価格差がほとんどないというのは正直何故??でしかない。(既得権益層の意向が強く働いてるのでしょうか)
電子書籍を本の三分の一程度にできれば、かろうじて読書文化は残せるのではないでしょうか。
Posted by ブクログ
ハッとする内容が非常に多く面白い。
本書で一番印象深かったものが、「ニュースは無料で降ってくるもの」というもの。ニュースではないが、確かに最近YouTubeで検索ほとんどしていないな。。情報を得るのに自発性は必要なく、過去の検索結果からサジェストされる。本やブログなどが廃れる事は「けしからん」とかそういうものではなく必然であると思った。本読まずに動画見ればいい?AI要約見れば良い?うん!その通りだね!時間というものが一番高価な現代ではながらや倍速の出来ず、また労力の大きい読書はあまりに合理的でない。
まあ好きだから読むんだけど。この本が指摘してる様に読んでる自分が好きというのも否定しきれないが、、
Posted by ブクログ
社会全体の非読化が思っているよりも進んでいたことへの驚き。
加えて、非読化が進む裏にある読書という行為の能動性と、SNSやネットの世界で情報を得る際の受動性の違いに気が付かされました。
話の本筋ではありませんが、「本を読むことが好き」と「本を読む自分が好き」は異なっていて、本を読むことに選民的優越心を感じた上で、本を読むことを目的にしているきらいが、一部の読書家にはあるという指摘に耳が痛かった。
その2つは二律背反というよりも、グラデーションがあるものだと思いつつも、本を読むことが目的にならないように気を付けたいと思います。
また、自分が書店に行くとなんだかワクワクする感じが、
書店は様々な人の興味・関心に応えるべく、網羅的に多様な知が積まれている
という表現を読んだ際に言語化されて、大変気持ち良い瞬間でした
Posted by ブクログ
コスパ・タイパを重視し、情報収集も時間がかかる文章を読むという行為より、ショート動画を好む現代人。このまま状況が進むと読解力は低下し続け脳の使い方が変わる?
Posted by ブクログ
趣味としても情報を得る手段としても、他の選択が増えたことで本を選ぶ理由が減ってるってのは実感する
自分が本読む理由はなんだろう。時間をかけてゆっくり一つのテーマについて考えること、情報の氾濫から距離を置くデジタルデトックスとかある種の瞑想あたりかな。少し批判的な意見が出ていたセレンディピティを楽しんでいるのもあるけど、正直仕事が忙しくてそれどころじゃない時も多い。
クリアに自覚はしてなかったけど、本書で指摘されてる自分が文化的であることを確かめ、選民的な優越感に浸ってる節もなくは無いなと思う。
やっぱり効率的に情報を仕入れて成長しないといけないって焦りはある
Posted by ブクログ
若者に本を勧める時の参考として読んだが、そんな必要はないのかもしれない。彼らは彼らのツールで学んでいるし、私よりも飲み込みが早い。
本を読んでいる自分に酔っている部分は確かにある。指摘されたようで少し恥ずかしくなってしまった。
Posted by ブクログ
とっても面白く示唆に富んでいた。特に20代前半の部下と仕事をしていると、長い文章や書籍を読みたがらないので、不思議に思っていたが、そもそもの育成環境が違うことで、我々にとっての当たり前とは違う世界の当たり前を認識した。タイトルから中身を誤解しそうだが、想像とはかなり違う内容の本で、本を読まなくても大丈夫な人たちからの声を集めたルポの体裁をとっており、読んでいくとパラダイムシフトを感じる。一方で、紙書籍・本屋の問題も深堀りされているなど、本を普通に読む人で、若い人たちと接点がある人の必読書と言える。
Posted by ブクログ
前作『映画を早送りで観る人たち』を読んで大変興味を惹かれたため、著者の稲田豊史さんの新刊である本作も手に取りました。最近、仕事でのコミュニケーションがLINEやSlackなどの短いやり取り中心になり、「行間を読む」「複雑な情報をテキストで交換する」機会が減ってきているという私自身の課題感とも一致し、非常に深く読み込むことができました。
本書の中で驚かされたのは、YouTubeの要約動画などで本を理解したことになっている学生や社会人の実態です。自分の力で読み解くことをせず、誰かの要約に頼ることで、読書という体験そのものが遠ざかってる事実を目の当たりにしました。特にショックだったのは、小学1年生にとって娯楽の頂点がYouTubeであり、アニメ、漫画と下っていくにつれ、活字の多い絵本を読むことが「刑罰のようだ」と表現されていた箇所です。
背景として、現代の若者は生きることに精一杯で、仕事やレポートの効率や時間生産性を重視するあまり、要約やAIの活用に走らざるを得ない実情があることが分かりました。ハイペースで成果を求められる現代社会の負の側面が出ているように感じました。
そんな中で、目的もなく本屋をぶらぶらして本を探す行為が、今や、時間やお金に余裕のある「富裕層の趣味」として位置づけられているという指摘は大変印象的でした。私自身、読書は情報を効率よく取りに行くツールではなく、読んでいる時間やプロセスそのものを楽しむものだと感じています。「ゆとりがある人しか読書を楽しめていない」というまとめには衝撃を受けました。
我が家の子供たちにも読書を勧めていますが、効率化を目指すのではなく、本を読むプロセス自体が喜びであることを感じ続けてほしいですし、親としてそれを全力で応援していきたいと強く思いました。
若者だけでなく、大人も含めた社会全体の傾向と課題を突きつけてくる、非常に示唆に富んだ一冊です。
Posted by ブクログ
本好きや読書家は名乗れないが、本を読む自分が好き、というあまりに現代的で印象の良くない自己認識が可視されたようで少々居た堪れない気持ちとなってしまった。しかしWEBをはじめとする世界のあり方が大きく変わってしまった現代における文書をはじめとした文字の力を前提とした業界とそれを取り巻く人々の思考、生活の変化は全く他人事でないし、それを気をつけよう、や改めよう、でなく今後文章の価値の低下していく世の中で自身の実利にどう向き合って本を読んでいくのか、読んでいく意味があるのか、考えさせられる内容となった。自身の結論としては今後少数派になる読書という行為をコスパだけで捉えるのではなく、自身の贅沢な娯楽として捉え、それは能動的な情報取得という、動画コンテンツ全盛の現代における受動とは異なる姿勢の強化に繋げれれば幸いだと思う。その姿勢がどの程度自信を強く、変えるのかは知らないが。
著書の姿勢もまた業界に深く関わる立場として熱意が感じられたし、応援したい気持ちにもなった。業界の声を生で聞けている感覚もあったし、自身の娯楽である読書を通してこういった人たちの少しでもの応援になれればと願うばかりである。
Posted by ブクログ
若者のインタビューを通じて、本はあくまで一つの題材で、情報摂取の行動様式を洞察した本といえる。その要因としてやはり大きいのは、ジェネレーションギャップというよりは、スマホの登場、そのうえに、ニュースアプリ、SNS、Youtube、サブスク動画サービス、電子書籍(漫画)などがかなりリッチに搭載され、指先1つで接する事ができるようになったからだろう。
そして、動画や音声メディアはいわゆるながら消費ができるが、テキストに向き合うとき、認知は全てそこに注がれるがゆえ、集中力というなの能力が求められる。とある番組で、これをMPという表現をしててなるほどなと思った。
こうした社会環境の変化によって本を読むという行為は読書そのものを楽しむものと、何か実利、明確な目的があって読むものと二極化していく。
後者の方は上記のようなあまたある情報選択の1つニしか過ぎない。
Posted by ブクログ
シンプルにグロテスクだなぁと…
SNS、ネット記事、書籍切り抜き、動画、AI…etc
文章という概念の価値の低下や興味の消失、コスパという物差しで趣味も勉強も図られてしまう現代センスもなかなかに怖い
個人的にハッとしたのは読むのではなく知れればいいという感覚やそもそも文章を読む能力の程度によって他のコンテンツに流れ込むという事実
今でこそ楽しんで本を読んでいるが、少し先の未来では文章を楽しむことができるのだろうか
Posted by ブクログ
本を読む人間は多くない、と薄々感じていたけど…これは想像以上。
特に本を読まない理由を綴った第2章の〈わかりみ〉と〈おもしろみ〉が興味深い。
なるほど、求めるものが違うって事か。
確かに自分が読書に何を期待しているかというと〈おもしろみ〉なんだよねえ。
自分には知らない物事や世界がたくさんある、と気づかせてくれる。
そういう体験を面白がっているところはあるなあ。
第4章ではドライな意見が多数あって軽く呻きそうになった。
中でも『(本を読んでる人は)本が好きな私が好き』って意見はなかなか辛辣。
でも『本は嗜好品』っていう意見には納得した。
タバコとかコーヒーと同じように、好きだから読むし、こだわりも出てくる。
今までは人に「読書が趣味です」って言いつつも、なんかしっくり来なかった。
それが『本は嗜好品』というワードを見た瞬間「これだ!」ってなった。
これまで言葉にできなかった自身の感覚を、本に対して否定的な意見を持っている人に教えられる。
こういう事があるから本って好きなんだよな。
Posted by ブクログ
人が本を読まなくなる仕組みがよく分かります。技術の発展により社会構造が変化し、文章の価値が落ちている。大衆は動画を早送りして見て、コンテンツを消費する。
私は、そんな時代だからこそ活字に触れる人の価値が上がると感じます。自分の読書は自己啓発書やビジネス書に偏りがちだった点は反省しつつ、習慣となっている毎日、新聞を読むことは継続したいと思いました。
「スマホ脳」と関連付けて読むとよいかもしれません。
Posted by ブクログ
文章の経済的価値が下がっていて、「ながら」ができない読書はコスパ、タイパが悪い…なのに私は毎日読書をしている日々がとてつもなく楽しい
自分は少数派なんだなと思った
それなりに時間もお金もあるから本を買って読める
その時間やお金があるなら他のことに使う人が多数派な現代で、それでも私は本が読みたい気持ちがある限り本を読み続けたい
Posted by ブクログ
そもそも長文を読む能力は特殊能力であり、その能力を持たない人たちは、仕方なく我慢して読んでいただけ、という点が目から鱗。
以前の「奪われた集中力」ではスマホやインターネットのせいという書き方だったと記憶しているが、それはもともと読めた人たちであって、ほとんどの人は読みたくないものを我慢していただけ、とは。
我慢していた人たちは情報収集手段として読んでいたので、他の手段(動画や音声)ができた今、読む理由がない。という説は結構説得力がある。
ただ、文字の方が圧倒的に優れている点もある。日本語は表意文字なので、ジャレド・ダイアモンドなどは用語を音で聞いてもわからないが、文字だとわかる、ようなものもある。そういう本はそもそも読まれなくなり、その分、文化レベルの低下は表音文字言語より大きくなりそうで心配。
また、現時点では有益と思われる各種の情報は圧倒的に紙の文章で存在しているため、情報の質も桁違いであり、読んでも読まなくてもいいという状況ではない。
読書の2次的な効果も考慮すると、読まなくてもいいという判断は今はできない。
ただし、既製服がない時代、母親は洋裁必須だったが、その時間が社会進出時間になったと思えば、読書もまた同じようになっていくことが悪いとは言えない。別の可能性が出てくるはず。
一方、デジタルメディアは偏向傾向があるので、操られやすくなるという危うさがある。これはこれで何らかの対策が必要。
文章の価値が下がるため、ライターが生き残れなくなる、本が出版できなくなる、本は趣味の一つになる、と言う予測はなるほどど思う。もうすでにそうなっていると思う。
本を読んだからって頭が良くなってる気はしない、と言う実体験の理由が理解できる本。
Posted by ブクログ
「最近の若者は本を読まない」という嘆きは不正確で、半世紀以上続く構造的・長期的な現象だと著者は指摘する。そもそも読書は特殊能力であり、大多数の人は能動的に本を読まない。将来的には、長い文章を読む能力は文化・社会的に不要となり、読書は懐古趣味となる可能性すらある。
読書家にとってはディストピアだが、かなり納得感のある一冊。
Posted by ブクログ
本が売れなくなった話をここのところ連続して読んでいるが、本書は人の能力に焦点をあてて論じている。
また飯田・三宅論争が典型的だがこの手の話の時には統計的なデータを元にする事が多いのだが、本書はヒアリングを元にして論をたてている。
Posted by ブクログ
著者の以前の作「映画を早送りで観る人たち」が面白かったので、こちらも読んでみました。
そちらは、新しい切り口や見方が提示された感があって、読んでて発見が多かったのですが、
本作のテーマについては、普段(若い世代でなくても)感じている通りというか、新しい気づきが前作より少なく感じたので、ちょっと残念。
AIや短文化、ネットでの流行情報収集以外にも読まれなくなったメカニズムがありそう。その辺を掘り下げて欲しかったかも。
Posted by ブクログ
スマホとSNSとAIは、あっという間に私たちの情報環境を変えてしまった。本書が紹介する若者たちの証言は本当にぐさりとくる。
タイパ良く、文脈関係なく、簡潔な結論を簡単に手に入れる。そんな環境の中では、本を読む道理が見つからない。情報を手に入れる「だけ」の本はいらないのだ。
本は消費される情報「だけ」ではない。建築と同じく、総合的な「体験」でもある。しかし、そこを知らなくても生きていけるし、知性を磨くこともできるといえばできる。そういう時代になったのだ。
とはいえ―。
多くの人たちが考えなくなり、話し合えなくなり、怒りをぶつけるしかなくなるような社会になりやしないか。ただただ不安だ。