【感想・ネタバレ】本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形のレビュー

あらすじ

著者による『映画を早送りで観る人たち』の待望の続編!
〈倍速視聴〉から見えたコンテンツ消費における〈コスパ〉〈タイパ〉という欲望は、
読書においてはどのように作用しているのか。
本作では、「本を読めない人たち」への徹底取材をはじめ、
テキスト受容を取り巻く読者と出版社/ウェブメディアの現状をリポートする。
一体「本を読めなくなった人」は何を考えているのか。
2010年代以降、本が読まれないことが当たり前になるなか、
ほとんどフォーカスされてこなかった。
生の声を取材することで、現代社会のメディア状況への考察を深めていく。

【目次】
プロローグ
第1章 ニュースを無料で読む人たち
――無料ウェブメディアの行き詰まり
第2章 本を読まない人たち
――〈わかりみ〉と〈おもしろみ〉
第3章 本と出合えない人たち
――無料抜粋記事と電子書籍の限界
第4章 本屋に行かない人たち
――聖域としての書店
終 章 紙の本に集う人たち
――読者と消費者

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

感情タグはまだありません

Posted by ブクログ

メディアが変化してきた過程、長文が読めなくなる人が増えるメカニズムなど、非常に分かりやすく書かれています。
大量の注釈を付けることで、文章がスリム化し、長文が読めない読者でも読めるようになっているところが凄い!
そして、より深く理解したい人は注釈をじっくり読むことで、内容の薄さは感じないはず!

0
2026年04月05日

Posted by ブクログ

本を読むのが苦手な人たちのことを知ることができ、最後まで興味深く読みました。

指摘を受けて世の中を眺めてみると、「確かに」と思うことはたくさんあり、本を読む人はこれからますます少数派になっていくのかなと思いました。

「読書は万人向けではない」ことを知ることができたのもよかったです。

0
2026年03月30日

Posted by ブクログ

『映画を早送りで観る人たち』の続編。三宅香帆の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』や飯田一史の『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』に連なる一冊でもある。本書のターゲットは集中力が続かないといった能力的な要因で長文が読めない人たち。本書は大学生に取材しているが、先に挙げた2冊と合わされば必ずしも若者だけではないと考えられる。個人的には2018年に新井紀子の『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を読んだ時点で遅かれ早かれこういう未来が来るのだと覚悟していたつもりだったが、いよいよ来たかと。長文を読めないのは生成AIによる要約で何とかなるとして、文章を脳内で組み立てる力は思考力に影響しそうに思うけれど本書の中で「本を読んでいる=賢いわけではない」と述べられているし、まぁ人類は意外としぶといはずだとも思う。これもまた人類史における到達点であり通過点なのだろう。いつか「昔の人はわざわざ動画を見て情報を得ていたらしい」なんて未来が来るのかもしれない。

0
2026年03月14日

Posted by ブクログ

周りの人に対して「なんで本を読まないの?」とは特段思った事はないし、向こうからすれば「なんで動画を観ないの?」と思われているかもしれず、「なんで野球やらないの?」などとも思われているかもしれないのでそれはそれとして、こと「趣味としての読書」という行為についての理解がぐっと深まった一冊。
インタビューを中心としたフィールドワークからのアプローチが主であり、出版業界や書店業界関係者のみにあたっている訳でもないので説教じみていることもなくて自分ごととして捉えて読みやすい新書なのではないかと思います。

つまるところ、「なんで野球やらないの?」のアンサーと似たような感じで「長文を読み通すことができる人、理解できる人、あるいは長文読解に時間を費やすことに意義を見いだせる人」(p270)が読書という趣味に出会うのは自然なことであり、もしかしたら「肩が強い人、目が良い人、足が速い人、身体を動かすことに意義を見いだせる人」が野球をやってみよう、と思う流れと根はおんなじだと思うのであります。

そうやって考えていくと、日本において読書人口が減少している事や少年野球人口が減少している事はそれぞれ別に悲観をする事などではなくて社会の移ろいがもたらした一つの経過、みたいな捉え方で良いのではないかと思うのですが、業界当事者からすれば市場規模が縮小してゆくことに忸怩たる想いがある事もまた理解は出来ます。一方で例えば女子野球の競技人口は近年増えているそうなので、そういう方向での適応変化はありかな、と。

読書や少年野球ばかりを引き合いに出す訳ではないですが、やらなくなった人が増えた理由のひとつに、やっている側からもたらされる「不快な「圧」」(p225)や「エリート的行為」(p271)化というファクターは事実あると思います。
どちらもなんというか、「読書は神聖で潔癖なもの」「野球少年の汗は無二の尊いもの」みたいな尖り過ぎた文脈が一部先鋭化していった結果、「そこまでは別にいいかな…」というエンジョイ勢やライト層を手放していったのが現状のあり様なのではないのかな、と。あるじゃないですか、いつしかファンの集団が序列化されていって一部の勢力が幅を利かせて行った結果廃れていくコンテンツって。楽しくわいわいやってたいだけの周囲にドン引かれていることに気付かない一部の集団の‘仕切り’が悪目立ちした末にそして誰も居なくなった、的な。

とはいえ一介の読書趣味人の末端のひとりとしてはやっぱり紙の本を扱っている書店さんが生き残ってほしい思いはありますし頑張って買い支えているつもりもあるので、同好の士であるならばあまつさえ「こんなものを読書と呼ぶな」(p240)なんていう思想は強要しないでいただきたいものです。

趣味の範疇ならせめて優しく扱ってほしいの。
玄人ムーブを強いらずに優しくしてほしいだけなの。


1刷
2026.3.6

0
2026年03月06日

Posted by ブクログ

①PVを稼ぐためにメディアも解りやすさを重視する+見る側も疲れやコスパタイパを求める→反知性主義、お客様重視、自分視点

②本は「情報を伝える」媒体でしかない→情報が欲しいけど本を無理矢理読んでいた層が、オーディブルや動画に移った

③話す力はあっても聴く力がない→興味ない話題はシャットダウン+話したがりで他の人の話のターンに被せてくる
読書は聴く力が高まるとXで最近見かけるが、それは著者の話を文章を通して「能動的に聴く」ターン=読むがあるからだと思う。

④無料抜粋記事で満足→本を買わない
ゲームの配信や映画の切り抜き、ショート動画で満足するのと同じ。

⑤書店の本だらけの知的な圧が強い+出版社別に並べるなど探すのが大変+本の値段が高い
本の値段が高くて中古で買ったりするから分かる!

⑥読書好きは「本が好きな私が好き」、独立型・シェア型書店という選民的空間
読書垢が苦手な理由に気づいた。私は本「も」好きな人で、ゲームや映画など他の趣味を楽しむためにも読む。読書垢は「本っていいよね」の話しかしないから馴染めない。

⑦コンテンツが膨大で人によって本や映画と呼んでいるものの中身が違う→「こんなものを読書と呼ぶな」
本はビジネス書やラノベ、映画は白黒映画やアニメ映画、ゲームはソシャゲやアーケードなどに目を向けない人もいる。

⑧生成AIの普及で文章の経済的価値が下がった
映像や音楽などの作品もどうなるのか…。

本の話題ではあるけれど、映画にもゲームにも当てはまるところは当てはまる。例えば①+③がニンダイやステプレのコメント欄や評価の酷さに繋がっているのでは?

どうすればこれらの風潮に対抗できるのか。でも余裕・能力のある人しかできないのが難しい…。本が読めない=社会全体の貧しさを感じました。

一方で、本以外でも育つ能力はあると改めて感じました。本を読まなくても知的な人はいます。コミュニケーション力など他の能力が高くなったりもしています。インターネットやSNSも使う人次第。

個人的にしたいことは、
①本も映画もゲームも音楽もしっかり触れて糧にする
②話す力だけではなく聴く力を育む
③書店に行くなど能動的に関心を拡げ、新規開拓をする。
④①〜③の感覚がある人と交流し、変化する

(※2/26 追記)
本は「情報を伝える媒体」だからこそ弱い。すぐに欲しい情報を得ることができるSNSや動画が強い。逆にそれらは正しいか分からないため、価値の担保は低い。

またSNSや動画、無料記事とその人が情報を得ることができると感じる行き先に分かれていった気がする。

0
2026年02月15日

Posted by ブクログ

そもそも長文を読む能力は特殊能力であり、その能力を持たない人たちは、仕方なく我慢して読んでいただけ、という点が目から鱗。
以前の「奪われた集中力」ではスマホやインターネットのせいという書き方だったと記憶しているが、それはもともと読めた人たちであって、ほとんどの人は読みたくないものを我慢していただけ、とは。
我慢していた人たちは情報収集手段として読んでいたので、他の手段(動画や音声)ができた今、読む理由がない。という説は結構説得力がある。
ただ、文字の方が圧倒的に優れている点もある。日本語は表意文字なので、ジャレド・ダイアモンドなどは用語を音で聞いてもわからないが、文字だとわかる、ようなものもある。そういう本はそもそも読まれなくなり、その分、文化レベルの低下は表音文字言語より大きくなりそうで心配。
ただし、既製服がない時代、母親は洋裁必須だったが、その時間が社会進出時間になったと思えば、読書もまた同じようになっていくことが悪いとは言えない。別の可能性が出てくるはず。
一方、デジタルメディアは偏向傾向があるので、操られやすくなるという危うさがある。これはこれで何らかの対策が必要。
また、文章の価値が下がるため、ライターが生き残れなくなる、本が出版できなくなる、本は趣味の一つになる、と言う予測はなるほどど思う。もうすでにそうなっていると思う。

0
2026年04月06日

Posted by ブクログ

タイトルだけ見るとあたかも退化したかのようだがそうでもない。短くて刺激的で便利なツールが氾濫し、本を読むという選択が減ってきたという事だ。コスパタイパを突き詰めた先に残るテキストメディアは一体どうなるのか。早い転換が今目の前にあるのは誰もが感じる所だ。

0
2026年04月05日

Posted by ブクログ

頭が良いと読書の繋がりはそこまで無くとも、なんらかの作用はあるし、人との会話などで生きる面もある。読めない、読まないことの現状を生の声を元に作られた論かな。と。ここでもファンダム経済が出てきて心がちょっとざわついた。

0
2026年03月31日

Posted by ブクログ

動画漬けの子供に本も読もうね、と声掛けしても通じない理由がよくわかりました。
自分自身も生成AIなど仕事の効率化に努める毎日です。一方で人の調整など行間を読むような非効率な事のどちらも大切で、偏らずバランスさせることが大切だと思うのですが、これも親世代の古い思考なのかなと考えさせられるました。

0
2026年03月28日

Posted by ブクログ

この本を読んで色々と考える読者は、やはり読書というものが比較的、日常にある生活を送ってきた人が、この現状にモヤモヤを抱いているのだろうか。
本を読む、数万字の塊から要旨を自力で整理するということが、本を読めるという意味であれば、これは希少な能力になってきたようだ。
良い悪いではなく、変化であると受け入れるとしても、紙の本や書店が減るのも変化だと受け入れるべきか。
動画視聴のようにタイパもコスパも良くないかもしれない、また読み終えたすべての本が、ここでいう☆5ではないことは事実ではあるが、それを無駄だったとは思わない。(この感想自体が日常的に本に接している者の感想なのだろう)
確かに、読書の習慣がなくても優秀な若手は存在する。しかしながら正解を最小の労力で求めようとするのはご時世か、それとも本を読まないからなのか。

0
2026年03月22日

Posted by ブクログ

・現代人が「本を読めなくなった」と感じる背景には、能力低下ではなく、メディア環境の変化があると指摘する

・スマホやSNSの普及により、短時間で効率よく情報を得る「コスパ志向」が強まり、長文読書が割に合わないと感じられるようになった

・動画・音声・要約コンテンツの台頭により、「読まずに理解する」選択肢が増え、読書の必然性が低下している

・現代人は情報量過多の中で、取捨選択のコストを嫌い、「結論だけ」「要点だけ」を求める傾向が強い

・その結果、プロセスや文脈を楽しむ読書体験が軽視され、「読む体力」が徐々に衰えていく

・SNSやニュースアプリは、感情的で即時的な反応を促す設計であり、深い思考や熟読とは相性が悪い

・「タイパ(タイムパフォーマンス)」の価値観が浸透し、読書のような時間のかかる行為が敬遠されるようになった

・一方で、読書は単なる情報取得ではなく、「思考の訓練」「他者の視点の内面化」という不可替の価値を持つ

・著者は、読書体験の価値を「非効率性」に見出しており、あえて時間をかけることで得られる内省や発見を重視する

・「読めなくなった」のではなく、「読まない選択をしている」状態であり、環境と習慣の問題であると整理できる

・読書離れを単純な劣化と断じるのではなく、現代的合理性の帰結として捉えるべきだとする

・ただし、その合理性に偏りすぎると、長期的には思考力や理解力の低下を招くリスクがある

・対抗策として、意識的に長文に触れる時間を確保し、「読む筋力」を維持・回復する必要がある

・また、自分にとって意味のあるテーマや興味関心に基づいて読むことで、読書のハードルは下げられる

・読書は娯楽・教養・自己投資のいずれにもなり得る柔軟なメディアであり、現代でも依然として重要な役割を持つ

0
2026年03月22日

Posted by ブクログ

本好きには辛い内容。
『映画を早送りで観る人たち』の続編。
タイパ志向の果てに、もともと本を読めていたのに読めなくなった人たちについて、3つの視点から読みなくなった理由を述べている。

統計データではなく、筆者の身の回りの人たちからのインタビューで成り立っているルポルタージュなので、本を読めなくなった、もともと本を読まない、本を読む、などのそれぞれの立場の生の声が記載されているのが特徴です。
この形式は前作でもそうだったんだけど、個人的にはこの生の声が結構イラッとしてしまう。
たとえば本屋が好きというと人に対して余裕があるんですね(笑)とちょっと小馬鹿にされる感じは、なかなかこたえる。偶発的な本との出合いがすきなのだが、時間もお金もない学生にとっては、裕福に見えるらしい。
ニュースや文章は無料なのが当たり前などと考える層もおり、そんなわけないだろ!とつっこんでしまう。
このように、大学生のインタビューはこちらから見るとなんだかズレているように思える。本好きが本屋いくのだって、若い子がコスメを眺めるのとそう変わらないと思うのだが…。

しかし、そう考えてしまっても仕方がない世の中になっている。
SNSではニュースが流れてくるから探さなくていいし、GoogleだってググらなくてもGeminiがまとめてくれるし、知りたいことがあったら動画で調べたらわかりやすいし…。
この本を読んでいると、将来の活字文化の行末が案じられて気が滅入ってくる。
まあ、わたしだって体を動かすのは好きだけど、長時間激しい運動はできないし…。
それと同じことだと思おう…。

本書では長文を読めるのは一種の才能と述べられているし、また本好きは何をしても本好きで、本が読めない人は何をしても読めない、などとも書かれていた。
以前読んだ『若者の読書離れというウソ』でも、もともと動画の方が理解しやすい層がいるなどと書かれていたこともあり、「そうか。読書活動って、本が読める才能を発掘して、それを伸ばすことなのかも知れないな…」と思うこともあった。わたしは国語の先生なので、いい意味で全員読書好きにできなくても良いと諦めがついた部分もあった。

ここでは語り尽くせないが、どの章もイライラしつつも興味深く読めた。

0
2026年03月21日

Posted by ブクログ

ネタバレ

読書は特別なものでも高尚なものだと思ってたかもしれない。そして、本が、読書が好きなのではなく読書をする自分が好きなのかもしれない。この本を取ったとき、間違いなく自分の中には「本を読まない人に対する優越感」があったと思う。さてさて本を読まない人たちはどんなもんなんですかね、みたいな。本書を読んで、「本屋での本との偶然の出会いがいいんだよ」とか「面白いのが分かってる本しか読まないなんて損してる」とか言えなくなっちゃったな。

0
2026年03月16日

Posted by ブクログ

本を読むことが経済的・時間的な余裕のバロメーターになる世界こわ…。

タイパやマルチタスクを求めて脳を疲弊させている現代人の姿は、今の自分にも重なるところがあった。確かに大量の情報を浴びているけれど、すぐ忘れるし、何も身になっていない気分にもなる。

短文を処理し続けて、溢れる情報を浴びるだけで、本当に豊かな人生と言えるのか?

脳が楽をしようとして動画や短文めがけて指が動いたとしても、寄り道だらけの厚みのある本をたまには開く自分でいたいと思った。

0
2026年03月15日

Posted by ブクログ

『映画を早送りで見る人たち』の著者の新刊。読書離れは個人の問題というより、社会やメディア環境の変化で読めない体になったという指摘が興味深い。

文章は無料、つまみ食いで満足できる時 時代と表現されてて、自分もテキストとの向き合い方を見つめ直したいと思った。

0
2026年03月15日

Posted by ブクログ

著者の「映画を早送りで見る人たち」もおもしろく読んだので手に取ってみた。なるほどね〜という感想です。本の情報をネットで得る時代。ネットで得る知性と読書で得る知性は別の種類だという視点が興味深かった。ざっくり一読しただけなのでまた再読したい。

あとがきに不意を突かれてホロリときてしまった。
最近流行っているのか?「ビジネス書のあとがきで人柄を垣間見せてホロリとさせる」という本を5冊くらい読んだが…(私は単純なのでそういうのけっこう好きです)

0
2026年03月12日

Posted by ブクログ

本書の大枠は当時16-28歳の学生を対象に
実施したヒアリングをもとにされているそう
(概要などに全然記載ないけども)

読めなくなった側の学生たちの主張も
わからんでもないなという感想だった。
学生たちの選択というよりは
社会の仕組み上そうなってるともいえるなと。
かくいう私も5-10年ぐらい
とんど本屋行かなかったし実際本は高いし。

でもあまりにネット上の言説が
アテンションエコノミー寄りだったり
乱立しすぎて質が低下しすぎて
結果、個人的には本の価値が上がっているのがいま。
とはいえそれを20代とかに求めるのも酷かなあ。

あとは認知の特性もありそうだなという気がする。
私はむしろ動画だと情報量多すぎて
文字のほうが要点掴みやすかったりする。

あとあと、「本が好きな私が好き」で
なにが悪い!とは思うぞ!

0
2026年03月06日

Posted by ブクログ

最近、本を読むことを負担に感じることが増え、タイトルに惹かれて手に取った。
動画やポッドキャストで情報を摂取する機会が増え、読書のような集中を要するメディアから遠ざかっていた自覚がある。しかし、昨今のAIによる粗製乱造なコンテンツの氾濫を目の当たりにし、改めて読書の有効性を再認識させられた。

本書が強調するのは、「長時間の読書ができる」という状況がいかに恵まれた環境か、という点だ。同時に、若者にとって読書のハードルが想像以上に高いことが、インタビューを通じて明らかにされている。
親の経済力による優先順位の低下や、タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する姿勢。現代は、読書をしなければならない必然性がない状況なのだ。また、長年疑問だった「読書量と学力の相関関係」が必ずしも成立しないという指摘には、深く納得させられた。

昨今、分かりやすさを重視するあまり、既視感のある内容の本が増えたと感じる。編集現場で専門用語を避けるよう指示があるという裏話にも合点がいった。分かりやすさを追求して質を落とすことは、結果として読者層をさらに狭め、出版業界自らの首を絞めることにならないだろうか。

私は知的好奇心を満たすために本を読んでいる。そこに効率は求めていない。本屋へ足を運ぶのもセレンディピティ(偶然の出会い)を求めてのことであり、明確な対価を得るためではないのだ。
もし若者に「なぜ本を読むのか」と問われても、「人生の解像度が高くなるから」としか答えられない。
効率を求める姿勢を否定はしないが、ふと目を向けた先に「違う見方」があることに気づく人が増えてほしいと願っている。

0
2026年03月01日

Posted by ブクログ

本を買うという行為が「貴族的ふるまい」になり、読書をしている人がハイステータス化して、独立系書店やセレクト書店が支持され、それが市場を支えている面はあるものの、ビジネスとしてはあまりにもインパクトが小さい、という点については、本が好きで、一方でこの業界を身を置いて生活の糧にしている自分には複雑な気分で同意せざるを得ない。
本が好きな人と、本が好きな自分が好きな人は違っている、読者と消費者と分けて考えるという視点も必要なのもまさにその通り。
本を読まないZ世代が別の方法で知的好奇心を満たし、知性を身につけているというのも頷くしかなかった。
あと10年後、本はどのような存在になってるんだろう。

0
2026年03月01日

Posted by ブクログ

現代人は本を読まないどころか、文章を読む能力が退化しているという。ところが、文章を読むのとは異なるスタイルで知性を鍛える若者もいる。本を読んでいるからといって頭が良くなるとは限らない。読書は時代遅れ、わざわざ書店に行ってお金を払って、偶然の良書との出会い(セレンディピティ)を期待する行為は、時間もお金もある余裕の人だけのもの。紙の本屋は無くなって当然。自称「読書家」は、読書をしている自分の姿に酔っているだけ・・・などなどバッサリ。
読書を続けることで自分を励まし奮い立たせてきたが、薄々と気づいていた自分の痛いところ(思慮の浅さや、有意義な読書はできていないこと)をしっかり炙り出されるという、ショッキングな一冊。「お前が今までやってきたことは、読書なんですか?読書会なんか意味あんの?」と責められている印象を受けた。読後感は非常に悪いが、筆者の指摘は確かに思い当たるところがあるので、星3つとした。

0
2026年04月05日

Posted by ブクログ

ネタバレ

内容としては、今時の高校大学生相手のインタビューやSNSの投稿・出版業界関係者のインタビューを拾いつつ、本が読まれなくなった或いは人々が本を読まなくなった原因を分析していくもの。

全体を通して著者の語り口が本好きを刺すようなものにやや感じたが、それはまさにこの業界で生きてきた著者が今の時代を客観的に伝えようと努めた結果なのだと、あとがきを読んで感じた。

「不愉快なのだ。人が、人の頭で捻り出し綴った文章に、敬意とお金が払われないという状況が。怒り。それが本書執筆の原動力だった。苦しくとも、なんとか最後まで書き上げることができたのは、怒りが自分を駆り立てていたからである。」
–頁284

客観的に現状を書き記す、その中でも所々著書の思想・立場が滲む箇所が印象的だった。

「そこで、なんとか読んでもらうために「わかりやすくする」という方向に全振りする努力が払われる。実際、ある男子大学生からも「同じことが書いてあったとしても、本よりネットのほうが言葉遣いなどの点で馴染みがあるし、納得しやすい」という意見があった。ちなみに、この彼が目指している卒業後の進路は「学校の先生」である」
–頁119第2章「わかりやすくなければ、読まれない」

私はこれを痛烈な皮肉と受け取り、著者の想いを垣間見たと感じた。瑣末な例に過ぎないだろうが、私にはこの部分が最も印象的だった。

0
2026年04月05日

Posted by ブクログ

ここに集う年季の入った本好きの皆さん、近年本、特に情報系の新書の質が著しく低下したと思いませんか?
 うっすい内容の本を粗製乱造して、おまけに価格も爆上げしてマーケットがシュリンクしていくと嘆かれても「そりゃないぜ」と感じてしまう。AIによって低コストで文書生成できるようになり物書きの食い扶持が危機にさらされると言うが、我々は本が伝える情報なり思想なりにお金を払っているのであって、文章自体に払っているわけではない。AIと同様何ら新規性がない文章しか書けないコタツ記者のようなライターが淘汰されるのは当然だ。量産効果がなくなって出版物の価格が上がるのは痛いが、悪貨が駆逐されて質が上がるのならそれも良いと思う。
 もとより読書なんてのは将棋や囲碁と同じように特殊な能力と趣向を持った一部好事家の趣味であって、国民全員がすべきものでもない。特に金銭的な余裕のない学生だけにインタビューして全体像を語るのは片手落ち、もっとはっきり言えばミスリードではないかと思う。

0
2026年04月05日

Posted by ブクログ

最近の潮流、スマホ・タブレット、サブスクエエンタメ、そして生成AIの登場。

これらに押し出されてきてしまったのは、紙の本と読書習慣である。その領域は小説などのエンタメ分野に限らず、評論や論文といった学術分野にも言える。

表題が示すように題材は本が読めない人でなく、読めなくなった人だ。彼らはかつては本を読んでいた。
しかし環境・技術の変化により本を読むのが割に合わない世界に生きてしまっているのだ。

そんな内容のことをライターを生業としている著者が自身の危機感も交えて書いている。

言っていることはわかるが、出てくる例が街角インタビューに近く、全体的な統計や賛否両論みたいな公正な議論はあまり無いように思ったので、ちょっとなあと思った。

今後、紙の本を読む人は一部の愛好家のためだけになり、市場は縮小するという論調には賛同するが、ラテン語のように廃れているが教養を感じさせるものになるとう主張には反対だ。
本は異なる言語で語られているわけでないし、いうならばweb記事やAIの生成する文書は超訳〇〇に相当する程度なのに対して、読書は原典に当たるものに近いと思う。
と、思うと読書を辞めた人と継続し続ける人の間にはどんどん容易には越えがたい能力分野も出てくると思う。
だからこそ、読書をしてきた人は続けることが一番チャンスをつかむことになるのではないか。

そんな風に終わてほしかったという希望はあった。

0
2026年04月01日

Posted by ブクログ

脳の形そのものも変化していくのだろうか インターネットやデジタルの浸透で世界が拡がるのではなく、むしろ狭まっていることも感じた 〈おもしろみ〉の感覚を大事にしたいなあ

0
2026年03月31日

Posted by ブクログ

途中盛り下がったけれど最後の4ページで挽回して⭐️3.5くらいか。

長く複雑な文章を自力で読み通す能力のレガシー化をラテン語の読み書き能力に準えたところは白眉。

「紙の本を読む行為は、特権性と階層意識を孕んだ、選ばれし者たちの古き良き嗜み。」
古き良き嗜みであるところが、トレンドを追いかけることを軽佻浮薄とする我ら読書人からするとそれがまた良し。

0
2026年03月23日

Posted by ブクログ

『映画を早送りで観る人たち』の著者の最新作。
スマホのせいで本が読めなくなったは思い込みかもしれないし(もちろん可処分時間をスマホに取られているのは間違いないが)、時間があれば本を読むかというとそうではない。
何にしても著者のいう読書する行為は古典的になり、読書する能力は特殊能力となっていくという指摘は多少大袈裟と思わなくもないが、これだけ本が売れないとなると、進行しそうにも感じた。
ひとは「考えない」ことにお金を払い、「考えさせる」ことにはお金を払わないという指摘が悲しく、そして心に残った。

AI時代において、長文をあっさり要約してくれる機能を前に頭からお尻までしっかり読む読書ってどれ程の価値があるのか。とくにビジネス書や何かを知るためにする読書においてそこまでの時間をかけて知る意味は何か。自分にはうまく答えることができないが、それでも自分は本を読むという行動をやめない自分に対してもうまく言えない不思議さがある。読者一つでもこんなに議論をしなくてはならないなんて、なんて生きづらいんだ。

0
2026年03月22日

Posted by ブクログ

『映画を早送りで観る人たち』の続編であり発展系。三宅香帆さんの近年の著書群と明らかに共鳴しつつも、それら以上に現況を冷淡且つ切実に嘆いていて、「あとがき」はグッとくるものがあった。さらなる続編希望。

0
2026年03月20日

Posted by ブクログ

 先日『働いているとなぜ本が読めないのか』を読んだときは、ふんっ、SNSをやめればいいんだよと単純に思ったが、事態はより深刻なようだ。SNSで読まれる真偽不明の短いテキスト、ビジネス書をWeb上に切り売りし、テキストの価値を棄ててしまう出版社。テキストの価値がどんどん下がっているに比し、動画の価値は上がっている。熟考が望ましい選挙の際に参考にする情報までもが動画、しかもショートだ。

 著者はテキストを書くことで生計を立てるライター出身で、危機感を覚え若者世代を中心にインタビューを繰り返し、現状を考察している。考察された内容は、明瞭でうなずくことばかりだ。僕がじじいだから感じるだけかもしれないが、率直に『世も末』感が漂う。40年前のアホな若者代表としていうが、『世も末』だ。

 著者は昔と現在は知性の磨き方、知性の醸成をする材料が、昔は本であったが、現在は動画や他のテクノロジーになっただけだとも言うが、その知性がどんなものか僕には見えない。

 『本を読めなくなった人たち』であればまだ良いが、『本を読めなくなった人間たち』になりつつあると感じる。

0
2026年03月08日

Posted by ブクログ

なんとなく予想通りの内容だったと思います。皆さんが興味を持つテーマだったと思います。とはいえ、ソリューションが書かれているわけではありませんでした。

0
2026年03月02日

Posted by ブクログ

生成AIやソーシャルメディアはタイパがよく、現代っ子のマストツールと言っても過言ではない。確かに便利で要点を外す事はないが、リアル書店にいき、自分が読みたいと思う本に出会った楽しみや早く読みたいというワクワク感は忘れたくはない。

0
2026年02月28日

「ノンフィクション」ランキング