【感想・ネタバレ】本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形のレビュー

あらすじ

著者による『映画を早送りで観る人たち』の待望の続編!
〈倍速視聴〉から見えたコンテンツ消費における〈コスパ〉〈タイパ〉という欲望は、
読書においてはどのように作用しているのか。
本作では、「本を読めない人たち」への徹底取材をはじめ、
テキスト受容を取り巻く読者と出版社/ウェブメディアの現状をリポートする。
一体「本を読めなくなった人」は何を考えているのか。
2010年代以降、本が読まれないことが当たり前になるなか、
ほとんどフォーカスされてこなかった。
生の声を取材することで、現代社会のメディア状況への考察を深めていく。

【目次】
プロローグ
第1章 ニュースを無料で読む人たち
――無料ウェブメディアの行き詰まり
第2章 本を読まない人たち
――〈わかりみ〉と〈おもしろみ〉
第3章 本と出合えない人たち
――無料抜粋記事と電子書籍の限界
第4章 本屋に行かない人たち
――聖域としての書店
終 章 紙の本に集う人たち
――読者と消費者

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Posted by ブクログ

周りの人に対して「なんで本を読まないの?」とは特段思った事はないし、向こうからすれば「なんで動画を観ないの?」と思われているかもしれず、「なんで野球やらないの?」などとも思われているかもしれないのでそれはそれとして、こと「趣味としての読書」という行為についての理解がぐっと深まった一冊。
インタビューを中心としたフィールドワークからのアプローチが主であり、出版業界や書店業界関係者のみにあたっている訳でもないので説教じみていることもなくて自分ごととして捉えて読みやすい新書なのではないかと思います。

つまるところ、「なんで野球やらないの?」のアンサーと似たような感じで「長文を読み通すことができる人、理解できる人、あるいは長文読解に時間を費やすことに意義を見いだせる人」(p270)が読書という趣味に出会うのは自然なことであり、もしかしたら「肩が強い人、目が良い人、足が速い人、身体を動かすことに意義を見いだせる人」が野球をやってみよう、と思う流れと根はおんなじだと思うのであります。

そうやって考えていくと、日本において読書人口が減少している事や少年野球人口が減少している事はそれぞれ別に悲観をする事などではなくて社会の移ろいがもたらした一つの経過、みたいな捉え方で良いのではないかと思うのですが、業界当事者からすれば市場規模が縮小してゆくことに忸怩たる想いがある事もまた理解は出来ます。一方で例えば女子野球の競技人口は近年増えているそうなので、そういう方向での適応変化はありかな、と。

読書や少年野球ばかりを引き合いに出す訳ではないですが、やらなくなった人が増えた理由のひとつに、やっている側からもたらされる「不快な「圧」」(p225)や「エリート的行為」(p271)化というファクターは事実あると思います。
どちらもなんというか、「読書は神聖で潔癖なもの」「野球少年の汗は無二の尊いもの」みたいな尖り過ぎた文脈が一部先鋭化していった結果、「そこまでは別にいいかな…」というエンジョイ勢やライト層を手放していったのが現状のあり様なのではないのかな、と。あるじゃないですか、いつしかファンの集団が序列化されていって一部の勢力が幅を利かせて行った結果廃れていくコンテンツって。楽しくわいわいやってたいだけの周囲にドン引かれていることに気付かない一部の集団の‘仕切り’が悪目立ちした末にそして誰も居なくなった、的な。

とはいえ一介の読書趣味人の末端のひとりとしてはやっぱり紙の本を扱っている書店さんが生き残ってほしい思いはありますし頑張って買い支えているつもりもあるので、同好の士であるならばあまつさえ「こんなものを読書と呼ぶな」(p240)なんていう思想は強要しないでいただきたいものです。

趣味の範疇ならせめて優しく扱ってほしいの。
玄人ムーブを強いらずに優しくしてほしいだけなの。


1刷
2026.3.6

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2026年03月06日

Posted by ブクログ

確かに、言われてみれば、「無料で情報が得られる」という状況に疑問を感じなくなっていた。
一旦LINEニュースで情報をとるし、インスタは昔でいう雑誌だと思って見ている。そこにお金を払う感覚がなくなっていた。
一方で、最近は無料情報の質の低さは正直感じるし、どこかにお金を払って情報をとる必要性は感じていたところ。一番思うのは「タイトル」と中身の差。タイトルを見てクリックするか決めるから、まあ戦略としてはそうなんだけど、「そこ引っ張る?」というタイトルが多すぎる。
資本主義としては、正直妥当な流れな気もするから、この社会の構造の変化としては、個人的に受け入れてはいるんだと思う。

じゃあ、本を読むか。なんで自分は本を読んでるんだろう。一番は自分に対する知的好奇心なのかな。本屋さんに行って、「必要な本が光って見える」を比較的信じているほう。自分が今欲しているものはなんだろう、が見える場所が本屋さんだと思っている。だから疲れている時は、癒しをくれそうな本を読むし、流行っている本も読みたくなるし、キャッチーな新書を手に取ることもある。どれを自分が選ぶのかを客観的に楽しんでいる節はあるかも。

今、ありがたいことに躊躇なく本を手に取る。レジで「こんなにする?」と思うことはあっても、大体は躊躇せずに買っている。(強いて言えば、重くて持って帰りたくない時に躊躇する。)まだまだ本は読みたいし、本屋さんという文化は続いて欲しいと思っている。だから、本を買うという行為で自分の意思を示すことは続けていこうと思う。

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2026年02月23日

Posted by ブクログ

とっても良い本で今読むべき本で感動もしたけど、全てその通り過ぎて、絶望感がすごい。辛い。幼い頃からの読書好きで、書いて読んでに人生を捧げて仕事の大半もそこである私にとってはキツイ現実。でも助かりました。書いていただいてありがたい。

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2026年02月24日

Posted by ブクログ

ほんと、読みながら首もげるかと思うほどうなづきながら読んだ。
最近感じている、読書界隈の哀しみや寂しさ、違和感、ちょっとした絶望感を的確に言語化されていた。
一番初めに面白いと思ったのは「ふしぎなたけのこ」という絵本だった。そして「エルマーのぼうけん」を読み耽っていて母に「ごはんだよ」と呼ばれた。本や読書とのつきあいは50年を超える。
自分にとって「読書」「活字」は日常だったが、それがどうやら特別なものになる未来がもうきているのか。

Xの読書垢界隈の分析も的確すぎて面白かった。今まで思っていた「本を読む」という普通のことが「選民」とつながるとは・・。

あとがきも秀逸。というか、切実で、読まされた。

是非、いろんな人におすすめしたい一冊です。

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2026年02月21日

Posted by ブクログ

①PVを稼ぐためにメディアも解りやすさを重視する+見る側も疲れやコスパタイパを求める→反知性主義、お客様重視、自分視点

②本は「情報を伝える」媒体でしかない→情報が欲しいけど本を無理矢理読んでいた層が、オーディブルや動画に移った

③話す力はあっても聴く力がない→興味ない話題はシャットダウン+話したがりで他の人の話のターンに被せてくる
読書は聴く力が高まるとXで最近見かけるが、それは著者の話を文章を通して「能動的に聴く」ターン=読むがあるからだと思う。

④無料抜粋記事で満足→本を買わない
ゲームの配信や映画の切り抜き、ショート動画で満足するのと同じ。

⑤書店の本だらけの知的な圧が強い+出版社別に並べるなど探すのが大変+本の値段が高い
本の値段が高くて中古で買ったりするから分かる!

⑥読書好きは「本が好きな私が好き」、独立型・シェア型書店という選民的空間
読書垢が苦手な理由に気づいた。私は本「も」好きな人で、ゲームや映画など他の趣味を楽しむためにも読む。読書垢は「本っていいよね」の話しかしないから馴染めない。

⑦コンテンツが膨大で人によって本や映画と呼んでいるものの中身が違う→「こんなものを読書と呼ぶな」
本はビジネス書やラノベ、映画は白黒映画やアニメ映画、ゲームはソシャゲやアーケードなどに目を向けない人もいる。

⑧生成AIの普及で文章の経済的価値が下がった
映像や音楽などの作品もどうなるのか…。

本の話題ではあるけれど、映画にもゲームにも当てはまるところは当てはまる。例えば①+③がニンダイやステプレのコメント欄や評価の酷さに繋がっているのでは?

どうすればこれらの風潮に対抗できるのか。でも余裕・能力のある人しかできないのが難しい…。本が読めない=社会全体の貧しさを感じました。

一方で、本以外でも育つ能力はあると改めて感じました。本を読まなくても知的な人はいます。コミュニケーション力など他の能力が高くなったりもしています。インターネットやSNSも使う人次第。

個人的にしたいことは、
①本も映画もゲームも音楽もしっかり触れて糧にする
②話す力だけではなく聴く力を育む
③書店に行くなど能動的に関心を拡げ、新規開拓をする。
④①〜③の感覚がある人と交流し、変化する

(※2/26 追記)
本は「情報を伝える媒体」だからこそ弱い。すぐに欲しい情報を得ることができるSNSや動画が強い。逆にそれらは正しいか分からないため、価値の担保は低い。

またSNSや動画、無料記事とその人が情報を得ることができると感じる行き先に分かれていった気がする。

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2026年02月15日

Posted by ブクログ

現代の若い人の大半は本どころかテキストを読まない。本から情報を得るのは効率が悪いので動画などその他の手段で知識を得る。そして本を読まないからといって知的でないわけではない。学力が高い学生であっても長文が読めないケースは多々ある。知識を得る手段が本から別のメディアへと変化しつつあるのだ。

今の若い人はニュースを積極的には見ない。SNSなどで見出しを知ってもリンク先のポータルサイトやソース元の新聞社のサイトへはいかない。これはアルゴリズムによってユーザーのおすすめがプラットフォームから自動で表示されるのに最適化した結果でもある。

もともと長文を積極的に読む人自体が多くなかった。が、昔は情報を得るのに本しかなかったから仕方なく読んでいた。そうしなくてよくなったのだから社会が「非読社会」化するのは自然なこと。本を読む人が自明の前提にしている「長い文章を読み通し、理解できる」能力は「決してすべての人間に備わった当たり前の能力ではない」。長文を読めるのは特殊な能力なのだ。

読書が知性と相関があるとは言い切れない。学力が高い賢い学生であっても長文が読めない。本を読んでいる学生が読んでいない学生より言語化能力が高いとか、質問の意図をうまく汲めるわけではない。大学関係者や塾関係者も学力と読書時間に相関関係はないのを認めている。ただし、本を読む学力の高い「読書エリート」の学生がそうでない学生より情報摂取に積極的で質の選定にも慎重な傾向はある。

今後活字メディアは、好んで本を読む客層のみの市場に縮小していく。音楽を配信ではなくレコードで聴くのと同じような好事家の趣味になる。コスト面の問題から価格が上がることは避けられない。
「いずれ紙の本を読むという行為は、特権性と階級意識を孕んだ、選ばれし者たちの古き良き嗜みとなる。これからの紙の本は、そういう人のために書かれる。そういう人のお眼鏡にかなう本しか買われないし、読まれないし、売れない」

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2026年02月08日

Posted by ブクログ

読めなくなった側の学生たちの主張も
わからんでもないなという感想だった。
学生たちの選択というよりは
社会の仕組み上そうなってるともいえるなと。
かくいう私も5-10年ぐらい
ほとんど本屋行かなかったし。

あとは認知の特性もありそうだなという気がする。
私はむしろ動画だと情報量多すぎて
文字のほうが要点掴みやすかったりする。

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2026年03月06日

Posted by ブクログ

最近本を読むことが大変に思うことが多くなり、タイトルに引かれて読んでみた。
動画やポッドキャストから情報を摂取する事が多くなり、読書の様な集中を要するメディアから遠ざかる部分が多くなった。最近、AIを使った粗造乱造の動画が多くなり、読書の有効性を再認識させられた。

本書が強調しているのは長時間の読書が出来るという事がかなり恵まれた環境にあるという事だ。同時に若者にとって本を読むことが想像以上にハードルが高いことをインタビューから自明としている。
読書環境に関して、親の経済力からの優先順位の低迷。動画などのダイパを重視する姿勢など
読書をしなければならない必然性がない状況であるという。
長年疑問にかんじていた読書量と学力の相関関係は必ずしもあるわけではないことが明示されており納得させられた。
分かりやすさを重視するあまりどこかで聞いたことのある内容の本が多くなったと感じた。編集から専門用語をあまり用いないような指示があると聞いて納得がいった。分かりやすさを指示するのは分かるが内容の質を落とす事は、より狭くなった読書層を狭めることになり出版社のクビを締めるのではと感じている。

自分は知的好奇心を満たすために本を読んでいるので、ダイパやコスパは求めていない。本屋に行くのもセレンディピティを求めるためで、何かを得るためでもない。
若者になぜ本を読むのか問われても、読んだ方が人生の解像度が高くなるからとしか答えられない。
ダイパコスパを求めるのは若者の傾向だから、否定はしない。
ただ、目を向けると違う見方も出来るよと気づく人には気づいてほしい。

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2026年03月01日

Posted by ブクログ

本を買うという行為が「貴族的ふるまい」になり、読書をしている人がハイステータス化して、独立系書店やセレクト書店が支持され、それが市場を支えている面はあるものの、ビジネスとしてはあまりにもインパクトが小さい、という点については、本が好きで、一方でこの業界を身を置いて生活の糧にしている自分には複雑な気分で同意せざるを得ない。
本が好きな人と、本が好きな自分が好きな人は違っている、読者と消費者と分けて考えるという視点も必要なのもまさにその通り。
本を読まないZ世代が別の方法で知的好奇心を満たし、知性を身につけているというのも頷くしかなかった。
あと10年後、本はどのような存在になってるんだろう。

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2026年03月01日

Posted by ブクログ

”映画を早送り~”が良かったから、その系統に連なる新著となると、これは読まない手はない。同書同様、ただ書籍や書店を肯定するスタンスとは一線を画す、冷静なんなら冷徹な論考。とはいえ根っこの部分では、形のある書籍への信頼はそこかしこで表明されている。

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2026年02月25日

Posted by ブクログ

読書は探究する人達だけのものとなってしまうのか?

テキストは昔よりも見ているが、長文として読んではいない、動画の隆盛、受動的に流れてくる情報…本書はかつて読んでいた人も含めなぜ本が読まれなくなっているのかを、様々な角度から採り上げている。
学生達の主張は分からなくはないが、個人的にそれで良いの?と思う感触は、読んでいてどうしても抜けない。一方で長文を読み理解できることが特殊能力の一種であること、本屋の並びに圧を感じるという視点は正直持ったことがなく、そのように思うのかと戸惑ってしまった。

また偶然に任せてハズレを引くリスクを抱えながら、値段の上がっている紙の本を買うのは厳しいという考えも、特に学生なら理解できる(社会人になっても、経済的にこのような人は多いのだろう)。

あとがきで、著者が苦しみながら、怒りを滲ませながら書いてきたとあり、この内容をまとめるのは実際に書くことを生業にしてる人としては、辛かったというのをあらためて感じた。

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2026年02月21日

Posted by ブクログ

著しいスマホの普及、SNS、AI、Chat GPTなど、本に頼らなくても情報が入ってくる世の中、過去と現代での状況違いを目の当たりにしたことで、今一度「読書」について考えさせられた。

私自身も最近読書スランプから復帰したばかり。
言葉にするのは難しいが、読書でしか得られないものもきっとあるはずで。

これからも本を書いてくれる人(と、それに携わってくれる方々)それを売り出してくれる書店に敬意を払いつつ、大事にしていきたいと思った。

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2026年02月17日

Posted by ブクログ

とても興味深く、面白く、うんうんと頷きながら1日で一気に読みました。

ショート動画や短文が溢れるSNSの時代、「本を読む」ことがすでにマイノリティなのだと痛感させられます。スマホを開けば膨大な情報に簡単にアクセスできるなか、書籍から情報を得ることは「コスパが悪い」と一蹴されてしまう行為なのかもしれません。

私は、非効率のなかで得る知識こそが、確実に自分自身の"知肉"になると信じています。ただ一方で、読書量の多さと賢さは必ずしも比例しないとも感じていました。本書で語られる「賢さに寄与する読書と寄与しない読書」という視点には、大いに納得させられました。

知識や教養を得るための読書と、単なる娯楽としての読書では、思考の働き方が違う。これは実感としてよく分かります。子どもにも読書は勧めたいですが、「賢くなること」を期待するのではなく、まずは娯楽として本に親しんでほしいと思いました。

また、本を読まない学生が「本を読んでいる自分が好きに見える」と冷笑する場面があります。少し悲しくなりつつも、たしかにそう見える瞬間があることも否定できません。

ビジネス書や自己啓発書、電子書籍を排他的に捉え、「紙の小説」こそが“読書”だとする風潮には、「本を読んでいる自分」への自意識が透けて見える気もします。

本書によれば、もはや長文を読めること自体が一種の特殊能力なのだそうです。ただでさえ、能動的に本を選び、読み通す人が少ない時代。ジャンルや媒体にこだわらず、面白そうだと思った本はこれからもどんどん読んでいきたいと思います。

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2026年02月16日

Posted by ブクログ

 先日『働いているとなぜ本が読めないのか』を読んだときは、ふんっ、SNSをやめればいいんだよと単純に思ったが、事態はより深刻なようだ。SNSで読まれる真偽不明の短いテキスト、ビジネス書をWeb上に切り売りし、テキストの価値を棄ててしまう出版社。テキストの価値がどんどん下がっているに比し、動画の価値は上がっている。熟考が望ましい選挙の際に参考にする情報までもが動画、しかもショートだ。

 著者はテキストを書くことで生計を立てるライター出身で、危機感を覚え若者世代を中心にインタビューを繰り返し、現状を考察している。考察された内容は、明瞭でうなずくことばかりだ。僕がじじいだから感じるだけかもしれないが、率直に『世も末』感が漂う。40年前のアホな若者代表としていうが、『世も末』だ。

 著者は昔と現在は知性の磨き方、知性の醸成をする材料が、昔は本であったが、現在は動画や他のテクノロジーになっただけだとも言うが、その知性がどんなものか僕には見えない。

 『本を読めなくなった人たち』であればまだ良いが、『本を読めなくなった人間たち』になりつつあると感じる。

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2026年03月08日

Posted by ブクログ

なんとなく予想通りの内容だったと思います。皆さんが興味を持つテーマだったと思います。とはいえ、ソリューションが書かれているわけではありませんでした。

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2026年03月02日

Posted by ブクログ

生成AIやソーシャルメディアはタイパがよく、現代っ子のマストツールと言っても過言ではない。確かに便利で要点を外す事はないが、リアル書店にいき、自分が読みたいと思う本に出会った楽しみや早く読みたいというワクワク感は忘れたくはない。

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2026年02月28日

Posted by ブクログ

現代人のテキストメディアとの向き合い方には、「本を読む/本を読まない」という軸とは別に、もう一つの軸があるという指摘にハッとさせられた。それが「おもしろみ/わかりみ」という軸であり、この二軸によって読書行動を四つの象限に整理できるという考え方である。

たしかに、小説とビジネス書では求めているものが違う。小説を読むとき、私は他のことをすべて遮断し、読書体験そのものに没頭することを大切にしている。一方、ビジネス書を読む際には、いかに効率よく自分にとって有益な情報を得られるかという実利性を求めている。

インターネットが普及し、手軽に情報を得られるようになった今、多くの現代人はコストパフォーマンスを重視し、長文を読まなくなりつつあるのかもしれない。この先、紙の本は減少し、読書能力は特別なものになっていく可能性もある。それでも私は、紙の本からしか得られない、じっくりと言葉と向き合う時間を大切にしたいと思いました。

そしてこれからも、自分の言葉で読んだ本の感想を書き残していきたい。人の言葉には、AIには代えがたい価値があると信じています。

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2026年02月21日

Posted by ブクログ

立証的かどうかは疑はしい
 飯田一史の本が統計的であるならば、こちらはインタヴュー的である。それもそのはず、この本の全体を支へてゐるのは、匿名による大学生やライターなどのインタヴューだからだ。

 私はこの本の主張にたいして、ちょっと疑問がある。

 スマホのせいで本を読まない……といふのはまあ違ふだらう。本書でも、読むひとは読む、読まないひとは読まないといってゐる。
 スマホがなければテレビを見てゐただらうし、一億総白痴化とはむかしからいはれてゐたわけで、スマホはテレビに代はるスケープゴートに過ぎない。

 大学生が読まないのも、進学率上昇による大学の大衆化が原因で、読書層は昔から一定なのだらう。 むしろ昭和の読書バブルが異常で、今は正常な状態に戻っただけともいへる。

 結城真一郎『#真相をお話しします』は、いまの若者が飽きずに、30分でオチがわかるやうなミステリ短篇ばかりを意識してゐるらしく、なるほどとおもった。
 一方、 会話の内容よりもオチばかり気にするといふ事例のひとつとして取り上げてゐるが、星新一が前からやってゐることでは?となった。落語やその他も、たいはんの娯楽はオチ付きなのであって、稲田氏が取り上げる純文学のオープンエンディングのほうが特殊だとみることもできる。

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2026年02月21日

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