あらすじ
著者による『映画を早送りで観る人たち』の待望の続編!
〈倍速視聴〉から見えたコンテンツ消費における〈コスパ〉〈タイパ〉という欲望は、
読書においてはどのように作用しているのか。
本作では、「本を読めない人たち」への徹底取材をはじめ、
テキスト受容を取り巻く読者と出版社/ウェブメディアの現状をリポートする。
一体「本を読めなくなった人」は何を考えているのか。
2010年代以降、本が読まれないことが当たり前になるなか、
ほとんどフォーカスされてこなかった。
生の声を取材することで、現代社会のメディア状況への考察を深めていく。
【目次】
プロローグ
第1章 ニュースを無料で読む人たち
――無料ウェブメディアの行き詰まり
第2章 本を読まない人たち
――〈わかりみ〉と〈おもしろみ〉
第3章 本と出合えない人たち
――無料抜粋記事と電子書籍の限界
第4章 本屋に行かない人たち
――聖域としての書店
終 章 紙の本に集う人たち
――読者と消費者
感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
「本を読む」という行為が、いつの間にか、多くの人にとって当たり前のことではなくなってしまっているのか・・・
数千年もの間、情報収集や共有の主流だった書物を中心とするテキストメディアの歴史大きく変わっていってしまうのを感じました。
私自身は、生きている間は書物に触れ続けていたい。
内容には関係ないものの、漢字の読み間違いが気になりました。リリース前にぜんぶ細かくはチェックしていないんでしょうね。
Posted by ブクログ
『映画を早送りで観る人たち』の著者による新書。その本は読んだことないが、確かに若者たちは倍速でドラマ見たり動画再生したりするらしいというのは知ってた。本屋さんで冒頭だけ少し読んで、読書もそれに通ずるのか…?とすごく考えさせられて購入。
若者たちいわく、
読書はタイパが悪い。
ながら読書がムリだから、動画を見ているほうが良い。
長い文章を読まなければならなくなった場合でも、chatGPTに投げれば要約してくれるので、自分で時間と労力をかけて何十万字も読む必要はない。
などなど…
衝撃!
確かにAIは便利やけども、、なんでも教えてくれるけども、、
読書をしないなど私は考えられないので、そのような若者たちの考えに全く共感できず。
動画やSNSみたいな受動的に情報を得ることが中心なので、読書のように能動的な活動はしんどいらしい。
読んで、自分ならこうだなあと考えたりいろんな感情を持ったり、めっちゃ大事なことやと思うんやけどなあー。
インプットとアウトプットを繰り返して、いろんなこと知って賢くなるんやと思うんやけどなあー。
時代かなあ。
でも、若者たちの中にも、動画より読書!という人たちの話もたくさん載っていて、そこは少し安心した。マイノリティではあるが。
動画がアカンとは思わないが、自分の頭で考えるという行程を大事にしてほしい。
Posted by ブクログ
三宅香帆の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では、仕事に忙殺され過ぎ脳のリソースがなくなってしまい、脳を使わなくても安易に報酬(ドーパミン)が得られる動画やゲームに流れてしまう……という話だったんだが、本書では「時間がない」「忙しい」とかではなく、「そもそも読む能力がない」という結論に達してしまっている。
彼らは、例え仕事を辞めるなどして時間ができて暇になってもその時間を読書には充てない。
そもそも、読むスキルがない、らしい。
もはや、長文読解能力は一部の層の特殊能力になりつつある、というのは驚きだった。
自分的には、3分で読んで理解できるものを10分の動画で見るタイパの悪さが許容できず、動画を見るほうが苦痛なんだが、私が3分で読めるものに10分以上費やしてしまう人がいる、ということだ。
しかも、SNSの隆盛や短尺動画の影響で最近増えているとはいえ、「本当は文章を読むのが嫌い」な人たちは以前から一定数いたが、他に方法がなかったから本を読んでいた、とは思わなかった。
もはや読書は、安価で手軽で楽しめる娯楽ではなく、「高尚な趣味」になってしまったらしい。
そして本書を読んで「嘆かわしい……」と思っているのは「本が読める人たち」なので、なぜそうなっているのか、ということは理解できたが、何も問題は解決していない。
Posted by ブクログ
youtubeで勧められていた、本好きにこそ読んで欲しいと言われていた本を読み終わった。
中身を読み進めてみると、、なるほど。やはりこれは本を読まない人を卑下し、本好き所謂読書家を褒める本では無い!最初に印象的だったのは、本を読むことができるのは、恵まれた環境にいるという事実。今の自分が恵まれた環境だったなんて…考えもしなかった!
そして何より読書家イコール地頭が良い、賢いに比例しないということ。私も本が好きだが、エンタメ要素として読んだり、ゼロイチ思考でコスパを考えた読み方をしている経験があり、かなり納得。ちなみに読書エリートは、古典や哲学書を読むとのこと。私は哲学は好きだが古典は読めたためしが無い。
それでも私は、縮小する書店、出版市場を考えるといつまでも紙で本を読みたい、購入してマーケットに参入していたい。さらに、読書でしか味わえない没入感が堪らなくて読み続けていくのだと思う。
Posted by ブクログ
本を読めないだけでなく、テキストコンテンツ全般を読めない人が増えている。
まさかYahoo!ニュースすら読まずにXに流れてきたものだけをニュースとして扱っているだなんて… 仮にYahoo!ニュースを見ていても配信元媒体をチェックしない若者がほとんどだなんて…
本を読まないがために書籍の値段が今後も上がり続けるというのは読書家として非常につらいところ。
(Audibleで視聴)
Posted by ブクログ
とにかく、読書の時間で一時期心を救われた自分としては何とも言えない気持ちになった
10代のなかでも今の圧で落ちてくるネット社会に適合できる
一定の距離を保てる人は快適にサーフィンをし
情報のシャワーのなかでノイズを除去し
池の蓮を渡っていくように生きていけるだろう
そのような戦略はまったくもって正当だ
しかし、私のようなそのようなことが苦手な人は
やはりどこか泥臭くもがいて生きていく
そのような人間にとって読書時間は優しくそして孤独だ
もがいている間はわからない
人生の回収がどこでやってくるかはわからない
人も世界も変化がある
精神と肉体にズレが生じる
若い精神と肉体に親和性のあったネットから
まず肉体が離れていく
地殻変動で最適が移り変わる
その時、瞬間の適合能力では限界がある
どこかで、誰かが、泥沼で幅をとることが
必要な時もある
幾年も積み重なった泥沼は酸素に振れれば新たな生命の源になるかもしれない
人は酸素を含んだ泡沫だ
ネットが泥沼になると思っていた
実はそうではなかった
泥沼は書籍なのかもしれない