あらすじ
著者による『映画を早送りで観る人たち』の待望の続編!
〈倍速視聴〉から見えたコンテンツ消費における〈コスパ〉〈タイパ〉という欲望は、
読書においてはどのように作用しているのか。
本作では、「本を読めない人たち」への徹底取材をはじめ、
テキスト受容を取り巻く読者と出版社/ウェブメディアの現状をリポートする。
一体「本を読めなくなった人」は何を考えているのか。
2010年代以降、本が読まれないことが当たり前になるなか、
ほとんどフォーカスされてこなかった。
生の声を取材することで、現代社会のメディア状況への考察を深めていく。
【目次】
プロローグ
第1章 ニュースを無料で読む人たち
――無料ウェブメディアの行き詰まり
第2章 本を読まない人たち
――〈わかりみ〉と〈おもしろみ〉
第3章 本と出合えない人たち
――無料抜粋記事と電子書籍の限界
第4章 本屋に行かない人たち
――聖域としての書店
終 章 紙の本に集う人たち
――読者と消費者
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Posted by ブクログ
この本の主張を、自分なりに咀嚼して整理すると、単なる「最近の若者は本を読まない」という話ではなく、
「情報環境の変化によって、人間の思考様式そのものが変わりつつある」
という本だったように見える。
自分用まとめ
① 現代は「読む力」より「消費する力」が求められる社会になった
* 文章の経済価値は急速に低下している
* AIによって「とりあえず説明文を書く」は無料化された
* 動画や音声が主流になり、長文は非効率だと考えられるようになった
* ニュースもSNSも「最後まで読む必要がない設計」になっている
結果として、
深く理解するために読む文化
↓
短時間で消費する文化
へ移行している。
⸻
② 人々は能動的に情報を探さなくなった
昔
* 検索する
* 比較する
* 自分で情報を取りに行く
今
* レコメンドを見る
* タイムラインを見る
* アルゴリズムに流される
つまり、
情報を面で捉える人が減り、点で捉える人が増えた。
その結果、
知識体系ではなく断片的知識ばかりが蓄積される。
⸻
③ 本質的な問題は「本を読まないこと」ではない
著者が本当に危惧しているのは、
深く考える訓練が失われること。
* SNSは反射的
* 動画は受動的
* タイムラインは瞬発的
こうした環境に慣れると、
* 長い論理を追う
* 曖昧さに耐える
* 複数の視点を保持する
* 結論を急がない
という能力が衰える。
読書はその能力を鍛える代表的な手段だった。
⸻
④ 「わかりみ」と「おもしろみ」は対立する
この本で特に面白い視点。
わかりみ
* すぐ理解できる
* 納得できる
* 疑問が解消される
* 思考が終わる
おもしろみ
* 疑問が生まれる
* モヤモヤする
* 考え続けたくなる
* 思考が始まる
SNSやネット記事は前者を求める。
読書は後者を生みやすい。
つまり、
現代社会は「考えなくて済む快適さ」に最適化されている。
⸻
⑤ 未知との遭遇が減っている
昔は
* 新聞
* テレビ
* 本屋
などで偶然知らない世界に出会えた。
今は
* アルゴリズム
* パーソナライズ
* レコメンド
によって、
好きなものだけ見続けられる。
しかし成長は、
既知の反復ではなく未知との遭遇から生まれる。
読書や書店の価値は、
知識獲得よりもむしろこちらにある。
⸻
⑥ 読書は情報収集ではなく思考訓練である
印象的なのは、
本をたくさん読むから賢いわけではない
という指摘。
読書の価値は冊数ではなく、
* 複雑な論理を追う
* 自分と異なる価値観に触れる
* 曖昧さに耐える
* 自分で解釈する
という知的負荷にある。
だから読書は目的ではなく手段。
⸻
⑦ 本は「信頼」と「権威」のメディアになった
ネットでは文章が溢れ、
AIも文章を書く。
それでも紙の本が残る理由は、
情報媒体ではなく社会的証明として機能しているから。
* 著者として認められる
* 信頼性が付与される
* 権威性が生まれる
だから
「読む人」は減っているのに
「書きたい人」は増えている。
⸻
⑧ 本書の一番重要なメッセージ
現代は
* 長文を読める人
* 複雑な論理を追える人
* 曖昧さに耐えられる人
が少数派になりつつある。
だから著者は、
読書の価値は知識量ではなく、希少な認知能力を維持することにある
と考えているように見える。
極端に言えば、
「長い文章を読めます」
は将来的に
「ラテン語を読めます」
に近い教養のシグナルになるかもしれない。
Posted by ブクログ
どうすればいいんだろう、と自問しながら読んだ。、若者(とも限らず)が読書から遠ざかっていくのはもう止められないのか。
本が読めるのは特殊技能、続けられる人はさらに稀だと思って仕事はしてきたが…長い文章を読める人が想像以上に少ないことや、検討コスト・思考コストを減らしたい、選択するのも疲れると思っている人が多いことは胸に刻んでおかなければ。たくさんの本を眺めながら書棚を回って、セレンディピティを手にする、それを負担に思うこともあるんだな、と。
Posted by ブクログ
著者による『映画を早送りで観る人たち』の待望の続編!〈倍速視聴〉から見えたコンテンツ消費における〈コスパ〉〈タイパ〉という欲望は、読書においてはどのように作用しているのか。そして「本を読めなくなった人たち」が思うこととは。徹底取材が明らかにする読書の未来
「中央公論新社」内容紹介より
あとがきにある
「今は過渡期なのだ。2026年時点のおそらく30代あたりをゆるやかな境目として、その上世代は書物をはじめとしたテキストメディアによって内面や精神を形成してきたが、その下世代、とくに10代や20代は動画メディアによって内面や精神を形成している。互いにとって互いが異文化であるのは、至極当たり前なのだ。」
この辺りの肌感覚は自分も筆者の意見に同意する.
今この感想を書いている2026年時点で、AIの進化というか、前から開発はされていて一部の人には常識なのかもしれないが、世に出て拡散するスピードが半端ない.
なんでもかんでもすぐに手軽に情報が入手できる時代にあって、テキストという読むにも理解するにも時間のかかる媒体が嫌厭されるのは当然の帰結なんだろうなとも思う.
それぞれの媒体には一長一短ある.
これを踏まえたうえで自分は何を選択するのか.
今は選べるほどには紙媒体も残っていることに感謝しよう.
Posted by ブクログ
社会全体の非読化が思っているよりも進んでいたことへの驚き。
加えて、非読化が進む裏にある読書という行為の能動性と、SNSやネットの世界で情報を得る際の受動性の違いに気が付かされました。
話の本筋ではありませんが、「本を読むことが好き」と「本を読む自分が好き」は異なっていて、本を読むことに選民的優越心を感じた上で、本を読むことを目的にしているきらいが、一部の読書家にはあるという指摘に耳が痛かった。
その2つは二律背反というよりも、グラデーションがあるものだと思いつつも、本を読むことが目的にならないように気を付けたいと思います。
また、自分が書店に行くとなんだかワクワクする感じが、
書店は様々な人の興味・関心に応えるべく、網羅的に多様な知が積まれている
という表現を読んだ際に言語化されて、大変気持ち良い瞬間でした
Posted by ブクログ
若者に本を勧める時の参考として読んだが、そんな必要はないのかもしれない。彼らは彼らのツールで学んでいるし、私よりも飲み込みが早い。
本を読んでいる自分に酔っている部分は確かにある。指摘されたようで少し恥ずかしくなってしまった。
Posted by ブクログ
とっても面白く示唆に富んでいた。特に20代前半の部下と仕事をしていると、長い文章や書籍を読みたがらないので、不思議に思っていたが、そもそもの育成環境が違うことで、我々にとっての当たり前とは違う世界の当たり前を認識した。タイトルから中身を誤解しそうだが、想像とはかなり違う内容の本で、本を読まなくても大丈夫な人たちからの声を集めたルポの体裁をとっており、読んでいくとパラダイムシフトを感じる。一方で、紙書籍・本屋の問題も深堀りされているなど、本を普通に読む人で、若い人たちと接点がある人の必読書と言える。