泉谷閑示のレビュー一覧
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「うつ」を悪とし、抑え込もうとする西洋医学的な常識に疑問を呈し、「病とは何らかのメッセージを自分自身に伝えるべく内側から発されるサインである」という視点から「うつ」を捉え直す一冊である。同時に、「うつ」の背景にある現代社会の歪みを指摘し、「自分らしい在り方」「幸せな生き方」への示唆を与えている。
(きっかけ)
Reapraという会社のCEOが「自我喪失」について語ったインタビュー記事の中で、推薦していたので手に取った。
(感想)
本書を読む以前は「うつ=異常な状態」という認識があり、自分の実存的存在に悩み軽い鬱状態になったときも、その意識から自己否定、自己嫌悪に陥っていた。しかし、うつが引 -
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冒頭より(拙者要約)
人はみな他の人とは違う「角」をもって生まれてきた。しかし、この「角」はひときわ目立つため、他人は真っ先にこの「角」を話題にする。現代では、多数派の信奉する価値観(=普通がいい)によって、この角の切除が行われている。例えば、あるがままの人間は邪悪なもので、あるべき姿に向けしっかりと理性で制御すべきだという考えはその一例である。角が切除された大人たちをモデルとして育った人たちの中には、生きる意欲や生きる意味を見失って、日々むなしさを紛らわせるだけになっていたり、強い自己否定が心の中に巣くってしまっていることがある。
本書は、人間という生き物の根本的な特性を深く理解し、そのう -
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日本で生きていく上での生きづらさを「世間・日本語」というものから紐解く名著。
日本語が備える曖昧さや日本社会における未熟的0人称による“世間”というものの構造を解き明かした上で、1人称で生きていくこと、さらに、超越的0人称になる行程を深い考察で書いています
本書を書くにあたっての作者の苦労は本当に脱帽です
年功序列からジョブ型雇用へと移行する企業が最近よくニュースになっていますが、それも“世間”というものの崩壊が始まったものだと理解されます
いかに自分がぬるま湯的世界観をもって生きていたかが克明に判明すると同時に、これからのグローバル化、インターネット社会に必読すべき書物だと思います -
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一言でいうと
【自分を取り戻す手法と取り戻した人を知れる本】
私は、泉谷閑示先生の本に随分傾倒して4冊目として手に取りました。変わらず抜群によかった。
泉谷閑示先生の、日本語というより、日本で使われる言葉が如何に「察する」「同調主義」「ムラ特有」の垢が纏わりついているか鋭い指摘が爆発します。
日本で、個人主義は厳しい状況(村八分)に会う可能性が高い。そんな状況をわかった上で進んできた方の言葉が胸に刺さります。
金子光晴(詩人)
白洲次郎(政治家)
茨木のり子(詩人)
イチロー(野球選手)
中田英寿(サッカー選手)
村上春樹(小説家)など
私の中で、単的に個人主義を凝縮した言葉は、イチ -
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一言でいうと
【普通(世俗の幻想)から自分を取り戻せる本】
友人が「人間の精神的ボトルネックは大体かいてある」と勧めてくれて一読しました。
ただ良書過ぎて、何度も読み返し、20読しました(笑)
自分の精神分析論と、多分野の名著や偉人の鋭い指摘を抜粋し、織り交ぜ、非常に丁寧に「普通」が如何に危険かを教えて下さいます。
恐らく20回も読んだ私は、社会が強いてくる「普通」に慣れそうで慣れないズレを苦痛に感じていたから、この本を渇望したのだと思います。
文体も抜群によく、口の中で転がしておると色んな味が広がる様に気づきがありました。
良すぎて、両親にそれぞれ一冊、友人に一冊プレゼントしまし -
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一言でいうと
【今日までの会話は、無駄なものと気づく本】
ただの会話(モノローグ)
対話(ダイアローグ)
この2つに分けた時、世間の会話はほぼ前者であると私は思う。
それは非常につまらない。意味がない。時間の無駄遣い。
では、対話はどうすればできるのか。
では、対話をする上での問題はないか。
では、対話の具体的な方法はどんなものか。
精神科医である泉谷閑示先生は、丁寧に深く掘り下げる。私は信じられないくらい良書だと感じました。
いつも思うのは、タイトルのミスマッチ感(笑)
新幹線の駅前の本屋にならんでいそうなタイトル。
編集者の「いい本過ぎて、難しいタイトルは逆に取ってもらえない -
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ネタバレ心に深く染み入るように言葉が入ってくる本でした。淡々としながらも土台のところではどこか温かいもの感じさせる文章です。コミュニケーションに悩んでいた自分は、この本に救われた気分です。
ー相手を「他者」としてみることから「対話」は始まる。
これほどのシンプルなことを自分はどれだけ気付けていなかったのか。そのためにこれまでどれほどコミュニケーションエラーを起こして前に進めないという苦い経験を積み重ねただろうかとショックを受けた。
自分は人と分かりあえたと感じると嬉しく感じる。反面、人と分かり合えないと感じると意見の違いを受け止めながらも限界を感じ、途方もない気持ちになっていた。そこで腑に落ちな -
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会話と対話の違いを知ることができた。
自分が日々接する親しい友人も「他人」であること、「他人」と聞くと少し冷たい言葉のように聞こえるかもしれないけれど、
どんなに親しい人だとしても 親はもちろん、住んでいる場所も違えば考え方も違う。
自分と相手には共通点もあるだろうけれど、間違いなく違うところの方が多いはず。
相手を「他人」と意識する事が対話をする上で重要であることを知った。
そこから、
お互いが自分とは違う相手の考え方などを知る、理解する→お互いに成長する
結果、固定観念を手放すことができる
ということがこの本の主題かなと私は思った。
小手先の技術では補えない、コミュニケーションの考 -
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面談という機会を作った時に、どんなことを考えながら挑むのが良いのかということがわかった。
他者を愛するには自分を愛しなさいという言葉はたくさん聞くけれど、その愛するということがどいうことなのかわからなかった。
自分の中にもう1人の自分(他者)がいることを認めて、その他者を愛すること。2人称の世界から救ってあげることだと思う。その個人が本当はどんなことを考えているのか、対話を通して理解していく。丁寧に聴いていくことが愛することにつながる。借り物の考え、他人の価値観に囚われていることは何か、その考えは自分の考えなのかを問うことで、今は自分の考えがわからないこともあるかもしれないけど少しずつ、 -
購入済み
よかった
自分が嫌になって嫌うことしか出来ませんでしたが、この本を読んで少し楽になりました。理性的であることが大事と思ってきましたが、必ずしもそうではないのだな。もっと、こころを大事にしないと、上の段階にはいけないのだろうな。
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> 「ムラ人」の集まりにいかに近代的な見かけを取った会議や話し合いの場を設定しても 、そこで有意義な意見交換は行われずに 、あとでグチグチと個人攻撃や 「談合」が行われることになってしまうのです 。いわば格闘技の試合で負けて 、終わってから場外で相手を後ろから殴っているような卑劣な行為であることに 、 「ムラ人」は気づいていないのです 。
→最近、ユーザーとの会議の後に、同席していた上司から会議後に、あれもこれもダメと言われたことを思い出し、ああこの人は「ムラ人」だったんだなと思い至りました。素晴らしいこの一文に出会えただけでも、この本を読んだ価値があったと言えるでしょう。まあ、私の人生 -
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教育のことを書いているようだが、どちらかというと
『自立のすすめ』とでもいうほうがしっくりくる内容。
内容は、『普通という病』と同様、とても興味深い。
テーマが絞られているぶん、『普通という病』より読みやすいかもしれない。
さまざまな本からの引用も内容に即しており納得感があり、
また、医師でありながら、東洋的(?)な思考で
話を進めているため、文系の人が読んでも腑に落ちやすい。
オオカミの思考や帰納法の大切さや複雑系思考についてなど、
すべては「心が主で、現象をあるがままに考える」ことにつながっている。
なお、文中では人間を「サル」と「オオカミ」に断じすぎているきらいはあるが、
それも著者の -
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決して読みやすい本ではない。
でも副題にる「日本語」と「個人主義」について非常に腑に落ちる解説をしている。
日本人のもつ特性が見事に表現されていて
「みんなが言うから」「私はいいんだけど」と 都合よく自己を消し去ってゆく人々に 恐ろしさを感じてしまう。
ちょうど同時期に読んだ重松清氏の「きみの友だち」とも 妙に符合して
イジメの背景にある社会性や
みんなから外れることを極端に怖がる人たちのことが
実感させられる。
後半では日本における数少ない「一人称を生きる人」の言葉が紹介される。茨木のり子さんの詩も紹介される。
これを読み、日本に生まれても志をもち生きることで「0人称」から脱却すること