泉谷閑示のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読んでいる間はなるほどなぁ!確かにそうだ!と感じるけれど、すぐに忘れてしまうから感想というか、覚えておきたい事を下に残します。
客観とはさまざまな主観の最大公約数に過ぎない
客観的であろうとして実態のないマジョリティの意見=幻想をあたかも自分で見つけた自分の意見だとしてしまうのはかなり危険な事だと感じた。
そうしているうちに本当の自分の気持ちを忘れてしまう、あるいは抑圧する事に慣れてしまいどこかで歪みが生じるのかもしれない
自分自身の欲望に耳を傾け正直でいれば余裕が生まれ他者を愛する事ができる。そうでない場合には、他者を愛するフリをして他者に自分の欲望を押し付けることになる
他者に絶望した状態というのは、まだどこかで期待している表れである。本当に絶望=見切りをつけたなら、さっさとそこから去るだろう。絶望した!と騒いでいるうちはまだ執着している。そこから自由になるには他者に対する欲望を捨てなくてはならない。他者に対する欲望ではなく、自分自身の本来の欲望を満たす事を考える方が良い -
Posted by ブクログ
人間には頭と(心、身体)を二分割に分けて考える性質がある。この2つが喧嘩をしなければ心穏やかに過ごすことができるという発想は現実的で実践しやすい。この2つをなるべく仲良く自分に順応させていくのが幸せに生きる秘訣なのかもしれない。
愛と欲望についての考察も面白い。見返りを求める間は愛とは呼べず自己満足に過ぎないがこれ自体も否定することなく自分を充分に癒してあげないと人にも優しくなれないとなんとも自分を楽にしてくれる処方箋。
そうなのだ。著書は自分をいかに優しく扱ってあげられるかの指南書なのではないか。自分の在り方や生き方に悩んでいる人には肩の荷が降りる良書になるだろう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ⚫︎教育とは
泉谷先生の本として他書から派生。良い子ほどダメになるというタイトルに妙に惹かれて読んだ。技術は原子力の時代にあり、心は石器時代にあるという言葉に納得であった。 わかりやすい、きめ細やかな教育などとさまざまな場面で行われているが、果たしてそれが教育される側にとって有益となっているか、教育方法が発展してると言われるが、果たして人は成長しているか常々疑問であった。 本書に言う音楽道に陥っている自分がいた。練習や、基礎理論を重要視していたのである。なんでも基礎から学ぶことや、学校で学び直すことが教育である、正しい流れであると思っていた。しかし、それは明確に異なる。心からの学び、自発的な興味に導かれたものは頭の力が一番発揮される。応用から基礎へという順番でしか楽しむことはできないのだ。 一方、守破離の考えが必要であり、守として、自分探し、自分という独自性を追求する時期を経て、外へ出てゆける。この時期、師は時間がかかっても探し出ことが必要。なんでもかんでも師のいうとおりではなくていい。師から習う、そして卒業するのがよい。心の疑問を解消してくれる本であった。 -
Posted by ブクログ
薄々気づいていたことではあるが、タイトルが斬新だったので、手にとって読んでみた。
ギリシャ時代には「観照生活」(瞑想や内省)が一番大切で、次はwork(芸術や職人仕事など)であり、laborは奴隷が担っていた。しかし、産業革命から、大量生産が主流になり、work(仕事)がlabor(労働、食べるための仕事)に成り下がってしまった。だから、現代人は、労働で疲弊しがちで、生きがいにするのは難しい。
ここまで読み進めてくると、仕事をしていくうえで、そのつどより良い、あるいは最善と思われる対応を自主的にしていくことによって、自分も周りもlaborからの脱却を少し図れるのではないか、という攻めの気持ちになってきた。
また、日常を非日常にする極意も、すぐに実行に移そうと思うものや、すでにやっているアイデアなどワクワク感がある。
少し難しいところもあったが、モヤモヤしていたことが言葉になった感じで、一気に読んでしまった。
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Posted by ブクログ
本書は、仕事中心の生き方に疑問を投げかけ、生きる意味を仕事以外に見出す重要性を説いた一冊である。著者はまず、現代人が「仕事=生きがい」と捉えがちであることに警鐘を鳴らす。分業化や効率重視の働き方により、自分の仕事に創造性や意義を感じにくくなり、多くの人が虚無感やうつ状態に陥っている。こうした状況を著者は「歯車化」と呼び、人間性の喪失を危惧する。
著者は、かつての「ハングリー・モチベーション」―飢えや欲望を動機に生きる時代―は、終焉を迎えているとし、外部評価や経済的成功を目的に生きることの限界を示す。代わりに、内面の声や本来の自分に従って行動する生き方が求められているという。
また、現代人は社会的役割にとらわれ、自分自身の本音や感情を無視して生きていると著者は指摘する。生きる意味は、外から与えられるものではなく、自己との対話を通じて見出されるべきであり、精神的自由を回復することがその第一歩とされる。
さらに、古代ギリシャ人がかつて人間らしい在り方と捉えていた「仕事」や「活動」、そして「観照生活」を、少しでも今の生活に復活させることができるかが鍵だと説いている。
最後に、日常に「遊び」や「創造性」を取り戻すことの大切さが語られる。何かを作る、夢中になる、無目的に楽しむ―こうした行為が本来の自己を呼び覚まし、生きる力となる。著者は、創造とは最大の遊びであり、それこそが人間らしい生き方に繋がると説く。
本書は、仕事に疲れ、生きる意味を見失いかけている人に対して、心の奥底にある「本当の願い」に耳を傾けるよう促している。