マーガレット・アトウッドのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2026.20
本屋さんに行く度に表紙とタイトルに惹かれて
毎回買うか悩んで買わない
それを10回くらい繰り返したあたりで買った
読んで良かった
前半の「火星から来た男」「キッチンドア」が
ものすごく印象に残っている
とくにキッチンドアで感じる
恐ろしい戦争の足音のようなものが
今の不安な気持ちとリンクしてゾワゾワした
差別や蔑視について考え
じんわりとした痛みを感じる短編集だった
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P43 何年かが過ぎ、新聞や雑誌の紙面が戦争の記事で埋めつくされるようになって、クリスティーは初めて彼の来た国がアジアのどこにあるのかを知った。その国の名は知ってはいたが、気にも留めていなかった。あまりにも馴染みの薄い地域だった。彼女の頭の中ではそのあたりの国々がいつもごちゃまぜになっていた。
だがどんなに考えても、彼の住む都市の名前までは思い出すことができなかった。絵はがきはとうの昔にどこかへ行ってしまった。彼は(北)だったろうか、それとも南)?彼は戦争の近くにいるのだろうか、遠く離れた安全なところだろうか?クリスティーンは何かに憑かれたように雑誌を買いあさり、一つひとつの写真を食い入るように見つめた!死体になった村の住民、行進する兵たち、大きく引き伸ばされたカラー写真の中の替えた顔、怒った顔、処刑されるスパイたち。地図をたどり、深夜のニュースを見、やがて遠いところにある国とその周辺は、彼女にとって自分の国より近しいものになっていった。一度か二度、彼を見つけたように思ったこともあったが、けっきょくは無意味だった。どの顔もみな彼に見えた。
P75 ベティが死んだと知らされたとき、私はいずれ自分も同じ運命をたどるのだと思った。あんなに他人に尽くし、好意を示したことへの代償がこれなのだ。それが彼女や私のような女(と当時の私は思っていた)の運命なのだ。
P90 この頃になるとようやくミセス・バリッジも、前の戦争のときのように報道官制が敷かれていることを知るだろう。バリッジにはその先がどうなるかは確信がない。いや、どうなるかはわかっているのだが、どういう順序でかは確言がない。彼女の予想では、次に来るのはガソリンと石油だ。いつも家に来るガソリン屋が時間になっても現れず、角のガソリンスタンドはある朝突然開鎖される。ただそれだけ、何の説明もない。
P222 私たちは現実世界に生きている。正確には、自分たちが現実だと思い込んでいるものの上に生きている。本物の現実世界(というのも妙な言い方だが)はグロテスクで、いびつで、危険に満ちている。私たちはその化け物じみた現実に背を向け、肌触りのいい人工の現実をつくりあげ、その上にあぐらをかいている。目を閉じ耳をふさぎ手足をひっこめ、自分はイノセントであると主張している。 -
Posted by ブクログ
怖いわ〜アメリカ。「福音派」で取り上げられていて、居間の床に積んであったこちらも勢いで読んでみた。著者は本当に当時のアメリカキリスト教原理主義の台頭に恐れと怒りを抱いてこのディストピア小説を書いたんだろうな。中絶はダメ、帝王切開も麻酔もダメ。聖書に書かれていることその通りに従わせ、女性が自身の身体に関わる権利を全て踏みにじり、仕事に財産に娯楽に名前まで奪いとり、性被害や環境汚染から女性を守るという名目でただ生殖のための器として徹底管理する原理主義の男性指導者たち。女性や生殖が管理される世の中では男もまた女性と愛情を持って心身を交わすひとときを奪われる不幸も描かれる。同性愛、不具者、年寄り、反乱分子も全て排除。狂信的原理主義者に乗っ取られる社会。アメリカにおける中絶や同性愛をめぐる対立はおそらく決して解決することはないだろうけど、狂信者に立ち向かう良識と知性が失われないことを願う。主人公の女性は様々な試練や諦めや苦しみを経てなんとか生き延びて、ラストはその先の未来の人間が彼女が残した記録をもとにこの狂信的独裁社会を検証しているのが面白い。彼女は特に表立った反抗もせず、一見のらりくらりと厳しい局面をうまいことかわしながら生き抜いたようにみえるが、最後連れ去られたのか逃亡できたのかよくわからない彼女がその醜悪な社会の物語をどこかで紡いだおかげでその歴史が残り将来の反省や教訓となったのであればそれこそが彼女の勇気と抵抗だったのだ。過去、現在、未来、世界中どこにでも存在する狂信的独裁政治。狂信者に従うことを良しとせず反抗して殺されたり自殺した者も多い中で自由とは、正義とは、自分らしく生きて死ぬとはどういうことか考えさせらる。
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Posted by ブクログ
なにをもって、ひとりの人間が、ひとりの人間として尊重されている、と言い得るのだろうか。また、私たちはどのように接することで、他者をひとりの人間として、充分に尊重して、大切にできるのだろうか。
少なくとも、ひとりの人間として尊重される、ということは自由である、ということと関連している。ただし自由、とはなんだろうか。語り手の女性は、自身が望んでいるわけではない行為を通して、それが社会において禁止されていることであるからという理由で、それを行うことに自由を見出す。それはその社会においてつかみうる最大限の自由であるが、それ以前の社会においてはそのような行動をせざるを得ない状況を不自由であると呼んだだろう。自由の意味合いは、社会によって決められてしまっている。彼女がその自由を行使することで、彼女の尊厳は保たれ、また同時に踏みにじられている。
作中何回か小母などの口を通して「以前の社会では女性は蔑ろにされてきていた。自身の身体を商品的に売り込むことを強要されていたし、性的暴力の危険に常に晒されていた」といった話が語られる。ここで彼らが主張しているのは日本でよく使い回される陳腐な言い回しで言い換えるなら「自由であるということには責任が伴う」ということだ。彼らは暗に「主体として尊重されようとするから危険な目に合うのだ」と主張し、社会において主体として尊重されていないことの原因を彼女たちがそれを求めようとしたことに帰属させるような説明をもっともらしくする。端的に言えば「求めなければ奪われることもないのだ」と。これらの主張は明らかに間違っている。この小説のテーマでもあるかもしれない。「求めること」こそが人間の尊厳の本質だ。小母たちのような安全と尊厳が二者択一であるかのように見せかける詐欺師のレトリックに乗っかってはいけない。不自由な二者択一による暴力が繰り返し作中で語られるが、語り手自身はそれらの主張に対してなんらかの態度を示さない。私たちがそれらの暴力に抵抗するための言葉は、まだ未発達なのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
【火星から来た男 = The man from Mars】
こういうタイトルだが、別に宇宙人は登場しない。大学に通う主人公が、西欧系ではない男性に出会って、友達認定される。無下にもしないで適当にあしらっていたら、家にまで訪問される。これまで男性に見向きもされない、男性とはお友達関係しか築けないと思われてきた主人公は、にわかにモテるようにもなるが。
北と南という語句が登場するので、おそらく男性は朝鮮半島の出身。確かに、行くところ行くところどこにでも現れたら気持ち悪いかもしれないが、暴力をふるったわけではない。にもかかわらず、警察を呼ぶのは、彼の国籍が潜在的な差別意識に繋がったのでは。
【ベティ = Betty】
姉妹の妹視点で描かれる、魅力的な夫フレッドに対して、なんとも冴えない妻ベティのカップル。他の女性に色目を使うフレディに、段々おかしくなっていくベティ。
幼い頃と大人になった後では、ベティに対する見方が全く変わってしまったことを述懐するも、自身はやはりフレッドのような男性にちやほやされたい面があることを認める妹。
【キッチン・ドア = When it happens】
これは最初主婦の妄想?と思っていたが、次第に描かれる異変が真に迫ってくるため、現実に起こっていること?と不安が過る。
【旅行記者 = A travel piece】
旅行記事を書いている記者が乗った飛行機が、ある日不時着。ボートに乗って逃げ出すが、集団生活の常として、起こるべき事が起こってしまう。
こういう不測の事態が起こった際に、精神的に強い者が最終的に生き残るのだなとしみじみ。これかた大変恐ろしい事が起こるだろうことを予測させる気になる所で短編はオープンエンド。
【ケツァール=The Resplendent Quetzal】
メキシコ旅行に来ているサラとエドワードはいわゆる倦怠期夫婦。エドワードが関心のある鳥のことなんか全然気にもしていないサラ視点から物語は始まる。サラは死産となった子供の事が気になって、イエスの人形の万引きをしていた。今度はそんなサラの心のうちなどお見通しなエドワードの視点で語られる。しかしエドワードはサラの子供への執着には気が付いていない。サラのある行動が、まるで滝に飛び込むかのように見えてしまい。
既に破綻している夫婦がこのまま生活を続けるのか、それとも何か決断するのか。こちらもオープンエンド。
他【訓練 (トレーニング) = Training】【ダンシング・ガールズ = Dancing girls】収録。
初期短編集の復刊。今回は【ケツァール=The Resplendent Quetzal】が追加。 -
Posted by ブクログ
ネタバレあとがきにも書いてあったが、読後モヤモヤとした不安が残る話ばかりだった。
他者とわかりあえない、自分が正義だと思いこんでいても見方を変えればそんなことはない、無自覚な差別、いつかすべてが崩壊する予感など。
これが最初に日本で刊行されたのが1989年とのことだけど、現代のテーマでもおかしくない話が多かった。
決して明るい気持ちになる話ではないけど、惹き込まれるものがあり、あっという間に読めた。
『ベティ』の最後、「永遠に謎なのは、この世のベティたちなのだ」がすごく印象に残った。
正直私もフレッドの気持ちのほうが理解できるし、フレッドは世の中に多くいると思う。
『旅行記事』は、どうしても生きる実感が持てなかった主人公が飛行機の海への不時着を体験し、生きる意味を望んだことを後悔する話。
私もつい生きてる実感が希薄になることがあるけど、幸せで何不自由なく生きていられるからこその虚無感なんだろうと思う。
『ケツァール』は、お互いがお互いを理解できないままでいる夫婦の話。それぞれの視点から書かれていて、妻の視点からだと夫が理解不能だし、夫の視点からだと妻が理解不能。
結局他人の気持ちなんてわからないし、自分が正しくて相手がおかしいと思ってみんな生きているんだろうな。
『訓練』は、特に最後に胸が締め付けられた。心理描写がとにかくすごい。
医者の家系で、ふたりの兄はハンサムで医者としてもうまくやっていけそうなのに、自分はハンサムでもなく医者にも向いておらず落ちこぼれだと思っている主人公が、障害を持つ子どもたちが集まるサマーキャンプで働く話。
そこで出会ったジョーダンに肩入れしていくが……。
無自覚な差別や、善意でやったつもりが悪い結果になったり、憐れまれる側からの攻撃性、自分がやっていることも周りが頑張っていることもグロテスクで惨めであること……などなど辛くなる要素がなかなかに多かったけど、とても印象に残った話だった。
表題作『ダンシング・ガールズ』は相手が理解できないまますれ違い、各々が自分が正しいと思ったり、永遠に叶うことのない理想郷だったりと、これも読後切なさが残る話だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレキリスト教原理主義者によって設立された独裁国家「ギレアデ共和国」を舞台に、子供を産むことだけを強いられる女性「侍女」の過酷な運命を描いたディストピア小説。
希望(現実)と絶望(過去)の狭間で苦悶する心理描写が凄まじかった。特に、p.100のなんでもないホテルの一室を懐かしむシーンや、p.141「わたしは西洋梨の形をした中心物のまわりに凝結した雲にすぎない」という一文は、読んでいてとても辛かった。
自由が奪われても、愛があれば生きていける。でも、自由も愛も奪われてしまったら、なんのために人間は生きるのか。
100年以上後に学会で議論しているラストだが、この物語が後世に残ったということは、オブフレッドはギレアデ共和国から逃げ延びたのだと信じたい。
女性作家にしか描けない世界観と心理描写が圧巻だった。まだまだ男の自分は女性の全てを理解できてないし、これから努力しても完璧には理解することはできないだろうけど、リスペクトを忘れてはいけないと感じた。
まずは、現在妊娠中の妻に、日々の生活の中で最大限の尊敬と感謝を伝えたいと思った。 -
Posted by ブクログ
1985年に刊行されたこの物語の続編が、2019年、34年後に書かれた。
続編の「誓願」を読んでから、やっと感想を書く気になれた。この、絶望的な物語に対して、この一冊だけで何かを言うことができなかった。恐怖であることはもちろんだが、2025年の今、単なるディストピア小説の域を超えた現実味を帯びている。
「人種差別者の不安がギレアデの政権奪取の成功を許す感情的な支えのひとつになった」
あまりにも悲しく、みじめな「女」の独白。
クーデターによりうまれた独裁国家ギレアデの愚民政策により、女は名前を奪われて、書くこと、読むこと、学ぶこと、産む産まないの自由を奪われた。全てが変わってしまった世界で、正気を保とうとあらゆる空想を繰り返し、過去を想い、花を、鳥を、離れ離れになった家族を、放埒な性を、思いつく限りの能動的な「生」を想い、抗おうとする様子がとてつもなく…悲しいのだ。
そして、そうなってしまった世界に対して「仕方ない。」と思う。仕方ないと、思ってしまった。とまた思う。
考えないことを選択することで苦痛から解放されようともする。みじめな姿にまた苦しくなる。
書くことを、名前を奪われたオブフレッド(フレッドという男性のもの、の意味)が、声で残した痛々しいまでの「レジスタンス」の跡である。 -
Posted by ブクログ
ネタバレディストピアだが、近いうちに現実に起こり得ないとも思えない。
前半は世界観の説明が多く、かなり単調で読むのに時間がかかったが、後半に物語が動き出した!と感じてからはサクサク読めた。
日本では少子化が問題と考えられているが、(あえて「考えられている」という。)少子化対策が極まればこういうことになるのではないかと思ってしまう。
女性の自由を奪うために、仕事と金をまず奪うというのは恐ろしい。
やろうと思えば簡単にできてしまいそうで。
そして、仕事と金を奪われた彼女に対し、ルークが支配的な、安堵のようなものを感じているように思われて恐ろしい。
簡単に、守られるべきもの、裏を返せば支配を受け入れざるを得ないものとされてしまう。
しかし、人口を増やすための仕組みとしてはあまりに合理的だ。
男が原因の不妊は存在しないとしていることを除けば。
この世界で救われることといえば、レイプをしたものが即ボコボコにされることくらいだ。
母体保護が重要という一貫性がある。 -
Posted by ブクログ
ディストピア小説だが、現実にも繋がる話 キリスト教原理主義がアメリカ合衆国大統領を暗殺し、議会を襲撃し、クーデターを起こす。
主人公は一児の母である平凡な女性。クーデターをきっかけに人生が狂い、エリート男性の子種をもらい出産するのが役目の「侍女」という身分になる。
キリスト教原理主義に限らず、イスラム教、儒教など女性を蔑視する宗教は様々ある。そして蔑視される女性側も、真っ向からそれに対抗する者、自分の居場所を作るために他の女性を抑圧し優位に立とうとする者、恐怖から体制に盲目的に従う者など様々だ。
作者が描き出したこの物語の状況は、戦争のような大きな恐怖から、いじめのような身近な恐怖まで、あらゆるところに共通する。
時間が行ったり来たりするので、振り回され読みづらいところもあったが、侍女の物語ワールドにどっぷり浸かってしまった。
この物語を毀損している部分があった。それは落合恵子の解説だ。なぜ、彼女に解説を任せたのか。彼女の解説は単なる活動家の安い文章でしかない。筆者に対する冒涜でしかない。早川書房が落合を解説者に選んだのが残念だ。 -
Posted by ブクログ
いろいろな感想を読んでいると、アイリスの回想が長すぎるという声が多いけれど、わたしはアイリス部分は面白くて、逆に「昏き目の暗殺者」とその作中作が冗長でちょっと飛ばし読みになってしまった。
全体として面白かったかといわれると、うーん、だし、作中作の秘密も終盤でうっすらと察しはしたけど、それでも放り出せない魔力のようなものは感じた。『侍女の物語』は近未来(?)のディストピアだったけど、実はそんな世界はちょっと前に厳然と存在していたし、なんなら今でも地域によってはあるしということをあらためて突きつけられる。
アイリスの己に対する回想や評価はひたすら辛辣なのだけど、描かれていない部分でよろこびを味わったこともあったんだろうか。何も知らない、リチャードとウィニフレッドのいいようにされるばかりだった少女から、最後には、悔恨を抱えながらも貫禄をそなえた女性になったわけだから。そう思わないとやってられない気も。
それにしてもアトウッドの辛辣なまなざしってすごいよな。ちょっとアリス・マンローを読みかえしたくなった。