あなたは、『シェアハウス』に興味があるでしょうか?
“自分のお部屋とは別に、共同利用できる共有スペースを持った賃貸住宅”を指すという『シェアハウス』。一般社団法人日本シェアハウス連盟が発表した「シェアハウス市場調査2023年度版」によると、全国の『シェアハウス』の数は実に5,808棟にものぼるようです。インバウンド需要も影響していると言われる『シェアハウス』の増加。そこには、コロナ禍によって失われた人と人との繋がりを求める人の根源的な感情が影響を与えているようにも思います。
しかし、積極的に入居を希望する人ならいざ知らず、特に関心のない人にはそんな社会の情勢は関係ないとも言えます。何か関心を持つ起点、これが必要だと思います。では、こんな条件が提示されたらあなたはどうするでしょうか?
『クリスマスまでの期間限定「シェアハウスおためしキャンペーン」では、月に一度、シェアハウスの暮らしや住み心地に関するレポートを提出するだけ』
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『観門市の中でも高級住宅地にあたる北屋丘町の由緒ある洋館に無料で住めて、引っ越し費用や光熱費まで、当社が負担いたします』
さて、いかがでしょうか?あなたの心は動いたでしょうか?
さてここに、破格の条件で『シェアハウス』に暮らせるという募集に応募、当選した四人の主人公が登場する物語があります。坂の上にある『風見鶏』が屋根のてっぺんを飾る洋館の『シェアハウス』が舞台となるこの作品。そんな『シェアハウス』に暮らすことになった四人に光が当たるこの作品。そしてそれは、そんな『シェアハウス』に”彼らが集まったのは偶然?それとも ー”というまさかの結末を描く物語です。
『就職活動の方はいかがですか?』と『前を行く不動産屋の男性』から話しかけられ、『まだ決まりません。内定が一社も出ていないのは、ゼミで俺一人になりました』と返すのは主人公の風間晴生(かざま はるお)。不動産屋に『あとひとふんばりですよ』と『ささやくように言』われ、『え?内定まで?』と返すと『「いえ、ベイリー邸まで、ってことですけど」と申しわけなさそうに』言われる晴生は『段差の大きい階段』を上がっていきます。そして、『さあ、着きました。今日からクリスマスまで、風間さんがシェアする洋館です』と、目的地へと着いた晴生の目の前には『八角形の赤い屋根のてっぺんに立つ丸々とした風見鶏』が特徴の三階建ての洋館がありました。そんな中、『では、私はこれで』と言う不動産屋に、慌てて『あの、これから俺はどうすれば?』と訊き返す晴生。『住み心地に関するレポートを提出するだけで、いろいろタダになる』という謳い文句に釣られ『クリスマスまでの期間限定「シェアハウスおためしキャンペーン」』に応募しただけで状況が飲み込めない晴生に『あとは管理人が案内してくれますから』と言うと不動産屋は場を後にしました。やむを得ず『呼び鈴を鳴ら』すと、『長めの前髪から覗く目は冷たく』、『身長は晴生と同じくらいだが、ずいぶん華奢』という『黒ずくめ』の男が現れました。『管理人のキュウゲツだ』、『は?吸血?』、『弓月だっての』というやりとりの先に鍵を渡された晴生は建物を案内されます。『俺はただの雇われ管理人』という弓月は『建物の一階と二階を自由に使ってもらう』、『三階はオーナーの私物が置かれているから、原則として管理人以外立入り禁止』等のルールを説明します。そんな弓月は、『由木暢子』、『喜多嶋麻矢』、『川満有』とネームプレートの掲げられた部屋を案内して回ります。そして、晴生の部屋へと来た時、『視界の隅に白いドアをとらえた』晴生は『ひょっとして一部屋余ってます?』と質問します。それに『余ってる…ていうか、今はあかずの間なんだ』と答える弓月は『あかずはあかずだよ。あけてほしくない部屋だ』とそれ以上は説明を拒む一方で『この屋敷に伝わる』『風見鶏の七不思議』について話し出します。しかし、『ベイリー邸の風見鶏は鳴く。ベイリー邸の風見鶏は飛ぶ…』と説明される『不思議』は六つまでしかありません。それに気づいた晴生は『七つ目の不思議は何?』と詰め寄ります。そんなところに『何してんの、吸血くん?住人をからかったらダメよ』と一人の女性が現れました。『喜多嶋です。よろしく』と挨拶する女性に驚く晴生。そんな晴生の心を見透かして『シェアハウスって聞いたら、たしかに普通は若者達の共同生活って思うよねえ』と笑う女性に『すみません』と謝る晴生。就活が上手くいかない中、四ヶ月の『シェアハウス』住まいを選んだ晴生。そんな晴生と他の住人たちの四ヶ月の暮らしの先に、まさかの真実が待つ物語が描かれていきます。
“好条件、好待遇の期間限定シェアハウスキャンペーンで集まった、年齢性別バラバラの男女4人。管理人を含めた共同生活の中、彼らの仲は徐々に深まっていくが、風見鶏がなくなったことがきっかけで、住人達は疑心暗鬼になっていく。彼らが集まったのは偶然?それとも ー”と、意味深に綴られる内容紹介がとても気になるこの作品。『シェアハウスおためしキャンペーン』で風見鶏が特徴の洋館に集まった四人の男女の過去と現在に光が当てられていく連作短編として構成されています。文庫本365ページという内容のこの作品ですが、なかなかに面白い要素が盛りだくさんです。三つの側面から見ていきたいと思います。
まず一つ目は書名ともなる「シェアハウスかざみどり」です。昨今『シェアハウス』は人気が高まっていますが、この作品の舞台となる建物はそれ自体の魅力に溢れています。
『その古い洋館もまた、ミシン坂と呼ばれる急坂の上に建っていた』。
そんな風に印象的に語られる『洋館』『ベイリー邸』には、『風見鶏が海を見てると、いいことがある』という『言い伝え』がある通り、海を見渡すことのできる坂の上にあるなど立地という点で雰囲気感に溢れています。では、建物を見てみましょう。
『三階まである建物の各階には庇が設けられ、三重の塔のようだ。フロアは一階部分が一番大きく、上に行くにしたがってすぼまっていくが、形はどの階も八角形である』。
八角形の屋根の三階建ての建物…というその洋館のイメージがどことなく浮かび上がってきます。そして、そんな建物を象徴するのがてっぺんにあるものです。
『八角形の赤い屋根のてっぺんに取り付けられた大きな風見鶏に、ひときわ奇妙な迫力があった』。
そうです。『今にも動き出しそうな息吹が感じられ』るとも記される『風見鶏』のある洋館、これがこの作品の舞台です。なお、この『風見鶏』は物語中に意味をもって登場しますので、単なる飾りではありません。そして、そんな『風見鶏』には『風見鶏の七不思議』という『言い伝え』があります。
はい、では二つ目としてこの『風見鶏の七不思議』をご紹介しましょう。
・ベイリー邸の風見鶏は鳴く。
・ベイリー邸の風見鶏は飛ぶ。
・ベイリー邸の風見鶏は願い事を叶える。
・ベイリー邸の風見鶏が海を見ているといいことがある。
・ベイリー邸の風見鶏が飛び立つと悪いことが起こる。
・ベイリー邸の風見鶏は悪運をはらう。
なんだか意味ありげでもありますが、一方でさっぱり意味不明にも感じる、それがこの『七不思議』です。小説にこのような”○不思議”といったものが登場することは他にもあると思いますし、それ自体は特に珍しいわけではありませんが、この作品のポイントはそうではなく、『七不思議』なのに六つしか紹介されないことです。
『管理人さん、六つしか言わなかったけど、七つ目の不思議は何?』
主人公・晴生の問いに話題を逸らす管理人の弓月。改めて私が書くまでもなくこれは怪しさ満点です。はい、安心してください!最後に解決されますよ!…ということですね(笑)。これから読まれる方にはそこに何が待っているのかを是非楽しみにしていてください。
そして、最後に三つ目は、そんな建物の管理人です。弓月(きゅうげつ)という珍しい名前が、『吸血』と認識されてしまう、一見ギャグ狙いの名前ですが、その風体も怪しさ満点です。二編目の視点の主・暢子が『ラジオ体操』をする弓月を見る場面から抜き出してみましょう。
『漫画のキャラクターのように細く、顔の小さすぎる体形も、白い肌も、尖った八重歯も、ラジオ体操という健康的な行為をしつつ贔屓のサッカーチームが負けた時のような薄暗い不機嫌さを全身から立ちのぼらせる雰囲気も、住人達がつけた「吸血(鬼)」という渾名にふさわしかった』。
この作品を未読の方にもどことなくイメージが伝わるのではないかと思いますが、弓月という名も相まって、怪しい雰囲気は伝わると思います。さらにダメ押しが入ります。
『シャツもズボンも靴下も靴も全部黒いものを身につけるという嗜好がまた、吸血鬼っぽさを後押ししていた』。
さて、この怪しさ満点の弓月とは何者なのか?この身なりだけならまだしも、弓月は四つの短編の中で繰り広げられる四人の物語に絶妙な関わり方を見せていきます。単なる見かけだけでなく、この弓月が何かを握っていることが匂わされていきます。そして、〈終章〉で明かされる弓月の正体にも是非ご期待ください。
そんなこの作品は〈序章〉と〈終章〉に挟まれた四つの短編が連作短編を構成しています。どうして四つの短編なのか?それこそが、『シェアハウスおためしキャンペーン』によって期間限定で『ベイリー邸』で暮らすことになったのが四人だからです。そうです。この作品のそれぞれの短編は、そんな四人の人物が順番に視点の主となって描かれていくのです。では、短編タイトルと共に整理しておきましょう。
・〈第一章 ヒーローはここにいる〉: 風間晴生が主人公。就活大苦戦中の大学四年生。
・〈第二章 わたしの竜宮城〉: 由木暢子が主人公。七十に手が届く年齢。
・〈第三章 ハッピーバースデー〉: 喜多嶋麻矢が主人公。専業主婦だが一人家を出る。
・〈第四章 風見鶏に願いを〉: 川満有が主人公。『社長付運転手という職業のくせに方向音痴』
男性二名、女性二名という構成ですが、年齢も職業もバラバラです。物語では、それぞれの短編で主人公たちに隠されたまさかの過去が語られていきます。年齢も境遇も異なる面々には現在の彼らを形作ってきた過去が当然に存在します。それは、現在の彼らの姿からは全く予想だにできないものばかりです。〈第一章〉の主人公・晴生は就活に苦戦する中の今を生きています。そこには、晴生の真摯な面持ちが伝わってくる一方で、暢子が指摘するこんな一面があります。『いい子だが、時々、場を凍りつかせるようなうっかり失言をする』、これは就活生としては大きなリスクでもありますが、そんな彼の一面が道を切り拓いてもいきます。〈第二章〉の主人公・暢子は、偶然に再会した会社の元同僚に驚きます。『「シェアハウスかざみどり」に入居する気になったのは、ベイリー邸が観門にあったからだ』と観門という土地自体に何かしらの思いがあることが匂わされてもいきます。〈第三章〉の主人公・麻矢は、『あの子らが頭冷やすまで、出ていくわ、家』と夫に言い残して一人家を出ます。『漫画家になりたいって?…看護師の勉強が大変やから、逃げてるだけと違う?』という長女とのやり取りの先の物語には、麻矢の家族に隠された物語があります。そして、〈第四章〉の主人公・有は、『社長付運転手という職業のくせに方向音痴』という問題を抱えています。しかし、社長はそんな有を雇い続けます。そこには、社長なりの理由があり、そして有自身にもまさかの過去が隠されています。
そんなそれぞれの過去の先の今を生きている四人。一方で、内容紹介にうっすらと匂わされる
このようなバラバラな境遇の面々の物語が展開していくこの作品はどう物語の落とし所をつけるのでしょうか?
“彼らが集まったのは偶然?それとも ー”
内容紹介に意味深に匂わされる言葉。これこそがこの作品の最大の読みどころなのです。『シェアハウス』に暮らすことになった四人の人物の過去と現在が描かれる物語は、この匂わせによって明らかなように、まさかの繋がりをもって結ばれていきます。〈終章 クリスマスのシェアハウス〉の結末に向かって怒涛のように展開する物語。そこには、それまでの章に張られた数多の伏線の姿が一気に浮かび上がります。全ての事ごとが一つに繋がっていくまさかの物語。そこには、それぞれ苦難の人生を生きてきた面々の素晴らしい笑顔を予感させる物語が描かれていました。
『不動産屋に勧められた「シェアハウスおためしキャンペーン」に参加することに当初、戸惑いや不安がなかったと言えば噓になる』。
そんな戸惑いの先に『風見鶏』が屋根のてっぺんを飾る洋館で『シェアハウス』暮らしを始めた四人の住人たち。そこには、怪しさ満点の管理人・弓月も加わる『シェアハウス』の日常が描かれていました。『ベイリー邸』の雰囲気感にとても魅かれるこの作品。『風見鶏の七不思議』や『あかずの間』の存在など、謎解きのお楽しみもあるこの作品。
少し強引な感はあるものの、鮮やかに繋がる〈終章〉のハッピーエンド感に満足感漂う、そんな作品でした。