語り手の他片(たいら)は赤字続きのバーを営む中年男性。
そんな彼のもとへある日一人の女性がたずねて来る。
「披露宴で皆で集まって吹奏楽を演奏してほしい」と依頼したのは高校吹奏楽部の元メンバー、桜井。
桜井の一言がきっかけとなり、他片は今は散り散りとなった吹奏楽部のメンバーに再結成を呼びかけるが……
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物語は語り手・他片の回想に沿ってすすむ。
吹奏楽部のメンバーはいずれも個性的。
登場人物はのべ数十人。吹奏楽部は大所帯、楽器の数だけ個性がある。
音楽小説であり青春小説であり八十年代ーグロリアス・エイティーの風俗小説である。
中年の他片が吹奏楽部で活動した過去を振り返る形で綴られる物語は、青春真っ只中の輝かしい黄金の光ではなく、ランプシェードで絞ったようなくすんだ黄金の輝きに満ちている。
それは夕暮れが訪れる寸前の、溶けて消えそうな黄金の空に似ている。
桜井と組んでかつての部員の足跡をたどるうちに、他片はさまざまな人生の変遷を知る。
変わった友人がいれば変わらない友人もいる、成功した友人がいれば破滅した友人もいる、そして死んだ友人も……
現在と過去が交錯するごと陰影は際立ち、部員たちのそれからの人生が浮き彫りになる。
吹奏楽部時代は先輩や友達との馬鹿騒ぎ中心でユーモラスなエピソードが多いが、現実はそうも行かない。
二十数年の歳月は人を変える。変わらないものもある。
幸せになったヤツもいれば不幸せになったヤツもいる。再結成は困難を極める。
それでも他片と桜井の熱心な勧誘にこたえ、一人また一人とかつてのメンバーが集まり始めるのだが……
音楽はひとを幸せにするばかりじゃない、音楽のせいで不幸になる人間だって確実にいる。
音楽を極めんと志すものこそ、狭き門にはじかれぼろぼろになっていく。
だけど人は音楽を愛する。音楽に情熱を捧げる。それが素晴らしいものだと信じてやまない。
音楽に命をやどすのも意味を与えるのも、人だ。究極的に人でしか有り得ない。
音楽は時としてローマ法王の説教より胸を打つ。
演奏シーンの一体感、上手い音楽と気持ちいい音楽の違いなど、示唆に富んだ考察に目からぽろぽろ鱗おちまくりでした。私が吹奏楽部だったらもっと共感できたんだろうなあ……。