津原泰水のレビュー一覧
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期待以上に楽しめたエンターテイメントだった。強引な部分もあるが、流れのテンポが良いのが心地よい。
書籍紹介サイトから
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主人公は、出版社に勤務する柳楽尚登、二十七歳。ある日、社命でカメラマンの実家を訪ねた尚登は、自然界の螺旋=ぐるぐるに魅せられたそのカメラマン・雨野から、ある計画を聞かされる。立ち飲み屋をエスカルゴ料理メインのフレンチレストランに変える、ついては、シェフは尚登だ、と。要するにワンマン社長から、問答無用の出向というか、実質上のリストラをされたのである。
かくして、尚登の人生そのものもまた、ぐるぐるし始める。三重にあるエスカルゴの養殖場で、“本物”の美味しさに開眼した尚登は、「日本初の、本物のブルゴーニュ・エスカルゴをふんだんに供する店」の実現を雨野と共に目指すようになるのだが……。
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再読
2巻で反省している通りミステリらしいミステリ
解説の通りチェスタトンや泡坂作品のような
気づけばなぜそう思えなかったのか納得の謎解きが秀逸
言うまでもなく文章も素晴らしい
2013/11/23
もとは1994年から95年に
講談社ティーンズハート(十二国記のホワイトハートの前身)からでた作品の改作
つまり少女向けライトノベルにおけるミステリであり
赤川次郎作品てきなおもむきの
殺人事件がおこるが陰湿さはあまりなく
探偵役の主人公一行は事件にまきこまれても泰然としていなければならないふう
ミステリに詳しくない目から見ても事件内容は相当変わっているが
登場人物の奇抜は決してそれに劣らない
「普通の少女」である主人公は充分に胡乱だし
その憧れの人である祓島龍彦(『絶望先生』の久藤准調)あたり突き抜けては
作者が楽しんで書いていそう -
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幻想短編集というべきか。
誰も、孤独をかかえ、ひっそりとでも大事に生きようとしている。それなのに、誤ったり踏み外したり、翻弄される。それが人間ってものだからな。
娘を亡くした父親の戸惑いと、悲しみが、「延長コード」の重さに象徴されている。感情をほとんど出してないのに、延長コードが切なく表している。
グレードデンに魅入られて、救われると同時に、結局は救われない女の話「クラーケン」
何かに依存することは、弱さだ。だがそれがどうしても必要な時もある。そして、それだけで救われないことも多々ある。
弱さと儚さと孤独と、そういうものの中に美しい瞬間は存在するのだろう。
美しい物語だった。
そして、悲しい話達だった。 -
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語り手の他片(たいら)は赤字続きのバーを営む中年男性。
そんな彼のもとへある日一人の女性がたずねて来る。
「披露宴で皆で集まって吹奏楽を演奏してほしい」と依頼したのは高校吹奏楽部の元メンバー、桜井。
桜井の一言がきっかけとなり、他片は今は散り散りとなった吹奏楽部のメンバーに再結成を呼びかけるが……
物語は語り手・他片の回想に沿ってすすむ。
吹奏楽部のメンバーはいずれも個性的。
登場人物はのべ数十人。吹奏楽部は大所帯、楽器の数だけ個性がある。
音楽小説であり青春小説であり八十年代ーグロリアス・エイティーの風俗小説である。
中年の他片が吹奏楽部で活動した過去を振り返る形で綴られる物語は、青春真っ只中の輝かしい黄金の光ではなく、ランプシェードで絞ったようなくすんだ黄金の輝きに満ちている。
それは夕暮れが訪れる寸前の、溶けて消えそうな黄金の空に似ている。
桜井と組んでかつての部員の足跡をたどるうちに、他片はさまざまな人生の変遷を知る。
変わった友人がいれば変わらない友人もいる、成功した友人がいれば破滅した友人もいる、そして死んだ友人も……
現在と過去が交錯するごと陰影は際立ち、部員たちのそれからの人生が浮き彫りになる。
吹奏楽部時代は先輩や友達との馬鹿騒ぎ中心でユーモラスなエピソードが多いが、現実はそうも行かない。
二十数年の歳月は人を変える。変わらないものもある。
幸せになったヤツもいれば不幸せになったヤツもいる。再結成は困難を極める。
それでも他片と桜井の熱心な勧誘にこたえ、一人また一人とかつてのメンバーが集まり始めるのだが……
音楽はひとを幸せにするばかりじゃない、音楽のせいで不幸になる人間だって確実にいる。
音楽を極めんと志すものこそ、狭き門にはじかれぼろぼろになっていく。
だけど人は音楽を愛する。音楽に情熱を捧げる。それが素晴らしいものだと信じてやまない。
音楽に命をやどすのも意味を与えるのも、人だ。究極的に人でしか有り得ない。
音楽は時としてローマ法王の説教より胸を打つ。
演奏シーンの一体感、上手い音楽と気持ちいい音楽の違いなど、示唆に富んだ考察に目からぽろぽろ鱗おちまくりでした。私が吹奏楽部だったらもっと共感できたんだろうなあ……。 -
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文化庁メディア芸術祭で展示されているものを読み、大きな衝撃を受けた。漫画を読んで、最近ここまで深く心を揺さぶられたことはない。残酷でグロテスク、それでいて優しく甘美。描き込みの少ないあっさりとした絵柄と濃厚すぎる内容との落差が、逆にイマジネーションを刺激する。「優しさに満ちた『少女椿』」のような前半だけでも十分に良いのだが、幻想譚としての色彩が強くなる後半はさらに圧巻。読者自身がどこに「心の置きどころ」を見いだせばいいのか分からぬまま取り残されるようなラストは、これまでに読んだり見たりした幻想作品の中でも屈指のものだ。原作は短編小説らしいが、もはや小説だの漫画などというジャンルを超越した一大芸術。本当に恐るべき作品だ。
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平成26年度第18回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞受賞作品。
近藤ようこが、津原泰水の短編を下敷きにマンガ化した作品。美しく哀しい幻想譚として見事に結晶化されている。鈴木清順監督の映画『ツィゴイネルワイゼン』を思い出してしまったのは、異形の旅芸人が登場する、幻想的な作品であったからだろうか。
異形という存在は、懐かしさを呼び起こし、見る者を神話的な世界へと誘う。戦前から戦後間もない時期までは、たしかに、そんな人たちが芸を見せながら旅をしていた。
見世物小屋の一座で糊口をしのぐ異形の5人家族。怪物「くだん」を一座に加えようとするが、家族はやがて二つの世界に引き裂かれることになる。戦争に負けた世界と戦争に巻き込まれなかった無傷の世界とに・・・。パラレルワールドの展開を前にして、現実と虚構が交錯し、めまいを覚える。「もし、日本が戦争を始めていなかったら」「もし、日本が戦争に負けていなかったら」という想像力が現在を逆照射し、過去の世界からの光によって現在が照らされ、暗い影となって浮かび上がる。戦後70年を経て異形の者たちも消えたこちらの世界(現在)の方が偽りの世界のようにも感じられてくる。
川を漂う五色の襤褸を纏った舟に乗った5人の家族は、世界を漂う日本という運命共同体の暗喩なのかもしれない。死者と生者の交感を描いたこの物語には、今は亡き者たちへの追悼と鎮魂の意味も込められているようにも思える。
あとがきで近藤ようこが次のように書いているのが印象に残る。
くだんに運ばれた和郎と桜が生きているのは、やはり、「産業奨励館が原爆ドームにならなかった世界」であるべきだと思った。
また、原作者の津原泰水氏は、終盤は近藤ようこの創意が加えられていると記している。この原作の収められている短編集『11(eleven)』(2014年SFマガジンのオールタイム・ベストSF国内短編部門1位)も読まなくてはなるまい。
近藤ようこは、折口信夫の『死者の書』をコミカライズして「月刊コミックビーム」に連載を開始するとのこと。これにも目が離せない。