瀬木比呂志のレビュー一覧
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驚いたのは引用される文献や映画の数量だ.著者は個人主義・自由主義を標榜しており、左翼系思想の問題点を指摘している.あまり聞き慣れない用語が満載で、それぞれ別個に調べて対応した.キャンセルカルチャー、イノセンスなどなど.著者の考え方を如実に示している表現は、「まずは自己の利益があり、そのことを前提とした上で他の利益を考え、利害の対立があれば議論を行って調整する.その上で、合意を結んだらそれに従う.」だと感じた.日本社会の問題点として、「自分自身は正義と善の立場に立って、安全な地点からそれを断罪するにとどまる例がきわめて多い.」という指摘も当を得ていると思った.
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檻の中の裁判官 なぜ正義を全うできないのか。瀬木 比呂志先生の著書。いくらお勉強ができるからといって、いくらエリートの裁判官だからといって、間違いを起さないとは限らないし、エリート意識が強い裁判官だからこそ間違いを起こしてしまうことだってあるはず。悪い裁判官、ダメな裁判官には、しっかりとダメという烙印を押すような制度が必要。特権階級意識にまみれた非常識で上から目線の裁判官が多数派だとは思わないけれど、悪い裁判官、ダメな裁判官はしっかりと世間から非難されていなくならないと、まじめで良心的な裁判官が報われないから。裁判官も政治家のように投票で決められる日が来るのかも。
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原発メーカー東芝に天下っていた最高裁判事がいる。
裁判官の再任制度には一部の左翼弁護士も協力した。『法服の王国』はこれら左翼弁護士たちの影響を感じる。
検察は、検事総長すら決定権を持たない小僧と言われるくらい、OBの影響力が強い。
恵庭OL殺人事件の最新裁判に、元啓示裁判官の弁護士が入っているが、あまりのずさんな裁判に怒り、瀬木氏と同じ意見ではないがこんなことがまかり通れば彼と同じ意見だと書いたくらい。
昔は最高裁事務総局が裁判官協議会を開催して統制することもあったがあまりに露骨ということで、司法研修所による裁判官研修会によって統制する。
瀬木氏がアメリカに留学した際アメリカの学生から日本の憲法判例はstupidと言われた。
★全く園通りだと思う。
『絶望の裁判所』が出た直後、韓国最高裁は留学中の裁判官に至急10冊送るよう指示。 -
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元来、リベラルアーツとは、自由七科、つまり、
文法学、修辞学、論理学、算術、幾何学、天文学、音楽を意味した。
しかし、近年注目されている意味でのリベラルアーツは、人の精神を自由にする幅広い基礎的な学問・教養という趣旨で、その横断的な共通性やつながりを重視する含みを持つ言葉であると筆者は説く。
本書は、3つの部から構成されている。
筆者は、リベラルアーツを学ぶ必要性や身につけるための基本的な方法等を語りかけるように教えて
くれる。終盤は実践的な内容となっていて、自由七科を髣髴させる自然科学や社会・人文科学、芸術等について言及する。
印象的なのは、筆者が新約聖書を推薦していることである。聖書は西欧では思想や芸術の規範となっているが、日本人にとっても新約聖書は、知恵に満ちた深い書物であると表現する。その中核である四福音書だけは、一度は通読することを勧めると念を押す。
『リベラルアーツを学ぶには、もちろん、それなりのコストや努力も必要です。しかし、そこから得られるものは、そのコストや努力をはるかに上回るものになりうるのです。』
本書を通じて、リベラルアーツを学ぶ楽しみを垣間見た気がした。 -
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『リベラルアーツの学び方』の実践版と言える作品。
『リベラルアーツの学び方』でも、ロック・ジャズ、クラッシック、映画、漫画といったところに作者の嗜好を感じたが、先ずは漫画からということで漫画には格別な思いがあるのだと本作を読んでいても感じる。
はしがきに「一つの視点から現代漫画についての物語を物語り、見取図を示す本」とあるように本書における現代漫画は作者の視点を通しての現代漫画である。作者の視点については、第1部に詳述されている。また、本書で取り上げられている作家を一覧する事で感じる事もできよう。ガロ時代のつげ義春を嘴矢として諸星大二郎、大友克洋、高橋留美子、高野文子の五人に加えて、いがらしみきお、近藤ようこ、こうの史代、五十嵐大介を現代漫画を代表する9人としている。これに加え31人の作家の計40人を作品紹介を中心に取り上げている。多人数な上に作品を網羅的に取り上げているので、作家論・作品論という意味では少々物足りなく感じる。
私自身は、学年が上がるほどに漫画を読むペースは減っていたし、学校を卒業後はアニメは選択的には追いかけているものの漫画はほとんど読んでおらず、子どもたちが面白いよと推薦するものぐらいになっているのであるが、漫画に対する思い入れというものは残っているので、現代漫画(漫画に現代以前のものがあるのかとは思う)という以上はこういう作家を入れて欲しいという気もする。手塚治虫の流れを受け継ぐ現代日本漫画のいわば主流派の作家はほぼ取り上げられていない。理由は本書でも述べられているが、現代漫画と謳う以上は全く無視はできないようにも思うのである。作家ではなく作品にフォーカスするという方法もあろう。
とはいいつつも、自分とは違った視点で選ばれているので、知らなかった作家で読んで見たいなあと感じる作家も何人かあったし、知っている作家についてもそういう見方があるかと啓発される部分もある。教養として漫画を読むという姿勢での「読書」のガイドとして役立つ本ではある。 -
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元裁判官学者と独立系ジャーナリストの対談、もともと両者とも日本の司法制度には経験的に否定的であるが、それが強調されている。大岡裁きのようなものは期待するものではなく、なるべく捕まらないことが大事と思われる。
基本的には政治を見ている役人であり、外の世界とは触れ合わず、堅いヒエラルキーの中で一生を終える仕組みになっているため、広い視野や一般性を持つことが難しく、政治に逆らうことはない。特に刑事事件は99.9%有罪になり、特に権力が絡むものは絶対である。地裁で画期的な判決を出したとしても現在の原発裁判のように統一見解が出され、当裁判官は左遷されていることもある。(がそれをメディアは報じないような記者クラブ内の癒着構造がある)。 -
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最近は、日本の大学でリベラルアーツを取り入れている。しかし、アメリカで実施されているリベラルアーツは、少人数の教室で広い教養を学ぶことで、生徒と先生同士が議論するものみたいだ。また学部1、2年目はそもそも専門は学ばず、幅広い科目を履修し、大学院に行く前提で、専門を決めて行くという。その点においては、日本では、100人規模で行われる授業などがほとんどであり、まだまだリベラルアーツというには程遠い。
「すぐ役にたつものは、すぐに役に立たなくなる」とはいったもので、教養の大切さを感じさせられた。では、何を学べばいいかという点においては、第2章からたくさんの作品が紹介されているため、それから読んでいくのもいいかもしれない。
教養を学ぶことは、仕事や、ビジネスで直接生かすまでには、なかなか時間がかかるものがあるだろう。しかし、勉強することは、日々の生活でたくさんの気づきを得たり、知的な人と議論することができる楽しいものだと思うようになった。 -
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1部 なぜリベラールアーツを学ぶ必要があるのか
これまでの蛸壺型の知識では得られない、生きるために必要な課題を設定し、それを解いていくような、「知恵の活用方法」を身に着けることであることをまとめている。
2部 リベラルアーツを身につけるための基本的な方法と戦略
1章は、6つの観点から、批評的・構造的、作品と対話、歴史や体系の中で、視点を移動し、他分野への転用、相対化して客観的に見つめることの大切さを説いている。
2章は、情報収集、ストックの仕方、コレクションの意味についてまとめている。
3部 実践リベラルアーツ:3章にわけて解説する
1章は自然科学の分野として、生物学・脳神経学・精神医学関連・自然科学その他の分野について
2章は社会・自分化学・思想・批評等として、哲学・思想・批評・ノンフィクションなどについて
3章は芸術として、文学、映画、音楽、漫画、美術について
400ページもあるが、ディスカバリーだけあって余白やイラスト(本の表紙や作者の人物像)が多く、あまり苦にはならない。 -
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裁判官→学者という経歴をもつ著者が、自身の経験や師との対話、幾多の書物、芸術作品からの引用などを再構築しながら、人間の本性を整理していく。
本性は「ほんせい」と読み、タイトルから想起されるような、法廷というある意味極限の環境下で垣間見える人間の本性(ほんしょう)に世俗的な興味を持った私のような読者には、やや肩透かしを食らったような内容であったことは否めない。
ただ、法学はもちろん政治学から宇宙論に至るまで、幅広い知識や教養、経験を総動員して辿り着いた人間の本性の数々は大変勉強になり、また一部では普段自分が漠然と考えていること(例えば、自分と他人とを比べて幸福感を求めることは良くない、等)と一致する点もあり、納得感を強めることができた点は良かった。