瀬木比呂志のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
裁判官から大学教授に転じ、専門である法学系だけでなく、文化や芸術などを含めた教養全般に造詣の深い著者が、リベラルアーツを学ぶ意義や重要性を解説するとともに、著者が推奨する作品を紹介した一冊。
著者はリベラルアーツを「広がりと奥行きのあるものの見方=パースペクティヴ」と「洞察と直感により本質をつかむものの見方=ヴィジョン」を身につけるための「基盤」であるとして、個々の作品を「消費」するのではなく「対話」し、批評的・構造的に捉えたり、歴史的な位置づけを考えたりして得た学びを、他の分野に転用することなどによって、単なる知識ではなく、その人固有の人生観や世界観として身についた教養になると主張する。
今日の日本の法曹界や社会全般に対する批判については、やや説教臭いところもあるが、幼少の頃からの膨大な量とオールジャンルな読書体験に加え、映画、音楽、漫画など幅広い分野の教養に真摯に接し、さらには海外経験もある著者が解説する「グローバルスタンダード」な教養のあり方には耳を傾ける価値がある。知識バカでもインテリ気取りでもない、真の教養を身につけるための格好のガイドとなっている。 -
Posted by ブクログ
裁判所、裁判官という言葉から、あなたは、どんなイメージを思い浮かべられるのだろうか? ごく普通の一般市民であれば、おそらく、少し冷たいけれども公正、中立、廉直、優秀な裁判官、杓子定規で融通はきかないとしても、誠実で、筋は通すし、出世などにはこだわらない人々を考え、また、そのような裁判官によって行われる裁判についても、同様に、やや市民感覚とずれるところはあるにしても、おおむね正しく、信頼できるものであると考えているのではないだろうか?
しかし、残念ながら、おそらく、日本の裁判所と裁判官の実態は、そのようなものではない。前記のような国民、市民の期待に大筋応えられる裁判官は、今日ではむしろ少数派、マイノリティーとなっており、また、その割合も、少しずつ減少しつつあるからだ。そして、そのような少数派、良識派の裁判官が裁判所組織の上層部に昇ってイニシアティヴを発揮する可能性も、ほとんど全くない。近年、最高裁幹部による、裁判官の思想統制「支配、統制」が徹底し、リベラルな良識派まで排除されつつある。
33年間裁判官を務め、学者としても著名な著者が、知られざる裁判所腐敗の実態を告発する。情実人事に権力闘争、思想統制、セクハラ……、もはや裁判所に正義を求めても、得られるものは「絶望」だけだ。