瀬木比呂志のレビュー一覧

  • リベラルアーツの学び方

    Posted by ブクログ

    実学ではなく、すぐに役立つものではない、というものなので、教養というものは、ゆとりなんだな、と思った。
    懐が少し深くなるかもしれない、苦しかったり辛かったりするときに支えてくれるかもしれない、ややこしいことを考えるときに助けになってくれるかもしれない。でも全部、かもしれない、だけ。それがなくとも、懐の深い人はいる、別の支えも多分ある。ややこしいことの本質にずばっと迫る、いわゆる教養からは縁遠い人もいる。
    まあ、でも、ゆとりはあった方がいい。

    0
    2015年07月21日
  • ニッポンの裁判

    Posted by ブクログ

    「絶望の-」とは違い、個別の判例を中心に批判を展開している。こっちの方が受けそうだが、タイトルのインパクトが落ちてしまった。

    0
    2015年06月28日
  • リベラルアーツの学び方

    Posted by ブクログ

    裁判官から大学教授に転じ、専門である法学系だけでなく、文化や芸術などを含めた教養全般に造詣の深い著者が、リベラルアーツを学ぶ意義や重要性を解説するとともに、著者が推奨する作品を紹介した一冊。

    著者はリベラルアーツを「広がりと奥行きのあるものの見方=パースペクティヴ」と「洞察と直感により本質をつかむものの見方=ヴィジョン」を身につけるための「基盤」であるとして、個々の作品を「消費」するのではなく「対話」し、批評的・構造的に捉えたり、歴史的な位置づけを考えたりして得た学びを、他の分野に転用することなどによって、単なる知識ではなく、その人固有の人生観や世界観として身についた教養になると主張する。

    今日の日本の法曹界や社会全般に対する批判については、やや説教臭いところもあるが、幼少の頃からの膨大な量とオールジャンルな読書体験に加え、映画、音楽、漫画など幅広い分野の教養に真摯に接し、さらには海外経験もある著者が解説する「グローバルスタンダード」な教養のあり方には耳を傾ける価値がある。知識バカでもインテリ気取りでもない、真の教養を身につけるための格好のガイドとなっている。

    0
    2015年06月21日
  • リベラルアーツの学び方

    Posted by ブクログ

    単なる知識ではなく、柔軟な思考力、想像力、感性を身につける為のもの。
    自身振り返って本好きであるが、体系的に自分の心のあり方に、過去読んだ本が影響を受けているかどうか怪しい。
    この本に挙げられている本(あるいは音楽、絵画)をざっとみてみても、とくに自然科学についてはほぼ触れたことが無く、反省。私自身としては、第二部のリベラルアーツの学び方が非常によかった。

    0
    2015年06月15日
  • ニッポンの裁判

    Posted by ブクログ

    昨年話題になった「絶望の裁判所」の姉妹書。
    その「絶望ー」は読んでいないのですが、本書でも語られるニッポンの裁判の現実は、かなり「絶望」的に感じられます。
    以前から酷いのは漠然とはわかっていたが、改めて事細かに示されると、少々げんなりします。
    いったいどうすればいいのだろう?
    とりあえず、そのうち「絶望ー」も読んでみます。

    0
    2015年04月08日
  • 絶望の裁判所

    Posted by ブクログ

    ここに書いてあることが、本当の話だとしたら日本の司法に救いはない。友人の弁護士に聞いてみたところ、多少のデフォルメはあるが真実に近いとのこと。本当に救いがない。

    0
    2015年04月01日
  • ニッポンの裁判

    Posted by ブクログ

    構造的に事なかれ主義・先例や権威追随志向の日本の裁判。高裁・最高裁とヒエラルキーが上がるにつれて、統治者としての仲間意識・権力擁護者・調停人の要素が強くなる。法と正義の番人ではなく、権力の番人、擁護者、忠犬。

    株式会社「ジャスティス」のたとえ話が、わかりやすかったです。より良い司法が、より良い国であるために必要であることが再認識できました。

    0
    2015年08月29日
  • 絶望の裁判所

    Posted by ブクログ

    日本の裁判所がどのような変遷をたどって変わっていったか。裁判所という閉ざされた空間、組織がどのようなものなのか。硬直してしまい権力を嗜好した組織の生々しさ。幾分愚痴っぽく聞こえるところも見られた。

    0
    2015年02月28日
  • 絶望の裁判所

    Posted by ブクログ

    お世話になることがないので分からないが、著者によると日本の裁判所、裁判官の劣化が進行しているようだ。それもシステムとして劣化に向かっているようだ。裁判員制度が導入されたのもみせかけに過ぎないようである。著者によると、司法修習終わってすぐに裁判官に任官するシステムが問題のようだし、法曹一元化が必要のようである。自分がお世話になることがいつ起きないとも知れないのだから、人ごとと思ってはいけないのかもしれない。

    0
    2015年02月08日
  • 絶望の裁判所

    Posted by ブクログ

    裁判所、裁判官という言葉から、あなたは、どんなイメージを思い浮かべられるのだろうか? ごく普通の一般市民であれば、おそらく、少し冷たいけれども公正、中立、廉直、優秀な裁判官、杓子定規で融通はきかないとしても、誠実で、筋は通すし、出世などにはこだわらない人々を考え、また、そのような裁判官によって行われる裁判についても、同様に、やや市民感覚とずれるところはあるにしても、おおむね正しく、信頼できるものであると考えているのではないだろうか?
    しかし、残念ながら、おそらく、日本の裁判所と裁判官の実態は、そのようなものではない。前記のような国民、市民の期待に大筋応えられる裁判官は、今日ではむしろ少数派、マイノリティーとなっており、また、その割合も、少しずつ減少しつつあるからだ。そして、そのような少数派、良識派の裁判官が裁判所組織の上層部に昇ってイニシアティヴを発揮する可能性も、ほとんど全くない。近年、最高裁幹部による、裁判官の思想統制「支配、統制」が徹底し、リベラルな良識派まで排除されつつある。
    33年間裁判官を務め、学者としても著名な著者が、知られざる裁判所腐敗の実態を告発する。情実人事に権力闘争、思想統制、セクハラ……、もはや裁判所に正義を求めても、得られるものは「絶望」だけだ。

    0
    2015年04月06日
  • 絶望の裁判所

    Posted by ブクログ

    この怨念の籠り具合が凄い。◆裁判所が単なる司法官僚の塊だったということを具体的に提示。◆うちも数年前にお世話になって裁判所への信頼を失ったが、それを裏付けた。◆◆司法制度改革が意味にないことだったことも。

    0
    2020年07月27日