瀬木比呂志のレビュー一覧

  • 絶望の裁判所

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    自己満足の文章、というのが最初の感想。知らないことばかりだったけれど、それでも節々に違和感というか、決め付けのような気配を感じた。単純に気になったのは、正規分布の使い方はそれで良いのか、正規分布という概念を出したかっただけじゃないのか、ということで、その他にも、きっと一言一句にすごく気を遣っている割には、詳しく論じているはずなのに、結論は私はこう思う、だったりする。行政官僚が悪という前提も、自分にとっては知らないことだから当たり前ではないし。
    まあそれでも読んで良かったなとは思った。
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    2017年09月20日
  • 絶望の裁判所

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    法曹界、とりわけ裁判官の実体に迫る。要は、裁判所とはいえ依然として日本だよね、という話。著者視点の感情眼鏡が非常に高度数なため、どこまで客観的なファクトとしてとらえて良いものか難儀であるが、イメージを膨らませるための情報としては面白い。

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    2017年09月10日
  • 裁判所の正体―法服を着た役人たち―

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    「絶望の裁判所」の著者、元裁判官の瀬木比呂志と、「殺人犯そこにいる」の著書でジャーナリストの清水潔の三日間にわたる対談をまとめた一冊。基本的には清水さんが質問者でそれに瀬木さんが答えるという形式。両者の著書を読んでいる読者にはそこまで目新しい内容ではないかもしれないが、お互いに突っ込んだり質問したりしながらの対談の内容をそのまま対話形式でまとめてあるので、内容はより分かりやすくなっていると思う。最高裁に統制された日本の裁判所は「権力の監視機関」ではなくて「権力の補完機関」になっていると言うのは、なかなか重い事実のようだ。記者クラブ制度によって政府権力の広報機関に成り下がっているマスコミもしかり

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    2017年07月21日
  • 絶望の裁判所

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    ネタバレ

    通常の職場でもそうだが、業務をしている時に「周囲が見えない状況」に落とし込められることが、その当人にとって精神的・肉体的に最も危ない状態になる。
    自分を客観視できず、(その暇もなく)、どんどん深みにはまっていき、抜けられなくなる。

    本書についても、取り立てて「裁判官」という職業について興味があったというよりかは、その置かれている状況に興味があった。
    裁判官とは全国に跨がった「精神収容所」、であり、自分たち国民が裁かれるのは基本的には「そういう人たち」というところ。

    やっぱり「新しい血」というところは、常に、必要であり、「変化」を伴わない組織は「死」を迎える。

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    2017年05月02日
  • 絶望の裁判所

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    元裁判官で学者に転身した著者が日本の裁判所と裁判官の実態を描いた本。司法行政について内側からしかも批判的な視点で書かれているのは興味深いが、面白味に欠けるように感じられて途中から斜め読みしてしまった。

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    2017年03月06日
  • 絶望の裁判所

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    ネタバレ

     日本の社会には、それなりに成熟した基本的に民主的な社会であるにもかかわらず、非常に息苦しい側面、雰囲気がある。その理由の一つに、「法などの明確な規範によってしてはならないこと」の内側に、「してもかまわないことにはなっているものの、本当はしないほうがよいこと」の見えないラインが引かれていることがあると思われる。デモも、市民運動も、国家や社会のあり方について考え、論じることも、第一のラインには触れないが、第二のラインには微妙に触れている。反面、その結果、そのラインを超えるのは、イデオロギーによって導かれる集団、いわゆる左翼や左派、あるいはイデオロギー的な色彩の強い正義派だけということになり、普通

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    2017年02月19日
  • リベラルアーツの学び方

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    リベラルアーツ論の中でも、かなりユニーク本だと思った。大学教員が教育上推奨する文献と、本書で紹介されている作品とでは選書基準が異なる印象を持った。その理由の一つには、著者が専門職大学院としての教員ではあるが、良い意味でディシプリンにしばられていないセレクションとなっていることが挙げられよう。大学における教養教育を視野にしておらず、あくまでも学び直しのための独学に供するためのブックガイドとなっている。各推薦書の配列についても、なんとなく示すのではなく、著者自身によるある意味での流れを読者に随時説いてくる。自然科学から始まり、脳科学に積極的に取り上げている。色々な意味で揺さぶられた1冊だった。ただ

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    2016年10月16日
  • リベラルアーツの学び方

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    著者は、2013年にベストセラー『絶望の裁判所』を発表した元最高裁判事の瀬木比呂志。
    「リベラルアーツ」の起源は、ギリシャ・ローマ時代に自由人が学ぶ必要のある7科(文法学、修辞学、論理学、算術、幾何学、天文学、音楽)であり、現代でも一般的には大学における基本科目を指すが、近年注目されている意味での「リベラルアーツ」は、むしろその本来の意味、即ち、「人の精神を自由にする幅広い基礎的学問・教養」という趣旨、とりわけ、その横断的な共通性、つながりを重視する含みをもって用いられている。
    著者は冒頭で、「考えられる方法や感じる方法の生きた蓄積であるリベラルアーツは、個々人がみずから考え、発想し、自分の道

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    2017年11月18日
  • 絶望の裁判所

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    著者の自分語りと牽強付会気味の立論に違和感がある。
    裁判官の精神構造の病理について著者が論じる点は、現在の著者にも妥当するように思える。

    とはいえ、元裁判官が、これだけ自分の見聞を披露して、裁判所を正面切って批判するということには、やはり意味があるのではないか。

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    2015年11月04日
  • リベラルアーツの学び方

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    実学ではなく、すぐに役立つものではない、というものなので、教養というものは、ゆとりなんだな、と思った。
    懐が少し深くなるかもしれない、苦しかったり辛かったりするときに支えてくれるかもしれない、ややこしいことを考えるときに助けになってくれるかもしれない。でも全部、かもしれない、だけ。それがなくとも、懐の深い人はいる、別の支えも多分ある。ややこしいことの本質にずばっと迫る、いわゆる教養からは縁遠い人もいる。
    まあ、でも、ゆとりはあった方がいい。

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    2015年07月21日
  • ニッポンの裁判

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    「絶望の-」とは違い、個別の判例を中心に批判を展開している。こっちの方が受けそうだが、タイトルのインパクトが落ちてしまった。

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    2015年06月28日
  • リベラルアーツの学び方

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    裁判官から大学教授に転じ、専門である法学系だけでなく、文化や芸術などを含めた教養全般に造詣の深い著者が、リベラルアーツを学ぶ意義や重要性を解説するとともに、著者が推奨する作品を紹介した一冊。

    著者はリベラルアーツを「広がりと奥行きのあるものの見方=パースペクティヴ」と「洞察と直感により本質をつかむものの見方=ヴィジョン」を身につけるための「基盤」であるとして、個々の作品を「消費」するのではなく「対話」し、批評的・構造的に捉えたり、歴史的な位置づけを考えたりして得た学びを、他の分野に転用することなどによって、単なる知識ではなく、その人固有の人生観や世界観として身についた教養になると主張する。

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    2015年06月21日
  • リベラルアーツの学び方

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    単なる知識ではなく、柔軟な思考力、想像力、感性を身につける為のもの。
    自身振り返って本好きであるが、体系的に自分の心のあり方に、過去読んだ本が影響を受けているかどうか怪しい。
    この本に挙げられている本(あるいは音楽、絵画)をざっとみてみても、とくに自然科学についてはほぼ触れたことが無く、反省。私自身としては、第二部のリベラルアーツの学び方が非常によかった。

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    2015年06月15日
  • ニッポンの裁判

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    昨年話題になった「絶望の裁判所」の姉妹書。
    その「絶望ー」は読んでいないのですが、本書でも語られるニッポンの裁判の現実は、かなり「絶望」的に感じられます。
    以前から酷いのは漠然とはわかっていたが、改めて事細かに示されると、少々げんなりします。
    いったいどうすればいいのだろう?
    とりあえず、そのうち「絶望ー」も読んでみます。

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    2015年04月08日
  • 絶望の裁判所

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    ここに書いてあることが、本当の話だとしたら日本の司法に救いはない。友人の弁護士に聞いてみたところ、多少のデフォルメはあるが真実に近いとのこと。本当に救いがない。

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    2015年04月01日
  • ニッポンの裁判

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    構造的に事なかれ主義・先例や権威追随志向の日本の裁判。高裁・最高裁とヒエラルキーが上がるにつれて、統治者としての仲間意識・権力擁護者・調停人の要素が強くなる。法と正義の番人ではなく、権力の番人、擁護者、忠犬。

    株式会社「ジャスティス」のたとえ話が、わかりやすかったです。より良い司法が、より良い国であるために必要であることが再認識できました。

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    2015年08月29日
  • 絶望の裁判所

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    日本の裁判所がどのような変遷をたどって変わっていったか。裁判所という閉ざされた空間、組織がどのようなものなのか。硬直してしまい権力を嗜好した組織の生々しさ。幾分愚痴っぽく聞こえるところも見られた。

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    2015年02月28日
  • 絶望の裁判所

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    お世話になることがないので分からないが、著者によると日本の裁判所、裁判官の劣化が進行しているようだ。それもシステムとして劣化に向かっているようだ。裁判員制度が導入されたのもみせかけに過ぎないようである。著者によると、司法修習終わってすぐに裁判官に任官するシステムが問題のようだし、法曹一元化が必要のようである。自分がお世話になることがいつ起きないとも知れないのだから、人ごとと思ってはいけないのかもしれない。

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    2015年02月08日
  • 絶望の裁判所

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    裁判所、裁判官という言葉から、あなたは、どんなイメージを思い浮かべられるのだろうか? ごく普通の一般市民であれば、おそらく、少し冷たいけれども公正、中立、廉直、優秀な裁判官、杓子定規で融通はきかないとしても、誠実で、筋は通すし、出世などにはこだわらない人々を考え、また、そのような裁判官によって行われる裁判についても、同様に、やや市民感覚とずれるところはあるにしても、おおむね正しく、信頼できるものであると考えているのではないだろうか?
    しかし、残念ながら、おそらく、日本の裁判所と裁判官の実態は、そのようなものではない。前記のような国民、市民の期待に大筋応えられる裁判官は、今日ではむしろ少数派、マ

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    2015年04月06日
  • 絶望の裁判所

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    同期での評判がイマイチな印象だから構えて読んだけど、恨みつらみもあるんだろうけど言い当ててるところも多いと思うしそう悪くないんちゃうんという感想。やたら左翼じゃないと言われるのは嫌だったけど、みんなが敬遠する理由はそこじゃないだろうし、何でだろう。

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    2014年11月18日