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名画に隠れた真実のコードを解き明かす、エンタメ的読み応えたっぷりの美術鑑賞ガイド。美術史を代表する画家たちがキャンバスに忍ばせたメッセージを彼らの生涯や作品制作の背景とともに書き下ろす。図版多数収録!
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Posted by ブクログ
1760円 エミール・ゾラ初めて読んだ時、絵画みたいに鮮明に絵が想像できたんだけど、美術史の人間関係にエミール・ゾラがかなり出てくるからゾラ自体も美術が好きだったんだろうなと思った。 意味不明な絵画モナリザの解説有難い、 ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ファンアイク兄弟、カラヴァッジョ、マネ、ゴ...続きを読むッホ、ゴーギャン、 西岡 文彦 (にしおか ふみひこ、1952年 - )は、日本の版画家、多摩美術大学教授。山口県生まれ。1971年神奈川県立川崎高等学校卒業。版画家森義利に師事。1977年、日本版画協会展新人賞。1978年、国展新人賞受賞。雑誌「遊」(工作舎)の装画を機に、出版分野でも活動。著書も多い。1996年、多摩美術大学講師。2003年造形表現学部デザイン学科助教授、2007年准教授、2009年教授。 「以降、ダ・ヴィンチは、美術・音楽から工学・科学に至る広い分野で才能を開花させることになるが、こうした領域横断的な活動が、彼の出自や学歴から生じた、既成の学問にとらわれない自由な発想と、少なからぬ劣等感によって醸成された可能性は大きい。 後年、ダ・ヴィンチは自然を師とするよう説き、「経験の弟子」を自称している。 絵画制作における観察の重要性を諭すと共に、実証的な近代科学精神の先駆と見られることも多い言葉ながら、その背後には、少年時代、エリート教育での師を得られなかった無念が潜んでいたのかも知れない。 四十歳前後のダ・ヴィンチの蔵書目録に、十代の学生向けのラテン語初級教科書が何冊も見られるのが、微笑ましくも痛ましい。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「ヴァザーリは、ダ・ヴィンチの学業の断念についても、当人の飽きっぽい性格が原因と思っていたらしく、ダ・ヴィンチが膨大な手記に残した無数の構想を、余暇の知的遊戯と見なしている部分がある。そうした文脈の中で、このアカデミーやエンブレムのことにも触れているため、学校自体が夢想と思えるような記述になってしまっている。 近年では、このアカデミーは実在したと考えられるようになり、所在地はミラノ北東の小古都ヴァプリオダッダ付近とされている。 彼に『最後の晩餐』を描かせたミラノ公ルドヴィコ・スフォルツァの設立といい、公の甥も貴族の子弟と共に学んでいたという。 アカデミーのダ・ヴィンチの居所は優雅な別荘の体を成していたらしく、静謐な環境で思索と制作に励みながら、学生の指導にあたったとの記録が残されている。絵画・彫刻・建築に加え、宝石貴金属工芸から鉄や青銅の彫金鋳造までの、広い分野にわたる優秀な技術者を養成し、それなりの実績を上げていたらしい。 ダ・ヴィンチが著した『絵画論』は、美術史上最初期の絵画理論でありながら、総合的視野において並ぶものがない書物として、いまだに読み継がれている。このアカデミーの教育課程にしても、独自の先駆性を備えていたに違いないのだが、カリキュラムに関する資料はまだ発見されていないようである。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「ヴァザーリは、ダ・ヴィンチの学業の断念についても、当人の飽きっぽい性格が原因と思っていたらしく、ダ・ヴィンチが膨大な手記に残した無数の構想を、余暇の知的遊戯と見なしている部分がある。そうした文脈の中で、このアカデミーやエンブレムのことにも触れているため、学校自体が夢想と思えるような記述になってしまっている。 近年では、このアカデミーは実在したと考えられるようになり、所在地はミラノ北東の小古都ヴァプリオダッダ付近とされている。 彼に『最後の晩餐』を描かせたミラノ公ルドヴィコ・スフォルツァの設立といい、公の甥も貴族の子弟と共に学んでいたという。 アカデミーのダ・ヴィンチの居所は優雅な別荘の体を成していたらしく、静謐な環境で思索と制作に励みながら、学生の指導にあたったとの記録が残されている。絵画・彫刻・建築に加え、宝石貴金属工芸から鉄や青銅の彫金鋳造までの、広い分野にわたる優秀な技術者を養成し、それなりの実績を上げていたらしい。 ダ・ヴィンチが著した『絵画論』は、美術史上最初期の絵画理論でありながら、総合的視野において並ぶものがない書物として、いまだに読み継がれている。このアカデミーの教育課程にしても、独自の先駆性を備えていたに違いないのだが、カリキュラムに関する資料はまだ発見されていないようである。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「美術史上最大級の規模を誇る絵画が、キリスト教の総本山のローマ法王庁ヴァティカン宮殿サン・ピエトロ大聖堂の心臓部であるシスティーナ礼拝堂にミケランジェロが描いた天井画『天地創造』と『最後の審判』の壁画である。 詩人ゲーテが、人の成し得ることの偉大さを知りたければこの絵を見るがいいと言ったことで知られているが、この絵の作者ミケランジェロが自分に対して抱いていたイメージは、徹底して矮小であり醜悪そのものであった。 四階建てビルの壁面相当の二百 ㎡の大画面に四百人の裸体がひしめく『最後の審判』の中央部分、彼が描き込んだ自画像は、剝がされた生皮となってぶら下がっている。 この皮は、これを手に持つ聖バルトロマイが生皮を剝がされて殉教したことを示すために描かれているのだが、その生皮に自身の顔を投影していることからもわかる通り、ミケランジェロはあきれるほどに自己肯定感というものに欠けていた。 美貌に恵まれたダ・ヴィンチが、ヴェロッキオ工房に入って間もなく天使や両性具有的なダヴィデのモデルとなったのとは対照的に、ミケランジェロは生涯にわたって自分の顔にコンプレックスを抱き続けているのである。 彼の書く手紙や詩には一貫して卑下した調子がつきまとい、自分は腹に石を詰め込んだ革財布のようなものに過ぎず、その顔はおぞましく、目はどんよりとして、片耳にクモ、もう片耳にはコウモリが巣くっていると書いている。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「じつは、この恐るべき『最後の審判』には、着想源となった作品がある。 ミケランジェロの一世代前の画家ルカ・シニョレリがオルヴィエートの大聖堂に描いた連作壁画であり、無数の裸体で埋め尽くされた「最後の審判」の様式は、この画家によって確立されている。その筋骨隆々たる人体表現を見ればわかる通り、人体描写は解剖の知識に裏打ちされており、劇的なポーズで裸体をよじる画面の迫力にも、どこか常軌を逸したものがある。 これは、当時のイタリアを支配していた終末的な世界観というものの反映で、キリスト教世界には、千年期や二千年期に際して、終末的な世界観つまり世界が滅びるのではないかという厭世的な危機感が周期的に蔓延している。 この壁画の描かれた十五世紀末イタリアは、まさにそうした終末的な気運にあり、その時代の趨勢を象徴するように、サヴォナローラという激烈な人物を生み出している。 医学生から修道僧に転じたサヴォナローラは熱狂的な説教で知られ、フランス軍のフィレンツェ侵攻を予言したことから、一時はフィレンツェを支配するに至る。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「カヴァリエーリ以前にも、ミケランジェロの同性愛的な恋慕の対象となった男性は存在し、どう見てもプラトニックな関係でなかったと思われる相手もいるのだが、このカヴァリエーリに対する愛情は、そうした過去の情熱とは一線を画するものであった。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「 このフィリップ善良公は、男性ファッションにおける黒のパイオニアでもあった。 中世来、黒は清貧と謙譲をよしとする修道僧の衣服であり、黒い羊毛で織った粗末な布が用いられていた。黒地を美しく染め上げる技術はまだ開発されておらず、修道衣も生地のままで、黒は醜悪と同義の言葉でさえあった。 黒服がファッションとなったのは、毛織物や絹織物の技術が発展して、黒の染色技術が誕生して後のことで、その流行の発信源となったのが、ヨーロッパ織物産業の中心に位置するこの地であった。フィリップ善良公が前王の死を悼んで喪服で通したことも、美しき黒の普及を促進することになっている。 画面で夫が外套の下に着ているのは、その美しくも典雅な黒地の高級服である。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「もともと肖像画は、生者の面影を死後も保存することを目的に描かれるものである。 その事実に照らしてみれば、亡き妻との記念肖像画説もさほど荒唐無稽ではないことになる。画家は、生者と死者を分かつことなく描き、人間の生死を超越した神のごとき視点に立って夫婦の再会を現出しているわけである。 一方、誓いの相手が内縁の妻であるという説は、矛盾しているようだが、正式な結婚をした相手ではないという事実が、逆の意味で説得力を発揮する。 法的に結婚していないからこそ、描かれた画面の中では夫婦であることを願い、記念に描かれた作品である可能性が強まってくるからである。 今日でも、結婚式を挙げられなかったり入籍できなかったりといった事情を抱えた男女が、記念に写真を撮ることでそれらに替える例は少なくない。 法的な根拠は持たぬにしても、二人の誓いを迫真の写実描写をもって視覚的に記録するものとして、画家に依頼されたのがこの画面であったのかも知れない。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「ファン・アイクが確立した油彩技法は、従来のテンペラという技術に比べて格段に優れた写実描写を可能にする新技術であった。 絵の具を卵黄や卵白で溶くテンペラに対して、植物の種子から採った油で溶く油彩は、絵の具の伸び、混色の自由度、塗り重ねのための堅牢性等々、あらゆる面ではるかに優秀だったからである。この技術革新のおかげで、絵画の写実描写は飛躍的に進歩することになり、ファン・アイクはその確立者であり完成者でさえあった。 ところが、このファン・アイクの技量をも上回るといわれた画家が、同時代に存在していた。ヤン・ファン・アイクの兄フーベルト・ファン・アイクである。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「カラヴァッジオが生まれたのはミケランジェロの約一世紀後の一五七一年。ミラノ近郊の小村カラヴァッジオの出身で、本名をミケランジェロ・メリージといった。 石工だった父親が、巨匠ミケランジェロの名声にあやかって命名したともいわれるが、実際のところは、彼の誕生日九月二十九日が大天使ミカエルの祝日だったことに由来しているらしい。ミケランジェロ Michelangeloは、ミカエルのイタリア語名 Micheleと天使 angeloから成る男子名で、レオナルドと同様に現在でも用いられている。 画家を志した後のカラヴァッジオがミケランジェロを意識していたことは確実であり、作品の随所にミケランジェロの影響を見出すことができる。とりわけ強い影響が見られるのが、ミケランジェロが確立した体をよじるポーズのとり方で「蛇状体」と呼ばれるこの劇的な身体表現に強烈な明暗の効果を加えて、彼独自の様式を確立している。 同時代の画家に強い影響を与え、カラヴァッジェスキつまりはカラヴァッジオ派と呼ばれる追随画家の一群を生み出し、その画風は国際的に伝播することになる。フェルメールが画面に描いた絵の作者バブーレンも、こうしたカラヴァッジェスキのひとりである。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「近代絵画の原体験 近代絵画の祖となったマネは、ベラスケスを「画家の中の画家」と賞賛している。 マネの作品に見られる、明暗の対比を強調した大胆なタッチや、現実感にあふれる人物の描写は、ベラスケスの画風を当世風にアレンジして生まれたものである。 ベラスケスの人物画を同時代の人物に置き換えた『笛を吹く少年』は、そうした当世風ベラスケス様式の典型を見せる作品で、足元のわずかな影と横笛が体に投げる影以外は、ほとんど陰影描写がないにもかかわらず、人物の立体感と背後の空間を描き出している。 が、現代のスタジオ撮影による写真にも似た先駆性を見せる画面は、当時の批評家には理解されず、安手の民衆版画のように稚拙で陳腐な表現と酷評されている。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「こうした非難と嘲笑に抗して、マネ擁護の論陣を張ったのが後の文豪ゾラであった。 保守系新聞「レヴェヌマン」に連載中の美術評でマネを擁護するが、憤激した読者から購読中止の申し出が殺到したため、連載は打ち切られてしまう。少し前に出版社の広報部を辞め、文筆で生計を立てる決意をしたばかりのゾラには物心両面での打撃であった。 この応援への感謝を込めて、マネが描いたのが書斎のゾラの肖像である。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「今日では『草上の昼食』も古典としての地位を確立した感があり、画面を見てもこの絵が当時の人々を激昂させた理由は実感されにくい。 現代でも公共の場での裸体の露出は自粛されるが、ルネッサンス以来、名画と呼ばれるものの大半はヌードを描いている。そうしたヌードと『草上の昼食』の裸体を隔てるものを理解するのは簡単なことではないのだが、この絵の最大の問題が、画面左下に描かれた女性の衣服であったことは間違いがない。 ヌードのあけすけなポーズや見る者を見返す挑発的な視線、女性の裸身を強調するようなスーツ姿の男性もさることながら、なにより画面に猥雑な現実感を与えたのが、ワインと果実の傍らに脱ぎ捨てられたこの衣服だったのである。 明らかに同時代のものだとわかる服は、裸身が「衣服を脱いだ」現実の女性の裸であると告げているからである。 それが画家の意図であるのは、この静物と衣服が画面の中で最も入念な筆致で描かれていることが物語っている。どの部分よりも、なにを描いているかがはっきりわかるようになっており、人々がこの絵を猥褻として非難したのもそのためであった。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「マネがサロンでの地位を獲得すべく苦闘していた時代は、ボードレールが「偉大な伝統が失われ、新たな伝統の生まれていない」と評した芸術の過渡期であった。 それは、ルネッサンス的な写実を理想とする近世絵画から印象派の軽快なタッチが開く近代絵画への美的な移行期であると同時に、政府主催の官展から民間の画商への経済的な仕組みの移行期でもあった。 政府の官展であるサロンが画家の唯一の登竜門であった旧体制から、画商を介して画家の自由競争が展開する今日的な美術市場への移行期にあたるこの時期に、印象派展に先駆するような絵画流通の試みが、半官半民のかたちで存在していたのである。 マネには、こうした先駆的な組織と遠からぬところに居たと思われる節がある。 マネの初の個展は、三十一歳の時にイタリアン大通りにあるルイ・マルティネ画廊で開かれている。一八六三年三月、『草上の昼食』が騒動を巻き起こす前々月のことである。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「天才は病も独創的である 耳を切り落とすというゴッホの自傷行為の原因は、医学的には解明されていない。 初診したレー医師の癲癇説に続いて、一九二〇年代に盛んになる精神医学研究は、統合失調症説、突発性の躁病説、散発性の脳膜炎説、若年性アルツハイマー病説、油彩の溶き油テレピンの中毒説から、幻聴による命令説まで、数多くの説を提唱している。 一九四〇年代に諸説を検討した上で、原因の医学的診断は不可能であるとしたオランダの精神科医 G・クラウスは、「ゴッホはその芸術と同様、疾患においても個性的な人物であった」と説いている。ひとつの真実を衝いた言葉といえるだろう(*)。 ゴッホの生活を物心両面で支え続けた弟テオは、パリの画廊に勤める彼を頼ってオランダから出て来た兄が、宗教や哲学をめぐる議論でわめき散らすのに閉口している。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著 「黄視症とは視野が黄色くなる色覚異常のことで、当時の見解は、炎天下での制作による直射日光の影響ないしは性病を原因としている。が、もしゴッホが黄視症を患っていたとすれば、アプサントの過剰摂取も大きな原因のひとつであったように思われる。 アプサントはニガヨモギから作られる強度の蒸留酒で、安い値段で泥酔できるためパリの貧民層に愛飲されていたが、習慣性と毒性から後には販売禁止になっている。ゴッホも常飲していたこの安酒には、寄生虫の駆除に使われるサントニンという成分が多く含まれており、この駆虫成分は黄視症の副作用があることで知られている。 極度のストレスも黄視症の原因になるというので、ゴーギャンを待ちながらひまわりの制作に没頭するうち、異常な精神的高揚とアプサントの副作用が黄視症を引き起こしていたのかも知れない。すべての色彩が黄変している視野の中で、なお黄色を感じさせる色彩を現出しようとすれば、その黄色が異常な色調を帯びるのは当然であろう。」 —『名画の暗号 (角川書店単行本)』西岡 文彦著
最後の章のゴッホとゴーギャンの話が印象的 ゴッホが考えていたこと、ゴーギャンが考えていたこと・・ もし二人が同じ考えを持っていたのならどんな作品が完成していたのか気になります
天才画家たちが名画に残した秘密のメッセージはなにか。繊細な取材と果てしない想像力で、人間としての画家達のドラマが表現されている。 ゴッホの晩年、自傷し最後は自殺する狂ったような時期。ゴーギャンは、2ヶ月間をともにする。黄視症を煩ったゴッホは、更に強い黄色を用いてひまわりを描いた。 モナリザは、...続きを読むレオナルド・ダ・ヴィンチが愛人サライに贈ったもの。同性愛だった。 フェルメールの絵画には、背景に絵が飾られている。天秤は平行になっていて、宗教的な意味や性的な意味合いをもたせている。こうした絵画に潜むメッセージは、まだまだ見つかっていないものも多いはず。改めて、美術鑑賞の楽しみ方を教えてくれているようだ。
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