【一言感想】
自分の中の汚い感情だけが本心や本性ではなく、自分を形成しているモノの一つ
【感想】
ネットでたまたまミーム化された"スズキ タゴサク構文"なるものを見てから、今更ながら興味を持ち購入した作品。
暴れていた酔っ払いを取調室へ連行後に"爆発を霊感で予言"しだす自称"スズキ タゴサク"と警視庁特殊犯罪係との駆け引きを描いた作品で、展開に飽きがなく、"スズキ タゴサク"の得体の知れなさと、何故か惹かれる会話のやり取りが面白かった。
本作は都内にいくつもの爆弾が仕掛けられるという非常事態において右往左往する人たちの様子が描かれており、その中で一般人は犯人に対しての憎悪や対処している警官の対応に対する嘲りなどの汚い感情が描かれています
人間誰しも、他人や世の中に対して妬み嫉み憎悪や憤怒など汚いと思えるような感情を抱く場面が大なり小なりあり、何かのキッカケがあれば自分の中の汚い感情が爆発して、自分にとってマイナスとなる行動をとることがあり、"スズキ タゴサク"はそれを持って人間の本性だとしています。
「だって人は、一人残らず汚い部分を持っています」(p182)
「でも、いろんな事情がありますよ?人それぞれに、抱えた苦しみや恨みや、さまざまな価値観や、どうしようもない衝動が。」(p202)
とあって、僕自身も"京極夏彦"さんの「死ねばいいのに」という作品を読んでから人間誰しも汚いや醜いと思えるような部分があって清廉潔白の人は気味が悪いと考えているけれど、汚い部分だけを見て、それを本性とするのもまた極端だと思います。
本作での事件は非常事態で、よく"追い詰められた時に人の本性が出る"なんて言葉を聞いたりしますけれど、「エクソシストを堕とせない」という自分の好きなマンガのとある場面で"追い詰められた時に出るのは追い詰められた姿だ。人を追い詰め弱さを引き出し、挙句それを本性と断ずるなんて何様のつもりだ"(27話)とあり、人生で起きた一部分だけを切り取って本性とするのはおかしく、そもそも他人の本心や本性は他人が推して量れるものではないと本作を読んでいて思いました。
自分の中にはキレイと思えるような部分だけでは無く、汚いと見えてしまう部分もあり、それを誤魔化すことは自分にとっていつかマイナスとなる爆弾を設置しているようなものになってしまうので、自分の本心の中にはキレイと汚い両方が共存しているのだと受け入れるのが大切だと思える作品でした。