北康利の作品一覧
「北康利」の「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」「安奈淳物語 私は歌う、命ある限り」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
小澤隆生 起業の地図 困難をいかに乗り越え、事業を成功させるのか
著:北 康利
宝探しには地図がつきものだが、小澤隆生の描いてくれる地図は懇切丁寧。たとえ話もふんだんで、ビジネスだけではない生きる知恵に満ちている。
起業は運次第。だが運で成功した人間に学んでも成功はおぼつかない。天才に学んでも、能力持ってうまれた能力には限界があるから天才にはなれない。
本書は1人の起業家の人生をたどりながら、いろいろな働き方や生き方についても考えることのできる、とてもお得な「起業マニュアル」でもある。世の中に確実なものなどない。しかし、「かつ勝率を上げること」はできる。
構成は以下の5章から成る。
①ゴールドラッシュに乗り遅れるな
②楽天イーグルス立ち上げ
③起業の伝道師
④paypayを10兆円企業に
⑤この国の未来は起業家にかかっている
時折、この人は人生何周目?と思う程、達観した人に出会うことはあるが、小澤氏は人生何周目というような前世から得られたギフトを活用しているのではなく、今の人生一周目で人の何倍もの苦労ど努力を経る中で何周もの価値を得ながら生きていることが分かる。
そして何より素晴らしいことは、自身の成功に留めず、利害関係者すべての人を成功へ導くと共に、共に汗を流した仲間が小澤氏の思いを受け継ぎ、新しい場所で同じくまわりの人を成功に導いていることである。
本書を含めて動画を含めて小澤氏の考えに触れる中で、良い意味で違った受け取り方が出来る。基本的な考えは根底としてあるものの、メディアごとに対象や聞き手も違い、その聞き手のことを考えた伝え方で表現をしてくれている。
クールでクレバーであるが熱い漢。
そんな漢に憧れる。
Posted by ブクログ
人間性のかっこよさは晩年に根強く出てくるのだろう。上巻と比べても明らかに魅力的だ。
この人生の流れを観れるのは貴重である。
人に好かれるというか恵まれる生意気さ。かわいさであり貴重なんだろう。良いも悪いもプリミティブな信念は人を納得させる。
ここに"野心のなさ"があるのだからかっこよさしか残らない。推しやすいということだ。
かっこいい。
"「ジャパン!」 とアナウンスが入り、吉田首相以下六人の全権委員が登壇した。吉田は調印の際にサイン用として新品のペンを渡されたが、わざわざ胸ポケットから自分のペンを出してサインした。その光景を見た次郎の両目に涙があふれてきた。(そうだ、じいさん。よくやった!) 独立を回復した日本は、再び自分たちの力で国際社会を生き抜いていかねばならない。吉田が自分のペンを使ったということが、いみじくもその意気込みを表しているように思えて胸を打ったのである。昭和二六年九月八日午前一一時四四分。ついに日本は独立国家に復帰した。"
"この協定の交渉は米国と対等の立場で進めていきたいということを先方にしっかり伝えてくださいよ」 と強く言い聞かせて送り出した。帰国後次郎が、「ちゃんと言った?」 と尋ねると、岡崎は、「向こうから言ってきた」 と答えた。それを聞いた次郎は急にべらんめえ調になり、「なんでこっちから言わねえんだ。こっちから言うことが大事なんだよ」 と荒っぽい言葉をぶつけて怒った。岡崎は大臣だし終連では次郎の上司だったこともあり、おまけに五歳も年上なのだが、こうなるとどっちが偉いのかわからない。"
"「自分よりも目下と思われる人間には親切にしろよ」 とも言っている。運転手にでもキャディにでも必ず「ありがとう」と言った。「すみませんと言うのはダメだ。 Say" Thank you!"」 運転手つきの社用車に乗るとき、次郎は好んで助手席に座った。理由を聞かれると、「後ろでふんぞり返っているやつはみんなバカだ!」 ということらしかった。食事のため店に車で来ると、「天丼でも何でもいいから、先に運転手に食べさせてやってくれ」"
"晩年は正子のエッセイストとしての名が高まり、白洲次郎というと〝白洲正子の夫〟という形で紹介されることが多くなったが、次郎は白洲正子の名が世に出ていくのをたいへんに喜んだ。特別な敬意を抱いていたらしく周囲の人に、「うちのカミサンはえらい」 とよく口にしていたという。ところが正子の作品をほとんど読んでいない。"
"あなたのモットーはと聞かれ、「キリスト教徒が聞いたら怒るかもしれんが」と前置きしながら、「死んだらクサルということだ」 と言い放った。生前、彼が何度も口にしたこの言葉が、〝葬式無用、戒名不用〟という遺言につながったらしかった。「次郎が思う存分生きてくれたことを心底知っていたから、子供たちもカラッとしていた」 そう正子は語っている。"