あらすじ
紀元3世紀、もはやローマは幾多の危機を乗り越え発展しつづける「栄光の覇者」ではなくなっていた。経済は低迷し、蛮族の侵入が相次ぐ中、皇帝捕囚という未曾有の国難にも見舞われる。皇帝たちの懸命の努力とは裏腹に、帝国は衰退の階段を着実に下り始め、キリスト教の台頭が始まる……。「危機の三世紀」、その現実を描き尽くした力作。 ※当電子版は単行本第XII巻(新潮文庫第32、33、34巻)と同じ内容です。
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Posted by ブクログ
塩野七海のライフワークとも言える15年をかけたローマ人の物語のうちの12巻が本作「迷走する帝国」になる。取り上げるのは、歴史的には3世紀の危機と呼ばれる時代で、軍人皇帝が次々と皇帝になっては退場していく時代を描く。
教科書レベルの話だと、ローマ帝国はゲルマン民族の大移動というか、北からのゲルマン民族の侵入によって崩壊したとされているが、本作を読むと、少なくともその侵入は3世紀から行われていたことがわかる。
・・・というか、このシリーズの愛読者であれば、ゲルマ民族の侵入というのは、ローマ帝国にとっては切り離せない問題だったことを知っている。
とはいえ本作に書かれているように、蛮族の侵入が大きな問題になるのは、2世紀の終わりから3世紀であり、その侵入はローマ帝国の性質を大きく変えざるを得ないものだった。
究極的には塩野七生は「ローマ帝国はなぜ滅びた」のではなく、「なぜあれほど続いたのか」を描こうとすることがこの『ローマ人の物語』を書くも目的だと最初の方に書いているのだが、このシリーズ12作目まで来ると、いよいよそのローマ帝国の文明も尽きかけようとしている。
本書を読むとそれは決してローマ帝国やローマ市民が歴史の中で変化して役割を終えようとしただけではなく、やはりゲルマン人の変化、特に彼らが大規模な騎兵としてローマ帝国に侵入するようになったということが大きいことがよくわかる。
曲がりなりにも平和な世界にいる我々とは違い、古代の世界では軍事と政治は不可分なものであり、軍事的な危機は政治的な危機と直結する。あるいは、政治的な危機は軍事的な危機へと直結する。
その大前提の中で、ローマ人たちは自国を守るために軍人たちが政治を握るようになり、やがてそれは軍人と政治家の分離を招いていく。それは確かに国家レベルでは人材の空洞化や衰退を招いたかもしれないが、決してそれは望んだものでなく、結果であるという気もしてくる。
アイデンティティクライシス
一部ご紹介します。
・歴史は現象としては繰り返さない。だが、この現象に際して露になる人間心理ならば繰り返す。それ故、人間の心理への深く鋭い洞察と、自分の体験していないことでも理解するのに欠かせない想像力と感受性、このうちの一つでも欠ければ、かつては成功した例も、失敗例となり得る。
・三世紀のローマの特質の一つは、政略面での継続性を失ったことにある。最早、ローマ帝国は、持てる力の無駄遣いに神経を払わないようになってしまった。ローマ人が、大帝国を築き上げ、しかも長期にわたって、その維持に成功できた最大の理由は、持てる力の合理的で徹底した活用への執着にあったのだ。「継続は力なり」は、やはり真理なのである。持てる力の有効な活用に利する、という一点においても。
・かつてのローマ人には、アイデンティティクライシスは存在しなかった。自分たちローマ人は、世のため人のために役に立つものを作っている、という自負があったからだ。
・それが、三世紀になると、ローマ人は自分たちの存在意義に自信が持てなくなってしまった。度重なる蛮族の来襲による、殺戮と略奪と焼き討ち。その結果としての農耕地帯の荒廃と過疎化。生産力が落ちているにもかかわらず、防衛費の増大を理由にした度重なる増税。それらを避けようとして、住み慣れた土地を捨て、都市に流れてきたものの、過密化した都市では仕事も見つからず、家族を抱えて途方にくれる毎日。これらに加えて、社会福祉政策の弱体化。結果としての希望の喪失。
・「神々はローマを見放した」
・ローマ帝国の弱体化と疲弊化が、キリスト教のローマ乗っ取りに成功した要因であった。ローマ帝国は、自分自身への信頼という、活力を維持するには最も重要な要素である気概までも失ってしまったのである。