梓澤要のレビュー一覧
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匿名
ネタバレ 購入済み本能寺で織田信長は明智光秀に討たれる。津田宗及は明智に肩入れして商売を大きくしようとするが、思いがけず羽柴秀吉が毛利攻めから引き返してきたことで、すんでのところで乗り換えようとするが、千宗室に一歩及ばず。それゆえに正倉院の宝物への執着を深め、松永弾正の家臣だった村上新左衛門にその奪取をせっつく。
遊部の由来が明かされる。古代の天皇家の殯をするにあたり、ネギとヨヒという二つの一族がその任を担ってきたが、殯もできなかった大津皇子の死に際しヨヒが消える。ネギは、その後光明皇后と藤原仲麻呂により正倉院の浄人として生きることを強いられた。遊部はそのネギの末裔だった。
村上新左は山中で出会った破邪王に松永 -
ネタバレ 購入済み
松永弾正久秀と三好勢の戦で東大寺の大仏殿が消失するところから物語はスタート。
その後織田信長が正倉院を強引に開けさせ、蘭奢待を切り取らせ、さらに分割してばらまいた。怒りを覚えた東大寺の実祐は、古来からひそかに正倉院を護ってきた遊部にその回収を命じる。
一方、信長とともに正倉院に押し入った商人で茶人でもある津田宗及は、その宝物にほれ込み、なんとか入手できないかと目論み、信長に反旗を翻して征伐された松永久秀の家人だった村上新佐に宝物の奪取を頼む。新佐は宗及の妾を寝取る。
前の関白行空は、信長に滅ぼされた美濃の斎藤氏の家臣の娘お通を預かっていて、東宮の妃の侍女にするが、お通は信長の嫡男信忠と恋に落ち -
ネタバレ 購入済み
万葉集の中から2首の短歌をモチーフにした短編が7つ。
「紅はかくこそ」うかれ女(遊行女婦)に惑う下級官僚を、年下の上司である大伴家持が歌で諭すが効き目がない話。
「弟」家持が、体が弱く気も弱くて出仕も続かない弟・書持(ふみもち)の将来を心配するが、その書持の言で橘奈良麻呂の変に連在するのを躊躇する話。
「年下の男」年下の家持にかき口説かれる紀郎女が、久しぶりの恋に翻弄される話。
「おその風流男(みやびお)」大名児をめぐる草壁皇子と大津皇子の話を、大津の内舎人だった大伴田主から大名児の妹の沙羅女が聞かされる話。
「醜(しこ)の丈夫(ますらお)」田辺夏雄が主の藤原麻呂とともに陸奥へ蝦夷の征伐に行 -
匿名
購入済み時代は聖武天皇の奈良時代。
仏師田辺嶋は阿修羅像をつくるにあたり、出自のことで悩み荒れていた13歳の泉王子をモデルとする。
泉王子は長じて橘奈良麻呂となり、父葛城王改め橘諸兄を扶けて、皇后光明子及び藤原氏と対立しようとする。
聖武天皇の娘の孝謙天皇の代になって寵愛される藤原仲麻呂に反旗を翻そうとしたところで露見し、奈良麻呂は拷問死する。
これまであまり気に留めてこなかった「橘奈良麻呂の変」についての物語を興味深く読んだ。
奈良興福寺の阿修羅像の、怒りと哀しみのない交ぜになったように、ともすると泣き出しそうにも見える表情が、鬱屈を抱えた13歳の少年の姿だったとすると、なるほどと納得させられる気が -
匿名
ネタバレ 購入済み奈良時代に遣唐使で唐へ行ったまま帰れなかった藤原清河が現地で結婚した妻との娘喜娘が、大伴嗣人に連れられて日本へ渡る表題作では、当時の船旅の困難さが詳しく描かれていた。
「惜花夜宴(はなをおしむひとよのうたげ)」は、長屋王の従僕だった沼部年足が変から30年を経てその事件について佐伯宿禰真依に語る切ない話。
「夏の果て」では聖武天皇の度重なる遷都についていけず奈良に取り残されていた皇后安宿部媛の皇后宮職の付属写経所の官人たちが、その政治について愚痴る話では、当時の市井の人の暮らしが生き生きと描かれていた。
「すたれ皇子」は聖武天皇の異母兄弟母親の身分が低かったのもあるが、謀略のため臣下に落とされた -
Posted by ブクログ
徳川家康の次男、結城秀康の物語。
私の推し武将である。
家康の長男・信康は母親の築山殿とともに、織田信長の命令で殺され(理由は、武田方と内通というのが定説)秀康は実質上の長男となったのだが、跡を継いだのはご存知の通り三男の秀忠だった。
十一歳で豊臣秀吉の元へ養子という名の人質に取られ、秀吉に男児が生まれると要らなくなって放り出される。
徳川家には戻れず、今度は下総の結城家に婿養子に出され(秀吉の命令でとある)当主となった。
関ヶ原の合戦の折は、奥州の押さえという役目で宇都宮にとどめ置かれて連れて行ってもらえず(まあ、秀忠も真田に足止めされて間に合わなかったわけだけれど)。
最終的には越前に -
Posted by ブクログ
運慶に関する本を読んでいる。運慶がなぜ仏像を作るのか?という内面的な葛藤に迫って書かれていた。仏像に向かう姿勢が、心の葛藤の中から生み出されている。運慶にしか彫れぬ仏像がどう作られていったのか。そして、息子湛慶などをどう導くか。快慶との関係がジリジリするほどだ。
本書は、運慶の目で描かれている。
運慶は5歳の幼い息子に聞かれる。「お父は、どうして仏様を彫るの?」
「それはな。木が仏様になりたがっているのだ。この木もそうだ、木の中にはな、誰かに役に立ちたい、誰かのために生きたいという願う気持ちが隠れているのだ。それを仏性といって、仏様の種みたいなものだよ。仏様のために、仏様を讃えるために、心