加納朋子のレビュー一覧
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ささらさやシリーズ完結編。
ささらさやではまだ赤ちゃんだったユウスケがすっかり大きくなって、今回の主人公となる。
大ちゃんとか、照ちゃんとか、さりげなく前シリーズの登場人物が現れて、おぉ~大きくなったなぁとちょっと感慨深くなる。
赤ちゃんの時から幽霊が見えていたユウスケだが、小学校前に、はるひと名乗る女の子に手伝ってほしいと頼まれる。
その目的も彼女の素性も知らないまま、たまに現れるはるひのお手伝いをしながら大きくなったユウスケの高校入学から物語は動き出す。
霊関係というよりタイムトラベルが主軸で、パズルのピースが最後にカタリとはまる感じで小気味よい。
そして、このささらさやシリーズのポイント『親子』について焦点を当てて、温かく終わる。
加納朋子さんのこういった雰囲気の文章が好き。
そしてユウスケくんの、お父さんのような天然タラシっぽい言動にたまにキュンとしたり。(同級生がいたら、「恥っ!」とか言って腕さすると思うけど)
よかったね。ユウスケ君、お幸せに。 -
Posted by ブクログ
ささらシリーズ3作目で完結
シリーズとはいっても別に前の作品を読んでなくてもまったく問題なし
でも、さやさんも相変わらず元気そうだし、てるちゃんも幸せなようでよかった
で、今回はユウスケが主人公のストーリー
日常系ミステリだけど解決には少し不思議な力も使ったりするお話しを期待していたわけだけれども、まったくのファンタジー寄りだった
やはり加納朋子の書く連作短編の構造は好きだ
各編の繋がりが実はありましたってやつ
結末としては、「自分の経験の結果こんな話を書いたのかな?」とか思ったけど
あとがきで即その感想を否定されて笑った
ま、作家さんが全て自分の経験を元に書くわけじゃないものね
これでシリーズ完結みたいだけど、個人的にはてるてるあしたが一番かな
ドラマの影響もあるんだろうけど、一番感動した -
Posted by ブクログ
突然の事故で夫を失い、生まれて間もない赤ん坊のゆう坊とともに取り残されたサヤ。しかし、成仏しきれなかった夫は一定の人間に対し一度だけ乗り移る力を持ち、サヤのピンチには、必ず力を貸してくれるようになる。
一方でサヤは、夫の家族からゆう坊を養子としてゆずるよう圧力をかけられ、逃げるように自身の亡くなった叔母の家が残っている佐佐良の街へ移住するのだが……。
序盤はちょっと読むのが辛い……。入りが辛いということもあるのですが、夫の葬儀の日に、息子を養子に渡すように言う夫の家族だとか、それに対し、気弱な拒否の返事しかできないサヤの頼りない感じだとかが、もどかしかったり、イライラしたりということがあったのも、その一因です。
夫がサヤの前に現れるとき、だいたいまず言うセリフが「馬鹿ッサヤ」なのですが、これも最初は「そんな乱暴な」などと思っていたのですが、サヤの様子を見ていると、そういいたくなるのもわかるなあ、と思ったり。
そんなサヤの周りに友人ができてくるあたりから、徐々にテンポよく読めてきました。ひょんなことから知り合いになる三人のおばあちゃんは、いずれも一癖があって個性的ですが、頼りがいがあります。幼馴染である三人の掛け合いも読んでいて面白いです。
そして、もう一人がサヤと同じくシングルマザーのエリカ。ギャルっぽい感じながらも、彼女のキャラクターは何事も考え込むサヤと違い、いい意味で軽くて、話の雰囲気を中和してくれています。それでいて、子供への思いはまっすぐなのも、また好印象。
そして、こうした出会いと、様々な謎を通して、サヤ自身も成長し、最終話の事件後の心情に至ります。序盤がとにかく頼りないサヤだったからこそ、一冊を通しての彼女の成長と再生は強く胸にしみました。 -
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ミステリが好きで、球体関節人形に魅せられていて、といえば、読むしかない! とブックガイドを見てからずっと気になっていた本。
正直、少し肩すかしの感。
人形に関する哲学でおおきくはずれているものは見受けられない。
(ただし少女人形を家族の文脈でとらえるのは、
人形の見た目に流された結果だと思う。
人形は家族ではなく他者である。)
しかし人形哲学に対し、ミステリ部分がやや卑俗にすぎる。
この種の叙述トリックも感心しない。
決して悪い作家ではないと思うのだが。
合わなかっただけか、自分の見方が偏向しているせいか。
他の作品も読んでから判断しなおしたい。 -
Posted by ブクログ
もちろん私は、責任なんかとりたくないし、PTAだろうが自治会だろうが役員なんて絶対やりたくない!!無難に波風立てずやり過ごします。やったことないし、やる予定もありませんが、こんな本読んだらなおさら恐ろしくて行きたくないわー。ただ、陽子がいたら面白そうだからちょっと見てみたいかも(笑)。
後半は、来る敵来る敵、ばっさばっさとなぎ倒す勧善懲悪時代劇みたいでテンポよく読めました。この場合敵といってもそれぞれに事情もあるし、お互い立場や環境が違うから完全な悪などではなく、それがこれらの問題をさらに難しくしているんだろうなぁ。PTAとか自治会ってやっぱり必要なんですかね?まったく新しい画期的なコミュニティー求む。 -
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小・中学生が読むなら十分面白く、文句なし。エンタメ小説として、合格だと思う。
社会の問題を告発する小説としては不十分。
パックは知能、体力共に優れた子どもだから、大人の力を借りなくても、健康な限りは生きていける。
でも大多数の無戸籍の子どもはそうじゃない。だから、パックのように自由に生きることはできない。
普通の子どもにとって、親の世話にならず、気の合う友達だけで暮らすのは、叶わぬ夢であり、そういう意味では、子どもの希望を満たす物語である。フィクションの世界では、それが可能であってほしいという切なる思いを叶える小説であることは評価に値する。
近頃、地方を舞台にした小説でも標準語で語らせるものが多いが、自然な北九州弁でリアリティが増していることも評価したい。 -
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小学生時代の魅力ってなんだろうか。探検? 自由? 友情? それとも……?
「夏休みの思い出」に代表される不思議な開放感。小学生は探検していた。小学生は自由だった。小学生は友情を育んでいた。何もかもが懐かしく、そして今なら羨ましくさえ思う。インドア派で、都会育ちの僕でさえ、そう思う。
『ぐるぐる猿と歌う鳥』には、あの小学生のころの思い出がたくさんつまっている。「ああ、こんなことあったなあ」、「ああ、これが小学生時代の魅力か」。本書を読み進めていくと、きっとたくさんの懐かしさに出会うことができるだろう。「かつて子どもだった人へ」という売り文句は、あながち間違いではない。
しかしその一方、単なるノスタルジーに陶酔させるだけでないのが本書の巧みなところである。「解説」のなかで大矢さんは、本作を「カプチーノ」に喩えている。「カプチーノはミルクだけでできているのではない。その下には濃いエスプレッソがある」。「子どもにはきつい、けれど大人ならその意味をちゃんと考えることのできる苦み」。
理想的な小学生の暮らしの中に垣間見える「苦い」現実。あの時は気づかなかった、あるいは気づけなかった。けれど、今から思い返せば、あの探検にも、自由にも、友情にも、そんな現実は付いていたのではないか。甘いミルクの下には、苦いエスプレッソが潜んでいる。
【目次】
ぐるぐる猿と歌う鳥
プロローグ あるいは、物語の前のひとりごと
第一話 ぐるぐる猿と歌う鳥
モノローグ
第二話 図書室の暗号
モノローグ
第三話 社宅のユーレイ
エピローグ
解説 大矢博子