オノレ・ド・バルザックのレビュー一覧
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フランス革命で漫画といえばベルばらなわけだが、最近、同時代の死刑執行人を主人公に据えた漫画「イノサン」がちょっと流行っていたと知った。そこからちょろちょろと本を漁って、フランス革命時のパリの死刑執行人だったが故に人類史上2番目に多くの死刑を執行したとされている、サンソン家4代目当主シャルル=アンリ・サンソンにまつわる本をチョイス。かの文豪バルザックが、サンソン家伝来の膨大な資料をもとに虚実織り交ぜて語る死刑執行人の物語という、ちょっとジャンル的にどこに属するかわからない一冊である。
フィクションの中に登場する死刑執行人のイメージといえば、覆面をして筋骨隆々の無慈悲な殺戮マシーンというのが定番な感じだが、少なくとも6代に渡ってパリの死刑執行人を務めたサンソン家の場合はだいぶ印象が異なる。サンソン家は医者を副業とする学識豊かな家柄で財産もあり信仰心も篤く、その恩恵にあずかるごく一部の人々からは尊敬されていたとされている。しかしながら圧倒的大多数の民衆からはほぼ不可触賎民として扱われ、そのギャップに苦しんだ家系でもあった。
そういうわけで、本書はのっけから死刑制度の孕む問題点等々について、アンリ・サンソン自身による考察が延々と続く。しかしそうかと思うと、今度は死刑執行人の家柄ゆえの人間ドラマ・ロマンスもぐるぐると展開したりする。それぞれはなかなか面白いのだが、本の造りとしてどこに導かれるというわけでもなく、最後もイタリアの死刑執行人が巻き込まれたドタバタ劇が尻切れとんぼで終わってしまい、えっこれで終わりなの、と思ったら訳注で「続編が書かれる予定だったが書かれなかった、残念」となっていた。
まあ、もともとがバルザックともう一人の共著だったものをバルザックのところだけ切り出しているというところからして無理があるので、本としての整合性を問うてはいけないのであろう。この本の主役はあくまでバルザックであり、彼がサンソンを通してこの時代や死刑執行という特殊な役目について語るというところが大事なのだから、物語として楽しめば良いのだとは思う。そして、死刑という特異な制度について、ここまで考え尽くした人はなかなかいないであろうアンリ・サンソンが、諦観の中にも抑えきれない不条理を訴えるのをバルザックの流麗な文章で堪能するのは確かに一読の価値があった。この勢いで敬愛するルイ16世やマリーアントワネットを処刑しなければならなかった懊悩を読みたかったので、本当に残念。
そういうわけで、訳者による新書のほうはサンソンに焦点を絞った本になっているようなので、そちらをまたの機会に読みたいと思った。 -
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シャルル・サンソンは代々、死刑執行人を務めたサンソン家の4代目にあたる。
フランス革命期に当主であったため、ルイ16世やマリー-アントワネット、ロベスピエールといった多くの人々の処刑にあたった。
革命の暗部を担ったとも言えるシャルルは、生涯に実に約3000人もの処刑に携わったという。
本書は、文豪バルザックがシャルルに成り代わって書いた形になっている。但し、執筆当時、シャルルはすでに世を去っており、5代目のアンリが継いでいた。サンソン家には歴代の当主による手記や手紙などの資料が伝わっており、一族に語り伝えられた口伝もあった。これらを元に5代目に話を聞き、またバルザック自身も資料を集めて執筆にあたった。
ただ、当時、バルザックはまだ駆け出しの作家であり、この回想録には共著者がいた。残念ながら共著者の方はあまり有名な作家にはならず、共著者が書いた部分はあまり価値がないとみなされるようになった。
後にバルザックの死後、全集が出るにあたって、バルザックの書いた部分のみを選り分ける作業が必要になった。版によってある程度の違いがあり、本書では2つの版を適宜参照している。
フランス革命で重要な役割を担ったシャルルではあるが、本書には王や王妃の処刑については書かれていない。
むしろ、ムッシュー・ド・パリと呼ばれた「死刑執行人」一族として生きていくのがどういうことかという記述に終始する。
ある版では、タイトルを『不可触賤民の思い出』としている。
彼らは裕福ではあったが、差別を受ける立場でもあった。つまりは「死刑執行人」というのは忌み嫌われる仕事であったということだ。そしてその家に生まれたならば、その軛から逃れることはできない。後を継ぐものはもちろんだが、兄弟・姉妹もひっそりと生活し、パリ以外の街で死刑執行人を務める家と縁組をする。
印象的なのはシャルルの子供時代の思い出で、彼は親元を離れて地方の寄宿学校に入れられる。学業の面ではまずまず優秀だったが、あることがきっかけで学友たちに彼の家が死刑執行人であることが知れ渡ってしまう。噂は広まり、保護者からは苦情が出て、ついには彼は放校処分になってしまう。
父親が何とか教育を受けさせようと、知り合いのいない遠方の学校を選んだのに、残念ながらうまくいかなかったのだ。
その後、彼は家庭教師により教育を受けることになる。
こうした差別は陰に陽にあり、教会も例外ではなかった。神の元での平等は建前でしかなく、彼らは他の市民とともには礼拝に列席できなかった。
一族に伝わるある先祖の若き日の逸話も読ませる。
彼はあるとき、美しい娘と恋に落ちる。後にわかることだが、彼女の家も死刑執行人の家系だった。彼女は家業を気に病み、非常に苦しい思いをしており、もしも彼が家を継ぐならば結婚はできないと彼に告げる。しかし、彼には選択肢はなかった。すでに家業を継ぐ命令が下っていたのだ。若い2人の必死の想いは実らず、恋は悲劇の結末を迎える。
仕事柄、彼らは人体のしくみに詳しく、医師のような役割を果たすこともできた。
金のあるものからは対価をもらったが、貧しいものは無償で見てやった。世話になったものは、内心では彼らに密かに敬意を払っていたというのも興味深い話である。
父が子供にはできるだけのことをしてやりたいと思う気持ち。
誰かが担わねばならない仕事をしているにもかかわらず差別を受ける苦しみ。
バルザックは脚色を交えつつ、そうした感情をドラマチックに描き出して見せる。
彼らが受ける待遇は理不尽であり、ある意味、死刑制度の矛盾を背負わされた被害者であるとみることもできる。処刑=殺人は人の忌み嫌うところであるが、制度として死刑がある以上、誰かが手を汚さなければならない。よんどころなくその仕事に手を染める者が差別を一手に受けていたことになる。
前述のように、共著者があった作品の一部を抜き出した形であるためか、いくぶん雑駁とした印象を受ける。
とはいえ、死刑執行人一族の暮らしがどのようなものであったか、生き生きと描き出して見せるのは、さすが文豪バルザックというところだろうか。 -
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19世紀フランスの作家バルザック(1799-1850)の短編4編と評論1編。大都市パリの喧噪と汚濁に塗れながら、もはや「回帰すべき田園」も無ければそこで幻想されていた「人間の本来性」なるものも喪失してしまっていることを痛切に認識し、近代社会という暴力的に運動する機構のなかで落魄した群衆の匿名的な情念と生理の有象無象それ自体のうちに何か美的なものを見出す新たな美意識を、ボードレール(1821-1867)に先駆けて描いている。この現代的な美意識にあっては、ギリシア以来古典的な「真-善-美」の三位一体が解体されている。
「英雄や発明家、街の物知りや、ごろつき、悪人、有徳の士や背徳者。だれもが貧困に押しつぶされ、困窮に窒息し、酒におぼれ、強烈なリキュールで精神を鈍磨している。・・・。この悲しみの町で、どれほどの冒険が敗北を喫し、どれほどのドラマが忘れ去られてしまうのか、あなたには想像もつかないにちがいない。そこには、おそろしいできごとや、すばらしいことが、いくらでもあるのだ! 想像力だけでは、そこに隠されている真実にまでは届かず、また、だれも彼らの中に入りこんで真実を発見できはしない。悲劇にせよ喜劇にせよ、こうした驚嘆すべきシーン、いわば偶然が生み出した傑作を見いだすにはどん底にまで降りていく必要があるのだ」(「ファチーノ・カーネ」1836年) -
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ネタバレバルザックはフランスではとても有名な作家ですが、その作品を初めて読みました。1835年の作品ですから、19世紀の前半、フランス革命やナポレオン帝政の後、7月王政の時代です。パリも都市として大きく発展していたころで、この小説の主人公ラスティニャックのように、地方から出てきて出世を目指していた若者も多かったようです。
娘を溺愛しながらも省みられることなく最期を迎えるゴリオ爺さんが物語の中心にはあります。しかし、それを取り巻くしたたかな人物設定(特にヴォートランや下宿のおかみヴォケー夫人)や、パリの社交界が狩猟社会の様相を呈しているあたりの描写(192頁)が基調を作っていますので、読んでいて悲痛な気持ちになるはありませんでした。よく言われるバルザックの「人間喜劇」を楽しめます。
人間の多面性や社会の本質が見事に描かれています。それは、バルザックの人間社会への鋭い洞察や人生経験によるところも大きいでしょう。一方、作品の登場人物に命を吹き込み、作中で生き生きと立ち回らせることができるあたり、彼の小説家としての凄みを感じさせました。 -
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多数の作品から成る『人間喜劇』より厳選された
短編4編+評論「書籍業の現状について」を収録。
「早過ぎた埋葬」(!)系の表題作が猟奇的だが、
それにしても、この時代(19世紀前半)のヨーロッパでは
上流階級の人々が配偶者に隠れて若い恋人とあれやこれや……は
普通のことだったんだろうかと首を傾げる。
きっと珍しくはなかったんだろうな――と思っていたら、
巻末の年譜にバルザック自身の「あれやこれや」が記されていて
笑ってしまった。
未亡人を口説いている最中に
家事を引き受けてくれたメイドさんのような女性と「できちゃって」
いただとか、やりたい放題。
人生の経験値が高ければ、それだけ
様々な人物造形を緻密に行えるテクニックが身に着くだろうけれど、
いやはや何とも(笑)。 -
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ネタバレ第一部は主人公とヒロイン(モルソフ夫人)の淡い恋愛関係が続く。しかし、一変して第二部では主人公が彼女の傍を離れ、第三部ではヒロインが死に至り、登場人物たちがこぞって主人公を冷笑する。
訳者あとがきによると「谷間の百合」はバルザックの自伝的要素を含む小説らしい。そして、比較的早い時期に完成していたと思われるが、出版まで時間の間隔があったとか。
思うに、第一部は若い時に書かれていて、それを年数経ってバルザックが読み返し、自分の分身である主人公に辟易して第二部以降を付け加えたのでは。(夜中に書いたラブレターに後悔するみたいに。)
個人的に最後のナタリーの手記は不要と思う。終盤の主人公はたしかに女性に理想像を押し付け、そのわりに自分からは行動しないというつまらない人間に成り下がっているし、それを一刀両断する手記にスッキリしたのも事実。でも、第一部の主人公とヒロインの淡い真綿につつまれたような関係や、一貫して守り通されたヒロインの悲しい一途さにまで、良くない後味を残してしまう。
裏表紙のあらすじでは宗教的永遠を描くと書かれていたけれど、話の展開や主人公らの心変わりと言い、むしろ不変なものはないと思えてしまった。
作品を一貫して、モルソフ夫人の主人公への言付けは素敵だった。でも一番好きなのは、主人公の心変わりに冷たく変貌するシーン。それまで完璧だった夫人にはじめて人間らしい弱さが見える。 -
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夫ある女が若い愛人が出来た。夫にばれそうになる。さあ、どうなる。
1800年代のフランス。なんだかんだ、まだまだ男尊女卑。
名誉を重んじる貴族の世界。
バルザックらしき若者が、田舎町グランド・ブルテーシュで、謎の封鎖された豪華な館を見つけます。
立ち入り禁止になっています。
年老いて亡くなった貴族の夫人の館。
遺言で、死後50年(だったかな)は、誰も入ってはいけない、と…。
その謎を、ヒトから聞いて知っていくミステリー。
話は遡ります。
地方貴族の美人な奥さんが居る訳です。これ、つまり年老いて死んだ館の貴族夫人の若かりし日。
奥さんですから旦那さんがいる訳です。
なんだけど、この奥さんが、スペイン人の貴族と不倫の恋に落ちます。
このスペイン人の若い男性っていうのが、捕虜なんですね。戦争の。
捕虜なんだけど、まあ、貴族の時代ですから、その地方でゆったりもてなされている。
脱走しなければ、名誉ある待遇な訳です。
そして、夫の目を盗んで屋敷で密会します。そこに夫が帰ってきます。逃げる暇がなくて、続きの小部屋に隠れます。
怪しんだ夫が部屋に入ってきます。緊張です。緊迫です。
夫は、小部屋に、間男がいる、と気づくわけです。
ところが、妻が、誰もいない、という。あたしを信じないの?という。そこを開けたら、信用してないってことね。終わりよあたしたち。みたいなことを言います。
さあどうする。
どうなる。
ネタバレになりますが、まあこの本を読もうという人はまず居ないでしょうから(笑)、書いちゃいます。
夫は開けません。
ただ、その場から一瞬も外さず、逃がしません。
そして、召使に命じて。
左官屋さんを呼びます。
妻が見ている前で、小部屋の入り口を煉瓦で埋めてしまうんです。
妻がいろいろ言います。でも、「誰もいないと言ったじゃないか」「…」。
そして、妻は倒れてしまいます。
夫は、看病せねば!…と…妻が嫌がるのに、ぴったり部屋に付き添います。
夫か、夫の意を受けた召使が、必ず、必ず、24時間、部屋にいます。
そして…2週間…それ以上…。
怖いですねえ…。
と、言うお話です。
「グランド・ブルテーシュ奇譚」
これは、表題になるだけあって、実に面白かったです。戦慄です。
バルザックさん、と言う人も、読んだつもりで読んだことが無かった(と思う)んですね。
特段理由なく、ふらっと購入して読んでみました。短編集。
時代背景とかの勉強をさほどせずに、「まあ、分からないことは飛ばせばいいや」というくらいの雑な読み方。
他に
「ことづて」
若き日のバルザックらしい青年。旅の空で意気投合した、これまた若き青年。
この青年には人妻の愛する人がいる。今から会いに行く。
だけど事故死してしまう。
その悲報を、仕方なく、その人妻に伝えに行く。
でも、行ったら当然夫もいる…
「ファチーノ・カーネ」
若き日のバルザックらしき青年が、老いて盲目のイタリア人から、身の上話を聞く。
運命の恋に翻弄されて、受難したイタリアの日々。隠された財宝…。
「マダム・フィルミアーニ」
未亡人のマダムと若き青年の恋愛。
名誉とモラルの為に財産を手放すことで、ふたりは愛を深める。
「書籍業の現状について」
エッセイと言うか、論考というか。
19世紀のイギリスやフランスの出版界。
芸術に理解の無い資本家に出版を握られてて問題だ、みたいな。
表題作以外は、さほど感心はしなかったんですけどね。
わりに、「年上の女性(人妻)と青年の情事」が好きなんだなあー、という(笑)。
こういうところから、「フランスっぽい」というイメージができるんだろうなあ、と思いました。 -
Posted by ブクログ
俺の好きなバルザック作品たちとは毛色がやや違うという印象。
やっぱりバルザックの本領は長編だと思う。
「グランド・ブルテーシュ奇譚」
浮気妻のほうもなかなか肝が据わっているが、こわは旦那がかなりツワモノ。話の本筋はまあベタか。個人的には旦那が死んだ真の理由を想像するのが楽しい。★★★
「ことづて」
いやあ恋愛は素晴らしいですなあ、と素直に思っておけばいいんですかね。★★★
「ファチーノ・カーネ」
事実か、妄想か。自分にとっての真実が、必ずしも他人にとってもそうとは限らないのです。★★★★
「マダム・フィルミアーニ」
いやいや、ここまで純粋だともはやファンタジーでしょ。★★★
「書籍業の現状について」
出版社・取次・書店の無駄なマージン挟みまくりの構造は、昔っからの慣例なんだなあ。★★★