オノレ・ド・バルザックのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
今年の正月読書はバルザックの「ゴリオ爺さん」。愛娘二人に金を注ぎ込み、自らは貧乏生活を続けついには惨めな死を迎えるゴリオ爺さん。お金があるあいだは、娘とその旦那達から歓迎と尊敬を受けていたが、ひとたびお金が尽きてしまえば、見向きもされなくなる。行き過ぎた親馬鹿が、悲劇的な結末を呼び寄せる。苦しみながら死ぬのは娘たちのせいではなく、自分の父性愛を制御しきれないで自滅したせいだと、ゴリオ爺さんは死の直前に気づく。(神がその被造者に対して持つような父性愛?)
ゴリオ爺さんの寂しい葬式は、グレートギャッツビーの主人公、ジェイ・ギャッツビーの葬式を思い出させる。
本作におけるもう一人の主人公は、学生ながらも華やかなパリの社交界に憧れ、いち早く出世を目論むウージェイヌ・ラスティニャックである。野心に溢れ社交界に飛び込む若者と言えば、スタンダール「赤と黒」のジュリヤン・ソレルが頭に浮かぶが、高貴な夫人を誘惑して出世を目論もうとするあたり、まるで瓜二つである。逆に言えば、当時から金も地位もない若者が社会でのし上がる方法は、それくらいしかない、ということだろう。
もう一人の個性的な登場人物は、社会に対して強烈な反抗思想を持つヴォートランである。アナキズムなのかニヒリズムなのか、明確な分類は困難であるが、ヴォートランの一貫して反社会的な思想は、田舎から家族の期待を背負って出てきた出世に燃えるラスティニャックが、ゴリオ爺さんの悲劇を目の当たりにし、きらびやかな世界が覆い隠す、偽善と虚栄の存在を知っていく中で、悪魔的な誘惑となり彼を板挟みの状態へと移行させる。そんな彼がヴォートランの逮捕やゴリオ爺さんの死を経験し、最終的に自らの今後の行動を決意したところで物語は終わる。世界の十大小説と呼ばれるのも納得の、圧巻の人間喜劇であった。 -
Posted by ブクログ
ドストルストイの御二大作品は
キリスト教及び欧州歴史が成す知識を前提としているかんじで
現在日本でのほほんとしている身には
板書している言語はしれても
その説明するところが皆目見当つかない心地だが
同じ人間喜劇でもこちらは修辞が比較わかりやすい気がする
訳者の手腕が並外れているだけかもしれないけれども
日本語ででも音読したくなるような素敵な文
恋愛とその周囲の夫婦や家族や宗教を題材にして
人間とその関係を描いている作品は
「教養」や「青春」というような「小説」の分類は
小説(登場人物と筋書きの結構)だけが
文による表現ではないことを思い出させてくれる
詩歌による表現はおそらく「知識という前提」がないのでわかりづらいのであり
ならば多彩な修辞であればわかりやすいのでもないのだ
彫り削ぎ落として本質を得ることもまた表現の手段であるなら
そのとき足元に散らばる削り屑も見えていないのでなくそこにあるのだ -
Posted by ブクログ
ライトノベルばかり読んでいても舌が麻痺しそうなのでまともな小説も読む
と自然に書いてしまうが
ライトノベルでないのにもライトノベル平均点に及ばない作品はいくらでもあるので
単に味付けの違いと思う
『マカロニほうれん荘』と『ドカベン』と『ブラックジャック』は同じ雑誌に掲載された
同じマンガ作品でも
まったく違うものなのと同じ
でバルザックの人間喜劇は小説では手塚治虫作品みたいなものである
200年越しに読み継がれている名作だが
手塚治虫作品の最高峰が比べて劣っているわけではない
けれど歌劇的な畳みかける膨大な台詞での心情吐露は
日本作品が容易に真似し得ない欧州文化の精華
いってみれば日本語で書かれた小説が一文一句の「ことば」へこだわり続ける限りは
たどり着けない境地かもしれない -
Posted by ブクログ
すごい小説というものは、確かに時代を超えて残る。例えば、『デイヴィッド・コパフィールド』『エマ』『ファウスト』『カラマーゾフの兄弟』。それらと同様の圧倒される感じを味わった。
「人間喜劇」の構想を得て、最初にスターシステムを導入して描いた作品だという。これが初の試みだったとは、どれだけの緻密なプロットを用意して臨んだのかと驚く。主人公ゴリオの悲劇の性格ももちろん深いのだが、それ以上に、その後の作品にも繰り返し登場することになる主役級スター二人、ラスティニャックとヴォートランのキャラクターが素晴らしい。上昇志向、端麗な容姿、強い意志と感覚の鋭さという、魅力的なラスティニャックの視点で物語るというのは上手い。また、本編では半端な狂言回しといった退場のしかたになっているが、ヴォートランの謎めいた様子、世間に対する斜に構えた態度と裏腹な情熱、正体を暴かれた後の豪放なセリフなど、これも飛びぬけて豊かな造形だと思う。
ヴォートランについてはゲイであることがさらっと述べられているが、時代をかんがみると不思議に感じた。この時代、同性愛者が小説に登場することにはタブー感や異様の印象は無かったのだろうか? -
Posted by ブクログ
200年以上昔のフランスの著書なだけあって時代背景や人物を捉えるのに幾分か苦労した(人の呼び名がいくつもあるのもあいまって多少苦労の増幅があった)が、普段よりじっくり読むことで理解が深まったように感じたため、そこは実質的にはプラスに働いたように思う。
内容としては、愛情(ここでいう愛情は恋愛的な愛情ではなく人間的な愛情)や世間との繋がり方に対する思い、生き方など、広く描きながらもそれぞれ深く描かれており、読後に余韻に浸りたい気持ちになるとても良いものであった。名著といわれるのも納得。
映画などにしても(既にあるかもしれませんが)趣深い作品に仕上がると思う。