世阿弥のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ仕事柄、経験則が武器になる一方で、それが「慣れ」や「慢心」になっていないか不安になる夜があります。そんな時に読み返した世阿弥の言葉は、痛烈でした。
特に胸を打たれたのは「時分の花」と「まことの花」の峻別です。若い頃の輝きや成功は、多くの場合、若さそのものが放つ一時的な「時分の花」に過ぎない。それを自分の実力だと履き違えてしまうと、年を重ねてその花が散った時に、何も残らないことに気づき途方に暮れることになります。
では、どうすれば一生枯れない「まことの花」を持てるのか。その鍵が「初心忘るべからず」でした。この言葉は「初々しい気持ちを忘れるな」という綺麗な精神論ではありません。「その年齢ごとの未熟さを直視せよ」という、極めて厳しい現実的な指針です。壮年には壮年の、老年には老年の「初心(=未熟な課題)」があるのです。 -
Posted by ブクログ
前に岩波の風姿花伝を読んだときは何言ってるか分からなすぎてコメント書けなかったが、本書でようやく。上手は下手の手本、下手は上手の手本…謙虚にストイックに上達を目指し続ける、人生を通した芸事への向き合い方の指南書。古典的名著だけに、現代においても何にでも当てはまる。現代との差分かなと思ったのは、インターネットの普及や移動手段の発展などで単時間辺りにアクセスできる情報量や経験の多様性が爆増したので、外部環境の変化に対して思考するシチュエーションが増えたことか。それだけにこういう東洋的な内省思考する時間が相対的に減っているのから、現代人に改めて刺さるのかも。
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Posted by ブクログ
ネタバレ世阿弥が約20年かけて書いたという本を現代語にしたもので、大変読みやすいです。
日本人にとっての美とはどういったものなのかわかりやすく書かれており、
能に関わらずお芝居など芸術になんらかの形で関わる人には胸に響くものがあるのでは、と思います。
現代ではあまり使われることが少なくなった「幽玄」や、「花」の言葉の意味を考えるきっかけになります。
感情に訴えたり闇雲な考えを押し付けたりという内容ではなく、冷静な見方で理論的に語られているので理解しやすいです。
花の時期を過ぎた後どうするか、などについてもきっぱり語られています。
「秘すれば花」。珍しいから素晴らしいと感動する。
相手の期待を良い意味で裏切ることこそが感動を呼び起こす というのは、シンプルながら核心をついた言葉だと思いました。
子供がなにげなくやりだしたなら、こと細かに、良い、悪いと教えないこと。あまりに厳しく注意すると、子供はやる気を失い、億劫となって、能そのものが止まってしまう。
これも、能以外にも言えることだと思います。
若い役者がその若い声と姿で「すごい役者が出てきた」と評価され
ときに名人にも勝ることがあり
そこで本人が慢心してしまうとそえは若さゆえの一時の花であり、真実の花にはならない
『たとえ人にほめられ、名人に競い勝ったとしても、これは今を限りの珍しい花であることを悟り、いよいよ物真似を正しく習い、達人にこまかく指導を受 け、一層稽古にはげむべきである。』
というのも、深く頷くところです。
老人を本当にうまく演じるにはやはり相当の名人でなければならず、
老人を本当にリアルに演じるだけでは花がなく面白くない、というのも確かにそのとおりだと思いましたし
そういったことまで書いてしまうのだな、という点にも感動しました。
面白いということが大切で、鬼もリアルに演じれば怖くなりすぎて面白さがなくなってしまいます。
「花はありな から年寄りに見える公案、くわしくは口伝する。」というのも素敵です。
申楽を始めるときに観客席を見て、今日はうまくいくな、とわかるというのは
お芝居をやっている人も非常に共感するのではないでしょうか。
『上手の芸が目利かずの心を満足させることは難しい。下手は目利きの眼に合うことはない。』
というのも、あらゆる世界で言えることな気がします。
『狂う演技に花をおいて、心を込めて狂えば、感動も面白い見所も必ず生まれるものだ。』
『能の命は花にあり』
芸事だけでなく、仕事など誰かに対する場合にも
心に置いておくべき真理だと感じました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ能の世阿弥がしるした書。能の心得について深い洞察に基づき記載されている。伝統芸能だけあり、一つ一つが非常に深く、その片鱗が垣間見れてとてもおもしろい。いかに花を出すか。一つ一つの違いを演じ分けるかが非常に難しそう。能をみにいきたくなった。面白さを極めんがための徹底的な分析、計算がされており感銘を受けました。
<その他学んだ事項など>
・幼い子に芸を教える際は、心のままにやらせてみることが大事。事細かによい、わるいと教えると、やる気を失い、芸そのものが止まってしまう事がある。
・24,5は花が咲きだし、ベテランに勝つこともあるが、それは本当の花ではない。それで得意になってしまうと後々仇となる。もともと備わっていた花も失ってしまう。
・本番で相手に勝つには。バリエーションを多く持ち。敵と違う芸風で攻めること。
・上手は下手の手本。下手は上手の手本となりえる。下手のよいところを上手が自分の得意芸にとりこむことはこれ以上ない理想的な方法。
・物数を極めることが花の種となる。花を知りたくば、種を知ること
花は心、種は技。
・自分の芸を極めてこそ、あらゆる芸風を知ることができる。目移りしていると、自分の芸もわからず、他の芸風を身につけるなどかなうはずもない。
・見る目がない人にも楽しめるよううまい下手のみではなく、工夫を取り入れることが大事。
・正直にして円満であること。
・耳にしてやさしく、わかりやすい言葉を使うべき。自然と幽玄な風情になる。
・音曲は体、すなわち意味・内容、風情・演技は用、すなわち、表現。温曲より動きの生ずるは順。動きより音曲を残すは逆である。能を書く時は逆に、風情を念頭に置いて書く。そうすると自然と一体として作品ができあがってゆく。
・花は四季折々に咲くもの。珍しさゆえに愛でられる。猿楽も珍しいからおもしろい。花、面白い、珍しい。これらは三つの同じ心。散らずに残る花などない。花は散り、また咲く時があるゆえに珍しい。一所にとどまらず他の姿に移りゆくことが珍しい。
・人がこういうふうにやるはずだと思い込んでいる場面を、同じ不利でありながら、工夫をめぐらせて行うものことそ面白いと評価されうる。
・下手は習い覚え、そのままうたうだけなので、珍しいと感じさせるものはない。上手は同じ節でも曲を心得ている。
・過ぎし芸風をやり捨て、やり捨てしては忘れてしまう事、ひたすら花の種を失い続けることになる。種があれば、また年々時々に花にあえる。
・秘する花を知ること。秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず。秘することには効用がある。秘め事は露見すると、秘密にしておくほどもないとなる。
・家はただ続くから家なのではない。継ぐべきものがあるから家なのだ。
これは日本最古の能楽理論書。 -
Posted by ブクログ
父・観阿弥と共に能楽を成立させた世阿弥による能楽の奥義書。奥義書といっても、素直に読むとこれは能楽の教科書とも言うべきもので、能楽師のキャリアや練習の方法、心の持ち方といったものが丁寧に解説されている。ごく簡単に要点を抽出すると、以下のようになるかと思う。
まず、能楽師の目標は観客に「花」を見せること。「花」のある演技を見せること。この「花」というのは、究極的には観客が珍しさを感じるような演技である。
では、どのように観客に珍しさを感じさせるか。これには三つのコツがある。一つめは、状況を適切に把握すること。時間帯、演目の内容、観客がこれまでに観たことがある演目等々、状況を適切に把握すれば自ずとどのような演技で珍しさを感じさせることができるかわかる。二つめはその状況に合わせて適切に演じること。状況に合わせて適切に演じることができれば観客に珍しさを感じさせることは難しくない。三つめは、観客に合わせてこちらがいろんな手を打つということを観客に知られないこと。こちらの手の内がわかってしまえば当然珍しさというものは発生し得ない。これが有名な「秘すれば花」である。
そのためには、能についてよく勉強をして適切な状況判断ができるようにし、状況に合わせて演じ分けられるよう常日頃から練習を怠らず、そしてこの能の極意は秘匿せよ、ということになる。
この論理からもわかるように本書はある種の専門的な職業についている人間にとっての普遍的なキャリア論、教育論としても読むことができるのではないかと思う。結局のところ、ある種の職業の要諦は、状況を適切に把握し適切な手段でもって相手の裏をかく、というところにあるのではないだろうか。