世阿弥のレビュー一覧
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この本は世阿弥の書いた能の稽古、演じる際の心構えやポイントをまとめたもので、現在におけるビジネス書に近いと思う。内容で形而上学的なものはあまりなく、具体的に書かれ想像しやすくなっている。
私は、①本質をつかみ、本質から外れたことをしないこと②観客本位に考え、観客の嗜好に合わせること③珍しさがあること④慢心せずに稽古に励むこと⑤タイミングをつかむこと
という点を世阿弥が大切にしたと感じた。以上挙げた点では漏れがあるとは思うが、そこはご容赦いただきたい。印象に残った言葉として、「秘すれば花、秘せねば花なるべからず」がある。切り札は秘密にしてこそ切り札なのである。
600年ほど前に書かれた能楽に関する本であるが、能楽以外、ビジネスを行う上でも現代でも通用すると思われる考えが多く記述されており、ビジネス書としても参考になるであろう。 -
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幽玄。言葉では表せない、奥深く微妙にして情緒に富むありさま。▼花は四季折々に咲く。時節を得ているからこそ、新鮮な感動を呼ぶ。能もその場の機を大切にすること。▼是非の初心忘るべからず。時々の初心忘るべからず。老後の初心忘るべからず。▼能は、枝葉も少なく、老木おいきになっても、花は散らずに残る。 ▼舞台上の自分が他人からどう見えているか意識せよ。離見の見。世阿弥『風姿花伝』1400
※観世座。興福寺。
※観阿弥。足利義満の庇護。
※世阿弥。『風姿花伝』『花鏡』
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病に臥せる源頼光(らいこう)のもとに蜘蛛の化物がやってきて、無数の糸を吐いて、頼光をがんじがらめにする。頼光は相伝の名刀を抜きを糸を払い、蜘蛛の化物に斬り付ける。蜘蛛の化物は逃げていく。頼光は家来の侍たちに蜘蛛の化物を追って、討伐せよと命じる。家来の侍たちは蜘蛛の化物を退治する。能『土蜘蛛』
※源頼光は鬼の化物(酒呑童子)も退治。
幼少の源義経(牛若丸)は平治の乱で父が敗死し、鞍馬寺に預けられていた。敗れた源氏の血筋である義経は寺でないがしろにされていた。そこに大天狗が現れ、義経に同情し慰め、兵法をお前に伝授するから、平家を滅ぼすよう勧めた。大天狗は義経に兵法の秘伝をすべて伝授し終えると、平家との戦では私も力をかそうと言い、夕闇の鞍馬山へ飛び去った。能『鞍馬天狗』
わが子を人買いにさらわれ、心が狂った女。わが子を探しに隅田川にやってきた。能『隅田川』
振り向いてくれない男への怨みから、娘は蛇の姿となって道成寺の鐘を焼いてしまう。その後日談。娘が寺の鐘を焼いてしまって以降、長らく鐘がなかった道成寺。僧侶たちが鐘を再び設置し、それを祝う法要を行っていると、舞妓(白拍子しらびょうし)が現れ、舞を踊り、恨めしそうに鐘を見つめると、鐘の落として鐘の中に入ってしまう。僧たちが祈祷すると、鐘の中から蛇になった娘が姿を現し、恨めしそうに消えていく。能『道成寺』
※今昔物語
※乱拍子(特別の足づかいの特殊な舞)は門前の石段六十二段を登る姿。
安宅あたか
葵上あおいのうえ
※シテ(仕手)。主役。能面あり。
※ワキ(脇)。相手役。能面なし。
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連歌の会。なんでも難癖をつけ仲間から疎まれている男。ついに仲間たちを怒らせ、足で踏みつけられる。男の妻がこれを聞き、仕返しに行けと男を励ます。男は強がりはするものの、根は弱気で乗り気ではない。狂言『千切木』ちぎりき
年の暮れ。二人の男が出雲大社(島根)に参詣すると福の神が現れる。男が「金持になりたい」と願いを言うと、福の神は「元手がいる」と言う。男は「元手(金)がないから、こうしてお願いしている」と返答。福の神「元手とは金のことではなく、酒のことだ」。男が酒を渡すと、福の神は「松尾大社(京都)の大明神様、このお酒を捧げます」と言い、お酒を飲みほすと男に言った。「早起きして、慈悲の心を持ち、人付き合いを大切にし、夫婦仲よくするように」。福の神は笑いながら去っていった。狂言『福の神』
使用人が主人の親戚の家に行き、珍しいものを食べさせてもらい、家に帰って来た。主人は使用人に「何を御馳走になった」と聞くが、使用人「名前を忘れてしまいました。源平盛衰記に出てくる食べ物なのですが」。主人は源平盛衰記を語って聞かせて思い出さそうとする。文蔵が出てくるくだりまで語ったところで、使用人「それです。文蔵を頂きました」。主人「文蔵は人の名前だ。うんぞう(温糟)粥のことだろう」と叱る。狂言『文蔵ぶんぞう』
婿入りする若い男とその父親が結婚相手の家に挨拶へ行くことに。しかし、正装用の袴が1つしかない。1つしか持ってないことを結婚相手の家に知られたくない。そこで、1つの袴を交代で着て結婚相手の親の前に出る。結婚相手の親から「二人同時に出てきてください」と言われ、仕方なく袴を二つに裂いて前にあてて出てくるがバレてしまい恥をかく。狂言『二人袴』
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※能。華やかな装束と能面。格式高い文語調。歴史上の人物・事件。神話。悲劇。
※狂言。簡素な装束と直面(ひためん・能面なし)。庶民の日常のできごと。喜劇。
※太郎(筆頭の)冠者(かじゃ・召使い)。狂言の代表的な登場人物。
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北山文化。室町 -
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芸に生き、花を求めつづける世阿弥の姿。
ひとを写し取り、真似る能というもの。芸を志さねば、風の姿も、伝える花もいらない。芸とはそういうところにあるものだ。能について詳しくはないが、たくさんの芸術家がいた中で、彼だけがその本質を知りえていたに違いない。しかし、それをかつて達成したしたと思えるのは父、観阿弥のみであって、いかに道が険しいのかということを同時に知ってしまったにちがいない。門外不出にしたのもなんとなくわかってしまう。
美しさというもの、幽玄というものは決して弱々しいものではない。彼にとって強さとは、それがそれ自体で成り立つものだ。独立。現実現象。どのような場におおいても移り変わらぬもの。弱さ、荒さはそうでないもの。弱いのに強く見せる。もともと強いのに強く見せる。
しかし、それはおおよそ、ひとが手を加えて真似る能という芸術のあり方からすると、ほぼ不可能なのだ。物狂いや鬼を能として取り上げる以上、そこには、恐ろしさや狂気をそういうものとしてみせなけえればならないのだから。
それゆえ、場の空気やみせる順番、時節、文字の精神、稽古、技能というものがあるのだ。そうして、シテそれぞれの決して失われぬことのない「花」ができあがり、それが「風」となって伝わっていく。これは、いくら言ってもわからぬものだから、言わぬ。稽古の中で自らが知っていくものである。世阿弥曰く、そこまで至るのに30年。
それでも、花が続くかどうかは時の運次第だから、稽古はずっと続いていく。おそらく、この稽古というものは、舞台の練習にとどまらず、文字に触れたり、時節の移ろいに触れることなど、生活そのもののことなのだと思う。
能の始まりは、ひとの心を慰めたり、喜ばせたりするものだ。それをみたからって腹が膨れるわけでも、のどの渇きが癒えるわけでもない。けれどそれはずっと昔からひとに求められたから在る。なんと不思議なことではないか。始皇帝の生まれかわりとか、伝説のような能の始まりはたぶん、こういうひとの心性によっているんだと思う。
花とは、ひとが生きて在る、そのことだ。土を肥やし、適した時期にいい種を蒔く。どんな花が咲くかはわからぬ。そもそも、ちゃんと花が咲くかもわからぬ。それでも、種を蒔かねば花は咲かぬし、美しい花をみたいと望まれているから種を蒔くのだ。花は心。それは花となるひと、花をめでるひと、すべてに共通するものだ。心とは、思うと同時に行ってもいる。この風姿花伝は理論と実践というわけかたでは、決してない。便宜上、稽古とか技能ということばは使っているが。世阿弥にとってそれはどちらも同じことだった。それこそ、世阿弥によって咲いた花だった。 -
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世阿弥は、室町時代初期の大和猿楽結崎座の猿楽師で、父の観阿弥とともに猿楽(能)を大成し、『高砂』、『井筒』、『西行桜』等の作品のほか、多数の能芸論書を著した理論家でもあり、世界の芸術史上でも稀な天才と評される。
本書は、父の観阿弥から口伝で教示された内容を書き記したもので、第七・別紙口伝に「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」と記されている通りの一子相伝の秘伝書であり、明治までは観世家・今春家に秘蔵され、一般の目に触れることはなかったが、明治42年に写本が発見され、『世阿弥十六部集』として発刊されたことにより、一般に知られることになった。
本書は七篇で構成され、各篇では以下が述べられている。
第一・年来稽古條々・・・申楽者(能役者)の生涯を7歳から50歳過ぎまでの各年代別に分け、修行の工夫の方法が説かれる。
第二・物学條々・・・芸の根本である物真似の技術を題材別に俯瞰している。「学ぶ」ということは、良いものを「真似ぶ(る)」ことであることが説かれる。
第三・問答條々・・・演じるにあたっての具体的、実践的演出方法及び能に花を咲かせるための工夫と秘訣が説かれる。
第四・神儀に云わく・・・申楽者に対して、芸の正統性に対する誇りと家芸を重んじる精神の自覚が促される。
第五・奥儀に讃歎して云わく・・・「その風(伝統)を得て、心より心に伝えていく花」として『風姿花伝』の書名の由来が述べられる。
第六・花修に云わく・・・作能の手引きとして名作の条件、能を知ることについて説かれる。
第七・別紙口伝・・・能のテーマである「花」のイメージをあらゆる角度から見つめ、「常住せぬもの、それが花であり能である」、「年々去来の花(初心忘るべからず)」、「ただ時が選ぶもの、それが花」などが説かれる。
能という一古典芸能に留まらない、美、芸術、更には人生についての多くの示唆が、美しい言葉で綴られている。
(2007年9月了) -
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室町時代の能楽師・世阿弥が能を行うにあたっての精神や心得をその芸術論とともに家伝として遺し伝えられたあまりにも有名な秘伝書。
完成形は全7編によりなり、特に第7編目の『別紙口伝』は一代一人相伝と記されていて、例え一子であっても器量が無ければ伝えてはならないとしている。
全7編の概要は次の通り。
第1編『年来稽古条々』一人前の能芸者になるまでに辿るその年齢に見合った練習の仕方と境地を記載。
第2編『物学(ものまね)条々』女、老人、法師、修羅などその役柄に合わせた演じ方を記載。
第3編『問答条々』緩急や陰陽などを踏まえた演じ方や、相手に合わせた変化、慢心の禁止、花・幽玄・風情など世阿弥ならではの能芸術論を問答形式で論じる。
第4編『神儀云』申楽(さるがく=能)の歴史を記載。
第5編『奥儀讃歎云』本作を記すに到った背景を記載。本作を『風姿花伝』と名付けている。
第6編『花修云』能の極意を記載。優しい言葉を選ぶこと、珍しい風体になること、音曲と風情を合わせること、能には強き・幽玄・弱き・荒きがあり強きと幽玄を行うこと、稽古を重ねることで年老いても花は残るなど。
第7編『別紙口伝』能が目指すべきは花、そして毎回珍しいものを演じること、物まねはちょっとズラして真似た方が面白い、あらゆる物まね芸を修得すればそれは引き出しになる、「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」、因果を知ること、など能の最終奥儀を記載。
有名な言葉「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」(パンチラのようなものか?)にもあるように、本書で世阿弥が能(申楽)に一貫して求めていたものは「花」である。美しい、珍しいといって観賞されるが、やがては散ってしまう花のようにあるべきだとする。また、そもそも芸能とは諸人の心を和らげて感動を与えるもの、寿命増長の基となるものであるとした上で、珍しい風体をして優しく柔らかく、時にはその役に相応しい強さをもって演ずれば観客に面白く受け入れられるとしている。
現代では古典芸能として知られる能(申楽)であるが、こうしてみると、いかにすると観客を面白さで惹きつけることができるかということがまず考えられていて、1人前のプロとして大衆心理を踏まえた演出と演技を求める内容が大半を占めているように思われる。その中で、世阿弥が考える芸の美学の追求としての「花」が結び付けられ、実際面として「幽玄」や「風情」「物まね」「珍しさ」「緩急」「陰陽」などのキーワードで彼なりの芸理論が語られるのである。
そして、舞台装置の妙や役稽古ついてや音楽と舞の同期合わせなども含め、ひたすら芸のあり方・やり方を熱心に考え、どうやって観客に面白がってもらおうかと考える姿は、時空を超えてとても真に迫って感じられるものであり、なかなか興味深いものであった。
本書の趣旨はこうした芸の奥儀を家伝として彼の家へ相伝することにあったが、あまりにも熱心に追求し過ぎたため、それが「花」という美学への昇華とか、パンチラの推奨や微妙にズラした物まねの方が面白いなど人間心理をつくものであっただけに芸術論にまで高めることができたといえる。しかし、こうして家伝として秘密に伝えられることになったが故に、時代の移ろいとともに大衆受けする芸能から切り離され古典芸能となったことは、世阿弥の芸術感性の確かさを表すとともに、世阿弥が目指した面白さの追求からはかけ離れることになってしまったともいえる。
世阿弥の芸に対しての強い想いの息吹が伝わってくるかのような作品である。
ところで、パンチラを技にできるなんて、あるいは美少年だった世阿弥だからこそできたともいえないだろうか?(笑) -
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一子相伝の書と聞くと門外不出の秘伝書なのかとどきどきわくわく感が募ってきそうだが、風姿花伝は世間一般でも十分通用する、というか人としての資質として誰もが備えておくべき重要ごとをコンパクトにわかりやすく教え説いてくれている書だと、初めて読んでの率直な感想である。
第一の「年来稽古條々」は子育てや教育に通じる。
第三の「問答條々」は世阿弥(観阿弥)の人柄を知ることができる。
そして、第七の「別紙口伝」はものごとの本質に迫る部分。
とくに印象に残ったのが、「秘する花を知ること」「因果の花を知ること」
この書が世間に出てよかったと、私自身は読んでみてそういう感想を持った。 -
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世阿弥の能楽論。
能楽でなく、生き様についての考え方のヒントにも気づかされる。
「花」を引用にして芸術論を語るところは、四季ある日本ならではの文化の趣の深さなのだろうか。
(引用)
・能の芸においては、おおよそ七歳をもって稽古の開始の年齢とする。この年頃の能の稽古は、その子供が必ずや自分からやり出すことの中に、得意な演技があるはずだ。・・・中略・・・、偶然やり出した演じ方を、干渉せずに、本人の好きなようにさせるがよい。むやみに「良い」「悪い」と指導してはならない。あまり強く注意すると、子供はやる気をなくして、能をやるのが嫌になってしまうので、そのまま芸の成長は止ってしまう。
・「上手は下手の手本、下手は上手の手本である」・・下手の長所を取り込んで、上手の演目に加えることは、この上なくすばらしい工夫である。人の欠点を見てさえも、自らの手本となる。ましてや長所を学ぶことの効果はいかばかりであろうか。
・まことの花というのは、咲かせる方法も散らせる方法も、意のままであろう。であるから永遠の魅力となろう。
・「花」と「面白さ」と「めずらしさ」と、この三つは同じことなのである。どんな花が、散らずにいつまでも咲いているであろうか。そんなことはあり得まい。散るからこそ、咲いたときにはめずらしさを感じるのである。能も、同じところに停滞し続けないことを、能の花の第一条と認識せよ。