片田珠美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
職場の人からおすすめされて読んだ。
腐らせる人の事例が15も載っている。
「自分にも当てはまる気がする」と思うが、全く該当しない人って存在するのか?ファンタジーの人?とも思った。
多かれ少なかれ、誰でもどこかしら、腐らせ要素を持っている気がする。
うまくやるために、いかに表出しないようにするか。
「自分は当てはまらない!」と自信満々で言っている人がいたら、もうすでに腐らせている人なんだろうな。
常に自分を律していないといけない。
昨今よくあるハウトゥー本のような、「これしてればOK!」みたいな対処法は明示していない。
基本関わらないほうがいいけど、どうしてものときはこうしてみたら?くらいなことが書いてある。
それだけ、対処が難しいんだろうな。 -
Posted by ブクログ
やたらと攻撃的な人に出会った。尊大で、自分が一番正しく、自分が認めたもの以外は全てバカにする人だ。当然周囲にもよく思われてはいない。でも自分では気が付かないようである。そこでヒントがあるのかと思い、タイトルにもピッタリ当てはまるこの本を手に取ったわけである。
結論からすると、おそらく私はターゲットであろうが解決法はないようである。逃げろ、関わるな、相手は変わらないから自分が変われ、しかない。ただ、何故攻撃的なのかという本の中盤の心理の方が私には役に立った。
感想としては、この本を読んでも「理解ができないので支配でもなんでも勝手にやっとれ」である。この方法を取り続けている限り、本人に幸せはやってこないと言えるからである。 -
Posted by ブクログ
ネタバレモラハラをする人の心理や対処法について分かりやすく説明してくれている。
厄介なのは加害者も被害者も自覚的でない場合が多く表面化しにくいということ。
加害者はイライラや鬱憤を想像力の欠如や肥大化した自己愛が原因で弱い立場の人にぶつけてしまう。
そこに悪いことをしているという認識はない。
釈然としない不満で頭を支配されているからだ。
被害者もモラハラを受けているという状況を把握できず「理由は明確じゃないがなんとなく傷ついた」を繰り返してしまう。
また、「これごときでモラハラだと騒ぐと周りから冷たい目で見られるかもしれない」という恐怖から助けを求められない場合もある。
この状況が続くと被害者は精神的に病んでいき最悪の場合健全な社会生活が送れなくなる。
まず何よりも大事なのはモラハラについて詳しく知ること。
自分は加害者または被害者かもしれないと事が重大になる前に気づき対処する。
普段無意識下に追いやってしまうちょっとしたイライラや不安を日頃から言語化して状況把握がいつでも冷静にできるようにしておきたい。 -
Posted by ブクログ
周囲の人間が悲しんでいたり、苦しんでいたりするのを見ると、何か悪いことしてしまったかな、と悩む事は誰にでもある。常に自分の行動や発言が正しいとは言えないし、逆に何かしてあげなければならないことを、忘れたりしてやいないか、不安に苛まれることもある。特に、周りに怒っていたり、イライラしてる人がいるとらそれは更に敏感になる。常に自分の中に原因を求めてしまい、自分の何処が、自分の何がダメだったのか探すような傾向が自分にはある。周囲の悲しみも痛みも怒りも全て自分のことのように感じる瞬間がある。
それと直接関係するのかわからないが、大きな音や大きな動きにも弱い。何度も叩かれた犬が、手を振り上げるだけで首をすくめる様な仕草が自分にはある。音もそんな感じだから、街中を歩く時に車のクラクションや、駅のホームでの入電する電車の汽笛にはやたらと大袈裟に反応しているように、周囲からは見えているだろう。自分がいつからこうだったか正確に覚えていない。だが、大学生の頃には既に周りからは「ビビり」なんじゃないかと、よく冗談で言われていた。
実際に周りを気にしすぎな傾向は未だ治っていないし、過敏な反応や、周囲の人の態度に対して過剰な対応をしている。だからなのか、最近部下から反省の言葉ばかりを述べる私に対して、直接「そんなのあなたのせいじゃ無い」「何でも自分のせいにし過ぎです」との指摘を受けた。確かにそうかもしれないが、部下一人一人の成果には責任取るべきなのは当たり前だし、仮に当人の能力不足や万が一サボっていたりした結果なら、育成やモチベーションの維持に問題があったのではと、次から次へと自分の至らぬ所ばかりが思い浮かぶ。
本書に記載される自分を責めずにいられないのとは、少し違った感覚なのかもしれないと思い読み始めたのだが(部下からの指摘が一番効いたか)、案外当てはまる部分は多かったようだ。
原因を探ると、幼い頃の親の記憶が蘇る。長男ということもあったからか、両親共に大学には進学せず社会に出て苦労したのか(当時は大学進学の方が珍しかった時代でもあるが)、兎に角有りとあらゆる勉強道具と習い事をさせられ(自分で好きなものもあったが)、将来には期待されたと思う。幸いにも進学校と呼ばれる様な高校にも行けたし、学内の試験はいつもトップで壁に順位が張り出された。成績表は殆ど見せたことがなかったが、全ての教科で1位を独占する成績一覧は私に内緒でファイリングされていた。その分、大学受験の失敗が与えたショックも大きかったらしく、箸にも棒にもかからないような学校で決めてしまった時の、残念そうな顔は今でも思い出される。社会に出ても最初は全く上手くいかなかったし、その頃には何でも自分のせいにしている自分の姿が確立されていた様に思う。勿論、今思えばの話で当時は感じていなかったかもしれないが、恋人の仕草や発言にもやたらと敏感。喧嘩をすれば立ち直りに相当の時間を費やした。全てが相手の期待を満たすことばかりに集約されていたのだと気付く。
そう、今更そんなに自分とはすごい人間で、誰もが抱える悩みや望みを解決したり叶えたり出来ただろうか。そんなのは無理だったのだ。自分なりに一生懸命生きてきた自負はあるから、必ずしもダメだったとは思わないし、親や周囲を喜ばせることが出来たことも多くあっただろう。だから親にも感謝をしているし、未だに期待に添えなかったことを謝りたい気持ちは捨てていない。逆に今後の人生も周囲の期待の中にあると考えることもやめないだろう。そして理解している。自分はスーパーマンでも全能の神でも無いから、出来ないことや周りの感情を全て自分のせいにするのは違うと。
本書を読んで改めてその思いを強く感じることが出来た。そして何より心配をかけてしまった部下たちにも謝りたい。こればっかりは性格だ。だけどすぐには変われないし、多分おそらく変わらない。だからこそ、ありがたく忠告を受け入れて、不安にさせないように努力する。
原因を探り、解決できるか考えた挙句、仕方ないと諦めつつも、何か少し楽に生きてみれば?と優しい声をかけられる様な一冊だ。 -
Posted by ブクログ
職場の人間関係は、大体メンタル不調の原因である、と私は思っている。
と言うのも、私が勤務している職場はメンタル不調を抱える(抱えたことのある)人が多いからだ。
また、その業務の性質上、人事関係の内容を知ることも多く、経験則から言えば、人を病ませるのは仕事ではなく人、となる。
(私自身は幸いなことに心身ともにいつもA判定の元気印)
さて、本書は第一章、全ページの半分以上が職場を腐らせる人の事例である。
事例のうちいくつかは、「あ、あの人だ、この人だ」と顔が思い浮かんだ。
現在悩まされている人にとっては、もしかすると顔が思い浮かんで不調をきたすかもしれない。
そんな時は一回読むのをやめたほうがいい。
さて、肝心な嫌な奴への対処法について。
第二章ではそんな人々がなぜ変わらないかを説明する。
そこでは本人の問題と、社会が持つ構造要因が示される。
平等幻想は確かに強く影響しているように思う。
金持ちはみんな汚いことをしていて、子持ちさまは迷惑をかける存在で…確かに今ある問題の根底には多かれ少なかれ影響している。
そして自身の過大評価と承認欲求の肥大化。
私はこんなにやっている!
私を見て!
自分は特別扱いされるべき!
この指摘をを自分ごととして受け止められる人はいいが、そうでなければ…。
155頁、著者の座右の銘(17世紀 フランス貴族の言葉)は端的に言ってしまうと、
「馬鹿に付ける薬はない」と言うことだろう。
迂闊にも笑ってしまった。
第3章では、これまで見てきた嫌な奴への対処法。
断る、避ける、やり返す。
それができたら良いんだけど、と言わず、まずは小さなところから。
みんなにいい人と言われなくてもいい。
あとは、「強い人」と仲良くなるのもいい手かも。
私?
誰かにとっては嫌な人かもしれないけれど、同じくらい味方もいるので毎日仕事には行けている。
給料とか昇進には悲しいかな、反映されていないけれど。