片田珠美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
精神科医の著者が攻撃的な人に対する対処法について書かれた一冊。
攻撃的な人を8つのタイプに分類し、仕事や日常での様々なケースでの言い返し方や振る舞いについて書かれており勉強になりました。
日常生活でよくある場面で相手に対して怯まない姿勢を見せることが有効であることが大事であることが本書を読んで理解できました。
攻撃的な人の心理を理解して切り返していくことが大事であり、自分と相手と線を引くことも有効であることが本書から学ぶことができました。
本書の肝となる部分でもある無理せず自分らしくあるがままに生きることが幸福につながり、一番大切なことであることを心に留めながら、日常を過ごしていきたいとも感じました。 -
Posted by ブクログ
愚書。
うーん。結局何なんだこれは。
嘘をつくことを分析したいのか、嘘つかれた自分が酷い目にあったと言いたいのか、嘘に騙されないようにするにはどうしたらいいと言いたいのか、騙される前に潰せと言いたいのか、嘘つく奴も認めてあげようよと言いたいのか、男はマザコンだと言いたいのか、マザコンだから悪いと言いたいのか。
医師としての症例も偏ってるのは本当してしょうがないのかもしれないが、小保方さん事件が嫌いすぎて、自分を騙したニセ女医が許せなさすぎて、他も同じ事例を使いまわしすぎて、読まされてるこっちは、あんたに付き合うのがしんどい。
言わないことまで不作為の嘘だと言っちゃえば、自分が騙されたと思うことはすべて嘘だよな。
フロイト派なんだということだけは判った。 -
Posted by ブクログ
今、どこの書店も、新書コーナーにこの人の本が平積みされている気がする。
ラカン派のお医者さんだと知って、びっくりして購入。
ラカンの理論がこんなに一般受けする時代になったのか!?
理想の自己という「対象」を喪失するつらさを受け止め、自己愛を相対化することが大人として成熟すること。
しかし、現代の消費社会は、便利さ、快適さをサービスとして提供するために、大人になるチャンスを奪っている、tぴうのがこの本の基本的認識。
自分にとっても耳の痛い話でもあったし、なるほどと思う部分も少なくない。
でも、本を閉じて考え直してみると、依存症は成熟拒否なのか?
無差別殺人が起きるメカニズムの説明もわからないところがあった。
自己愛が保てないつらさから他責的になるというのはわかる。
ただ、内なる悪の存在を認められず、それを外部に投影することで無差別殺人が起きるとされている。
自己愛を保てなくさせるきっかけになった特定の対象が攻撃されるのではなく、不特定多数になるのはなぜなのだろう? -
Posted by ブクログ
借りたもの。
言葉の暴力のケース毎の反論例が見開きで書かれている読みやすさ。
まず敵を知る。
迷惑な、攻撃的な「あの人」をおおまかに8つのタイプに分け、その心理を分析。
敵の手の内が分かったようなもので、そこで少し冷静になれるかも知れない。
後半の実践編は参考になる。
ちょっとしたユーモアを学ぶものだと思った。
いきなり実践できなくても、少し考え方やものの見方を変えるきっかけになる。
何も自分が同じ土俵に立たなくていい――
悟りの境地かと思っていたことが、意外とシンプルな考え方――相手が理解できないことで不安になり感情的にならないようにすれば良かったのだ。これはそのための布石。
最後の章は自省。「“他者の欲望”を満たさなくていい」相手に気を使う、敬意を払う事とそれは別物だということを再認識。 -
Posted by ブクログ
「モンスター〇〇」という言葉が広まって久しい感がありますが、どうしてこんな世の中になっちゃったのかと常々思っておりました。
本書を読んで納得。
ひきこもりの病理も「自己愛が傷ついたり壊れたりすることから逃げるための成熟拒否」とあるのを見て手を打つ思いでした。
確かにそうだわ 。
ひきこもりの人って、社会に出ることには物凄い及び腰だけど、やりたいこととか自分の興味に関わることになるとプライドむき出しになってしかもそれに全く自覚が持ててなかったりします。
そりゃうまく行かないよ、と思うけれどそういうことを言うと「何もわかってない」とか「気持ちがわかるわけない」とかシャッターを下ろします。
「こどもじゃないんだから」ではなく「マインドは子供」なんですね。
奥付を見ると6年前の出版。今現在もこの病理の改善の兆しは見えているとは言えないように思います。
今も一度「ライン」から外れたら戻れない世の中のままです。
「諦める」は大事ですが、これは諦めてはいけない事態だと思います。
著者の文体の癖だと思いますが、文の末尾が「ゆえに」「だが」「ほどに」など言い差し表現で終わっているのが散見され、私だけかも知れませんがちょっと読みにくいと感じました。
言い差し表現ではなく「である」「と考える」など言い切りの方が、こういう内容の文には適切なのではないかなーとちょっと思いました。 -
Posted by ブクログ
精神科医みたいだから、もっと専門的に分析してくれているのかと思ったら、そうでもなかった。
自分のついた嘘を真実だと思い込む人の代表例としてSTAP細胞騒動の小保方さんを紹介している。なぜあのような虚言を言うことができたかというと、それを信じてしまう一定の人(イネイブラー)がまわりにいるからという環境的な要因が挙げられる。そして嘘をつき続けているうちに本人も虚構と現実の区別がつかなくなってしまうようだ。でもその精神構造というか、思考傾向というか、内発的な要因がさっぱりわからない。それが知りたかったのに。
確かに小保方さんのことは自分も最初は信じたけど、あれは小保方さんを信じたというより理研という権威を信じたのであって、世間もそうじゃなかっただろうか。
うちの会社にも平気で嘘をついて、信用できない奴がいるのだが、問いただしていくうちに、こいつは自分が嘘をついていることを自覚できないんだな、ということにあるとき気づいた。それが頭にあって、この本を読んでみたのだが、さして得るものはなかった。
よく「騙すより騙されるほうがいい」なんていう人がいる。被害者をなぐさめる言葉としては良いのかもしれないが、騙される人(イネイブラー)が騙す人を助長するという構造に、どうやらなっているらしいので、そんな道徳観を良しとしてはいけないと思った。