本書は、児童青年期精神医学の専門家である杉山登志郎氏が、子ども虐待における発達障害とトラウマの関係について述べた本である。
本書は著者が勤務するあいち小児保健医療総合センターの子育て支援外来、つまり子ども虐待の専門外来における経験を元に書かれたものである。子ども虐待の被害者は発達障害を抱える場合が多いが、実はその両親も発達障害を持つ場合が多いこと、虐待によりトラウマを抱えることによる後遺症の大きさ、そしてその治療の難しさについて著者は気づいた、とある。本書のテーマは発達障害の母子並行治療、トラウマと発達障害の悪循環、そしてトラウマの処理技法である。
序章では前述のテーマについて触れた後、第一章で発達障害の生物学的・遺伝学的な要因について述べ、特にエピジェネティクスという概念について説明している。そして、認知の「ムラ」を著者は「発達凸凹」と呼ぶ。これに適応障害が加わることにより狭義の「発達障害」となる、とここでは定義しているが、その際にトラウマがその憎悪因子となっている (肥満が糖尿病の憎悪因子であるように)、と指摘している。
第二・三章では発達凸凹だけでは単純にマイナスな要素ではないとして、天才と呼ばれる人たちにも発達障害を持っていたと思われる人は多いこと、認知特性の違い (聴覚言語優位、視覚映像優位) および、そのような認知特性の異なる天才児への特別支援教育について紹介されている。
第四~六章は本書のメインテーマで、トラウマと発達障害の関係について述べている。(特に知的障害のない) 発達障害は子ども虐待のハイリスク要因であること、それによるトラウマが症状をさらに悪化させること、虐待をする親が自身の発達障害によるトラウマを持つ場合、虐待とトラウマの連鎖が起きること、そして、トラウマ処理技法であるEMDRについて書かれている。
第七・八章は発達障害が精神科疾患の原因になっていることを指摘する、例えば、引きこもり、思春期やせ症、強迫性障害などの例が挙げられている。この場合、症状だけを元に診断を行なっても治療の効果が出ないと、著者は従来の精神医学体系の欠点を指摘する。
第九章は発達障害を持ちながら未診断のまま大人になったケースの問題について述べ、終章では療育および治療についての原則について説明する。
前著「発達障害の子どもたち」に引き続き、文体は読みやすく、内容も明確に分類されまとめられている。ただし第二・三章の内容がやや浮いている感じがすること、また内容が (タイトルから推測されるよりも) やや狭い内容に絞られていることから、★4つとする。ただし、「今後こうなってはいけない」という反面教師として、とても有用な本であるので一読して損はない。