杉山登志郎のレビュー一覧

  • 子育てで一番大切なこと 愛着形成と発達障害

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    これからの子育て、教育について考える。

    〇”愛着”は、”アタッチメント”という英語を訳した言葉なのだけれど、アタッチメントとは、タッチするということ。(p46)
    ☆そして、大事なのは、何のためにくっつくのか。それは、安心するため。キーワードは安心感。

    〇社会的な行動の土台になるといいましたよね。子どもの中に養育者が内在化する。それはつまり、養育者のまなざしがいつも子どもを守るということなんです。(p62)
    ☆例えば、何か悪いことをしようと思ったとき、おうちの人が悲しむだろうな・・と思ってやめるのは、内在化ができている、ということ。
    これができていないと、愛着障害と呼ばれる心の問題が起こってくる。

    〇「毎日の身近な生活自体がそのままコミュニケーションの発達につながるということですね。」(p141)
    ☆やはり、日々の積み重ねが大事。

    〇上手くやれた時はしっかり褒めて、失敗に対しては叱らないということです。これはすべての躾に共通していることなのですよ。(p146)
    ☆叱らないで、どうすればよかったのか一緒に考える。子どもと向き合う時間をもっととらなけば・・濃く。

    〇10歳を目標に神経繊維の剪定が進むと説明しただろう?10歳前後で凸凹を抱えた子ども達も集団教育への参加に無理がなくなってくる。ASDの子ども達は、他の人が考えていることも分かってくるし、ADHDの子ども達は多動が治まってくる。それから、極端な不器用さも減ってくる。(p185)
    ☆しかし、自立に必要な最低限の学力は、大体小学校中学年までと言われている。うんうん。小3、小4は一つの壁、キーワードではある。子どもの教科書などを見ていても、中学年になると、身近でない問題を扱うようになるから、抽象化が必要なのよね。この時期に学力をつける個別対応が欲しくなるのはいうまでもない。森信三先生も4年生までは教え込み、といっていたものね。

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    2020年03月14日
  • 子育てで一番大切なこと 愛着形成と発達障害

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    ネタバレ

    登志郎先生、作家になっちゃいましたか!自虐ネタがちょっと鼻につきましたが、言いたいことは分かります。S県に住む者としては、ほんとによくぞ言ってくれました!と拍手したいです。これからばんばん言いたいことを言って、テレビとかでも活躍していってほしいな。

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    2019年09月07日
  • 発達障害のいま

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    凸凹理論、ここに。被虐待児童と被虐待経験のある成人を数多く診てきた著者だから語れるものがここにある。ラベルを貼るのではなく、特性として理解し、アセスメントすることが共生への第一歩だろう。システム論を援用した構造的な理解との併用が必要であるが...。

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    2019年07月30日
  • 子育てで一番大切なこと 愛着形成と発達障害

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    一言で言えば、発達障害についての本。
    発達障害についての研究は昨今、その母数の拡大に応じて急激に発展してきている。一昔前とは解釈や定義が全然違う!そして発達障害児のかかえる問題点はいまだに山積みであり、ことに日本においてはまだまだ後進国である。
    発達の凸凹を抱えた子供達を、個々に、適切に養育するために、これから変わっていかなければならない…という内容のことが書かれていた。

    児童精神科医である著者が、社会のかかえる問題点や、独自のユニークな解決策を自由に書いていて、大変おもしろい!と思った。
    ただ、子育て中の主婦が読んで実践できる具体的な「何か」については特に詳しくは書かれてなかったかも。せいぜい、早く子供を産むこととか、身体的虐待は絶対ダメ(それは当然だが)とか、子供には安心を与えることとか?

    もし、自分の子供の発達に凸凹があるかもしれない、と思うなら読んでみてとても価値があるように思う。発達の凸凹を悲観的にとらえず、その足りない部分を補い、個別に対応するべき心構えがしっかりと記されている。とりわけ重要なのは「愛着の形成」で、これは人間関係の基盤であり愛着を形成できなかった子(虐待やネグレクトなど)は発達障害(ASD/自閉症スペクトラム障害、知的障害、ADHD/注意欠陥・多動性障害)を抱えやすい傾向があるなど書かれていた。ただ、発達障害は適切な教育により改善されるため、社会全体でこういった子供たちを養育する必要がある。

    その他にも、貧困や片親家庭など社会の抱える問題が、発達障害の負のサイクルを作りやすいこと、社会的養護の仕組みが日本においては不十分であることなど。現代社会が抱えるさまざまな問題点を、どう解決していくのか、著者の革新的アイデアが面白かった。

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    2019年03月23日
  • 子育てで一番大切なこと 愛着形成と発達障害

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    発達障害にとどまらず、子育て、子どもや親を取り巻く様々な問題を多方面から取り上げている。杉山先生の立場や考えは一貫しているし、とても分かりやすい。
    これを入門書に、勧められている本をさらに読んでみようと思えた一冊。

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    2019年03月10日
  • 発達障害の子どもたち

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    ネタバレ

    約10年ぶりに再読。症例も交え、分かりやすく記載しており(約10年前の著作であり、DSM-5前のため、診断名の読み替えは必要であるが)、発達障害を理解するには入門書として最適かと思います。
    「小学生、中学生年齢から親しい交流があるもの同士が共に青年に成長するという経緯が必要で、いきなり青年を集めてもこのような支え合いは困難であるようだ。」のところは、敢えて触れなくても良かったのでは。標題のとおり「子どもたち」としているのだから...。

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    2019年02月02日
  • 子育てで一番大切なこと 愛着形成と発達障害

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    発達障害研究の第一者、その研究室の准教授、その研究室を訪ね本を書こうとしている編集者、この3人のやり取りを通じて、子育てで大切なことに迫っていきます。
    両親、子供が『安心』できていることが大事である、その部分はスーッと入ってきました。
    子育て中のパパママ、また我が子の発達が少し心配な方も、軽い気持ちで読んだらと思いました。

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    2019年01月27日
  • 子育てで一番大切なこと 愛着形成と発達障害

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    親との愛着を形成するのがいかに子どもの成長には
    大切か、が書かれています。しかし、愛着形成を
    与えられない親はこういう本を手にする機会は
    あまりないだろうなぁという想いがふと心をよぎります。

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    2018年12月04日
  • 子育てで一番大切なこと 愛着形成と発達障害

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    子育てのhow to本と思って読むとちょっと違うと思うだろう。
    要は愛着形成が大事ということなのだけど、描かれる内容のほとんどが発達障害や子ども虐待を取り巻く現状の不備や著者の怒り等で読んでいてやや重い(架空の人物による対話形式で語り口は軽いけれど)
    この本を読もうと思う親はちゃんと子どもに愛情を持って接していると思うので「第4の発達障害」と著者がいう虐待による愛着障害には当てはまらないだろう。なので子育て前に読むか、発達障害について少し勉強してみたいという人向けではないだろうか。
    突飛な発想やまだ説としては研究中のものも載っているので考えながら読むのがいい。

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    2018年11月22日
  • 子育てで一番大切なこと 愛着形成と発達障害

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    べたなタイトルと思いましたが、内容は一般向けでも発達障害の専門的な内容を扱っていてなかなか面白かったです。

    対話形式なので、冗長な部分もありますが、理解もしやすいです。

    各章のまとめも、各章の最後のページにあります。



    近年は、愛着障害による発達障害が増えてきているとのこと(あるいは発達障害の定義が広がってきたのもある)。

    愛着の形成は3歳ごろまでに完成して(脳の発達にも影響する。脳の神経発達自体は、5~6歳で一定の完成)、これが、社会的な行動の土台になるそうです。



    三つ子の魂百までは、本当なんですね。



    最近1人でベビをお風呂に入れ、保湿剤とステロイドを嫌がるベビに塗り、授乳して寝かしつけるのにぐったりして、

    夜は母親としての愛情のかけらもなく、ほぼ無言ですごしていたのですが、

    やっぱり疲れていてもベビにもっと時間と愛情かけてあげようと反省しました。



    愚痴は、ママ友会や、区の育児相談で話せばいいと思います(笑)

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    2018年11月17日
  • 子育てで一番大切なこと 愛着形成と発達障害

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    発達障害研究の第一人者が書く、今の子どもたちにとって本当に必要な子育ての方法。発達障害の増加や子ども虐待の急増、いじめや校内暴力など、子育ての大変さばかりが際立っている。そこで、いくつかのとても大事なことだけ押さえておけばいいということを示す。

    平易な表現で書かれているので、大変わかりやすい。ただし、実に重い。

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    2018年09月29日
  • 発達障害のいま

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    いままで読んだ3冊の発達障害の新書のうち、2冊はいい加減なゴミだったが、こちらの本はとてもよくて、まともな本だった。真摯に臨床にあたった豊富な経験と研鑽、知識から、叙述されているのはこの先生の本だけだった。

    ・トラウマの解消 EMDRの方法 (P124)
     治療者が患者の目の前に指を2本たて(人差し指、中指)、その指を左右にふる。患者は目で指を追う。その眼球運動とともに、トラウマになっている記憶の想起をおこなうと、なぜかその記憶との間に心理的な距離がとれるようになる。

    ・療育の目標はトラウマを作らないこと。
     体罰を避け、大きな声で怒鳴るのは極力避けたい。強く叱責されたときは周囲の情報が飛んでしまい、叱られたということだけが残る。すると、そのときは止めるがまたやるということを繰り返すことになるだけ。
     できるはずなのにいまくいかないときには、こちらが気づいていないこだわりや、とくに過敏性が邪魔をしていないか、その目で振り返ってみることが必要。
    (P245)

    ・トラウマによるフラッシュバックに対する薬物療法
     神田橋條治 漢方薬
      桂枝加芍薬湯(小建中湯or桂枝加竜骨牡蠣湯)と四物湯(or十全大補湯)の組み合わせ
    (P248)


    *
    自閉症、自閉症スペクトラム障害、トラウマなど脳機能のダメージや器質的な原因から、連続的につらなる発達障害。製薬会社による作られた病、と言われているが、その病名があることや投薬(プラシーボ的なのも含め)により、救われる人もいるのだろう。
    一方でわかりあえない相手を発達障害だ、と決めつけることでスッキリする人もいるのだろう。
    境界を引くだけの、かりそめの平和だとしても。
    清潔で規律ある世界のために、出生前診断で発達障碍児を間引く日もくるのだろうか。空気を読めて、チームワークが上手い人間だけが残った、つるっと平坦な素晴らしい世界では皆が同じ方向に向かって、動物に戻ったり、虫みたいになりそうだ。
    発達障害、という名の商品が、苦しむ人びとの救いとなるところまでの利用であれば、と思った。

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    2018年09月27日
  • 発達障害の子どもたち

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    ほどよく専門用語などが使われているので、なんとなく勉強をしている感があってちょうど良かった。
    学校の先生を目指すような人は一読しておくとそれなりに知っているような話ができるのでは。

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    2017年11月18日
  • 発達障害の子どもたち

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    子どもの発達障害についての本で一番分かりやすかった。それでもまだ広範性発達障害は難しい。
    今回は自閉症が幾分か理解できた。

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    2017年11月17日
  • 発達障害の子どもたち

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    シンプルかつわかりやすい内容で、具体的な事例も盛り込まれているので、これから深く学ぶというきっかけとしては、ほんと最適な1冊だと思う。

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    2017年08月01日
  • 発達障害のいま

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    ネタバレ

     発達障害は遺伝的要素と環境的要素があり、適切な介入により緩和(完治ではない)できる、というのが本書の趣旨であると思う。
     2001年から2010年まであいち小児保健医療総合センターで心療科(児童精神科)部長として赴任した著者が、その臨床の中で得た知見をまとめた本書は、2011年現在の「発達障害のいま」を伝えてくれる。もちろんこの世界は日進月歩で2017年現在には2017年の「いま」があるわけだが、まずは知る所から始めたい。

     「発達障害」というのは法律で決められた用語であるのだが、その「障害」という字面から重く、しかも悪いものと受け止められがちである。しかし必ずしも自立した生活が営めないわけではないし、むしろその特性から偉大な成果を上げた人も少なくない。
     哲学者ウィトゲンシュタイン、詩人ウィリアム・バトラー・イェイツ、作家にして数学者ルイス・キャロル、インドの数学者ラマヌジャン、他にもアインシュタインやニュートン、ゴッホも発達障害(あるいはその傾向があった)と言われている。
     著者は臨床の中で、いきなり「障害」という言葉を使ってしまうと、仮に「疑い」とつけたとしても言われた人やその家族が強い衝撃を受けてしまうので、次のように答えることにしている。
    「いえ、お子さんは発達障害ではまだありません。診断を下すとしたら発達凸凹です。これはマイナスとは限りません。発達障害にならないようこれから一緒にやっていきましょう」
     「凹凸(おうとつ)」でなく「凸凹(デコボコ)」としたのはマイナスとは限らない、というニュアンスを強調するためである。この発達凸凹を放置しているとやがて適応障害を併発し「発達障害」へと進化していくのである。

     さて発達凸凹の原因として、まず遺伝が挙げられる。双子の一人が自閉症スペクトラム障害の場合、一卵性双生児なら7割から9割の確率でもう一人も自閉症スペクトラム障害を持つ。二卵性だと5~10%程度に下がる。兄弟姉妹だとやはり5%程度である。また発達凸凹を持つ子の親もまた発達凸凹的要素を持つことが多い。
     出産年齢の上昇によってもリスクが高まる。正確には婚姻年齢というか、男性の晩婚化である。自閉症スペクトラムなどのリスクは父親の年齢とともに高まり、母親の年齢は関係ない。(高齢出産になる前に卵子を凍結するというニュースがあるが、どちらかといえば精子の凍結保存のほうが重要なのかもしれない)
     こうした出生前、出生時のリスク上昇とはまた別に、新生児の神経系のバランスに影響を与えるような要因、例えば刺激が多すぎたり少なすぎたりということでもまたリスクは上がる。
     太りやすい体質の人でも、食事量や運動量に気を使っていれば肥満は避けられる。逆に太りにくい体質の人も暴飲暴食を続ければ肥満になる。発達凸凹においてもそれと似たことが言える。

     自閉症や自閉症スペクトラム障害は、純然たる「心の問題」ではなく、大脳辺縁系の機能障害という具体的な要因を持つ。たとえば、人間はある行動を繰り返すことにより身体が行動を覚えて、あまり考えなくても動けるようになる。この「自動化」をつかさどる部分に異常があると物事を覚えにくい、いわゆる「発達障害の症状」が現れる。
     ある種のホルモンが出にくいことがその機能障害の原因であれば、適切な薬の投与によって症状は改善する。だから投薬治療が効果的なのである。

     さて、投薬によって症状が緩和したとしても、発達凸凹が直ちに治るわけではない。発達障害とは読んで字のごとく、発達に障害があることをいう。人間はさまざまなことを学習しながら発達していくわけだが、先述した脳の機能障害、例えば物覚えが悪い子というのは、集団学習の中では「あの子はできなくても仕方ないね」というように適切な学習を受けられない事が多い。
     となれば、仮に12歳で投薬を始めたとして、しかしその時点での発達が8歳程度でしかなければ、4年分を埋めなければ集団生活、社会生活に困難を抱える、「生きづらい」ままである。だからこそ投薬とあわせてさまざまなフォローが必要なのである。ここに関しては「心の問題」である。
    (発達障害のある子を無理矢理普通学級に通わせる親という話が時折見られるが、何故これが批判されるかといえば、普通学級はどうしても健常者のペースになるので落ちこぼれてもフォローされず、ますます発達が阻害されてしまうからであろう)

     近年発達障害を持つ人が増えたといわれるが、要は診断基準が変わったということで、かつてはかなり重度でなければ自閉症と判断されなかった。しかしよくよく調べるとさまざまなレベルがあり、重度だけでなく軽度でも自閉症、あるいは自閉症スペクトラム障害と診断されるようになったのである。
     もともと脳の機能障害には遺伝的要素があり親から引き継がれやすいのと、子育ては健常者でさえ難しいのに、そうした障害を持つ親にとってはなおさらで、障害を持つ子は輪をかけて育てにくいタイプなので結果的に虐待を招き、虐待によりトラウマが生じ、このトラウマが発達障害を悪化させるという哀しき連鎖である(ここでは割愛するが、トラウマが発達障害の重要因子であることも本書では述べている)。
     こうした親に発達凸凹の自覚がなく、「なぜ普通の人にできるのに自分にはできないのか」という自責の念が親を追い込み、うつやネグレクト、虐待を招くという悪循環にも繋がりかねない。
     だからこそ発達凸凹の治療を行う場合は、専門の知識を持った医師の介入が必要であるとともに、親にも発達凸凹の要素があるかを確認し、もしあれば親の治療も併せて行わなければならないのである。
     このように「子供が育てにくいと思ったら、子供だけでなく親も発達障害でした」という事例がかなり多いようで、「生きづらいと思ったら親子で発達障害でした(モンズースー著)」にも詳しい。こちらの書籍は漫画で読みやすいので入口として良書であると思う。

     発達凸凹を引き起こす脳の機能障害を持つ人は決して珍しいものではなく、21世紀には自閉症スペクトラム障害は人口の1~2%程度と報告され、筆者の実感としてはもっと多いだろうと述べている。
     機能障害は容易に治るものではないので、該当者は治療というよりは「障害との付き合い方」を学ぶ必要がある。それは程度によってさまざまで、投薬が有効な人もいれば、日々の習慣づけで良化する人もいる。周囲に理解者がいれば心強いだろう。
     自分が物をおぼえにくいことを知っていれば、意識して覚えるように努めるとか、忘れても思い出せるようにメモをするとか、あるいは周囲に説明して理解してもらうとかいった対策もできる。「自分は物覚えが悪い、文句あるか」と認めてしまうことである種の諦観、達観を持つと、ストレスが和らぐこともある。
     先述の通り発達凸凹を持つ人の中には特異な才能を発揮する人も多い(残念ながら発達凸凹だからといって必ずしも天才である訳ではない)。興味のないことにまったく集中力が続かなくても、好きなことにはとことんまで集中し、結果として産業や研究、芸能で偉大なイノベーションを果たすかもしれない。むしろそうした「アスペ」な人たちによって世の中が進んでいる部分もあるのではないか、と著者は言う。

     発達凸凹に悩む人たちにとっては当然我が事であるが、世界の発展のためにも、こうした人々が生きやすくなるような変革が求められるのではなかろうか。

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    2017年02月10日
  • 発達障害のいま

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    発達障害と子ども虐待、トラウマの関係などを解きながら、発達障害児やその家族に支援者がどのような姿勢で臨むべきかが説かれている。

    「発達障害の子どもたち」を読んで本書を読むと理解が深まって有意義。

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    2016年08月10日
  • 発達障害のいま

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    障害者差別解消法が施行された今年度。必要な知識を与えてくれる本だと感じた。
    発達凸凹の概念は保護者との関係性を構築する中でもとて重要。
    児童が健全な発達を遂げるために何が必要か考えさせられた。

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    2016年05月07日
  • 発達障害の子どもたち

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    発達障害の明確な線引きは存在しない。
    障害があれば療育、支援級へとか診断がついてなければ普通級とかではなく、「障害有無でなく、社会生活に困ってるなら何らかの支援が必要」という単純なロジックに納得した。

    また、自閉傾向の世界観を表現した「知らないロシアの街に放り込まれ、日本語レストランを見つけたとき」という例えがわかりやすい。
    処理しきれないあふれる情報に囲まれ、よりどころとなるところにこだわるそぶりや、情報を遮断しようとするそぶりがいわゆる自閉傾向といわれるものにあたる。

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    2015年09月22日
  • 発達障害の子どもたち

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    人生の早期に子供に挫折経験を与えて良いことは一つもない。 p.22

    この受精に始まる一連の過程は、それ自体、様々なリスクをはらんでいることに留意してほしい。一対の遺伝情報が二つに分かれ、その片割れ同士がくっついて新たな遺伝子の一対を組み上げるのであるから、その最初の作業自体がさまざまな困難をはらんだ仕事である。
    そもそも何のために、このような危ないことを世代毎に行わなくてはならないのか。これについて、固定した遺伝子は状況の変化に対応できないから、という説明がなされている。少しずつ変化するためにこそ、このような危ない橋を渡るのである。言い換えると、この段階で、すでに様々な突発的な変異が起きることが前提となっている。 p.26

    ちなみに現在、人工授精など生殖医療はどんどん進んできている。子供を望む夫婦の気持ちを慮ってか、生殖医療に対する積極的な批判はほとんど見あたらないが、不妊が生じるにはそれなりの理由があり、そこを強引に妊娠させる過程においてある程度のリスクがあがることは当然である。この本の中ではほとんど取り上げることはないが、実は生殖医療において発達障害も生じやすいし、また意外なことに、子供虐待のリスクが高まるのである。 p.27

    ひとたびその家族に子どもが加わったときには、子育ての単位としての機能が、子どもが全面的な世話を必要とする時期、少なくとも三年間、できれば十二年間、は求められる。これは発達障害の有無を越えた事実である。
     特に生後三年間は、できるだけ親は子どものそばにいてほしいと思う。そばにいるといらいらして虐待してしまうという場合も、困ったことに今日少なくないので、例外はあるとしても、人間の子どもという存在は、子育ての早期には養育者の絶対奉仕を要求するのである。もちろんそこには大きな喜びもあるのであるが。
     筆者としては女性の自立は必然でありまた必要でもあると思うが、誰かが子育てを担わなくては被害を受けるのは子どもの側であり、それは社会全体に十数年後には跳ね返ってくる。子育ては集団よりも個人のほうがよい。特に生後早期から数年間において個別のそだちが必要であることは、乳児院で育った子どもたちが後年、心の発達の問題を抱えやすいことからも、さらにイスラエルのキブツをはじめとするさまざまな実験からもすでに証明済みのことである。 p.32

    そだちの終着点

    遺伝子に蓄えられた情報は、環境によって発現の仕方が異なることが示されたのである。遺伝情報の発現の過程は、遺伝子そのものであるDNAの情報が、メッセンジャーRNAによって転写され、タンパク質の合成が行われることによって生じる。この過程が実は問題で、ここで環境の影響を受ける。多くの状況依存的なスイッチが存在し、環境との相互作用の中で、合成されるタンパク質や酵素レベルで差異が生じることが徐々に明かとなってきた。 p.34

    遺伝子の持つ情報は、学習、記憶、脳の発達、感情コントロールのレベルでどうやら環境との相互作用が生じるのである。つまり遺伝的素因の解明は、障害を決定づけるのではなく、高リスク児に対する早期療育の可能性を開くものとなる。 p.35

    チックはドーパミン系の神経経路の過剰反応を原因とする明らかな生物学的な素因があり、それなくしては生じない。しかし臨床における経過は、ストレスや緊張などの情緒的な問題が要因となり、良くなったり悪くなったりを繰り返す。……中略……一過性で自然軽快をするものが大半を占めるが、大声の叫びの反復など周囲に迷惑を生じる重度の不適応や、そこから発展して強迫性障害(ばかばかしいと分かっていても手を洗うなどある動作を繰り返さざるを得なくなるという状態)などはっきりとした精神科疾患に至るものもまれにある。この重症度については、素因もあれば環境因も関与している。 p.39

    「発達障害とは、子どもの発達の途上において、なんらかの理由により、発達の特定の領域に、社会的な適応場の問題を引き起こす可能性がある凹凸を生じたもの」 p.45

    従来、発達障害を非常に限定的に捉えていたために、比較的軽微なものに関しては、子どもの高い代償性もあって、その存在に気づかれずに青年期、あるいは成人期を迎えることも生じてきた。特に知的障害を伴わない軽度発達障害は、軽微とは言いがたいさまざまな適応上の問題を生じていても、発達障害の存在に気づかれずに経過する場合がある。 p.47

    知的障害を示す児童の89%までがIQ50-69の範疇に入る軽症の知的障害である。IQ50とは、成人に達したときの知的能力は健常発達の九歳前後と同等である。われわれの周りの小学校四年生を考えてみれば了解できるように、抽象概念操作や、複雑な知的作業は困難であるとしても、特別支援教育をきちんと積み上げてゆけば、このレベルの知的障害は社会的な自立を妨げることはない。一般的な単純作業であれば工場労働は可能であり、むしろ、就労の報告を見ると、単純作業においては就労継続率はむしろ高いことが報告されている。経済的な自立や結婚、子育てにおいても、必要な時のみ若干のサポートがあれば可能である。
    全体の約九割の知的障害児がIQ50以上ということは、知的能力そのものによって自立を妨げられる可能性があるグループは0.2%に過ぎず、精神遅滞の実測値である1%前後というのは、その実に八割まで、回避可能であった適応障害が生じたものであると言うことだ。 p.52

    このように適切な特別支援教育を受けて、知的障害を持っていてもきちんと就労し、ついに幸福な結婚と子育てが可能となった者と、その逆の道を辿った者とその道のりを見ると、発達障害の適応を決めるものは実は情緒的なこじれであるという事実がより鮮明に見えてくるのではないだろうか。 p.59

    境界知能の重要性の一つは、その多さである。計算上は14%の子どもがこの境界知能の範疇に入る。このレベルの児童は、実は小学校教師の力量が最も反映される児童でもある。これまでの状況をあえて単純化すれば、小学校中学年のいわゆる9歳の壁の前後に、良い教師に当たった境界知能児はこの壁を突破し、知能自体も小学校高学年には正常知能になることが多かった。それに対し、そのような教師に恵まれなかった児童は、ここでハードルに捕まり、知能自体も小学校高学年には知的障害のレベルに下がっていたのである。 p.60

    心因性視力障害はまさに学校の授業を受けることに困難があることを端的に示す救助信号である。 p.66

    F君のような児童は、中学卒業後に良き職人、良き労働者として十分に適応していたはずである。今日の学歴社会、そして第三次産業が圧倒的な割合を占める社会的な構造の中で、F君のような事例において、成長した後の良好な社会的適応を必ずしも保証できない状況となっている。 p.68

    成人の発達障害の方への対応のコツについても触れておきたい。今、あちらこちらから悲鳴が上がっているのを聞くからである。発達障害の治療においてもっとも必要なことは、障害に関する正確な知識を提供し、新たな自己認識を手助けすることであると思う。成人になって初めて診断を受けた事例を見ると、「よくここまで何もなく……」という不適応事例と、無駄に年を取っていないと実感させられる適応事例とに二分できる。
    不適応事例はほとんどがうつ病など併発症を持ち、被害的な対人関係を抱える事例も多い。このような事例では、障害の診断に対する受け入れは速やかである者が多い。ほぼすべてが目から鱗という感じで自己のハンディキャップについて納得をされる。つまり自己自身との関係修復は比較的容易である。 p.121

    認知の穴

    愛着行動としては次の三つがある。これらの行動はすべて乳幼児が不安になったときに特に顕著に表れる行動であることに注目してほしい。愛着者にじっと視線を注ぐ「定位行動」、愛着者にしきりに泣き声を上げたり声をかけたりする「信号行動」、愛着者に後追いをしたり、しがみつこうとする「接近行動」の三つである。
    愛着行動は、零歳代後半から始まり、二~三歳に第一反抗期をもって完成することが知られている。この時期になると目の前に愛着者がいなくとも、愛着者のイメージを想起するだけでそれほど不安に駆られることはなくなり、つまりしばらくの間であれば養育者から離れることができるようになってくる。この愛着行動は安定した対人関係の基礎とも言うべきものである。
    さてこの愛着の形成に支障が生じた状況が、反応性愛着障害である。子ども虐待において、安心を与えてくれるはずの養育者から被害を受けるのであるから、重大な情緒の混乱を来すことはご理解いただけるであろう。この障害が、対人関係の重大な問題に至ることは当然として、重要なことは衝動や怒りのコントロールの障害を来すことである。愛着が、子どもが不安に駆られた時に見られる行動であることを思い起こして欲しい。愛着形成に決定的な問題が生じると、子どもは不安な時に自分を慰め、安心させる術を持たないままに成長するのである。 p.150-151
    だから、依存症になりやすいんだ。
    私はソリティアの画面をにらみつけながら泣いてたな。

    母親の診断は、いずれも当科においてなされたものであり、子どもの問題で受診した際に、母親自身の問題が明らかになったものである。大多数の母親自身に障害についての告知を行ったが、自分自身の対人関係のあり方や社会的な能力に対して不全感をすでに覚えていた方が多く、受容は良好であった。この約八割に子ども虐待が認められたが、母子へ行こう治療によってその大半に改善が認められたのである。 p.153

    彼が暴れ出すと夫のイメージと重なってしまい、K君の気持ちを受け止める気にはならないという。母親は明らかにうつ病の状態であった。 p.155

    被虐待児が発達障害児のような行動をとることについて
    解離とは、脳が器質的な傷を受けたわけではないのに、心身の統一が崩れ、記憶や体験がバラバラになる現象の総称である。心的外傷体験(トラウマ)のみで生じるものではないが、トラウマによって起きる精神症状のうちもっとも頻度が高いものの一つなので、トラウマ臨床とは不可分の関係にある。 p.157

    しかし多動の生じ方は、ADHD様症状ではムラが目立ち、非常にハイテンションの時と、不機嫌にふさぎ込む状態とが交代で見られることが多い。特に夕方からハイテンションとなり、寝る前までそれが続く。これはおそらく、午前中は抑うつが強いからではないかと考えられる。それに比べて一般的なADHDは眠くなると多動がひどくなるが、一日の多動にそれほど大きな変化はない。対人関係のあり方は、ADHDは単純で率直であるが、ADHD様症状は逆説的で複雑である。そして何よりも、問題に直面した時に、解離反応が起きて朦朧としてしまったり記憶が飛んだりすることは、純然たるADHDには見られない症状であり、ADHD様症状の大きな特徴である。 p.160

    幼児にとっていちばん必要なものは、障害の有無に関わりなく安心の提供である。子どもが最も安心して過ごせる家庭環境とは何だろう。これは逆の場合、つまり安心して過ごせない環境が何かを考えてみれば答えは容易に得られる。言うまでもなく虐待環境である。
    これは直接的な虐待に限らない。夫婦の深刻な喧嘩が繰り返される状態は、安心できる環境の対極にあり、心理的虐待の一種である。実は親子関係の安定以前に、夫婦関係が安定していることがもっとも大きな要因となるのである。多人数のサンプルによる調査からは、親子関係よりも夫婦関係の方が子どもの心の問題に大きな影響を与えることが示されている。また両親は完璧な親である必要は全くない。小児科医であり高名な精神分析家でもあったウィニコットは、良い母親とはgood enough(ほどほどに良い)であることという有名な言葉を残している。子育てのような双方向の関わりの場合、完璧であることは、逆にしばしば重大な問題となることすらあるということは、小児科医であれば誰でも周知のことではないだろうか。 p.185

    コミュニケーションの課題としては、発語よりも、まずは言葉の理解が課題となる。その前提となるのは模倣の能力である。園での指遊びが出来る、あるいはリズム体操の模倣ができるなどといった能力は表象機能に直結している。特に後模倣と呼ばれる、その場で即時に模倣するのではなく時間が経ってから思い出しながらの模倣が可能であれば、イメージを作る能力が備わった指標となる。さらに、たとえば園のスモックを見たら登園、買い物袋を見れば買い物の外出、タオルを見れば入浴と分かって次の行動ができるなど、状況判断ができることもまた、コミュニケーション能力の基盤となる。このように、遊びや身辺の課題は全て、表象機能の前提となる課題であり、それであるからこそ、コミュニケーションの課題よりも優先順位としては上位に位置するのである。
    一般的に話し始めるためには、理解語彙は三十語から五十語は必要である。単語が出始めてしばらくすると、オウム返しが見られるようになる。発達障害の臨床においては、オウム返しが出現すれば、それからコミュニケーション可能な発語まではあと一歩であり、一安心ということになる。さらに発語語彙が100を越えたあたりで二語文が登場するようになり、言葉は急速な発達を見せるようになる。 p.187

    おおむね著者の意見に同意だが、発達障害の親に虐待されて生きることに困難を抱えている子どもを発達障害児呼ばわりするのはやめて欲しい。
    仕事に誠実に取り組んできた証拠なのだろうが、この人は発達障害の側に立ちすぎている。この人の立場を思うと大正解だけどね。

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    2015年04月06日