大井玄のレビュー一覧

  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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    新書やビジネス書を読むときは、面白いと思った箇所に
    付箋を貼ったりするのだけれど、これほどたくさんの付箋
    を貼った新書はこれまでになかったと思う。気づきを与えて
    くれた点や、思わず唸って納得したりする点が随所にあって、
    得るものが多かった一冊。

    この本の内容をタイトルだけで推測するのは早計。なぜなら、
    扱う範囲は「痴呆老人」にとどまらなくて、「認知能力の低下
    に対する怖れ」という事象をキーワードに、現在の日本と
    日本人が抱えている問題にまで及んでいるのだから。
    アプローチは、医学的見地をベースに、哲学や宗教の考え方
    を絶妙にブレンドしたもの。哲学や宗教の部分は少し難しい

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    2018年12月08日
  • 人間の往生―看取りの医師が考える―

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    看取り医が終末を考察する
    時に癒やし しばしば苦痛を取り 常に慰める
    他人の行為を見て活動するミラーニューロン
    作り話をする脳…意思はあるのか 私はどこに宿る?

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    2018年10月10日
  • 呆けたカントに「理性」はあるか

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    認知症であっても情動に基づく判断はできる。胃ろうにはあまり意味がないらしい。
    カントなどの理性重視派は現代の科学の知見からは誤っている。

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    2015年10月01日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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    タイトルの付け方がうまいが、内容も高齢者だけでなく、人間万人に通じる深さを持っている。知性にもました情動の大切さ、自立の強調の偏狭さの指摘は身につまされた。一種の文明論である。痴呆老人やひきこもりだけでなく、乳幼児、知的障がい者からも同じ様な洞察が導かれるのではないかと感じた。「つながり」から「自立」へ急激に転換することの危うさ。

    ・認知症が延命努力に値しない惨めな状態…日本「迷惑をかけるから」、米「自分の独立性を失うから」
    ・認知症ならば延命措置を断る、というのは乱暴。
    ・夜中に騒ぐのは、家族との人間関係。
    ・一番良い経済環境は、老人か家族が全てを出すのではなく、双方が負担するのが発現率が

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    2012年12月21日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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    認知症という抽象的な呼び名で、その実態を不明確にしてしまった高齢者の痴呆を赤裸々に描写しつつ、そこにある種の愛情さえも感じさせられる著者の眼差しに共感を覚える。

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    2012年08月06日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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    ネタバレ

    差別用語に当るとされる「痴呆」をあえてタイトルに、「我々は皆、
    程度の異なる「痴呆」である」という一文を帯に据えているため、
    一見、とても挑発的な内容に思えます。しかし、実際は、極めて真
    摯な態度で書かれた好著です(勿論、何故、あえて「痴呆」という
    言葉を使うかについては、本書に説明があります)。

    「世界とつながって生きるのは大変な作業である、と思うようにな
    りました」という一文で始まる本書は、「つながり」のあり方をテ
    ーマにしています。それは、痴呆=認知症が、記憶が定かでなくな
    ることによって、世界とのつながりがほどけてゆく過程である、と
    著者が捉えているからからです。

    つながりを喪失す

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    2011年12月29日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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    認知症であると診断された肉親などを持つ方々だけでなく、多くの人に読んでもらいたい本だと思いました。老人だけでなくひろく人間というものに必要なものがなにかを教えてくれます。
    この本を読んでいるのといないのとでは、身内に認知症患者やその他引きこもりや統合失調症などの精神疾患患者が出た時のショックの度合いや接し方が絶対に違うと思います。立ち返ればごく基本的なことですが、その一見誰にでもわかるようなことを手に入れられないときに人は心を病んでしまうものなのだろうなと思います。もしも親が認知症だと言われたら、もう一度この本を手にとって読み返してみたいと思いました。

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    2010年11月14日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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    この本を読むと、きっと人に優しくなれる。
    改めて人の一生を考えさせてくれる一冊。

    前半は痴呆老人の現実。
    後半はそれをもたらす深層心理についてで、
    ユングや池田晶子を簡単にしたような感じ。
    すごくわかりやすい。

    自分たちの思考回路が、
    日本人という人間であることに深く起因していることに気づく。

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    2010年08月29日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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    この本に救われた。

    大好きな祖父がボケ始めたのは、私のせいだ。
    14年前、私のつくったストレス状態が、脳梗塞を招いたのだ。
    退院した祖父は痴呆症状を徐々に悪化させていった。
    しばらく伯母の家にいたのだが、
    手に負えなくなり、施設に入ることになった。
    会いに行くと、祖父が帰りたいと言って涙を流すので、
    母は祖父に会いたがらない。
    私が実家に帰っても、
    祖父に会う時間は数日間のうち1時間もなかった。
    最期の10年間、一緒にいた時間は半日もない。
    そのほとんどが、祖父が死んだ病院に入院してからの時間だ。

    祖父は、私のことを覚えていなかった。
    他人というより、祖父の姿をした宇宙人のような気がした。

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    2010年06月04日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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    ただの認知症解説の本ではありません。痴呆を入口として自己のあり方、日本文化へと広がっていきますので読み手は後半考えさせられますね。第5章あたりから。終末期医療で無力感を感じるときに。噂には聞いてたけどこの著者はスゴイ方です。

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    2010年04月18日
  • 呆けたカントに「理性」はあるか

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    日本神霊協会で大井先生からお話をお聞きしたことで読んでみました。 大変興味深くかつ参考になりました。

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    2017年09月03日
  • 復興の精神

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    この本の企画がいいなと思った。
    有事のあとに、我々は何をするべきか、どう考えるか、、、ということを、新潮新書編集部が発したいというに対して著名人が正面から応えた…ものとなっています。

    養老孟司氏の著書は何冊か読んできていますが、この原稿だけでも氏の集大成のような感じさえしてしまうほど、明確で深みのある言葉だと感じました。

    また、普段のモヤモヤを南直哉さんの言葉によってスッキリできました。
    この両名が個人的にはとても面白かった。

    軽い気持ちで借りたけどすごく重みのある書だった。
    本当に、悩める学生たちに読んでほしい。

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    2015年11月17日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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    痴呆老人への診療体験を通して「自我」について考察.人が「私」をつくる過程では社会•他者とのつながりが重要で,認知症の老人にも何かしらつながりを与えると自我を捉えることができ落ち着くらしい.認知症への不安についての問いかけで,欧米人は自分の自立性がなくなることが不安と答えるのに対して,日本人は他者への迷惑が不安と答えるとのこと.文化の差異が出ていておもしろい.

    最終章はちょっと話が変わってしまった感じもするが,全体的におもしろかった.

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    2011年12月25日
  • 人間の往生―看取りの医師が考える―

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    見えるもの感じるものは、それぞれの意識により違う。『手を打てば 鯉は餌と聞き 鳥は逃げ 女中は茶と聞く 猿沢の池』老いて、身体の能力が落ちるごとにその世界が変わっていく。いま見えて感じている世界は、死が近づけばまた違う世界になっている、というわけで。その時見えるのが、きっと三途の川とかそういう臨死体験にでてくる話なんだろうな。身体の能力を失う代わりに、見えなかったモノが見えるようになるのかもね。

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    2011年11月11日
  • 復興の精神

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    各界著名人が復興についての考え方を述べた共著。
    この本の存在は知ってたけど、もっと早くに、もっと震災についていろいろ考えた時期に、読んだらよかったかも。
    日本に好きになる一冊。

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    2011年11月04日
  • 復興の精神

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    3.11以降の心象風景は変わりました。正に本編の直哉先生の言葉の通りなのですが、彼らと私を分けたのは何だったのでしょうか?私はどうしようもない断絶と無常を感じ言葉がありません、自分は何をすれば良いのか、これからどうすれば良いのかという問いは、全て人の問いでもあると思います。この本に寄稿した方たちの思索が我々の足元を照らす一助になることを期待します。

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    2011年06月21日
  • 復興の精神

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    ネタバレ

    「これから」をどう考えるか。3・11以降を生きる杖。
    と、帯にあった通り、東日本大震災を経、これからをどう生きるかを9人が語っている。

    養老孟:精神の復興需要が起きる

    これを読みたくて買った一冊。いつもと違う養老センセ。スラスラとその思いのままに語り、面倒だから説明はヤメ、と突き放されるようないつもの文章よりも、ずっとずっと、静かでゆっくりとした口調で語られている。
    「周りがうるさくなってくると静かにする。ブレーキをかける。そういう習性が身に付いているのです。」(本文より抜粋)という姿勢からきているのかもしれないが、意外なほどに、淡々と「これから」を語っていた。

    「生きていれば、さまざま

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    2011年06月16日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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    [ 内容 ]
    「私」とは何か?
    「世界」とは何か?
    人生の終末期を迎え、痴呆状態にある老人たちを通して見えてくる、正常と異常のあいだ。
    そこに介在する文化と倫理の根源的差異をとらえ、人間がどのように現実を仮構しているのかを、医学・哲学の両義からあざやかに解き明かす。
    「つながり」から「自立」へ―、生物として生存戦略の一大転換期におかれた現代日本人の危うさを浮き彫りにする画期的論考。

    [ 目次 ]
    第1章 わたしと認知症
    第2章 「痴呆」と文化差
    第3章 コミュニケーションという方法論
    第4章 環境と認識をめぐって
    第5章 「私」とは何か
    第6章 「私」の人格
    第7章 現代の社会と生存戦略

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    2011年05月21日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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    痴呆老人の奇異な言動の背景には、痴呆老人独特の世界の解釈方法が存在する。というのは、痴呆老人はそれまでの人生におけるアイデンティティを発揮できるような環境の構造を、そのまま今の状況にあてはめ、それに沿った行動をとることが多い、ということ。以上が筆者の痴呆に対する考察だと思われる。(人間とは、自分の置かれた環境や状況の中で自我を拡張していきたがる存在という前提があり、それについても詳しく説明されている。)

    具体的なコミュニケーション方法論は少なく、また痴呆の概念や関する記述は定説ではなくて筆者個人の意見である印象をうけた。しかしそれでも、痴呆に対して気が楽になる考え方を提示してもらえたと感じて

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    2010年10月28日
  • 「痴呆老人」は何を見ているか

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     著者の大井玄さんは、医者で、終末期医療や痴呆(「認知症」という言葉は使わないそうです)について見識の深い方。
     その著者が、この本では、痴呆の要因や、痴呆老人がどのように現実の世界と関わっているかについて考察しています。 また、そこから派生して、“「私」とは何か”“多重人格”“ひきこもり”についても述べられています。
     (「痴呆」についてはもちろん面白かったのですが、「ひきこもりの考察(“つながり”と“自立”の関係)」もかなり面白かった)

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    2010年07月27日